ガレリア・イスカ通信

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2014年 12月 04日

駒井哲郎の銅版画「Trees」(1958)

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日本の現代版画の礎を築いた作家として評価される銅版画家の駒井哲郎(Tetsurô Komai, 1920-1976)であるが、残念ながら、海外の評価は、棟方や浜口、菅井らと比べて決して高いとは言えない(註1)。確かに駒井は都市の、なかんずく東京の知識人から強い支持を得ている。そしてその非常に限られた支持層によって彼の藝術が称揚され、版画界においてある種のヘゲモニー(hegemony)を獲得しているように思われる。その背景となっている彼の早熟さと西洋美術への憧憬は一般大衆の持つ現実感からは遊離したものであり、彼自身も自覚していたと思うが、世間一般の支持はそれほどでもなく、ましてや地方においてその知名度は無きに等しいと言える。それは日常から解き放たれた想像力の世界を守るためであろうか、孤独を壁として張り巡らせ、敢えて世間から自己の藝術を隔絶せしめているかのようにも映るのだが、駒井の苦悩を生み出す土壌となっていたように思われる。

駒井が自己のアイデンティティの確立を目指す上で創造の源泉となった作家への憧憬とシンパシーは、その作家の精神に乗り移らんとする駒井の姿を垣間見せ、痛々しくもあるのだが、同時に、美の創造者というものの有り方に疑問を投げかける。この自己同一化は図らずしも日本文化の基本的体質を見事に表しているかのように思える。作家は誰しもその初期には大なり小なり誰かの影響を受け、その模倣を通して自己の様式を発芽させ、それを発展させていくのだが、たとえそれが誰かの影響下にあったとしても拭い去れない個性というものが作品から立ち上ってくるはずである。その点において駒井の作品を見る時、現代美術が広く用いるところの引用や借用とは異なり、卓越した翻訳家あるいは翻案家に見えてしまい、ある種の空しさのようなものを感じる。つまり駒井の作品を通して彼が対峙した海外の作家が透けて見えてしまい、オリジナリティーを確立し得ない、浮き草のような危うさを感じてしまうのである。それが破壊と創造とは別の地平に立つエリートと呼ばれる所以なのだろうか。

駒井が“樹木”を主題とする作品に取り組むのは1956年にルーブル美術館所蔵のルドンの素描「樫の木(Oak Tress)」(註2)をもとにした「樹木-ルドンの素描による」を嚆矢とするが、翌1957年に1点、そして1958年には5点もの作品を制作している。今回取り上げるのは1958年に制作された「樹木(Trees)」であるが、この作品は、駒井が日本の現代版画の現状を海外に伝えるべく企画され、1959年に発行された版画集所収の作品として制作したもので、1957年作の「樹木」の延長にあるように思われる。1957年に作品では大小15本の木々からなる木立がリズミカルに配置されていて、それはどこか尾形光琳の燕子花図(右隻)を彷彿させなくもない。一方、この作品では7本の木々が描かれているのだが、海外に紹介されることを念頭にしたのだろう、それらの木々が、もともとは視覚的経験に基づく東洋的、日本的空間表現に用いる逆遠近法によって配置されている点が注目される。そこに駒井の、西洋の単なる物真似ではない、日本人作家として矜持を感じ取れなくもない。

駒井が描いた7本の木々は手前から奥へと、順に1本、2本、4本と倍に増えていく。またそれらの木々は並行に置かれ、中ほどの2本の木の幅と奥の4木の幅の比は1:2となっており、手前から奥にいくほど広がっていくよう配置されているのである。そのことは次のように線を引いてみるとよく分かる。この作品の縦の中心は左から3番目の木の根元の右端を通っていて、その延長線に右端奥の木の根元を通る線を結び、その交点に左端の木の根元から線を延ばし、それに画面奥の4本の木の根元を結んだ線を繋げると、二等辺三角形が出来るのである。そのような画面空間によって木そのものの存在が高められ、何かを暗示するメタファーとしての働きを帯びているのではないかとも考えられるが、駒井の自然主義的な側面とも取れなくもない。

●作家:Tetsurô Komai(1920-1976)
●種類:Print
●題名:Trees
●サイズ:283x257mm(プレートマーク:233x210mm)
●技法:Etching
●限定:100
●発行:Japan's Modern and Famed Print Art Association
●制作年:1958
●目録番号:111(駒井哲郎版画作品集、1979年、美術出版社)
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註:

1.パブリック・オークションの落札情報を提供するサイトを検索してみたが、駒井の作品は見当たらなかった。今回取り上げた作品「樹木(Trees)」に関しては、版画集として出品されたケースを見つけることは出来たのだが、その評価はすこぶる低く、海外とのギャップを感じる。

2.
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図版:左:駒井哲郎の銅版画「樹木 ルドンの素描による」エッチング、1956年、233x201mm、限定125部
    右:オディロン・ルドンの素描「Oak Tree」鉛筆、1868年頃、320x255mm、Musee du Louvre, Paris

参考文献:

季刊「版画藝術」(80号、特集/対決!駒井哲郎)、1993年、阿部出版
Douhlas W. Druick(General Editor), Odilon Redon: Prince of Dreams 1840-1916, 1994, Harry N. Abrams & The Art Institute of Chicago, New York
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by galleria-iska | 2014-12-04 18:35 | その他 | Comments(0)


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