|
2012年 05月 24日
![]() このブログでもしばしば取り上げるホルスト・ヤンセン(Horst Janssen, 1929-1995)のハンブルク美術学校からの友人であり、版画制作の指導者であり、そして良きライバルでもあったパウル・ヴンダーリッヒ(Paul Wunderlich, 1927-2010)は、1964年に日本文化フォーラム賞を受賞、1968年の第六回東京国際版画ビエンナーレでは神奈川近代美術館賞を受賞し、1970年代にはウィーン幻想派とともに日本でもっとも人気を集めた作家であったが、その死は等閑視され、美術界でも何ら目を引く試みは成されかったように思われる。そのヴンダーリッヒを、シュルレアリスムの系譜に連なる作家として、ハンス・ベルメールやヤンセンとともに、日本にいち早く紹介したのは、ヴンダーリッヒとヤンセンとは同世代の美術史家で評論家の故坂崎乙郎(Sakazaki Otsuro, 1928-1985)氏ではなかったかと思う。かく言う自分も、著書「幻想芸術の世界」によって、ハンス・ベルメールとヴンダーリッヒの線が紡ぎ出す怪しいエロスの世界に導かれたひとりである。 ヴンダーリッヒより二才若いホルスト・ヤンセンは、1995年8月31日に66才で亡くなっているが、2000年にその画業を記念する「ホルスト・ヤンセン美術館(Horst Janssen Museum Oldenburg)」がオルデンブルクに設立され、毎年何かしらのテーマを設けて展覧会が行なわれている。一方、2010年6月6日に83才で亡くなったヴンダーリッヒついては、死後間もないためか、美術館設立の話は未だ聞こえてこないが、2007年に生まれ故郷のブランデンブルク州エバースヴァルデ(Eberswalde)の市の広場に建設された行政施設「パウル・ヴンダーリッヒ・ハウス( Paul-Wunderlich-Hauses)」にヴンダーリッヒから寄贈・貸与されたパーマネントコレクション300点を展示公開する常設展示室が設けられた。オープニング・セレモニーにはヴンダーリッヒ自身も出席しているが、その時撮られた写真を見ると、かつての精悍さは消え、顔に深いを皺を刻んだ齢80の老人の姿が写っていた。先日何気にホルスト・ヤンセン美術館のサイトを覗いてみると、今年度の開催予定の展覧会の中に、「Paul Wunderlich - Das lithografische Werk」(会期は9月23日から来年1月6日まで)と題し、パウル・ヴンダーリッヒ(Paul Wunderlich, 1927-2010)のリトグラフに焦点を当てた展覧会が組まれているのを見つけた。この展覧会は、ハノーファーとベルリンに画廊に開いたディーター・ブルスベルク(Dieter Brusberg)から最近寄贈された初期から1975年までのリトグラフ90点を所蔵するハンブルク美術館(Hamburger Kunsthalle)の協力によって開催されるとのこと。現在はそのハンブルク美術館で、「Paul Wunderlich – The Early Lithographs」と題した展覧会が開かれている。会期は5月27日までとある。 ハノーファーのブルスベルク画廊といえば、1960年代から70年代前半までヴンダーリッヒの版元であり、版元がオッフェンバッハのフォルカー・フーバー(Volker Huber)に移るまでのヴンダーリッヒのの全版画作品を扱っていた。1963年にハノーファーのケストナー協会で個展を開催した菅井汲(Sugai Kumi, 1919-1996)もこの画廊で展覧会を開催し、1964年から1974年にかけて数多くの版画作品を出版している。また版画集のための肖像写真をヴンダーリッヒ夫人のカリン・シェケシー(Karin Székessy, 1939-)が撮影していることから、二人は顔見知り以上の関係ではなかったかと思われる。前に一度、知り合いの画廊に頼まれ、ブラスベルク画廊から、今では国内のネット・オークションにも単品で出品されることもあるリトグラフ8点からなる連作版画集「Twilight」を輸入したことがあるが、ブラスベルク画廊が版画集を貨物扱いで送ってきたため、「美術品かそうではないかは税関が決めること」とのたまう東京税関で引っ掛かり、検査の結果、「公安又は風俗を害すべき書籍,図画,彫刻物その他の物品」(関税定率法第21条第1項第4号)のうちの“猥褻な図画”に該当するとされ、返送もしくはマジックマーカーによる塗りつぶしを求められた。作品を毀損することはできないので返送を希望すると、今度は輸出申請が必要ということで、通商産業省に輸出許可を願い出なくてはならなくなった。輸入もしていないのに輸出申請という訳の分からないことをさせられ、版画集はドイツに送り返された。 さて肝心のポスターであるが、このポスターは、1976年2月16日から3月13日にかけてパリのベルクグリューン画廊で行なわれたヴンダーリッヒのリトグラフの近作展の告知用に作られたオリジナルデザインのリトグラフポスターである。同じイメージを用いた版画作品も同時に制作・出版されている。ヴンダーリッヒは1970年代に入ると、それまでのカリン・シェケシーの写真に基づく構図と並行して、デューラーを手始めに、アングルやマネといった近代の作家のパラフレーズや、神話や歴史に取材し、エジプトのレリーフ彫刻を思わせる特徴的な横顔を持つ人物像を、マニエリスム風のスタイルで描き始める。このポスターは、アングルの「グランド・オダリスク」の構図を引用しつつも、原画にはないモチーフを加え、ヴンダーリッヒ独自の構図としたものであり、前の年に描いた彫刻「Amazone」のための下絵との類似性が認められる。 ●作家:Paul Wunderlich (1927-2010) ●種類:Poster ●題名:Odaliske mit rotem Vogel ●サイズ:770x576mm ●技法:Lithograph ●発行:Galerie Berggruen, Paris ●限定:500 ●制作年:1976 ●目録番号:R.513 ![]() 2012年 05月 22日
