ガレリア・イスカ通信

galleriska.exblog.jp
ブログトップ
2012年 09月 21日

デュアン・マイケルズの写真解説書「The Photographic Illusion:Duane Michals」(1975)

a0155815_18155768.jpg

1983年というと、今から30年近く前のことになってしまうが、イギリスのロックバンド、ポリスがその絶頂期に発表した5作目にして最後のレコードアルバム「シンクロニシティー(Synchronicity)」はこの年アメリカだけで800万枚を超えるビッグセールスを記録し、日本でも話題になったが、このアルバムのジャケットとインナースリーヴの写真を撮影したのが、デュアン・マイケルズ(Duane Michals, 1932-)というアメリカ合衆国の写真家であることは、それが作家の創作活動のマージナルな部分であるという点もあるが、(写真界の人間には)あまり知られていないようである。そのことはまた、このジャケットを目にしたであろう千万を越えるポリスのファンがマイケルズの写真に関心を持つ可能性をも予見させはしないだろうか。このアルバムのタイトルにもなった「シンクロニシテイー(邦題)」は、メンバーの一人でベーシストのスティング(Sting)が、カール・ユングが提唱した、“意味のある偶然の一致”という、非因果的な複数の事象の生起を決定する法則原理としての“シンクロニシティ(共時性)”(註:1)に刺激を受けて作詩・作曲した曲で、その事象を視覚化するために起用されたのが、フォト・シークエンス(photo-sequences)という連続する写真による寓意性に富んだ作品を制作していたマイケルズである。ジャケットにはユングの著書「Synchronicity: An Acausal Connecting Principle(シンクロニシティ:非因果的連関の原則)を手にするスティングやその大意がレイアウトされ写真が使われ、赤、青、黄の色の帯によって分割レイアウトされた、メンバーそれぞれの意識の流れを追ったようなマイケルズのモノクロの写真に、制作の意図を測りかね、戸惑いを覚えたファンも多かったのではないだろうか。

マイケルズの作品は、1960年代中葉に始められた、フォト・シークエンスという、それまでの写真の概念や表現には無かった連続した写真による物語性を持つ作品と、写真と彼の手書きによるセクシャリティーや生や死、差別や宗教に関する想いや思考を綴ったテキストによる表現からなる。このような表現方法は、現実を忠実に再現する写真による表現法での掴みきれない、夢や恐怖、願望などの体験が現実そのものを構成していると考えるマイケルズが、そこにあるものとしての現実の記録として写真とは距離を置き、マイケルズ自身によって創り出された、イマジネーションによる仮想の現実、つまり人間の内的体験の表出に向った結果生み出された形式である。年譜によれば、マイケルズは1932年にペンシルベニア州マッキーズポート (McKeesport) に生まれ、高校のときにアーティストになること意識し、1949年に奨学金を得てコロラド州のデンバー大学(University of Denver)に入学し美術を学び、1953年に卒業。この頃、ルネッサンスからシュルレアリスムの画家マグリットやバルテュス、デ・キリコなどの作品に強い関心を持つ。卒業後すぐに徴兵されドイツでの兵役に就く。1956年に除隊し、グラフィック・デザイナーを目指しニューヨークに出てパーソンズ・デザインスクール(Parsons School of Design) に入学するが、翌年学校を去り、雑誌「Dance」に就職、アシスタント・アートディレクターを経験した後、1958年にタイム社の出版部門に転職し、雑誌のレイアウトを担当する。 その年、三週間の休暇を取り、外国人の観光が解禁されたソ連を旅する。友人から借りたアメリカ製の写真機「アーガスC3(Argus C3)」を使い、旅先で出会った子供や水兵、労働者のスナップショットを数多く撮影(註:2)、それを見て写真家を志すこととなる。タイム社を退社した後、商業写真の分野での経験を積み、1961年以降は、「エスクァイア」(Esquire) や「マドモアゼル」(Mademoiselle) 、ホライズン「Horizon」等の雑誌や広告に作品を提供するフリーランスの写真家として収入を得るようになる。1974年には、「グレート・ギャツビー」の映画化に際して「ヴォーグ」の特集記事を担当している。これらの商業写真((註:3)による収入が個人的な作品制作の支えとなった。

