ガレリア・イスカ通信

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2010年 08月 13日

キース・へリングの缶バッジ「Free South Africa」(1985)

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南アフリカ共和国初の黒人大統領となったネルソン・マンデラ(Nelson Mandela, 1918)氏がまだ獄中(1964年~1990年)にいた頃、日本と南アフリカは互いに重要な貿易相手国として友好関係を結んでいる。アパルトヘイト(人種隔離政策)という有色人種に対する人種差別を旨とする人種主義においては、有色人種である日本人は被差別人種として対等な関係を持つことはできないはずであるが、日本国籍を有する者は、経済的な利害関係によって特例的に“名誉白人”という称号を与えられていた。このことは、今となっては政府関係者や企業の駐在員だった人ぐらいしか記憶にないかもしれないが、多くの日本国民が、この人種政策について教室で学びながらも現実のものとして捉えることができず、遠い国の出来事として半ば傍観していたのである。また、たとえ反対の気持ちを抱いていたとしても、自らコミットすることはほとんど無く、結果として南アフリカの人種差別を経済的に後押ししていたことは、私たちの大きな過失であり、拭いようのない事実として受け止めなくてはならない。

キース・へリングは1985年、アパルトヘイト反対のデモンストレーションとしてフィラデルフィアのJ.F.K.スタジアムでオリジナルドローイングを制作し、また《Free South Africa》運動を広報するためのポスターと缶バッジを制作している。この二つは現在でも入手可能で、1985年に作られたオリジナルの缶バッジは、裏側に"©1985 Keith Haring" と記されている。こちらは1988年版で、"©1988 K. Haring"とある。

ヘリングは、1984年の11月に起こった“南アフリカに自由を”運動に共感し、その運動に協力するために、ポスターと缶バッジのためのデザインを行なっているのだが、このような政治的問題を含むテーマを取り上げるということは画家にとってある種の危険性を伴う意志表示でもあったわけで、それはキースがいわゆるストリートアートの中なら生まれてきたとか、ストリートアートを背景にしているといった表層的な親縁性からは全く無線の造形思考も持っていたことを示している。大学でデザインを学んでいたヘリングは、それまでに存在しなかったテーマを表象化する際、そのメッセージの浸透性を高めるために、ポップアートの作家が用いたように、ある種のアイコンを導入することで視覚的な効果を生み出そうと考え、熟達した画家の手業を避け,誰もが先入観なしに見ることのできる、子供の手によるような太い輪郭線と明快な色彩による図像を用いて表現しようとした。白と黒との対比で描かれたこの図像においては、大多数を占めながらも少数の白人によってその自由を奪われた黒人たちが立ち上がり、制度を作り出した白人たちに強く抗議する姿が示されている。赤いストライプは、言うまでも無く、黒人たちが流した血である。

黒人ミュージシャンのスティービー・ワンダーも、南アフリカの人種隔離政策に異議を唱え、1985年1月に、USA・フォー・アフリカの「ウィ・アー・ザ・ワールド」に参加し、同年2月14日には、南ア大使館前でアパルトヘイト抗議デモの先頭に立ち、逮捕されている。

それから数年後、国際社会がアパルトヘイトに反対する中、日本は南アフリカの最大貿易国としてエコノミックアニマル振りを発揮し、悪名高き人種差別制度を見て見ぬ振りをしていた。そしてし、その後の狂乱景気に沸く中で、アメリカの一青年の取った行動はおろか、鏡に映る自分の姿以外は、何も見えなくなってしまっていた。

●作家:Keith Haring(1958-1990)
●題名:Free South Africa
●サイズ:38x38mm
●種類:Button(Can badge)
●技法:Silkscreen
●制作年:1988(©1988 K. Haring)


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以下“南アフリカに自由を”運動の発端について書かれている文章を引用しておく:

The Free South Africa Movement began in November 1984, when four people went to the South African Embassy for a meeting with the ambassador to discuss the violations of human rights under the apartheid system.

At the end of the meeting, the participants refused to leave as people gathered outside and picketed the embassy. Within a week, public demonstrations against South African consulates and corporations tied to South Africa spread throughout the nation. Over the course of a year, more than 4,500 people were arrested nationwide and grassroots campaigns developed in more than 40 cities. Union members played a significant role in the protests and local campaigns. The protests and other public pressures moved Congress to pass the Comprehensive Anti-Apartheid Act of 1986.

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こちらが、1985年製のオリジナル。二つを見比べると、オリジナルの方が描線が細く、全体が締まって見える。版画もそうだが、版を重ねると、どうしても線が太くなったり甘くなってしまうようだ。

●作家:Keith Haring(1958-1990)
●題名:Free South Africa
●サイズ:38x38mm
●種類:Button(Can badge)
●技法:Silkscreen
●制作年:1985(©1985 Keith Haring)

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by galleria-iska | 2010-08-13 23:42 | キース・へリング関係 | Comments(0)


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