ガレリア・イスカ通信

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2016年 01月 19日

レンブラントのエッチング「Byblis: 29 facsicule」(1929)

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フランスの美術専門誌『Byblis』の29号(1929年春)の特集記事は、この年、17世紀オランダの画家レンブラント・ハルメンスゾーン・ファン・レイン(Rembrandt Harmensz van Rijn, 1606-1669)のエッチングの真贋と技法、および制作年に関する二冊組の研究書「Rembrandt」(註1)を上梓したフランスの画家、版画家、メダル彫刻師で、美術史家のアンドレ=シャルル・コピエ(André-Charles Coppier, 1866-1948)による研究論文「Rembrandt, Divers aspects de son œuvre gravé」を掲載しており、パリのジャックマン工房(ジャックマン夫人工房Chez Madame Jacqueminのことか?)によるレンブラントの3点の原版を使った後刷りが挿入された。

レンブラントは17世紀オランダを代表する画家のひとりであるとともに、世界三大版画家(エングレーヴィングを駆使したデューラー、エッチングのドライポイントによる表現を完成させたレンブラント、アクアチントを表現に用いたゴヤ)のひとりに数えられ、それまでは制約の多いビュランで制作されることが多かった銅版画に自由な描線を可能とするエッチングの技法を取り入れ、それを飛躍的に発展させた作家として、生涯に約300点の作品を残している。その原版(Copper plate)の多くは破棄されるか失われてしまったが、死後100点ほどが残された。原版のその後の所有者の変遷は、研究者によると、以下の通りである:

17世紀:
そのうちの74点を入手(レンブラントの存命中で、財産が差し押さえられ競売に掛けられた1656年から息子のティトゥスが亡くなる1668年までの間ではないかとされる)したのは、レンブラントの友人で、レンブラントの版画作品「Clement de Jonghe, Printseller」(1651.BB 51-C)にも登場する版画商で版元のクレメント・デ・ヨンゲ(Clement de Jonghe, 1634/5–1677)で、ヨンゲは1677年頃に原版の最初の目録を作成している。1679年の目録には75点と記されている。

18世紀:
入手経路は不明だが、1767年にアムステルダムの商人で収集家のピーテル・デ・ハーン(Pieter de Haan, 1723-1766)の遺産の売り立てが行なわれ、目録には76点(内47点はヨンゲのコレクション)の原版が記載されている(ヨンゲとハーンのコレクションを合わせると103点の原版が残っていたことになる)。
《1767年~1768年》:アムステルダムのピーテル・デ・フーケット(Pieter de Fouquet/Pierre Fouquet Jr., 1729-1800)が54点の原版を1767年の売り立てで購入し、後にパリの版画家でレンブラントの鑑定家であったクロード=アンリ・ワトレ(Claude-Henri Watelet, 1718-1786)に売却しているが、実際は、ワトレが手数料を払って、フーケットに落札させたのではないかと言われている。
《1768年~1786年》:1786年までワトレのコレクションであったが、彼の死後、その遺産が売却され、その中に78点の原版が含まれていた。後の記録によれば、ワトレは83点の原版を所有していたとある。ワトレは有能な銅版画家であり、原版を元あった状態に戻すために、原版の幾つかにエッチングとエングレーヴィングによる最初の修正(rework)を加えたが、これが後の加筆、修正を生む原因となった。
《1789年~1797年》:パリで版画工房を営み、版画の販売と出版を行なっていたピエール・フランソワ・バザン(Pierre-François Basan, 1723–1797)が1786年にワトレが所有していた原版を全て購入、1789年から1797年の間に、80点のレンブラントの版画作品集《Recueil de Basan》として出版する。

