ガレリア・イスカ通信

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2015年 05月 07日

ジム・ダイン展の招待状「Waddington Galleries」(1984)

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ポップ・アートの雄、ロイ・リキテンスタイン(Roy Lichtenstein, 1923-1997)同様、抽象表現主義の影響下から出発したジム・ダイン(Jim Dine, 1935-)は、アラン・カプロー(Allan Kaprow 1927-2006)によるハプニングを経験した後、ネオダダのロバート・ラウシェンバーグ(Robert Rauschenberg, 1925-2008)やジャスパー・ジョーンズ(Jasper Johns, 1930-)によって生み出されたコンバイン・ペインティングに触発され、1960年代に身近な大工道具などをキャンバスに結合した作品を発表、ポップ・アートの作家の仲間入りを果たす。作品に用いられるオブジェが日常性に根ざしている点に於いて、両者は同じように見えなくもないが、ダインのそれは自伝的意味合いを持っているのに対し、ポップ・アートの大量消費社会を批判的に捉える姿勢に違和感を感じたダインは、ポップ・アートとの距離を持つため、ロンドンに活動拠点(1967年~1971年)を移す。そこでの暮らしと培われた表現技法-殊に銅版画-がその後のダインの表現に大きな変化をもたらすこととなる。帰国後の1971年以降、よりパーソナルな視点が強く現れるのが、自身と妻のナンシー・ダインを題材とする肖像画であることは間違いない。1980年代に入ると、ダインの絵画にある種の原点回帰とも取れる表現主義的な荒々しい筆触が現れ始める。それと呼応するかのように版画制作に木版画が登場し、また同時に彫刻作品が大きな比重を占めるようになっていく。中でも1976年に購入したミロのヴィーナス(註1)のミニチュアをもとにした彫刻はダインの主要な彫刻のひとつとなっている。ヴィーナスはダインの版画制作においても主要なテーマのひとつなり、1983年から85年にかけて集中的に制作されたミロのヴィーナスをモチーフとする版画で示された様々なヴァリエーションは、彫刻との相互作用の中で生み出されたものである。そのひとつ成果として、1984年の3月7日から31日かけて、ロンドンのワディントン・ギャラリーズで彫刻展が、またワディントン・グラフィックスでは版画の近作展が同時開催された。これはその彫刻展の招待状で、1983年に制作された彫刻「Venus with Tools」(Cast bronze, edition of 6, 156.2x81.3x76.2cm)の写真が使われている。

古代キリシャで制作された、世界で最も有名な大理石の彫刻「ミロのヴィーナス(Vénus de Milo)」は、レオナルド・ダ・ヴィンチのモナリザと同様、そのイマージュは世界的な拡がりを見せており、彫刻のミニチュアは美術館やお土産屋などいたるところで見つけられる。それまで主に身近にある自身の生活と関係性の深い物をモチーフとしてきたジム・ダインであるが、ミロのヴィーナス像で初めて過去の歴史的な作品を取り上げ、それをもとに彫刻制作に挑んだ。そのことについてダインは、(ミロのヴィーナスは)
"a link to art history...and is about the relationship of art and the history of art to objects."
と答えており、1977年にはヴィーナスの小さな石膏型を静物画の画面を埋めるオブジェのひとつとして用いている。1982年、ダインはミロのヴィーナスの絵葉書を何枚か購入し、それをロンドンと国内のスタジオの壁にピンで止めていたのだが、翌年、ダインはその絵葉書を用いたコラージュによる作品(頭部は消されている)を制作。それを機にヴィーナスをモチーフとする版画・彫刻の制作へと向う。ダインのローブとヴィーナスの関係について、ジム・ダインの版画目録「Jim Dine Prints 1977-1985」の著者のひとりであるジーン E. フェインベルク(Jean E. Feinberg)によると、ダインは自身の言葉にもあるように、ヴィーナスに、歴史的な作品を制作した偉大な先達へ言及と結びつきを念頭に置きつつ、男性の表象としての“ローブ”に対応する女性の表象を発見した。ダインは制作に際し、それが特定の人物として見做されることを避けるため、ミロのヴィーナスの像から頭部を省いたトルソの形式を取っている。一方、1960年代から繰り返し描かれる“ローブ”もまたトルソのような形態を取って描かれていることから、男性の表象として、また、よりパーソナルな視点に沿うならば、ダイン自身の自画像と捉えることができる。事実、ダインは1969年に「自画像:風景(Self Portrait: The Landscape」というローブを描いたリトグラフによる版画作品を制作しており、この文脈に沿うなら、1983年に登場するヴィーナスは、彼の妻ナンシー・ダインと見做すことが出来るのかもしれない。

招待状に使われている作品「Venus with Tools」はヴィーナスをモチーフとする作品の中でもユニークなものと言えるかもしれない。ダインはヴィーナスの像に、絵画や版画の主要なモチーフである鋸、金槌、ドリル、そして貝殻といった、一見無関係とも思えるオブジェを結合させているが、先の三点は男性とその性的な力のメタファーとして、また貝殻は女性器のメタファーとして扱われている点において、多分に暗示的(フロイトを想起させる)であり、シュルレアリスムの手法である“デペイズマン”(註2)を強く意識させる。

●作家:Jime Dine(1935-)
●種類:Invitation
●サイズ:290x210mm
●技法:Offset
●発行:Waddington Galleries, Ltd, London
●制作年:1984
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招待状は展覧会の図録『Jim Dine』(290x210mm, 27pp.,1984)と同じサイズで作られている。


註:

1.ミロのヴィーナスのパラフレーズと言うと、シュルレアリスムの画家サルヴァドール・ダリ(Salvador Dali, 1904-1989)が1936年に、マルセル・デュシャンのレディ・メイド(Ready Made)にヒントを得、また精神分析学者のジークムント・フロイト(Sigmund Freud, 1856-1936)の影響を反映した、ダリが“人型のキャビネット(anthropomorphic cabinet )と言うところの、意識下の深く神秘的な性的欲望を象徴するオブジェ「引き出しの付いたミロのヴィーナス(Venus de Milo with Drawers)」(Painted plaster with metal pulls and mink pompons, 98x32.5x34cm)が思い出されるのではないだろうか。ダインの彫刻とは、時間的にも、空間的にも遠く離れ、直接的な関係性が無いように思われるが、両者は共に一見無関係に思えるオブジェを組み合わせている点や、性的欲望が創造エネルギーのひとつ、あるいはそれ自体が主題として成立し得るという点において、シュルレアリスム的であり、またレデイ・メイドの概念を踏襲している点においてデュシャンの系譜に連なると言えよう。

2.ロートレアモン伯爵の『マルドロールの歌』(1869年)における「解剖台の上のミシンとこうもり傘の偶然の出会いのように美しい」という有名な詩句を原点とする、一見無関係に思える事物を組み合わせるデペイズマン (dépaysement)という手法は、シュルレアリスムの得意とするところであり、それはダリのオブジェ「引き出しの付いたミロのヴィーナス」にも見て取れる。
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by galleria-iska | 2015-05-07 20:14 | 案内状/招待状関係 | Comments(0)


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