ガレリア・イスカ通信

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2011年 05月 07日

ホルスト・ヤンセンの絵本「Hensel und Grätel」(1969)

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「パウル・ウルフと七匹の子山羊」と同様、1969年にハンブルクのメルリン出版から刊行されたホルスト・ヤンセンの絵本「Hensel und Grätel (ヘンゼルとグレーテル)」。こちらもグリム童話に収録されている「Hänsel und Gretel」をヤンセンが翻案したもので、ヤンセンの亜鉛版エッチング(亜鉛凸版)による挿絵15葉とタイトルページからなる大型(315x390mm)の絵本。タイトルの表記が原作とは微妙に異なっている。「Hänsel und Gretel」(原作)→「Hensel und Grätel」(ヤンセン作)。表紙にはヤンセン手書きのタイトル、作者名、出版社名を印刷したラベル(題箋)が貼られている。ソフトカバー、袋綴じ、16ページ。絵本の体裁は、表紙の色を除けば、江戸時代の草双紙のひとつ「赤本(後に黒本に変わる)」と幾つか共通する部分がある。赤本は、ウィキペディアによれば、寛文期に始まり、元禄 - 享保期に盛り、寛延期まで刊行された草双紙(絵草子、絵双子、絵本とも呼ばれた)のひとつで、朱や紅で染めた表紙に、題箋を貼ったもの。5丁1冊の1 - 2冊(10 - 20ページ)で1編とし、内容は、桃太郎・さるかに合戦・舌切り雀などの昔話や絵解きなど、子供向けが主で、菱川師宣・近藤清春・鳥居清満などの絵師が文も書いており、成人向けも次第に増えた、とある。

ヤンセンが草双紙から直接アイデアを得て二冊の絵本を制作したかどうかは定かではないが、既に1966年から「絵草子」と銘打って亜鉛版エッチングによる作品を何篇も制作しており、特装版の表紙の色も草双紙に倣ったのではないかと思える色を用いていることから、ヤンセンが何かしらの知識を持っていたことは、まず間違いないであろう。ただ、もしそうだとしても、それら作品に浮世絵を始めとする日本美術に直接結びつくものは見当たらず、ヤンセンは先ず出版の形式やスタイルの引用から入っていった、ということになる。一方、早くから浮世絵版画に興味を持ち(1)、1990年代には東京のアダチ版画研究所で木版画制作を行なっているパウル・ヴンダーリッヒは、1959年に豊国の役者絵をリトグラフに起こしており、ヤンセンもこの時期、ハンブルクにある画廊や書店を通して、浮世絵や草双紙、あるいは春画本に接する機会があったのではないかと思われる。ヤンセンの作品に直接日本美術の引用が行なわれるのは、ヤンセンが風景を発見しつつあった1971年にハンブルクのクリスチアンズ印刷・出版から刊行された「転覆」という折り本仕立ての作品においてであるが、ヤンセンはその中で、日本と中国の名画の絵葉書に自身のドローイングを重ね、東洋の大家へのオマージュを行なっている。そのひとつに、ヤンセンが後に師と仰ぐ北斎の浮世絵版画の傑作「神奈川沖浪裏」があり、ヤンセンはその図を逆さまにし、もうひとつの富士を描き込んでいる。そこには、風景という新しい主題にたいするヤンセンの手探りの模索が見られ、興味・好奇心→観察→模倣・引用→吸収・咀嚼→排泄(?)という、創造への歩みが始まっている。

●作家:Horst Janssen(1929-1995)
●種類:Illustrated book
●題名:Hensel und Grätel / Text und Bildchen von Horst Janssen
●サイズ:315x390mm
●技法:Strichätzung(Zinkätzung)
●印刷:Hans Christians, Hamburg
●発行:Merlin Verlag Andreas J.Meyer, Hamburg
●制作年:1969

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この絵本にも、黒表紙のソフトカバーの他に、限定200部の、表紙に小石文様のマーブル紙を用いたハードカバーの特装版があり、奥付に限定番号とヤンセンの白鉛筆によるモノグラムサインが入れられた。「パウル・ウルフと七匹の子山羊」では背側にだけにクロスを貼った《片袖》の継ぎ表紙のものを取り上げたが、こちらは小口側にもクロスを貼った《両袖》の継ぎ表紙で装丁が行なわれている。ただ、《片袖》のものも確認しているので、「パウル・ウルフと七匹の子山羊」についても《両袖》のものがあるかもしれない。

●作家:Horst Janssen(1929-1995)
●種類:Illustrated book
●題名:Hensel und Grätel / Text und Bildchen von Horst Janssen.
●サイズ:317x395mm
●技法:Strichätzung(Zinkätzung)
●印刷:Hans Christians, Hamburg
●限定:200
●発行:Merlin Verlag Andreas J.Meyer, Hamburg
●制作年:1969

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註:
1:1995年に三鷹、釧路、岐阜で「ヴンダーリッヒ展」が開催された際に、ヴンダーリッヒ氏当人に代わって開会式に出席するために来日されたヴンダーリッヒ夫人のカリン・シェケシー(Karin Szekessy,1939-)さんにお会いする機会があり、ヴンダーリッヒさんへのお土産として木版画を進呈させていただいたが、その際にお伺いした。ヴンダーリッヒさんは昨年惜しくも他界されたが、シェケシーさんのお話によると、大の飛行機嫌いで、ヨーロッパでの展覧会には決まって汽車での移動となるため、遠方の場合は大変疲れるとのことであった。一度だけ、アメリカでの展覧会のため、英仏共同開発の“怪鳥”に搭乗したことがあるそうなのだが、機内ではずっと子供みたいに怖がっていたそうだ。ヤンセンも日本での展覧会に招待されていたらしいが、結局一度も来日していない。ヤンセンの場合は、酒乱とも言えなくもない、その素行に隠れた理由があったかもしれない。
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by galleria-iska | 2011-05-07 19:11 | ホルスト・ヤンセン関係 | Comments(0)


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