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ガレリア・イスカ通信

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2014年 06月 12日

マリノ・マリーニのリトグラフ「Chevaux et Cavliers, Plate IV」(1972)

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イタリアの20世紀を代表する彫刻家のひとりで、画家・版画家としても活躍したマリノ・マリーニ(Marino Marini, 1901-1980)の版画家としての名声は1948年、ドイツ生まれの画商でニューヨーク市に画廊を開いたクルト・ヴァレンティン(Curt Valentin, 1902–1954)との出会いから生まれた1951年のクルト・ヴァレンティン画廊(註1)での個展開催を機に一気に高まり、ヨーロッパの版元からも注文が舞い込むこととなる。そして1955年にはパリの版元ベルクグリュン画廊(Galerie Berggruen & Cie.)で版画展「Marino Marini 15 lithographies」を開催、版画家としての地位を確固たるものにする。このリトグラフは1972年にサン・ラッザーロ(註2)の20世紀美術国際協会(Société Internationale d'Art XXe Siècle, Paris )と提携先のニューヨークの出版社レオン・アミエル(Léon Amiel Publishers, Inc., New York)から出版されたマリーニの8点組のリトグラフ版画集『馬と騎手(Chevaux et Cavaliers』所収の「Chevaux et Cavaliers, Plate IV」である。版画集の印刷はパリのムルロー工房で行なわれ、アルシュ紙に刷られたものが50部、ジャポン・ナクレ紙に刷られたものが10部あり、その他にアルシュ紙に刷られた非売用の(H.C.)が20部と、作家手持ち用の(E.A.)がアルシュ紙に10部とジャポン・ナクレ紙に5部ある。真珠のような光沢のあるジャポン・ナクレ紙に刷られたこのリトグラフは、刷り師の保存用であったらしく、署名も限定番号も入っていない。ムルロー工房の経営が苦しくなった頃に持ち出されたものであろうか。アルシュ紙に刷られた署名入りのものも所有していたが、同系色を用いた「Chevaux et Cavaliers, Plate III」が見つかり、購入資金を得るために、知り合いの画廊に買い取ってもらった。「Chevaux et Cavaliers, Plate III」は気に入っていたのだが、自分には身分不相応かと思い、ニューヨーク市のオークションで売却することにしたのだが、思いのほか高く売れ、売却金の一部でマリーニが1971年に20世紀画廊(Galerie XXe siècle)で行なった個展の際に制作した告知用のポスター「Idea del Cavaliere(騎手の概念)」と1972年のミュンヘン・オリンピックの公式ポスターとして制作した「Edition Olympia」を手に入れた。収集家ではないので、これで十分である。

版画集の主題となった“馬と騎手”はマリーニの1935年の彫刻から始まる主要な主題のひとつで、馬と騎手が生み出す水平と垂直、あるいは対角線上の交差する運動のダイナミズムと緊張感が、豊穣や繁栄を象徴する古典的でふくよかな形象から、単純化を押し進めることで幾何学的なものへと変容し、絵画や版画において、輝くような鮮やかな色彩による、ある種の記号性を帯びた形象へと帰着する。その最たる例がこの版画集であろう。ところで、馬と騎手の緊張感を帯びた構図は画家で版画家の利根山光人(Kohjin Toneyama, 1921-1994)が1980年代に手掛けたドン・キホーテのシリーズを彷彿させるが、どうだろう。

●作家:Marino Marini(1901-1980)
●種類:Lithograph
●題名:Chevaux et Cavaliers, Plate IV
●サイズ:370x510mm(Sheet:497x645mm)
●技法:Color lithograph
●限定:50(Arches) + X(Japon nacré)
●紙質:Japon nacré paper
●発行:Société Internationale d'Art XXe Siècle, Paris et Leon Amiel, New York
●印刷:Mourlot, Paris
●制作年:1972
●目録番号:Guastalla L 107 pl. IV(註3)

