ガレリア・イスカ通信

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2016年 01月 12日

フランスの美術専門誌ビブリス「Byblis,miroir des arts de l'lvre et de l'estampe, Vol.8」(1929)

古代ローマの装飾美術や木版画に関する研究書を数多く著した美術史家で版画家のピエール・ギュスマン(Pierre Gusman, 1862-1941)によって1921年に創刊された季刊の美術専門誌『ビブリス』(Byblis,miroir des arts de l'lvre et de l'estampe)。創刊号は1921~22年の冬号で、1931年の秋冬号となる40号までの全10巻が、20世紀初頭のフランスで書籍と美術雑誌の出版を手掛けたアルベール・モランセ(Albert Marcel Morancé, 1874-1951)が設立した出版社(Éditions Albert Morancé, Paris)から刊行された。そのうちの第8巻31号(第8巻:29号~32号)の特装版100部(100 sur vélin d'Arches avec épreuves signées)には、我が長谷川潔(Kiyoshi Hasegawa,1891-1980)による署名入りの銅版画2点:メゾチント(マニエル・ノワール)の作品「サン・ポール・ド・ヴァンスの村(Village de St.Paul de Vence)」とドライポイント(ポアント・セッシュ)の作品「水より上がる水浴の女(Baigneuse sortant de l'eau)」が挿入されている。通常版500部(500 exemplaires sur papier « vélin pur fil »)には後者の無署名のものが挿入されている。
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                    ビブリス一年分4冊を収めることが出来る特製のバインダー:1929年用:302x239mm
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このメゾチントによる風景画作品は、当時のフランスでは誰一人試みる者がいなかった、17世紀オランダおいて創始され、レンブラントも試みている「細粒刻点下地」による伝統的なメゾチントではなく、長谷川がそれまでの西洋にない独自性を持って評価を受けるために編み出した、「交差線下地」という独自の技法で制作されている。長谷川は1924年にこの「交差線下地」によるメゾチントの技法を創案、25年にこの技法で制作した最初の風景画作品「プロヴァンスの古市(グラース)Site provençal(Grasse)」を発表し、メゾチントを使って純粋の風景画を制作した最初の作家としてフランス画壇での評価を得ることとなる。長谷川の初期のメゾチントは、1923年から24年にかけて制作した風景画におけるエッチング(オー・フォルト)とドライポイントによるクロス八ッチングによる中間調を意識した表現に飽き足らず、薄い布を通して見るような柔らかな調子を求めた結果、辿り着いたものであるが、それには日本的な感覚(情緒性)が大いに寄与していると思われる。この作品においても、対角線に対して平行に引かれた交差線を画面のそこここに見出すことが出来る。この作品の翌年に制作された「アレキサンドル三世橋とフランス飛行船(Pont Alexandre III et dirrigeable français)」は前期のメゾチントの代表作であり、パリで開催された第1回「航空と美術」国際展に他の銅版画数点とともに出品され、航空大臣一等賞を受賞している。

一方、ドライポイントで制作された裸婦像であるが、長谷川の裸婦の起源は古く、版画を始めて間もない1913年頃からエッチングによる裸婦を何点も制作しており、同時期、雑誌や書籍の装丁として表現主義的傾向を感じさせる躍動感のある裸体を木版画でも追求している。渡仏後、あらゆる版画技法の研鑽を重ね、三年後の1922年に、習作として、セザンヌの水浴図に想を得たであろう「三人の浴女」をエッチングとドライポイントで制作、同じ年に制作した「レダ(Léda)」では、クロス八ッチングによる陰影を試みている。この作品に関して言えば、同じ構図のものが既に1925年に制作されており、ビブリス版は、それと構図もサイズも似通っているが、細かい修正を加え再刻されたと思われる。長谷川が美の象徴としてのヴィーナスを念頭に水浴する裸婦を手掛けたのかは定かではないが、明らかに、日本人女性のような柳腰ではなく、デッサンを通して得た西洋の美の規範に則っとり、腰骨の張ったどっしりとした体躯の裸婦として描いている。1930年までの長谷川にとって裸婦は重要な主題であったようで、この作品を含め、特に水浴の女性を描いた作品を数多く残している。

雑誌名となったビブリス(Byblis)の名の由来は、オヴィディウスの『転身物語』に登場する自分の流した涙で泉に変身した太陽神アポロンの孫娘ビュブリス(ビブリス)から来ており、書物を意味するビブリオ(Biblio-)にも掛けている。

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                        ビブリス31号(1929年秋号)特装版の書影
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       目次を見ると、メゾチントの作品の題名は、Saint-Paul-du-Varと、Saint Paul de Venceの旧名が使われ、村という言葉は付いていない。一方、ドライポイントの作品については、単に「裸婦(Femme nue)」となっており、その技法はこの時期ほとんど用いていないビュラン(burin)とされている。
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表紙に添えられているヴィネット(vignette)と呼ばれる装飾用の小さな絵には、ビブリスの花とともに、出版人であったアルべール・モランセの意を受け、“フランスの書物は常に栄える”との意のラテン語の言葉《liber galliae semper florens》が添えられている。
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                           アルベール・モランセ出版のロゴ(裏表紙)
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「サン・ポール・ド・ヴァンスの村(Village de St.Paul de Vence)」
●作家:Kiyoshi Hasegawa(1891-1980)
●種類:Print
●題名:Village de St.Paul de Vence
●サイズ:Format:227x284mm(Plate mark:140x182mm)
●限定:100
●紙質:J.Perrigot Arches Special MBM
●技法:Mezzotint(Manière noire)
●発行:Éditions Albert Morancé, Paris
●制作年:1929
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水より上がる水浴の女(ビブリス版)(Baigneuse sortant de l'eau pour Byblis)
●作家:Kiyoshi Hasegawa(1891-1980)
●種類:Print
●題名:Baigneuse sortant de l'eau
●サイズ:Format:280x227mm(Plate mark:152x109mm)
●限定:100
●紙質:J.Perrigot Arches Special MBM
●技法:Drypoint(Pointe sèche)
●発行:Éditions Albert Morancé, Paris
●制作年:1929

この号とともに注目されるのは、17世紀オランダの巨匠レンブラント・ハルメンスゾーン・ファン・レイン(Rembrandt Harmensz van Rijn, 1606-1669)が手掛けた三点のエッチング(註1)の後刷り(posthumous printing)が挿入された29号(1929年春)であろうか。これについては別の機会に取り上げてみたい。



註:

1.題名は以下のとおりである:
●エマオの巡礼者(Les Pèlerins d'Emmaüs, 1654)
●放蕩息子の帰宅(Le retour de l'enfant prodigue, 1636)
●戸口で施しを受ける乞食たち(Les mendiants à la porte d'une maison, 1648)


参考文献:

『長谷川潔の全版画(Catalogue raisonné de L'œuvre gravé de Kiyoshi Hasegawa)』魚津章夫編著 玲風書房、1999年
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by galleria-iska | 2016-01-12 21:43 | その他 | Comments(0)


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