ガレリア・イスカ通信

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2012年 02月 20日

フランソワーズ・ジローのポスター「La Fête」(1981)

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ピカソに反旗を翻した唯一の女性として知られる画家で作家のフランソワーズ・ジロー(Françoise Gilot, 1921)。その彼女が、1980年に様々な催しが行なわれるニューオーリンズの夏をプロモートアするために設立された非営利組織の“La Fête”を広告するためにデザインしたポスター。描かれているのは、ジローとピカソの二人目の子供で、1949年にパリで行なわれた平和のための国際会議の開会日の4月19日に生まれたパロマ・ピカソ(Paloma Picasso)で、アトリビュートであるとされる一羽の鳥(鳩)を手にしている。パロマはスペイン語で“鳩”を意味しており、ピカソの共産主義への加担を示すものとして非難を浴びることになった平和会議のポスターに使われた鳩に因んで名付けられた。ジローはピカソの友人であるフォーヴィズムの大家マチスに心酔していたようで、1946年の2月にピカソに連れられて、ヴァンスのマチスのアトリエを訪問している。その後もピカソとともに訪問を重ね、また作品制作に関する手紙のやり取りを行なったりして親交を深めている。マチスはジローを勇気付けるために、ジローのほぼ線描による鳥を描いた作品を購入したり、ジローの肖像画を描いたりしているが、ピカソの不興を買っている。、ジローの絵画には、一見して判るように、ピカソとマチスの両方の影響が表れているが、その呪縛から逃れるために抽象絵画に向ったと言えなくもない。

ジローのリトグラフとの出会いは1950年頃で、ピカソに連れられてパリのムルロー工房を何度も訪れるうちに、自分でもリトグラフをやってみないかと説得され、彼らのメイドの肖像画をリトグラフで制作、ムルロー工房でリトグラフを制作した最初の女性となった。それから30年に渡り、ムルロー工房やアメリカのタマリンド工房などを行き来し、数多くのリトグラフを制作している。このポスターはジローの得意とするカラーリトグラフで制作されているが、ジローはこの年、1950年から継続してきたリトグラフによる版画制作に行き詰まりを感じ、インタリオによるモノタイプに関心を移すため、このポスターがリトグラフよる最後の作品かもしれない。

●作家:Françoise Gilot (1921-)
●種類:Poster
●題名:La Fête
●サイズ:697x479mm
●技法:Lithograph
●限定:3500
●発行:ProCreations Publishing Co., New Orleans
●制作年:1981

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フランソワーズ・ジローの版上サイン

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by galleria-iska | 2012-02-20 11:29 | ポスター/メイラー | Comments(0)


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