19世紀:
《1807年~1808年》:1797年のバザンの死後、バザンの息子アンリ・ルイ・バザン(Henri Louis Bazan)が遺産を受け継ぎ、注文に応じて《recueil:book with bleu or green motting on the outside》を出版し続ける。この間、原版はかなり磨耗、損傷。
《1805年~1810年》:1805年から1810年の間に、フランスの出版人オーギュスト・ジャン(Auguste Jean, 17??-1820)がバザンから全ての原版を購入、数は多くは無いが、ジャンの《recueil》として出版する。ジャンの死後、彼の未亡人が1826年、刷り師のC.ノーデ(C.Naudet、active about 1800, Paris)と組んで再販を行なう。
《1816年~1826年》:ロンドンのJ.M. クリーリー(J.M.Creery、active 1816–1826,London)が1816年、ジャンのコレクションには無い6点のレンブラントを含む「200点のオリジナル・エッチング」を出版。1826年に同じくロンドンのJ.ケイ(J.Kay)が再販。

19世紀から20世紀:
《1846年~1906年》:1846年ごろ、死を前にしたジャンの未亡人がパリの銅版画家オーギュスト・ベルナール(Auguste Bernard, 1811-1868)にコレクションを売却。コレクションは1906年まで、彼と息子のミシェル(Michel Bernard)のもとにあり、《recueil》を出版し続ける。その間に、"Death of the Virgin(B-99, BB 39-A)"(註2)の原版が損傷を受けるか失われ、コピーに置き換えられた。
《1906年~1938年》:1906年、パリの収集家アルヴァン=ボーモン(Alvin-Beaumont)がベルナールの息子ミシェルから原版を購入。レンブラントの研究者であったアンドレ=シャルル・コピエなどから贋物と断言されたが、詳しい調査の結果、本物と認められた。ボーモンはレンブラントの生誕300年を記念して、ボーモン版として知られるレンブラントのエッチング集を出版し、要人や美術館に寄贈。その後、新たな刷りを不可能にするため、原版にはインクが詰められ、その上にニスが掛けられた。そして、金で装飾されたフランスの題名とともに、黒の額に入れられ、アムステルダム国立美術館版画室に7年間貸し出された。その間、ボーモンはアムステルダム国立美術館とイギリスの大英博物館(The British Museum)と原版の売却交渉を行なったが、いずれも失敗に終わる。
《1938年~1993年》:ボーモンは1938年、当時パリに住んでいたアメリカ人の友人で収集家の国際的な弁護士ロバート・リー・ハンバー博士(Robert Lee Humber)に売却、ハンバーは原版を携えて彼の故郷であるノースカロライナに帰郷し、ラーレイのノースカロライナ美術館(The North Carolina Museum of Art, Raleigh)に寄託、1970年に彼が死に、遺族がコレクションを浮け注ぐまで、30年間保管された。原版は1993年まで美術館で保管されたが、その年、ハンバーが所有していた78点の原版を遺族からロンドンのアルテミス・インターナショナル(Artémis International, London)が購入し、ロンドンでのオークションに掛けた。原版は先ずオランダの美術館の代理人にオファーされ、その後、セールが公開された。購入者はアムステルダム国立美術館(The Rijksmuseum)、レンブラントハウス(The Rembrandt House), アムステルダム歴史博物館(The Amsterdams Historisch Museum)を初めとし、パリの国立図書館(Bibliothèque nationale, Paris)やオランダ研究所(Institut Neerlandais)を含む、世界中の名立たる美術館、そして個人の収集家や業者が購入し、コレクションは世界中に分散してしまう。
《1993年~1994年》:ハンバーコレクションの内の8点は、同じ年、アルテミス・インターナショナルからセールの協力者であったニューヨークのレンブラント作品の鑑定家で業者のロバート・ライト(Robert Light)に売却された。ライトは1994年、原版をビバリーヒルズの収集家ハワード・バーガー博士(Dr.Howard Berger)に転売する。バーガーはミレニアム版を制作。
《2003年~》:2003年、パーク・ウエスト・ギャラリー(Park West Gallery)が原版とミレニアム版を購入、刷り師のエミリアーノ・ソリーニ(Emilliano Sorini)と弟子のマルジョリー・ファン・ダイク(Marjorie Van Dyke)によって新たに各2500枚刷られた。

