ガレリア・イスカ通信

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2014年 05月 13日

ジョルジオ・モランディの銅版画展図録「Morandi 50 gravures」(1979)

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1979年の早い時期にパリのベルクグリュン画廊(Galerie Berggruen, Paris)で開催されたイタリアの画家ジョルジオ・モランディ(Giorgio Morandi, 1890-1964)(註1)の銅版画展「Morandi 50 gravures」の図録。この画廊で3月から4月にかけて水彩画展「Folon aquarelles」を開いたベルギーの画家で彫刻家のジャン=ミッシェル・フォロン(Jean-Michel Folon, 1934-2005)(註2)が序文を書いている。

この展覧会は、モランディの友人で生涯の契約画廊であったミラノの画廊ガレリア・デル・ミリオーネ(Galleria del Milione, Milan)を設立したジーノ・ギリンゲッリ(Gino Ghiringhèlli, 1898-1964)の娘パオラ・ギリンゲッリ(Paola Ghiringhèlli, 1950-2012)の協力で実現したもので、パリにあってもモランディの銅版画作品を経年的に纏まった形で見ることができた最初の機会であったと思われる。ジーノ・ギリンゲッリは1930年代に、友人であるモランディや彼が影響を受けたデ・キリコ(Giorgio de Chirico, 1888-1978)や・カルロ・カッラ(Carlo Carrà, 1881-1966)、マリオ・シローニ(Mario Sironi, 1885-1961)といった形而上学絵画の作家達を紹介するとともに、ドイツ生まれのフランスの画商カーンワイラーの紹介でレジェやグリスといったキュビスムの画家の作品も取り扱い、またスイスのクレーやカンディンスキーとも交流を持つが、1964年6月19日に最も親しかったモランディが亡くなると、心の隙間を埋めることができず、二ヵ月後の8月19日に後を追うように亡くなる。そのジーノが遺した画廊とモランディのコレクションを受け継いだのが娘のパオラで、彼女は1970年にイタリアで最初のフォロンの個展を開催したことからフォロンのマネージメントを行なうようになり、後に彼の二人目の妻となる。

●作家:Giorgio Morandi(1890-1964)
●種類:Catalogue
●題名:Morandi 50 gravures
●序文:Jean-Michel Folon(1934-2005)
●技法:Offset
●サイズ:220x115mm
●発行:Berggruen & Cie, Paris
●印刷:Imprimerie Union, Paris
●制作年:1979

モランディは、国内的な評価よりも国際的な評価が先行した棟方志功(Shikō Munakata, 1903-1975)と同じく、美術界の潮流から距離を置くことで独自のスタイルと作品世界を切り拓いた作家であるが、第二次世界大戦後に生まれた現代美術の新しい視点によって国際的な評価を得るようになった点においても、その時期が棟方とほぼ重なっている。棟方は1952年の第二回ルガノ国際版画ビエンナーレで優秀賞(Prize of Excellence)を受賞,1955年の第三回サンパウロ・ビエンナーレの版画部門で最高賞(First Prize )、翌1956年の第二十八回ヴェネツィア・ビエンナーレでは版画部門の大賞(Grand Prize )を受賞している。一方のモランディも戦後初の開催となった1948年の第二十四回ヴェネツィア・ビエンナーレの絵画部門にカッラとデ・キリコとともに出品して受賞(City of Venice Prize)、1953年の第二回サンパウロ・ビエンナーレの版画部門で大賞(Grand Prize)、1957年には第四回サンパウロ・ビエンナーレの絵画部門で大賞(Grand Prize )を受賞している。これらの国際的評価は作品価格にも反映されていくこととなり、今では纏まったコレクションを形成することは、たとえ潤沢な資金を用意することが出来たとしても、不可能に近いと言える。良質なコレクションは作家と二人三脚で作り上げていくことが一番の早道であるが、同時代的でなかったとしても、その時代から見逃された作家を見つけ出す嗅覚があれば、まだ可能性は残っている。ただ、モランディについて言えば、その時機はとっくに逸してしまっているのだが。
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モランディが友人のジーノ・ギリンゲッリに宛てて書いた手紙(1959年11月26日の日付)
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ジョルジオ・モランディの版画カタログ・レゾネ(1964年刊)の改訂新版、1989年刊、215x157x33mm「L'Opera Grafica di Giorgio Morandi」by Lamberto Vitali, published by Giulio Einaudi editore s.p.a., Torino.
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註:

1.「近代絵画の父」と呼ばれるポール・セザンヌは最初印象派のグループの一員としてモネやルノワール等と共に活動していたが、1880年代からグループを離れ、伝統的な絵画の約束事にとらわれない独自の絵画様式を探求した結果、静物画と風景画において多くの傑作を残し、二十世紀美術に多大な影響を与えた。そのセザンヌ的なるものを背後に感じさせるモランディも初期には形而上学絵画の影響を受けるも、次第に特定の流派や運動から遠ざかり、ボローニャのアトリエに篭り、“卓上静物画”を中心に独自の画風を確立し、二十世紀イタリアを代表する画家のひとりとなった。その作品価格は国際的な評価が高まるにつれに上昇、油彩画については、サザビーやクリスティーといった有名オークション・ハウスでの落札価格はとっくに億を超えており、銅版画についても、1997年にモランディの版画とデッサン50点による売りたての図録が手元にあるが、安いもので100万円、良品なら300万円以上、傑作となると800万円以上の評価が付けられており、画廊に並んだ場合はそれ以上の価格になることは間違いない。

2.モランディの絵画に傾倒し、モランディの銅版画の描法に影響を受けた作品を幾つか残しているフォロンはこの年の4月から5月にかけてロンドンの老舗版画画廊ラムリー・カザレット(Lumley Cazalet Ltd., London)で開催されたモランディの銅版画展「Giorgio Morandi, Etchings 1915-1961」の序文も書いており、自身も11月から12月にかけて同画廊で水彩画と銅版画による個展「Folon Watercolors and Etchings」を開いている。フォロンはこの展覧会の数年前にパオラの案内でモランディのアトリエを訪れ、室内の様子を写真に収めており、彼女の父とモランディとの交流を一冊の本にまとめ、1985年にアリス出版(Alice Editions, Biti Edizioni. Milano)からイタリア語版の『モランディの花(Fiori di Giorgi Morandi)』、パリの出版社エルシェ(Herscher)からフランス語版の「Fleurs de Giorgio Morandi」をそれぞれ出版している。
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パリのベルクグリュン画廊で行なわれたフォロンの水彩画展「Folon aquarelles」の図録
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フォロンの表紙絵(裏+表)
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by galleria-iska | 2014-05-13 11:42 | 図録類 | Comments(0)


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