そのマイケルズの人となり、写真制作の背景や意図、そしてその手法などを彼自身の言葉や豊富な図版を使って解説したのが本書「The Photographic Illusion: Duane Michals」で、様々なジャンルで活躍する写真家の核心に迫る《Masters of Contemporary Photography》シリーズの一冊として、1975年、アメリカ(Alskog, Inc.)とイギリス(Tames and Hudson, Ltd.)で同時に刊行された。

a0155815_17154958.jpg
スウェーデン生まれのアメリカ合衆国のポップアートの彫刻家、クレス・オルデンバーグ(Claes Oldenburg, 1929- )を撮った写真。日常的な物を主題として取り上げ、それを非彫刻的な素材で複製化したり、巨大なモニュメントとして提示する。マイケルズはオルデンバーグのその方法論を援用し、彼の顔をルーペで拡大して見せている。
a0155815_1716361.jpg
a0155815_17161718.jpg
上の写真と同様、マイケルズが自らの写真撮影の現場を撮らせたもの。
a0155815_17163199.jpg
1965年に尊敬するベルギーのシュルレアリスムの画家ルネ・マグリット (René Magritte, 1898-1967) を訪ねたマイケルズは、マグリットのスタイルを模倣した肖像写真を何点も制作している。この写真は、正面を向くマグリットと横を向くマグリットを三回の多重露出で撮影したもの。
a0155815_17164312.jpg
マイケルズのファッション写真の1枚で、フランスの画家バルテュス(Balthus, 1908-2001)の視線が交差しない登場人物たちによって構成された緊張感のある構図に影響を受けたもの。

●作家:Duane Michals(1932-)
●種類:Photography book
●題名:The Photographic Illusion: Duane Michals
●サイズ:273x208mm
●技法:Offet
●発行:Thames and Hudson, Ltd., London
●制作年:1975
a0155815_13174470.jpg
1999年に東京の小田急美術館で開催された日本で初めての回顧展。日本(の写真界)ではマイケルズは“コンポラ”写真を実践する写真家の一人として日本の写真家の進むべき指標となったが、実際に写真が紹介されることはなかったかもしれない。個展という形でマイケルズの写真を日本に初めて紹介したのは神宮前のギャルリー・ワタリ(Galerie Watari, Tokyo)で、1983年に写真展を開催している。写真が現代美術の表現のひとつとして捉えられ始めた頃であろうか。
a0155815_19452879.jpg
同展のチラシ


註:
1:ユングは人間の無意識の奧底にある人類共通の素地としての集合的無意識と偶然という現象の意味ある関連として、意識されるこの世界が影響を受けるというシンクロニシティ(共時性)という概念を提示している。マイケルズがカバーアートの写真を担当したイギリスのロックバンド「The Police」の5作目のレコードアルバム「Synchronicity」(A&M SP3735, 1983)。オリジナルのアメリカ盤のジャケットには90種類以上のカバーアート・ヴァージョンが存在するといわれる。
a0155815_12535722.jpg

a0155815_1254879.jpg


2.それらの写真により、1963年、初の展示会がにニューヨーク市のアンダーグラウンド・ギャラリー(Underground Gallery, New York)で開かれた。

3.商業写真に起用したモデルを自身の作品に使っているものもある。
a0155815_19454929.jpg
アメリカの製薬会社「Eli Lilly and Company, Indianapolis」の広告写真。「The Photographic Illusion: Duane Michals」より
a0155815_194624.jpg
「Black is Ugly」。「不思議な国への招待状 ドゥェイン・マイケルズ写真展」の図録より
[PR]

by galleria-iska | 2012-09-21 20:07 | その他 | Comments(0)


<< ロバート・ラウシェンバーグのオ...      キース・ヘリングのカシェ「Fi... >>