ガレリア・イスカ通信

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2015年 06月 23日

元永定正の版画「しろいいつつ」

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                        “しろたへの ころもはおりし いちもつの いつつならんで ふんわりふわり”

ダダイストでシュルレアリストのマン・レイ(Man Ray, 1890-1976)は1920年、マルセル・デュシャン(Marcel Duchamp,1887-1968)と画家で収集家のキャサリン・ドライヤー(Katheline K. Dreier, 1877-1952)とともに、キュビスム、表現主義、ダダイスム、未来派、バウハウスといった当時の前衛芸術の研究と発展のための組織「Société Anonyme」(註1)を設立したが、その年、豊穣と生殖の神、また男根の隠喩として使われるギリシャ神話に登場する羊飼いのプリアーポスを主題に「プリアーポスの文鎮」(1920年)というオブジェを制作している。そのオブジェを想起させるのが、ここ数年、具体美術協会のメンバーとして評価が高まっている故元永定正(Sadamasa Motonaga, 1922-2011)氏のシルクスクリーン版画「しろいいつつ」である。画家は男根とおぼしきものを図案化したこのモチーフ(日本には古来より子宝・安産祈願などの願いをかけて男根が奉られている神社が数多く存在するが、画家のそれは、西洋化したことによるモラル偏重、あるいは美術界の権威主義的な状況への揶揄であったのかもしれない)をたびたび描いているが、子供向けの絵本も手掛けた画家らしいユーモラスな表情を見せる反面、見る者のモラルに対するいくばくかの挑戦が見て取れなくもない。ゆるキャラがごとく図案化されたそれは、その一義的な意味を剥ぎ取られ、愛らしい図形として目の前に差し出されるのだが、見る者が一端、それが持つ本来の意味を認知するや否や、画家の遊び心にどう対峙するかの決断を迫られる。大人の対応として黙ってやり過すのか、画家のユーモアとして捉えるのか、それとも子供のように無邪気に愛玩するのか、そのようなこころのざわめきを画家はひそかに愉しんでいるのかもしれない。

一方、マン・レイの場合はどうであったかというと、“ボール・ベアリングと金属管で構成されたあきらかに男根を想起させる1920年のオブジェ「プリアーポスの文鎮」の主題をめぐって、好んで他人と取り交わしたやりとりを、アルトゥーロ・シュヴァルツにこう説明したのだろう。「このオブジェの写真を見ると、たいがいのひとはすぐにオリジナルのサイズをわたしに聞くのです。おおむねあなたのと同じです、とわたしは答えたものです」とマン・レイはシュヴァルツに語っている。”(批判思考のオブジェ:ローザリンド・クラウス、1984年に開催された「マン・レイ展」図録より抜粋)とあるように、レディ・メイドの手法を借りた反芸術的な様相とは異なり、いたって西洋的な素養を背景に持つ作品と言えるかもしれない。ただ、直接的な問いには、やはりユーモアも持って応えるのが礼儀であるようである

●作家:Sadamasa Motonaga(1922-2011)
●種類:Print
●題名:Siroi Itsutsu
●サイズ:382x510mm(240x350mm)
●技法:Silkscreen
●限定:200
●制作年:198?

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図版:マン・レイのオブジェ「プリアーポスの文鎮《PRESSE-PAPIER À PRIAPE (PRIAPUS PAPERWEIGHT)》」の写真(1984年に開催された「マン・レイ展」図録より)


註:
1.マン・レイの自伝「Man Ray/Selfportrait」によると、マン・レイは自分たちが作ろうとしている組織の名にひとつのアイデアを持っていた。それはフランスの雑誌の中で見つけたソシエテ・アノニム(Société Anonyme)という“株式会社”を意味する言葉であったのだが、マン・レイそれを"Anonymous Society(匿名協会)"のことと勘違いしていた。マン・レイは名前を決める場でドライヤーが異を唱えるのを心配したが、デュシャンはその意味を説明した上で、それを現代美術館に相応しい名前であるとしたことで、全員一致でその名に決まった、とある。
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by galleria-iska | 2015-06-23 20:54 | その他 | Comments(0)


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