![]() 1975年から1980年にかけて毎年北欧の何処かでボルドー出身の銅版画家、彫刻家フィリップ・モーリッツ(Philippe Mohlitz, 1941-)の銅版画展が開催されている。これにはモーリッツの作品の販売に協力した人物(個人)が関わっているようなのだが、日本ではギャラリー牟礼田がその役割を担っていたようである。1976年に制作された「トロイの木馬(Cheval de Troie)」を用いたこの案内状は、1977年にモーリッツからある人物に、その年に刊行された版画のレゾネ(Mohlitz: Werkverzeichnis Der Kupferstiche / Oeuvre-Catalogue of the Copper Engravings 1965-1976)とともに贈られたものだが、モーリッツの名とノルウェー語でエングレーヴィングを意味する"kobberstikk"という文字が記されているだけで、どこで行なわれたのかは判らない。 ●作家:Philippe Mohlitz(1941-) ●種類:Annoucement ●サイズ:199x154mm ●技法:Offset ●制作年:1977 2012年 05月 18日
![]() 1970年3月20日から4月26日にかけてハノーファーのケストナー協会(Kestner-Gesellschaft Hannover)で開催されたジム・ダイン(Jim Dine, 1935-)の版画展のオープニングへの招待状。展覧会にはジム・ダインが1960年に制作したハプニング「カークラッシュ」に因む5点のリトグラフからこの展覧会のために制作された告知用ポスターまで全78点が出品され、ポスターと同じイメージを用いた図録「Jim Dine Complete Graphics」も刊行された。 ジム・ダインの絵画制作において用いられる浴室のシンク、バス・ローブ、大工道具、パレットや筆などのダインの生活体験と結び付く様々なオブジェは、ロバート・ラウシェンバーグやジャスパー・ジョーンズが行なったような、芸術と日常生活との境界を取り払い両者を相互浸透させようとする現代美術の新しい試みに連なりながらも、それらに何らかの感情を重ね合わすことで、暗喩やパロディ、諧謔を含んだ作品を作り上げるための要素として用いられると指摘されるが、その傾向はハプニングや絵画と関連して制作された版画においてより一層顕著に表れているように思われる。ダインは1959年から翌60年にかけて行なったハプニングによってニューヨークのアートシーンでは一躍時の人となるが、本来パフォーミングアートを創作活動の場としていた訳ではなく、周囲の期待と本人の意図とのずれから、ハプニングを放棄、1967年に家族とともにロンドンに移住し、素描と版画を中心とする創作活動を行なう。この展覧会は、1971年にヴァーモント州の自然豊かな小村パトニー(Putney)に農場を購入し移住するにあたり、ロンドンでの制作活動を中心とする1960年代の版画制作を総括する展覧会として企画された。その後ダインは新たに人物という、より個人的なつながりのあるモチーフをテーマに作品制作に取り組んでいくこととなる。 ●作家:Jim Dine(1935-) ●種類:Invitation ●サイズ:210x107mm ●技法:Letterpress ●発行:Kestner-Gesellschaft Hannover ●制作年:1970 ![]() ![]() ![]() ジム・ダインの版画の目録はこれまでに4冊刊行されているが、全てそれまでの創作活動を総括する意味を持つ展覧会の開催に合わせて刊行されたものである。二巻から四巻は以下の通り。 ![]() ![]() ![]() 2012年 05月 18日
![]() 菅井汲(Sugai Kumi, 1919-1996)が1965年の賀状として制作したリトグラフ。菅井は1962年頃に、それまでの禅的な要素のひとつである円形の輪を用いたカリグラフィックなフォルムから、それらが連なって出来た、雲を思わせる、ひとつの塊(マッス)による色彩のフォルムへと移行する。それは1960年代の混沌とした時代精神を表しているようにも見えるが、その後オートルートの場と化していく。この賀状では二つ折りのカードの表と裏にそれぞれ赤い塊が描かれていて、裏側のそれは人の頭のシルエットのようにも見える。一方、表側は赤い塊の真ん中を引き裂くように一本の直線が貫いており、それは菅井汲が愛車ポルシェ・カレラを駈って疾走するドイツの自動車専用道路であり、また、時代を突き抜け、新しい地平を切り拓こうとする菅井の意志を表しているのかもしれない。 ●作家:Sugai Kumi(1919-1996) ●種類:Greeting card ●サイズ:151x117mm(151x235mm) ●技法:Lithograph ●紙質:Arches ●発行:Sugai Kumi, Paris ●印刷:Sugai Kumi, Paris ![]() ![]() ![]() 2012年 05月 06日
![]() キース・ヘリング(Keith Haring, 1958-1990)が1986年にニューヨークに開いたポップ・ショップで使われたチャック付きの透明なビニール(ポリ)袋。紙袋同様、ヘリングがポップ・ショップのロゴとしてデザインした図像がシルクスクリーンでプリントされている。紙袋のように大中小のサイズがあるかは不明。 ●作家:Keith Haring(1958-1990) ●種類:Plastic bag ●サイズ:326x228mm ●技法:Silkscreen ●発行:Pop Shop, New York ●制作年:1986 ![]() ![]() |
アバウト
カテゴリ
最新の記事
以前の記事
2012年 05月
2012年 04月 2012年 03月 2012年 02月 2012年 01月 2011年 12月 2011年 11月 2011年 10月 2011年 09月 2011年 08月 2011年 07月 2011年 06月 2011年 05月 2011年 04月 2011年 03月 2011年 02月 2011年 01月 2010年 12月 2010年 11月 2010年 10月 2010年 09月 2010年 08月 2010年 07月 2010年 03月 最新のコメント
検索
ファン
| ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||