ガレリア・イスカ通信

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2016年 05月 13日

清宮質文の蔵書票「Ex-Libris H. Chiba」(1975)

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木版画の詩人と称される画家で版画家の清宮質文(Naobumi Seimiya, 1917-1991)の作品は、美術雑誌などで時折見かけるだけで、まだ実物を目にしたことがない。それでも一度ぐらいは手にしてみたいと思っているのだが、思いの外高額で、おいそれとは手が出せない。その代わりというか蔵書票を何点か手に入れることができた。いずれも縦横ともに10cmにも満たない小品である。今回取り上げる蔵書票「Ex-Libris H. Chiba」は、1975年に制作されたとあるので、既に40年以上経っているが、あまり時代を感じさせない。蔵書票は周知の通り、本の見返し部分に貼って、蔵書印と同じように、所有者を明らかにするためのもので、所有者の名やExlibrisの文字とともに、所有者と関係のある図案を組み合わせて作られる版画の一種であるが、表現媒体としては制約が大きく、思い切った表現を行なうことは難しい。それゆえ、作品としての密度を高めるために、緻密なものに向かう傾向があるが、作家はその小さな空間に、実用性を勘案しながら、記号性の発現と、何かしらの意味や思いを表現しようと試みるのである。

●作家:Naobumi Seimiya(1917-1991)
●種類:Bookplate(Ex Libris)
●題名:"Ex-Libris H.Chiba" from 『Ex-Libris Calendar Album (1975-1978)』
●フォ-マット:76x62mm(イメージ:65x53mm)
●技法:Woodblock print
●発行:The Nippon Bibliophile Society
●制作年:1975
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蔵書票で思い出すのは、20世紀オランダを代表する版画家マウリッツ・コルネリス・エッシャー(Maurits Cornells Escher, 1898-1972))である。今はもう手元に無いが、まだ1万円にも届かない頃に、何点か小口木版で作られた蔵書票や年賀状、招待状を手にしたことがある。そのエッシャーを世に送り出しのが、アメリカの画家で画商のマルドゥーン・エルダー(Muldoon Elder, 1935-))である。彼も最初、どこかの古書店からエッシャーの年賀状や蔵書票を手に入れたことから、一部の科学者には認められるものの、時代の中に埋もれていたこの版画家に興味を抱くようになり、ついにはオランダに出向くことになるのである。エッシャーが亡くなった直後の1972年4月15日から5月31日にかけて、《The largest selection of original prints by M.C. Escher ever to be shown in the United States》と銘打って行なわれた展覧会は今や伝説となっており、一日に三千人の来場者があったと言われる。この展覧会の後、エルダーは、美術市場では無名に近かったエッシャーの版画販売関して、代理人として、ほぼ独占(モノポリー)することで画商として名を成す。

蔵書票や年賀状を正式な版画作品と見るのは若干役不足であるかもしれないが、いきなり額に収まった高価な作品を買い求めるよりも、版画事始として、作品に直に触れてみて、その紙質やインクの乗り具合などを確かめることで、視覚では得られない、技法への理解と作家の表現に対する目を養うという点において貴重な訓練にもなるのである。とは言え、自分のように、そこからなかなか前に進めない人間もいるのだが。

清宮質文は木版画家として既に日本国内では高い評価を得ているが、自画、自刻、自摺を旨としたため、寡作であったようだ。また摺刷数の少ないものが多く、それも価格を押し上げる原因となっている。そのためかどうか分からないが、昨今は比較的入手し易い蔵書票にも関心が向けられている。今回の蔵書票「Ex-Libris H. Chiba」は、日本愛書会(The Nippon Bibliophile Society)(註1)が発行した『愛書票暦アルバム (1975年~1978年)』(1976年)所収の蔵書票のひとつで、構図的には、1963年の「林の中の家」を彷彿させるが、人物の位置が左右逆になっている。時折、ムンクの版画との類似性を指摘する向きもあるが、内的不安を根源とするムンクの版画とは根本的に異なる。
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図版:清宮質文の木版画「林の中の家 I」(1963年)、138x113mm、限定50部

作家が亡くなった直後の1991年7月20日に発行された版画専門の季刊誌『版画藝術73号』には追悼特集が組まれている。そこに掲載された記事などを読むと、版画家は、《目に映る外界の姿を忠実に写し取る写生や現実をありのまま表現する写実を目指したのではなく、それによって引き起こされた心の動きを実在化しようとした》とあり、そのために、“一瞬消え去る花火のような”と作者が形容する、心の動きという形のないものを形に表す作業に、周囲の雑音に惑わされることなく、ひたすら没頭したのである。画面に登場する人物は、作家自身「オバケ」と呼ぶ幻影のような実体の不確かなものとして描かれており、その多くは、明るい日差しの下ではなく、世界がその輪郭を失い始める夕暮れ時の幻想的な空間-画面からはその独特の空間の表出に腐心していることが窺われる-の中に置かれている。そこに、結晶化された作家の心の動きが、純粋で透明なイマジェリーとして立ち現れてくるのである。



註:

1.蔵書票普及のためにその生涯を捧げた志茂太郎によって1943年に創設された「日本愛書会」は1957年、「日本書票協会(The Nippon Exlibris Association」と名称を変え活動している。

参考文献:

版画藝術73号(Hanga Geijutsu:No.73)、1991年7月21日発行、阿部出版
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by galleria-iska | 2016-05-13 21:49 | その他 | Comments(0)


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