挿入された3点の原版の所有者も、Watelet, P.F.Bazan, H.L.Bazan, Auguste Jean, Auguste and Michel Bernard, Alvin-Beaumontとなっており、アルヴァン=ボーモンの手元にあった時期(1906年~1938年)に、ボーモンの許可を得て刷られたものであるが、上に名前を挙げた人物たちの手によって修正が加えられていることは間違いない。レンブラントの生前でも既に版は磨耗しているので仕方のないことではあるが、レンブラントの版画の特徴を成す、ドライポイントによる彫線の際のまくれ(burr)が生み出す線の両脇にインクが滲んだようにみえる幅のある陰影は、どこにも見られない。

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                     『Byblis』29号(1929年春)の目次
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        目次(部分)

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Les Pèlerins d'Emmaüs/Christ at Emmaus,1654(B-87, BB 54-H:エマオの巡礼者(エマオのキリスト)
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(211x160mm→207x160mm)この作品では、生前の刷りと見比べてみると、画面上部が5mmほど切り詰めるられている。
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Le retour de l'enfant prodigue/The return of the prodigal son,1636(B-91, BB 36-D:放蕩息子の帰宅)
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(157x137mm→155x135mm))この作品では、画面上部と左端がそれぞれ2mmほど切り詰められている。
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レンブラントの版上の署名と年記(Rembrandt f.1636)
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Les mendiants à la porte d'une maison/Beggars receiving alms at a door,1648(B-176, BB 48-C:戸口で施しを受ける乞食たち)
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(165x128mm→163x124mm)こちらの作品は、画面上部が2mmほど、右端が4mmほど切り詰められ、1648年の年記の8の部分が消えてしまい、判読できなくなっている。
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三点のエッチングの刷りには、アルシュ(Arches)の透かしの入ったレイド紙(簀の目状の透し筋入り紙)が使われている。



註:
1.Les eaux-fortes authentiques de Rembrandt. La vie et l'oeuvre du Maître. La technique des pièces principales. Catalogue chronologique des eaux-fortes authentiques et des états de la main de Rembrandt. André-Charles Coppier, Firmin-Didot et Cie., Paris, 1929

2.
目録番号の《B》は、オーストリアのウィーン出身の学者で銅版画家アダム・バルチュ(Adam Bartsch, 1757-1821)が編纂した目録番号を示す:Catalogue raisonné de toutes les estampes qui forment l'oeuvre de Rembrandt, et ceux de ses principaux imitatuers. Composé par les sieurs Gersaint, Helle, Glomy et P. Yver. Nouvelle édition. Entiérement refondue, corrigée et considérablement augmentée par Adam Bartsch, 2 vols., A. Blumauer, Vienna, 1797. Le Peintre Graveur, 21 vols,1803-1821, Vienne.
目録番号の《BB》は、スウェーデン人の収集家ジョージ・ビヨルクルンド(George Biörklund, 1887-1982)とカタログ編者のOsbert H. and Barnardによって年代順に編纂された番号を示す:Rembrandt's Etchings True and False, George Biörklund/Esselte Aktiebolag, 1955. Second Edition, George Biörklund, Stockholm, 1968. Reprint of the second edition, Hacker Art Books, New York, 1988

参考文献:
●George Biörklund:Rembrandt's Etchings True and False, George Biörklund/Esselte Aktiebolag, 1955. Second Edition, George Biörklund, Stockholm, 1968. Reprint of the second edition, Hacker Art Books, New York, 1988

George Biörklund, Stockholm. Second Edition, Hacker Art Books, New York, 1988
●G.W.Nowell-Usticke:Rembrandt's Etchings, States and Values, 1967, Hacker Art Books, New York, 1988
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by galleria-iska | 2016-01-19 21:50 | その他 | Comments(0)


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