ガレリア・イスカ通信

galleriska.exblog.jp
ブログトップ
2013年 07月 09日

パウル・ヴンダーリッヒのリトグラフ「Geflügelter Augenzahn」(1983)

a0155815_17454355.jpg

今回取り上げるのは、ヴンダーリッヒが1983年に制作したリトグラフ「Geflügelter Augenzahn(羽を付けた犬歯、もしくは糸切り歯)」。この作品はヴンダーリッヒがオッフェンバッハの版元フォルカー・フーバー出版のオーナー、フォルカー・フーバー氏に献呈したもので、同氏から譲っていただいたものである。この作品を特徴付けるのは、なんと言っても、江戸時代にはベロ藍と呼ばれ、北斎の「富嶽三十六景」に効果的に用いられたプルシアンブルー(紺青)による深みのある画面空間であり、その中に七色に彩られた羽や純白の歯が幻想的に浮かび上がり、妖気さえ漂わせる。限定は210部と決して少なくはないが、早くに絶版となり、ドイツ国内でも滅多に(?)現れないようである。

モチーフとなっているのは犬歯であるが、ドイツ語で上顎の二本の犬歯を意味する《Augenzahn》という言葉は、“目”を意味する《augen》と歯を意味する《Zahn》から成っており、それは、上顎の犬歯が目の下に位置し、その神経が目とつながっていると考えられていたことに由来するらしい。ヴンダーリッヒはそのことを示すために、流麗なフォルムで描かれた犬歯の頭部に、こちらをじっと見据える目を描き入れている。また上方には、糸を仄めかす一本の線が何かの輪郭に沿うように描き込まれている。この作品の画面は二重構造になっており、内側の画面の縁取り(フレーム)になっている古びて傷んだ紙を思わせる意匠は、ヴンダーリッヒが1950年代末から60年代の前半に制作したリトグラフに遡ることが出来る。それはベルギー出身の画家で彫刻家のジャン=ミッシェル・フォロン(Jean-Michel Folon, 1934-2005)の水彩画との共通性が見られ、フォーマットの内側にもう一つ別のフレームを設定することで、騙し絵的な視覚作用をもたらし、非現実世界への扉を開く。それによって我々の精神は現実世界の軛から解放され、作家のヴィジョンにリアリティーを見い出すのである。フォロンの場合は縁が切り揃えられていない水彩画用紙の形状を用いており、ヴンダーリッヒは縁が焼け焦げたような紙とか縁が磨かれていない石版画用の石灰石の形状から想を得たフレームを用いている。この作品ではその手法を復活させており、さらにフレームの外側にも描画を加えている。

この作品の前身とも言える作品が1980年に制作されている。それはマルチプル作品のデザインを作品化した「Entwurf eines Porzellangefäßes in Forum eines Zahnes/Design of a porcelain vessel in the form of a tooth 」(C.R.619)というリトグラフであるが、そのモチーフを特異とする構図の中に取り入れたものが、この作品である。

●作家:Paul Wunderlich(1927-2010)
●種類:Lithograph + rainbow printing(Irisdruck)
●題名:Geflügelter Augenzahn
●サイズ:758x560mm
●限定:210 + 10 e.a.
●紙質:B.F.K. Rives
●発行:Edition Volker Huber, Offenbach am Main
●印刷:Matthieu Dielsdorf, Zürich
●制作年:1983
●目録番号:C.R.697
a0155815_17511271.jpg
オッフェンバッハの版元フォルカー・フーバー(Volker Huber)氏への献辞
a0155815_17512139.jpg
ヴンダーリッヒの署名
a0155815_1747697.jpg
図版:スイスの版画工房(Matthieu Dielsdorf)で同作品を制作するヴンダーリッヒ。1987年に60歳を記念してシュレスヴィヒ・ホルシュタイン州立美術館(Schleswig-Holsteinisches Landesmuseum)で開催された展覧会「Paul Wunderlich Graphik und Multiples 1948-1987」の図録掲載の写真
a0155815_17471816.jpg
図版:作品の詳細:図録収録の版画目録(Werkverzeichnis der Druckgraphik 1983 bis 1987)より






a0155815_1871914.jpg

[PR]

by galleria-iska | 2013-07-09 21:12 | その他 | Comments(0)


<< デイヴィッド・ホックニーの公演...      パウル・ヴンダーリッヒのリトグ... >>