ガレリア・イスカ通信

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2016年 03月 27日

ベルナール・ビュッフェのポスター「Galerie Isy Brachot」(1966)

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歓迎されざる出来事で世界中から注目されることになってしまったベルギーの首都ブリュッセル。その中心部にあるグラン=プラス(Grand-Place)は、1998年にユネスコの世界遺産に登録された、世界で最も美しい広場のひとつとされる。広場を囲む中世の歴史的建造物なかで一際美しいのが、15世紀フランボワイヤン(後期フランス・ゴシック)様式で建てられたブリュッセルの市庁舎。その高さ96メートルの尖塔の頂部には、ブリュッセルの守護天使ミカエル(フランス語名:ミシェル)の像が飾られている。

今回取り上げるのは、フランスの具象画家ベルナール・ビュッフェ(Bernard Buffet, 1928-1999)が1966年に、その市庁舎をモチーフに、自身の個展(註1)のためにデザインした告知用ポスターである。このポスター、摺刷数の少なさもあるが、ベルギーの歴史と文化において特別な意味合いを持つ建物であることも相まって、別刷りの版画ヴァージョン以上に市場に出てこない。今手元にあるのは、10年ほど前に運良く手に入れたものであるが、実際に掲示されていたものらしく、ピン跡が幾つも残っている。ビュッフェの個展を開いたのは、ブリュッセルで1915年から1993年まで三代に渡たり、ベルギーにおける重要な美術の拠点として活動したイシー・ブラショ画廊(Galerie Isy Brachot, Bruxelles)である。当初フランスの作家(というよりも、フランス語圏と言った方がいいかもしれないが)を紹介する画廊として出発した同画廊は、その時代、時代の顔となる作家を積極的に取り上げ、1970年代以降はルネ・マグリットやポール・デルヴォーといったベルギーを代表するシュルレアリスムの作家から、ヨゼフ・ボイスやアンディ・ウォーホル、ロバート・ラウシェンバーグ、ロイ・リキテンスタインといった現代美術を牽引した作家の個展やグループ展を積極的に開催している。1966年のビュッフェの個展は、その前年に行われたエコール・ド・パリの作家の作品を一堂に集めた展覧会「Ecole de Paris, de Seurat à Buffet」への出品が導線になっているものと思われる。図録の出品リストには98点とあるので、かなりの規模であったようだ。

さてポスターであるが、手にしたときから妙な不自然さを感じていた。その原因は塔と建物本体との繋がりにあるのだが、ビュッフェはブリュッセルの街のシンボルである市庁舎を、二つの視点を持って描いているように見える。斜め手前から見た建物本体は、その前に立ったときに覚えたであろう圧迫感というか威圧感からなのか、幾分前のめりに描いているのだが、それに対し、垂直に伸びる塔は、本来なら、ゴシック建物特有の、天に向かって高く聳える塔として描かれるべきはずなのだが、あたかも真下から見上げた-そうすると遠近感が圧縮され、塔の高さが実際よりも低く見える-ように描いているのだ。ではどうして、ビュッフェは真下から見上げた塔と斜め手前から見た建物本体を組み合わせたように描く必要があったのだろうか。その理由を二つ考えてみた。まず一つ目は、塔をそのまま描くと頭でっかちに見えることから、安定した構図を得るために塔の高さを調整する必要があった。二つ目は、単なるビュッフェの錯覚によるもので、広場を挟んで向かいに建つ「王の家」の塔-それは市庁舎の塔と比べてかなり低いのだが-と混同し、実際よりもかなり低く描いてしまった、というものであるが、どちらも単に現象面から導き出したもので、ビュッフェの人となりを考慮に入れたものではないため、十分な根拠とは言い難いかもしれない。そこで作品の範囲をこの市庁舎以外にも広げて見てみると、ニューヨークの摩天楼や日本建築を描いたものの中にも、ビュッフェが自国の建物を描くときには見られない“視点”が幾つも見受けられることに気付いた。そしてそれが意味するのは、これはビュッフェのと言うよりは、フランス人特有の異文化にたいする認識の仕方に何かある一定の法則のようなものがあるのではないか、と思うに至ったのである。そこには造形表現の手段として用いられる“デフォルマシオン(déformation)”が関わっていて、それが、単なる技法上の“誇張”や“変形”としてではなく、フランス人の自国の文化、言語、歴史に対する理想やプライドによって培われた気質というか文化的特質から来る風刺を伴う“視点”として作用し、異文化に対する諧謔として現れてくるのではないだろうか。つまりビュッフェは対象から得た記憶や印象を画面に移し変えようとしているのではなく、フランス人としてのビュッフェの主観の反映として、異文化の精神的遺産を意図的に変形させた造形表現(解釈)を行なっている、ということになるのである。

ビュッフェはそれを主にフランス国民に対して発信しているのであるが、その極端な例が、フランスの風刺新聞として事件後も発行を続けるシャルリー・エブド(Charlie Hebdo)であろうか。紙媒体を主だった情報伝達の手段として用いていた時代には、ある一定層(読解力のある主に知識層)にか伝わらなかったのであるが、今日のようなネット社会においては、たとえそれが自国民に向けて発信されたものであったとしても、瞬時に全世界に拡散されてしまうばかりではなく、他国に対する侮蔑と受け止められかねない危険性を孕んでいることは周知の通りである。

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●作家:Bernard Buffet(1928-1999)
●種類:Poster
●題名:L'Hôtel de ville de Bruxelles
●サイズ:955x632mm
●技法:Lithograph
●限定:500
●発行:Galerie Isy Brachot, Bruxelles
●制作年:1966
●目録番号:66 bis(Bernard Buffet lithographe 1979-1987, Charles Sorlier)




註:

1.個展の図録「ベルナール・ビュッフェ(Bernard Buffet)」(210x270mm)、アカデミー・フランセーズ会員モールス・ドルオンによる序文、24ページ、出品作品リスト(98点)、1966年
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by galleria-iska | 2016-03-27 19:18 | ポスター/メイラー | Comments(0)


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