ガレリア・イスカ通信

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2012年 01月 06日

アンリ・カルティエ=ブレッソン写真集「Les Européens」(1955)

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日本では『決定的瞬間(The Decisive Moment)』(1952年刊)として知られるアンリ・カルティエ=ブレッソンの写真集(Image à la Sauvette)の続編として刊行された『ヨーロッパ人(Les Européens)』には、カルティエ=ブレッソンが1950年から1955年にかけてヨーロッパ各地に取材した写真114点が収録されている。なかでも旧ソ連へは写真家として初めて足を踏み入れている。そこには、好景気に沸くアメリカとは逆に、戦後の荒廃が続く中で日々の生活を取り戻した人々の姿が、その時、その場所しか持ち得ない一瞬の光景として切り取られている。

カルティエ=ブレッソンの写真集『決定的瞬間』と『ヨーロッパ人』は、フェルナン・レジェの「サーカス」、シャガールの「ダフニスとクロエ」、ミロの「ユビュ王」、マチスの「ジャズ」、コルビジェの「直角の詩」といった作家を代表する挿絵本の出版を行ない、20世紀を代表する出版人の一人に数えられるテリアード(Tériade, 1897-1983)が1937年に創刊した美術雑誌「ヴェルヴ(Verve)」の名で刊行された。『決定的瞬間』の表紙デザインは、切り絵を基にした挿絵本「ジャズ」で新境地を切り開いたマチスが行なっているが、この『ヨーロッパ人』では、ジョアン・ミロの目の覚めるような鮮烈な色彩が目を引く。

カルティエ=ブレッソンは、「これまで一度として「写真そのもの」に情熱を傾けたことはない。私が愛するのは、自らをも忘れる一瞬のうちに、被写体がもたらす感動と形状の美しさを記録する写真の可能性だ。そこに現われたものが呼びおこす幾何学だ」という言葉を残しているが、『決定的瞬間』のフランス語版に付けられた『Image à la Sauvette(逃げ去るイメージ)』という題名は、1964年にベルリンで客死したジャズ演奏家エリック・ドルフィー(Erik Dorphy, 1928-1964)が死ぬ数ヶ月前のオランダでのインタヴューの中で語り、同地で録音されたアルバム「Last Date」(1964)に収録されている「When you hear music, after it's over, it's gone in the air. You can never capture it again. 」という言葉とどこか通じているように思われる。

作家:Henri Cartier-Bresson(1908-2004)
題名:Les Européens(The Europeans)
サイズ:370x275mm
技法:Héliogravure
発行:Éditions Verve, Paris
印刷:Draeger, Imp.
制作年:1955

1957年、カルティエ=ブレッソンはワシントンポストに次ぎのように語っている。「写真は絵画のようなものではない。写真を撮るとき、そこには一瞬の創造的な断片がある。目は構図、つまり生活そのものの表情を見なければならないし、またシャッターを押す際の直感を知らねばならない。それが写真家が創造的あるための瞬間なのである。何と、その瞬間なのだ!一度それを逃したら、永遠に過ぎ去っていってしまう」英語版を同時出版したアメリカの出版社サイモン・アンド・シュースター(Simon & Schuster )のディック・サイモンは、その止め置くことの出来ない一瞬を言い表す言葉として「決定的瞬間」を思い付く。

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#15:Madrid. Le prêtre est monté porter le Saint-Sacrement a un malade pendant que la procession, acconpagnée d'une musique militaire, attend dans une rue, près de la Puerta del Sol.
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#49:AUTRICHE. Salzbourg. Sur le Getreidegasse.
#50:Devant la Hofburg, ancien Palais des Empereurs, sur le trottoir en face de la meilleure patisserie de Vienne.
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#58:U.R.S.S. A quelques kilomètres de Leningrad, au bord du golfe de Finlande, Peterhof était une des résidences d'été de la Cour impériale. Ce palais se trouvant sur la ligne de feu fut très endommagé pendant la guerre.
#59:Des ouvriers démolissent les vieilles maisons qui entouraient un des gratte-ciel de Moscou(que l'on appelle en U.R.S.S. "hautes maisons"). Il y en a environ une demi-douzaine à Moscou. La construction de tels batiments ne sera plus autorisée à l'avenir, pour permettre d'intensifier celle d'immeubles moins grandiouses.
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#66:Troupeaux d'un kolkhoze aux environs de Moscou.
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#114:Paris. Les provisions le dimanche matin, rue Mouffetard. 『ヨーロッパ人』は、日本の戦後復興期の市井に見られる光景とオーヴァーラップする幾分気負った表情を見せる子供の姿が印象的な写真で締め括られている。

参考文献:
Martin Parr and Gerry Badger, The Photobook: A History, Volume I. (London and New York: Phaidon, 2004).]


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by galleria-iska | 2012-01-06 11:36 | その他 | Comments(0)


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