ガレリア・イスカ通信

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2014年 09月 26日

サルバドール・ダリの挿絵本案内「Les Chants de Maldoror」(1974)

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前回取り上げたジョアン・ミロ(Joan Miro, 1893-1983)と同様、サルヴァドール・ダリ(Salvador Dali, 1904-1989)もまたスペインのカタルーニャ地方の出身である。1927年にパリに出たダリは、一足先にパリに来ていたミロの紹介でピカソやシュルレアリストたちと出逢い、ブルトンが『シュルレアリスム第二宣言』を出版する1929年、シュルレアリスムの画家として華々しく登場する。その衝撃は、ブルトンをして「ダリの出現によって、はじめて精神の窓が思いきり広く開かれ、荒々しい青空の罠に向って、自分が滑空しているように感じられるのだ。」と言わしめる程、大きなものであったようだ。当初はおとなしくブルトンに付き従っていたダリだが、そんな時期は長続きせず、幾つもの傑作をものにし、名声が高まるにつれ、自ら発見した“偏執狂的批判方法”(註1)がシュルレアリスムの自動記述や夢の記述といった受動的な技法よりも能動的で優れており、自分こそが真のシュルレアリストであると公言したことから、ブルトンの逆鱗に触れ、1938年にグループから除名される。一方、ダリ自身は除名されなかったと主張していることから、ダリは決してシュルレアリスムを裏切ったわけではなく、自らシュルレアリスムを演じ続けたのかもしれない。

1929年から1933年にかけて、「欲望の適応」(1929年)、「記憶の固執」(1931年)、「見えない男」(1929-1933年)といったシュルレアリスム絵画の傑作を次々に生み出したダリは1933年、スイスの出版人アルベール・スキラの依頼を受けたピカソに代わって、19世紀後半のパリに現れた夭折の詩人ロートレアモン伯爵(Le Comte de Lautréamont)(註2)こと、イジドール・リュシアン・デュカス(Isidore Lucien Ducasse, 1846-1870)作の『マルドロールの歌(Les Chants de Maldoror)』の挿絵を描くこととなる。

個人的なことを言えば、学生時代を美術館も画廊も洋書店もない田舎で過ごしたので、ダリが版画を制作しているとは知る由もなかった。前に書いたことがあるが、1975年に名古屋のオリエント・ギャラリーで開催された『不死の十法』展を観に行き初めて知った次第。『不死の十法』はミックスド・メディアによる作品であったが、ダリの版画と言えるドライポイントで制作された部分は、緻密さとリアルを追求した絵画とあまりに掛け離れており、それがダリの版画制作に対する独自の姿勢だったのかもしれないのだが、これがあのダリの版画なのかと目を疑ってしまった。一方、レーザーで版を制作した部分は、ダリによるものではなかったようなのだが、こんな細かな描写が可能なのかと感心した。その後もずっとダリの版画は別人によるものではないかと、疑い続けていたのだが、1980年代になってようやく自分が求めていたものと合致するものがあることを知った。それが『マルドロールの歌』のための挿絵であった。幾つか手に入れたいと思ったものもあったので、何度かオークションにも参加したのだが、現物を手に取って見たことがなく、また1934年版と1974年版との区別が付かず混乱していたため、それほど熱くなれず終わってしまった。

『マルドロールの歌』の衝撃性はダリの霊感を大いに刺激したことは間違いなく、結果、ダリの絵画を大きく発展させたのだが、『マルドロールの歌』の挿絵として生み出された数々のイメージは、詩句には無関係なものがほどんどで、ダリの当時の絵画のモチーフと重なるものが幾つも見られる。スキラ(Albert Skira, Paris)によって1934年に出版された『マルドロールの歌』は、当初予定された210部のうちの100部のみで、銅版画で制作されたダリの挿絵30点と12点のカットが添えられた。残りの100部は、スキラの版を購入したダリの長年の友人で出版者のピエール・アルジレ(Pierre Argillet, 1910-2001))によって1974年、42点と後に発見された未採用の2点を加えた44点入りの挿絵本に50点の署名入りスイートを付けた豪華版として出版された。この小冊子はその案内用として作られたものらしく、1974年版の挿絵全44点(註3)を収録している。小冊子とは言え、画集に掲載される図版よりもずっと印刷の質が高く、資料として十分活用できる。

●作家:Salvador Dali(1904-1989)
●種類:Booklet
●サイズ:235x160mm
●技法:Offset
●発行:Argillet, Paris
●印刷:Étienne Et Christian Braillard、Genève
●制作年:1974(?)

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註:

1.古典や哲学、政治、思想、精神分析、はたまた最新の科学的知見を盛り込んだエキセントリックな言説や奇行を繰り返したダリであるが、自身が、実際の現実よりも、“自分自身の妄想や幻覚を現実と思いこむ狂人の症状”を発現する偏執狂的な資質の持ち主であったことから、自ら発見した“偏執狂的批判方法”によって、二重像、三重像のトリックを使った作品を次々に生み出したのだった。

2.ロートレアモンは『マルドロールの歌』を1869年に完成し、ベルギーで自費で印刷し発表しようとしたが、出版者であるアルベール・ラクロワ(Albert Lacroix )がしり込みし、出版には至らなかった。実際に出版されたのはロートレアモンの死後4年経った1874年のことである。出版者は、第二帝政の政治難民で、ブリュッセルに出版社と書店を開いたジャン=バプティスト・ロゼ(Jean-Baptiste Rozèz)であり、彼はラクロワから埋もれたままでいたオリジナル版を買い取り、新しい表紙を付けて出版したのだが、売れ行きは芳しくなかった。1885年、ベルギーの文芸復興を目指し、文芸誌『若きベルギー(Le Jeune Belgique, 1881-1897)』を創刊した詩人マックス・ワレル(Max Waller, 1860-1889)らが発見し、ペラダン(Péladan)やユイスマンス(Huysmans)、レオン・ブロイ(Léon Bloy)といった友人の作家に広まる。その評価が高まる中、1890年にパリの出版社ジュノンソー(Genonceaux)よってようやく母国フランスで出版される。1917年、詩人のフィリップ・スーポーがパリのラスパイユ大通り(Boulevard Raspail)の書店から1874年版を購入、その発見を"For me and my fellow poets André Breton, Louis Aragon, Paul Eluard and Robert Desnos, to name only the biggest, the Chants de Maldoror represent a turning point for the French literature alongside the poems of Arthur Rimbaud. "と語っている。そしてシュルレアリスムのあるべき姿を予言した“ミシンとこうもり傘との手術台のうえの不意の出逢いのように美しい”という一節の衝撃性を持って、シュルレアリストたちの霊感源の一つとなり、ロートレアモンをシュルレアリスムの先駆者と捉えることとなり、ブルトンが『マルドロールの歌』をシュルレアリスムの聖書としてメンバーに読ませたことにより、詩や絵画の想像の限界を大きく広げることとなった。

3.1994年にプレステル社(Prestel-Verlag, München)から刊行されたダリの版画カタログ・レゾネ第一巻(Salvador Dali Catalogue Raisonne of Etchings and Mixed-Media Prints 1924-1980)には、1934年版の別刷りセットつき42点に、新たに発見された2点を加えた44点が記載されている。



参考文献:

1.「ダリと本-Dali y los Libros」エドゥアルド・フォルネス、ジョルディ・オリベレス編、メディテラニア出版社発行、1987年
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マルドロールの唄(Les Chants de Maldoror)についての説明文
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by galleria-iska | 2014-09-26 20:05 | その他 | Comments(0)


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