ガレリア・イスカ通信

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2011年 10月 24日

ホルスト・ヤンセンのポスター展図録「Horst Janssen Plakate 1957-1978」(1978)

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今年2011年は「日独交流150周年」ということで、150年に及ぶ交流の歴史を振り返るとともに、日本とドイツで様々な交流行事が行なわれているようである。美術関係では東京新聞主催の「カンディンスキーと青騎士:レンバッハハウス美術館所蔵展」が、2010年11月から今年9月にかけて、東京、愛知、兵庫、山口を巡回している。ホルスト・ヤンセンに関して言えば、2005/2006年の「日本におけるドイツ年」の際に開催された「ホルスト・ヤンセン展ー北斎へのまなざし」が未だ記憶に新しいが、総花的な展覧会はひとまず置いておいて、今度はヤンセンのポスター(特に1960年代に制作されたポスター)に焦点を当てた展覧会が開催されないものかと期待しているのだが、今のところ何も聞こえてこない。そのポスターのことで前に一度、某版画専門美術館に問い合わせたことがあるのだが、担当学芸員からは、「(ヤンセンの)ポスターは、素描や版画作品に比べてさほど重要なものではなく、美術館で評価するに値いしない」という、つれない答しか得られなかった。それとは別に、某県立美術館へのヤンセンの版画についての問い合わせに対しては、「当館はタブロー中心に収集をしており、版画のような印刷物は収集の対象としては考えていない」というものであった。作家の創作活動をこのような階層的な評価で見ているのかと思うと、印刷(文化)を人間の創作活動の重要なファクターと捉える欧米の美術館との隔たりを感じてしまう。日本の美術館もお手本しているはずであろう、ニューヨーク近代美術館(MoMA)所蔵のヤンセンの作品11点のうち5点(1)が、このブログでも取り上げている1960年後半に制作された亜鉛版エッチングによるポスターと絵草子であるのだが、前述のくだりからすると、「ニューヨーク近代美術館は日本の某版画美術館や県立美術館よりも見識がない」ということになってしまうのだが如何なものであろうか。

しかし、世の中、そう悲観することばかりではない。うれしい発見もあった。これまで、日本の美術館では一度もヤンセンのポスター展が開かれたことがない、と思っていたのだが、つい最近、国立新美術館のアーカイブ資料「日本の美術展覧会記録1945-2005」に収録されている宮崎県都城市の都城市立美術館の企画展リストの中に「ホルスト・ヤンセンポスター展」(鎌倉の神奈川県立近代美術館鎌倉での初の回顧展の翌年の1983年5月8日から22日までの短い日程で開催されたようである。主催は都城教育委員会、大阪ドイツ文化センター、宮崎大学映像研究会)があるのを発見し驚いた次第。詳しい内容については図録が発行されていないので分からないが、今から28年前に、恐らく何処の美術館も首を縦に降らなかったであろうヤンセンのポスター展を企画として取り上げた都城市立美術館の勇断に、遅ればせながら拍手を送りたいと思う。これに意を強くし、このブログでも、既に取り上げたものもあるが、「ホルスト・ヤンセンのポスター」というカテゴリーを新たに設け、年代順にケストナー協会での回顧展以降に制作されたヤンセンの亜鉛版エッチングによるポスター(1965年~1970年)を紹介していこうと思う。

ヤンセンのポスターに関する資料としては、1999年にハンブルクのザンクト・ゲルトルーデ出版( Verlag St.Gertrude, Hamburg)から総目録(Das Plakat: Eine Auswahl aus den Jahren 1957 bis 1994. Entwürfe, Vorzeichnungen, Variationen. Mit einem Werkverzeichnis der gedruckten Plakate =The poster: a selection from the years 1957 to 1994: Designs, sketches, Variations. With a catalog of the printed posters)が刊行されているが、ここでは1978年10月22日から11月22日にかけてオルデンブルク市立美術館(Stadmuseum Oldenburg)で開催されたヤンセンのオリジナル・ポスターの回顧展「Horst Janssen Plakate 1957-1978」の際に刊行された図録を用いる。この展覧会にはヤンセンが1957年に盟友パウル・ヴンダーリッヒの協力を得て制作した最初のポスターから、この展覧会の告知用ポスターまで全76点が出展され、巻末にはこの図録の編者であるErichとHelga Meyer-Shomannによる総目録が付けられている。