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マリノ・マリーニの版画総目録「Marino Marini Etchings and Lithographs 1919-1980」1991年。序文:エリッヒ・シュタイングレーバー、カタログの編者:グイード&ジョルジオ・グァスタッラ、発行:株式会社ショアウッド・ジャパン(Shorewood Japan Co., Ltd.)、313x298mm、247ページ。日本語、英語併記。
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版画集「馬と騎手」の図版
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「マリノ・マリーニ全作品」1970年。パトリック・ワルドベルク、ハーバート・リード、G.ディ・サン・ラッザーロ共著、発行:20世紀美術国際協会、パリ(Société Internationale d'Art XXe Siècle, Paris)、353x298mm、506ページ、フランス語。
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1978年に東京国立近代美術館で開催された「マリノ・マリーニ展」の図録。1978年。序文:エリッヒ・シュタイングレーバー、発行:読売新聞社、現代彫刻センター、240x215mm、217ページ。版画作品は出品されていない。表紙と扉のデザインは福田繁雄。
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マリーニのメッセージ(1978年1月12日付)





1.クルト・ヴァレンティン画廊の前身はヴァレンテインがドイツから移民した1937年に開いたブッフホルツ画廊(Buchholz gallery,1937-1944)である。ブッフホルツ画廊の名前は、ヴァレンティンがドイツ時代に、ナチスが「退廃芸術」の烙印を押したドイツ表現主義やダダイスムの作家の作品を扱っていたハンブルクの書店主で画商のカール・ブッフホルツ(Karl Buchholtz, 1901-1992)がベルリンに開いた画廊で働いていたことから付けたものである。ユダヤ人の血を引くヴァレンティンは1937年にナチの手から逃れるために、ブッフホルツの援助でアメリカに移民したのであるが、彼が開いた画廊はブッフホルツ画廊のニューヨーク支店という性格を帯びたものであったと思われる。しかしながら1944年、敵性国家の作品を扱うということで当局に没収されてしまう。1951年に自らの名前を冠した画廊を開くと、アレクサンダー・カルダー、ヘンリー・ムーア、そしてマリノ・マリーニといった著名な彫刻家の個展を開催すると共に、彼らの版画作品の版元となった。ヴァレンティンは1954年、イタリアのマリノ・マリーニを訪問中に心臓発作で亡くなる。

2.グアルティエーリ・ディ・サン・ラッザーロ(Gualtieri di San Lazzaro)のペンネームで知られるイタリア生まれの美術批評家で出版者のレアンドロ・パパ・ジュゼッペ・アントニオ(Leandro Papa Giuseppe Antonio, 1904-1974 )は1904年、イタリア シチリア島東部の都市カターニアに生まれる。1924年にパリに渡り、1938年、20代の若さで美術誌『20世紀(XXe siècle )』を創刊、1939年までに全6号を刊行するするも、第二次世界大戦によって中断を余儀なくされ、パリを離れる。1949年にパリに戻り、1951年に『20世紀』を再刊、ヨーロッパだけでなくアメリカの現代美術の動向も紹介する。また1959年には20世紀画廊(Galerie XXe siècle)を開き、世界の美術の中心地となったパリに集った作家(la nouvelle École de Paris)の展覧会を開催すると共に、版画や版画集の出版を手掛けた。

3.
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前掲の日本語版総目録とほぼ同時進行で編集、製作が行なわれたイタリア語版のマリノ・マリーニの版画総目録《Guido Guastalla, Giorgio Guastalla,「Marino Marini. Catalogo ragionato dell'Opera grafica (Incisioni e Litografie) 1919-1980」Edizioni Graphis Arte, Livorno, 1990》カタログの編者は同じグイード&ジョルジオ・グァスタッラ:1990年、310x248mm、268ページ、限定3000部、イタリア語。

by galleria-iska | 2014-06-12 21:36 | 版画関係 | Comments(0)


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