ガレリア・イスカ通信

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2016年 02月 19日

ジェームズ・アンソールの版画目録「Loÿs Delteil:Le Peintre graveur illustré. Tome 19」(1925)

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フランスの画家で版画家、そしてフランスの版画史にも精通していたアンリ・ロイ・デルテイユ(Henri Loÿs Delteil, 1869-1927)が1906年から26年にかけて編纂し出版した19世紀から20世紀の画家兼版画家の版画総目録(Loÿs Delteil:Le peintre-graveur illustré,31 vols., 1906–1926 Paris) 全31巻は、今でも画廊や蒐集家、研究者の基本文献として利用されているが、観賞用ではないため、オフセット印刷の図版が鮮明でないのが難点であろうか。バブル期にはデラックス版の全セットが数百万円(普及版でも百万円)もしたような話を聞いたことがあるが、稼ぎの少ない身としては資料にそんな大金をつぎ込むことが出来るわけもなく、大画廊の書庫に並んでいるのを想像するしかなかった。それも今は遠い昔の話になってしまったが。

高嶺の華であったデルテイユの版画目録であるが、運よく手に入れることが出来たものもある。1922年に二分冊(14、15巻)で出版されたフランシスコ・デ・ゴヤ(Francisco José de Goya y Lucientes, 1746-1828)と今回取り上げるジェームズ・アンソール(James Ensor, 1860-1949)の版画目録である。ゴヤの方は合本されたもので、ゴヤの初期のエッチング「座って歌う盲人(Aveugle assis, chantant)」(Delteil No.30)の後刷りが挿入されており、高い時には20万円ぐらいしていたが、資金調達のため、海外の業者に売り渡してしまった。今資料として使っているのは、銅版画が抜かれたもので、価格は10分の1である。一方、第19巻として出版されたアンソールの版画目録は、楮(こうぞ)を原料とする極上局紙(Japon Impérial)に刷られた限定50部のデラックス版で、アンソールの他、ベルギーのアントワープ(アントウェルペン)出身の二人の画家、歴史絵画家のアンリ・ルイス(Henri Leys,1815-1869) と17世紀のオランダ絵画を彷彿させる、室内画、静物画、風景画を描いたアンリ・ド・ブラーケレール(Henri de Braekeleer, 1840-1888)の版画作品を収録しており、ブラーケレールが1872年に制作したエッチング「アントワープの大聖堂の塔、窓からの眺め(La Tour de la Cathédrale d'Anvers, vue d'une fenêtre)」(Delteil No.66)の和紙刷りと、アンソールが1895年に制作したエッチング「金拍車の戦い(La Bataille des Éperons d'or)」(Delteil No.95)(註1)の模造和紙(simili Japon)刷りのものが挿入されている。1925年頃のアンソールは名声を博するものの、既にインスピレーションは枯渇し、制作意欲も失われていたが、生涯の愛人で友人であったオーギュスタ・ボーガルツ(Augusta Boogaerts,1870-1951)に励まされて絵筆を握っていた。ベルギーの美術史家ポール・ハザルツ(Paul Haesaerts, 1901-1974)が1957年に著した大著「James Ensor」によれば、ボーガルツはまた、アンソールの作品を監督し、それについての目録を作成し、売りたてを押し進め、銅版画の版数に関しても決定を下した、とあることから、この版画目録に挿入された銅版画に関しても、彼女が刷りに関わっていたと思われる。

アンソールの版画作品は高価で取引されるため、50部限定で目録に挿入されたものは、大抵は取り外され、版画単独(オークションでも$900ぐらいの値が付く)で売られていることが多い。そのため完全な形として残っているものは僅かであると思われる。その裏付けとなるかもしれない証拠をひとつ紹介する。ベルギーの画家ポール・デルヴォー(Paul Delvaux, 1897-1994)の版元であったパリの画廊バトー・ラボワールの設立者であった故ミラ・ヤコブ(Mira Jacob)女史のコレクションが2004年にパリでサザビーズによって売り立て("Collection Mira Jacob - Galerie Le Bateau Lavoir" Sotheby's, Paris (4022) / 23 Sep 2004)に掛けられた際に、この版画目録が出品され、見積もり価格800~1200ユーロのところ、1800ユーロ(手数料込みだと2160ユーロ。日本円に換算すると約29万円となる)で落札されているのである。この落札値は、故ミラ・ヤコブ女史のコレクションであるから、割り引いて考えなくてはならないが、話半分としても14,5万円である。手持ちのものもそれくらいで売れるなら手放してもよいが、日本国内にはアンソールの版画の蒐集家は少なく、まともな値は付かないであろうから、海外のオークションへの出品を考えた方が得策かもしれない。

●作家:James Ensor(1860-1949)
●種類:Catalogue raisonné
●著者:Henri Loÿs Delteil(1869-1927)
●題名:Henri Leys, Henri de Braekeleer, James Ensor: Le Peintre graveur illustré(XIXe et XXe siècle).Tome dix-neuviéne
●サイズ:331x262mm
●限定:50 exemplaires de Luxe sur papier Imperial Japon
●発行:Loÿs Delteil, Paris
●制作年:1925
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目録に挿入されたアンソールのオリジナル・エッチング「金拍車の戦い(La Bataille des Éperons d'or)」(1895年)
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ジェームズ・アンソールのオリジナル・エッチング:"La Bataille des Éperons d'or(Battle of the Golden Spurs)" Medium: Original etching. Executed in 1895; this impression was published in 1925 for the deluxe edition of the Delteil catalogue raisonne on the work of Belgian artist James Ensor. Printed on simili Japon, 175 x 237 mm, signed by Ensor in the plate(Deltail No.95)



註:

1.「端麗王」と称されるフランス王フィリップ4世(Philipe IV、1268年-1314)が毛織物業で栄えていたフランドルを併合しようと起こした戦争(1297年~1314年)の中で起きた戦いで、1302年7月11日、コルトレイク(Kortrijk)においてフランドルの市民や農民からなるフランドルの都市連合軍が騎士団を中心とするフランス王軍を破った戦い。戦場に残された騎士の象徴ともいえる金拍車に因んで、この名が付いた。地名を取ってコルトレイクの戦いとも言われる。ベルギーのフラマン語圏ではこの日を祝日としている。
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by galleria-iska | 2016-02-19 20:57 | その他 | Comments(0)


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