ガレリア・イスカ通信

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2011年 11月 14日

ホルスト・ヤンセンのポスター(8)「Kunsthalle Basel」(1965)

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北ドイツのリューベックにあるオヴァーべック協会での巡回展が終了すると、展覧会は国境を越え、ドイツ、フランスと国境を接するスイスの都市バーゼルにある美術館、クンストハレ・バーゼル(Kunsthalle Basel)で、1966年10月25日から11月23日にかけて開催された。これはその告知用のポスターで、ヤンセンのポスターの中では最大クラスのものである。バーゼル(ベルンも同様)のクンストハレから発行されるオリジナルポスターの多くは、1956年のシャガールや1960年のブラックのリトポスターがそうであったように、125x90cmを基本とするフォーマットで作られており、ヤンセンのポスターもそのフォーマットに沿って作られたものと考えられる。

ヤンセンはここでは、ヨーロッパの奇祭のひとつに数えられるバーゼルのカーニヴァル「バーズラー・ファスナハト(Basler Fasnacht)」(1)を念頭にポスターをデザインしたのだろうか。正装した紳士(?)たちを背後に、画面中央には、ヤンセンその人であろうか、慧眼の持ち主であることを示す鳥の仮面を被り"Poppi-drum”を打ち鳴らして踊る人物が描かれており、その人物の履く靴のベルトの留め具にはヤンセンの横顔が刻まれている。その後で踊る聖職者が着るようなマントを着た大男は、パレードに登場する鷲鼻のような大きな鼻が特徴の張りぼての仮面をつけたヴァギス(Waggis)であろうか、口に十字の印のあるハート(心に十字架を刻む)をくわえており、その口元からは、「10月25日夜8時15分からアルノルト・リュトリンガーの“美術館”でヤンセンのパーティ」との告知文が流れ出ている。また画面右下のタイルの上に書かれた「アルノルト・リュトリンガーの“美術館”でホルスト・ヤンセン展」の告知文にもハートが添えられており、その下には、「(展覧会は)10月25日から?まで、4週間程」とある。

当時のバーゼルのクンストハレ(1872年開館)の館長は、ベルン大学で美術史を学び、1944年から1955年までベルンのクンストハレでの展覧会の企画構成を行い、1955年にバーゼルのクンストハレの館長となってアメリカンの抽象表現主義の作家の作品をヨーロッパに紹介した先駆者のひとりとして名を留める、スイス人の美術史家アルノルト・リュトリンガー(Arnold Rüdlinger,1919-1967)が務めており、そのリュトリンガーが自身の作品を高く評価してくれたことに対する敬意を表するために、美術館名ではなく、リュトリンガーの美術館として書き入れたものと思われる。

●作家:Horst Janssen(1929-1995)
●種類:Poster(Plakat)
●題名:Kunsthalle Basel
●サイズ:1242x880mm
●技法:Strichätzung(Zinkätzung)
●限定:1000
●刷り:Hans Christians, Hamburg
●制作年:1966 10.11
●目録番号:Meyer-Schomann 23
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註:
1.カーニヴァルは復活祭の6週間前の3日間に開催されるカトリックの祭りのひとつで、ラテン語のカルネム(肉)+レヴァーレ(軽くする/控える)が語源と言われる。もともとはキリスト教のイースター(復活祭)関連する祭りで、イースター前の四旬節(46日間の懺悔の聖節)は、キリストの受難を思いながら、肉や卵、乳製品や油などを断つのだが、その苦行の前に食べて飲んで騒ぐ謝肉祭のことを言う。16世紀の宗教改革でプロテスタントとなったバーゼルのカーニバルは、カトリック世界で一般的な日程と比べ1週間遅く、灰の水曜日の直後の月曜日の午前4時に始まる。一万人を超す地元民が仮面と衣装をまとい、太鼓隊、ピッコロ隊、グッゲと呼ばれる音楽隊とともに、カラフルな紙吹雪をまき散らし、3日間にわたって市内を練り歩く、「冬の終わりを祝う祭り」。
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by galleria-iska | 2011-11-14 17:32 | ホルスト・ヤンセンのポスター | Comments(0)


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