ガレリア・イスカ通信

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2014年 11月 07日

勝原伸也のポスター「Katsuhara Shinya Ukiyo-e Prints」(1986)

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昨年の“和食”に続き、今年は日本の手漉き和紙技術がユネスコ(UNESCO/国際連合教育科学文化機関)の無形文化遺産に登録される見通しとなった。アニメ、漫画、オタクと云った日本のポップカルチャーから始まった日本ブーム(Cool Japan)の流れは、今や日本文化全体に広まっており、19世半ばにフランスで起きた日本趣味(Japonisume)の再来にも似た様相を呈している。そこには人間と自然との共存・共生を否定するかのような産業革命以後の加速的な科学技術の発展がもたらした地球規模の環境問題や社会秩序の崩壊に悩む西欧社会のジレンマが背景としてあると思われるが、和食にしろ、和紙にしろ、単に伝統文化という文脈だけでは括れない、食や健康、生活文化における自然志向への関心の高まりやその汎用性なども評価と結びついているのかもしれない。

日本の木版画制作に必要不可欠である和紙は、古くは17世紀オランダを代表する画家レンブラント・ファン・レイン(Rembrandt van Rijn, 1606-1669)が、江戸時代初期に東インド会社によって長崎からオランダに運ばれた和紙をそのエッチング制作に用いたことが知られており、近くはと言っても既に二世紀も前のことになってしまうが、19世紀半ばのフランスの銅版画家フェリックス・ブラックモン(Félix Bracquemond, 1833-1914)による浮世絵版画の発見に端を発する空前の日本趣味の流行が西欧絵画に多大な影響を及ぼし、1867年、1878年のパリ万国博覧会における出品で絹製品、漆器などともに高い評価を得たことで、多くの版画家や出版社が日本の和紙を珍重する切っ掛けとなっている。

今回取り上げるのは、江戸時代に花開いた“浮世絵版画(錦絵)”の完全復元にたったひとりの手で挑んだ名古屋生まれの木版師、勝原伸也(Shinya Katsuhara, 1951-2015)が1986年、当時居を構え活動していた四日市にある近鉄百貨店で開催した展覧会の告知用ポスターである。ポスターに使われているのは、彼がその年に制作した歌川国芳(Kuniyoshi Utagawa, 1798-1861)の錦絵「義勇八犬伝・犬坂毛乃」で、彼自身「彫りとか摺りの技術、それに紙や絵の具のレベル、そういう技術的な成果が非常にいい形で発揮できた作品」と語っているように、1977年、学生が使う教材用の“甚五郎”という彫刻セットと年賀状用の版木を使って何気に浮世絵を彫ってから九年、実物の四倍ぐらいに引き伸ばしても、何の破綻も見られない程の技量を獲得したと自負できるまでになった作品である。ポスターは、摺り上がったばかりの版画を原画とし、用紙には生成りの和紙に似せた色調のものを使っているため、単なる複製とは思えないほどの鮮やかな発色で、かなりの人気を博した。今手元にあるものは、画廊に掲示されていたものを貰い受けたものである。

●作家:Shinya Katsuhara(1951-)
●種類:Poster
●サイズ:741x576mm
●技法:Offset
●発行:Kintetsu Department Store, Yokkaichi
●制作年:1986
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参考文献:

「木版師 勝原伸也の世界-浮世絵は蘇る」株式会社 平凡社、1993年
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2015年8月3日追記:

昨晩、今月の末から山口県立萩美術館・浦上記念館での特別展示となる朝日新聞西部本社発刊80周年記念「木版画家 立原位貫ー江戸の浮世絵に真似ぶ」を控えていた木版画家の立原位貫氏(本名:勝原伸也)が7月31日に亡くなったとの知らせを受け取った。胃がんとのこと。享年64歳。数日前に、美術館の方から招待状が届いたばかりで、お礼の電話をしようと思っていた矢先のことであった。昨年2月の個展でお会いしたのが最後となってしまった。帰り際に何か予感めいたことをおっしゃったので気になったが、たとえそうなったとしても「骨は拾わないよ」と言ったのが、ずっと胸に残っている。生前、といっても随分前になるが、勝原さんが運転するボルボに乗せてもらい、あちこち連れて行ってもらった。どんなに落ち込んでいるときでも、勝原さんの言葉を聞くと、いつも明るい気持ちになれた。勝原さんは文字通り僕の元気の源であった。最期まで友人のひとりと思っていてくれたことに心から感謝いたします。本当にありがとうございました。
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by galleria-iska | 2014-11-07 18:41 | ポスター/メイラー | Comments(0)


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