ガレリア・イスカ通信

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2014年 07月 17日

菅井汲のリトグラフ「L'Homme」 & 「La Femme」(1960)

第二次世界戦後のパリを拠点に活動を行なった「新エコール・ド・パリ」呼ばれる抽象系の作家の花形として、1950年代には既に一定の評価を得ていた菅井汲(Kumi Sugai, 1919-1996)は1960年、それまでにリトグラフ工房で習得した制作技術に磨きを掛けるためであろうか、自前のプレス機をパリのアトリエに設置、自身のための作品作りを行なう。菅井はこの年、自らが版元となって8点のリトグラフと1点のエッチングを制作しているのだが、その内7点までがフォーマットが約320x220mmの小品である。

ここで取り上げるのはその内の2点で、「男(L'Homme)」と「女(La Femme)」という、菅井が1957年に既に一度制作したことのある主題であるが、1957年のものと比べると、絵画的な具象性が弱まり、能書的な抽象化が進んでいる。菅井は1950年半ば過ぎから、男性器や女性器を、日本の書の筆触を想起させる抽象表現主義風の手法を用い、情念のようなものを孕みつつも、記号化された形象として数多く描いている(註1)。菅井をこのような主題に向わせた理由は、内々では語られていたのであろうが、議論の俎上に上ることはあまりなく、またエロティシスムを無意識や夢と同様、運動の出発点として捉えていたシュルレアリスムとの関係性についも、同年出版された版画集「デッサン(Dessins 1957-1960)の序文を執筆したシュルレアリスムの作家アンドレ・ピエール・マンディアルグ(André Pieyre de Mandiargues, 1909-1991)とのつながりにおいて論ずる余地は多分にあると思われるのだが。そのシュルレアリスムの活動拠点である国際都市パリにおいては、旧い観念からの脱却を目指すためのスキャンダラスとも言える創造行為が称揚されていたことは1959年に開催された「シュルレアリスム国際展」のテーマが“エロス”であったことからも窺い知ることができる。菅井はシュルレアリスムのそのような観点に着目し、一義的な意味が剥ぎ取られた、性的な表意性が背景に退いた後に残る純粋な形態に見る者の関心を向わせるという方法論によって自らの表現を確立しようとしたのではなかったのだろうか。

二点のリトグラフは同時期に制作されたものではあるが、菅井はそれらを一対の作品として見られぬよう、紙質も限定数も変えている。

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●作家:Kumi Sugai(1919-1996)
●種類:Print
●題名:L'Homme
●サイズ:153x110mm
●フォーマット:315x215mm
●技法:Lithograph
●限定:50
●紙質:B.F.K. Rives
●出版:Kumi Sugai, Paris
●刷り:Kumi Sugai, Paris
●制作年:1960
●目録番号:Hara #50
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●作家:Kumi Sugai(1919-1996)
●種類:Print
●題名:La Femme
●サイズ:153x110mm
●フォーマット:317x217mm
●技法:Lithograph
●限定:75
●紙質:Arches
●出版:Kumi Sugai, Paris
●刷り:Kumi Sugai, Paris
●制作年:1960
●目録番号:Hara #51
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註:

1.菅井の1960年代後半から始まるジオメトリックな方向性を評価していた美術評論家の針生一郎(Ichirō Hariu, 1925-2010)氏はカリグラフィックな様相を見せる画面には批判的であったようで、後に「わたしは絵具を塗りかさねた上をひっかき、黒い大まかな筆触がライト・モチーフを形づくる当時の画面に、炉辺閑話のような日本のフォークロアへの固執と、性的なイメージの暗示を感じて、情緒的な閉鎖性を指摘したことがある。」と現代版画センターの月刊機関紙である「版画センターニューズ」(No.58,1980年6月刊)所収の“現代日本版画家群像 第6回『菅井汲と泉茂』”の中で述べている。
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by galleria-iska | 2014-07-17 13:24 | その他 | Comments(0)


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