ガレリア・イスカ通信

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2014年 11月 13日

フィリップ・モーリッツの銅版画「New York」(1982)

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先日、フランスのパブリック・オークションの情報サイトを見ていて驚いた。フランスのボルドーで活動を続ける銅版画家フィリップ・モーリッツ(Philippe Mohlitz, 1941-)の過去に出品された作品がリストアップされていたのだが、モーリッツが1982年に制作した大型の作品「New York」に、日本円にして50万円近い、3500~4000ユーロという落札予想価格(estimate)が付けられていたからである。実際にいくらで落札されたかは登録しないと分からないのだが、いつの間にそんなに高い評価に変わっていたのだろうか。そのこと自体はモーリッツにとって決して悪いことではないし、彼の作品を高く評価していることの現われであるので、彼のファンのひとりとしては喜ばしいことなのだが、果たして客観性のある評価なのであろうかと思ってしまった。モーリッツほどの版画の名手はそれほど多くいるわけではないが、ある意味でアナクロニスム的な表現方法は、広く一般に受け入れられるものではなく、一部の銅版画愛好家に受け入れられるに留まっている。

この作品は他の多くの作品同様、モーリッツ自身が版元になっており、制作から15年以上経った後でも、僅かしか売れておらず、摺刷数の少ない雁皮刷りのものでさえ未だ半数以上残っていたのである。2000年頃のパリの画廊(Galerie Michèle Broutta S.A.) での小売価格は8000フラン(約16万円)ぐらいだったと思うので、実質3倍以上の上昇と言える。10数年の間に、モーリッツ自身の手持ちは全部売れてしまったのだろうか、それとも供給を止めてしまっているのだろうか。その当時日本でこの作品を所有していた蒐集家は少なくとも20人はいたのではないかと思われるが、売り切れということなら、さらに多くなるであろう。

モーリッツがこの作品を制作したのは1982年であるが、その年、アメリカ合衆国政府は巨額の財政赤字を抱え、その凋落ぶりがはっきりした年である。一方、世間の喧騒を離れ、ルドンやブレダンといった先達に倣い、ボルドーでひとり制作を続けていたモーリッツの技量はまさにその頂点にあり、それまでに創り上げてきた独自の作品世界の集大成とも云える作品を完成させた。それがこの「ニューヨーク」である。モーリッツはこの年、ニューヨークのジョン・セーケ画廊(John Szoke Gallery)での展覧会『The Surrealist Tradition』に出品しており、この作品はそれに向けて制作されたものかもしれない。作品を制作するにあたり、モーリッツが何か政治的な意図を込めたとは思えないし、予言的なものともしていない。あくまでもヴィジョンであり、フィクションであるからである。それは時代設定を見えれば自ずと理解される。モーリッツのメカニカルなものへの志向は幾つも作品で示されているが、ここでも1930年代に出現する三発低翼単翼機や蒸気機関車などを描き入れており、建造物の装飾などもレトロ感が漂っている。しかしながら、全くの作り事だけでは現実味を創出できないので、モーリッツは見る者にニューヨークを想起させるものを幾つか描き入れている。ひとつは画面右上に見えるこの街を象徴する自由の女神像で、画面中央にはニューヨーク・セントラル鉄道の起点となるグランドセントラル駅、そしてその手前はニューヨーク港であろうか。鳥瞰図のような視点で描き出されたその姿は現代文明を象徴するニューヨークの街の崩壊後の姿を描いているのだが、植物があちこちに枝を伸ばし葉を茂らせており、密林の中から発見された遺跡を眺めているかのようでもある。そのSF的な斬新な構図は、1968年に公開されたフランス人作家原作のSF映画『猿の惑星(Planet of the Apes) 』の衝撃のラストシーンとどこかで繋がっているのではないかという気にもさせるが、モーリッツの作品にある種の郷愁のようなものを感じてしまうのは、モーリッツが上記のようなアナクロニズム的な視点を持ち込んでいるからであろう。

この作品をモーリッツが1978年に完成させた傑作「塔(La tou)」と比べると、ビュランによるものとは思えない、まるで浮世絵版画の毛彫りのように細く彫られた繊細で精緻を極めた描線が、円熟味を増すにつれ、印影が強く濃いものに変わっていくのが分かる。その結果、画面全体のコントラストが高められ、ドラマチックな画面に変貌していくのだが、反面、モーリッツの画面と特徴であった極めて微視的な描写力の持ち味が失われてしまったように思う。

●作家:Philippe Mohlitz(1941-)
●種類:Print
●題名:New York
●サイズ:506x450mm(イメージ:407x345mm)
●技法:Burin
●限定:120
●紙質:B.F.K. Rives
●発行:Philippe Mohlitz, Bordeaux
●制作年:1982
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参考文献:

「Mohlitz - Gravures et Dessins 1963-1982」Editions Natiris, 1982, p.119
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by galleria-iska | 2014-11-13 22:14 | その他 | Comments(0)


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