ヤンセンのポスターの制作期間は1957年から亡くなる前年の1994年までであるが、その制作方法(版種)によって大きく三期に分けることがでる。最初期にあたる1965年以前に制作されたポスターは、アンフォルメルの先駆者的とされるジャン・デュビュッフェの影響を色濃く反映しており、その多くがリトグラフで制作されているが、ポスターの刷りをヤンセン自身が行なっているため、部数が10部~100部と非常に少ない。オークションでも版画と同等以上の値が付けられていることがあり、ポスターと言っても決して侮れない。第二期は、ヤンセンがデュビュッフェの影響から脱し、新しい描画スタイルを築く切っ掛けとなったポスター「Dirk Rademaker」(リトグラフ、限定25部)が制作された1965年に始まる。そして大きな反響を呼んだ1965/1966年のケストナー協会での回顧展からは、自身で刷りを行なっていたリトグラフによるポスターの制作を止め、リトグラフとエッチングの持ち味を併せ持ち、比較的安価に印刷が行なえる亜鉛版エッチングを用いたポスターと絵草子の制作を開始する。その時期は、様々な社会変動を引き起こすことになった1960年代という時代精神の大きなうねりの真っ只中にあり、閉塞的な社会の仕組みに対する異議を申し立てから始まった学生運動の高まりや反政府的なヒッピーやフラワーピープルを象徴するロックミュージックや麻薬といったカウンターカルチャーが台頭した時代であり、大量生産と消費によって市民生活のスタイルも大きく様変わりし、グラフィック・アートもその表現の可能性を拡げ、先進各国に同時発生的に個性的な作家を生み出した時代でもある。しかしながら、今のところ、それを横断的に捉える試みが成功しているとは言いがたい。この時期のグラフィック・アートの印刷の主流はシルクスクリーンで、ポップアートやオップアートなど1960年代を代表する美術運動においても版画やポスターの多くがシルクスクリーンで作られている。それに対し、ヤンセンは逆に表現の幅が狭い亜鉛版エッチングによって独自の表現様式を切り拓くこととなる。ポスターや絵草子の印刷はハンブルクの印刷・出版業者ハンス・クリスティアンズで行なわれ、その多くにヤンセンの署名が入れられている。発行部数は500~2000部で、価格はモノクロのもので5ないし10ドイツマルク、多色刷りのものは15ドイツマルクであった。しかしながら、亜鉛版エッチングによるポスター制作も1970年代の到来とともに終わりを告げ、1970年代以降は素描や水彩画で描かれた原画を用いたオフセット印刷によるポスター制作に移っていくこととなる。

これまで亜鉛版エッチングによるポスターに対する関心は、熱心な愛好家や収集家を除き、ドイツ国内でもヤンセンの画家的資質が発揮される1970年代以降のポスターと比べて低かったが、2009年にヤンセンの生誕80年を記念して開催されたグラフィック作品を中心とする回顧展「Die Retrospektive zum 80. Geburtstag 」によって、1960年という時代の再認識とともに評価が高まってきている。

●作家:Horst Janssen(1929-1995)
●種類:Catalogue
●サイズ:296x210mm
●技法:Offsetlitho
●印刷:Osnabrucker Klischeeanstalt
●発行:M1 Vwelag Manfred Meins, Oldenburg
●制作年:1978


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註:
1.ニューヨーク近代美術館所蔵のヤンセンのポスターと絵草子作品:

1.『Wuerttembergischer Kunstverein』(on brown paper),1966(Meyer-Schomann 19)
2.『Max Klinger Radierwerk』1966(Meyer-Schomann 25)
3.『Laatzen's Bilderbogen, 3』1966
4.『Laatzen's Bilderbogen, 4』1967
5.『Laatzen's Bilderbogen, 5』1967
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by galleria-iska | 2011-10-24 13:49 | ホルスト・ヤンセンのポスター | Comments(0)


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