ガレリア・イスカ通信

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2016年 09月 03日

ホルスト・ヤンセン肖像画シリース「Bertolt Brecht」(1966)

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ホルスト・ヤンセン(Horst Janssen, 1929-1995)は1966年頃から、ハンブルクの書肆へルマン・ラーツェン(Hermann Laatzen Buchhandlung, Hamburg)の依頼で、“絵草紙(Bilderbögen)”シリーズと平行して、歴史にその名を残す文学者たちの“肖像画シリーズ(Porträts gez. Horst Janssen)”を手掛けている。その案内広告は前に取り上げたことがあるが、今回は、その中の一点、イギリスの劇作家ジョン=ゲイ(John Gay, 1685- 1732)の『乞食オペラ(The Beggar's Opera)』を翻案した,階級社会と資本主義が生み出した欺瞞に満ちた市民社会を背景に、人間の欲望や偽善を風刺した戯曲『三文オペラ(Die Dreigroschenoper)』の作者として知られるドイツの劇作家で詩人のベルトルト・ブレヒト(Bertolt Brecht, 1898-1956)を描いた肖像画の現物を手に入れたので、取り上げてみたい。

“肖像画シリーズ”は大小二種類(37x28cm、約60x40cm)のサイズで刷られているが、今回入手したのは、大きい方のサイズのものである。肖像画は基本的に単独で描かれているが、ブレヒトの肖像画では、彼の両親(父ベルトルト・フリードリッヒ・ブレヒトと母ゾフィー・ブレヒト)であろうか、煙草をくわえ、背後から息子であるブレヒトを見据えるメロー(Melone)と呼ばれる山高帽を被った人物と、ブレヒトの方を向き、その姿を見つめる婦人に挟まれるように描かれている。ブレヒト本人はこの関係性を受け入れようとはしておらず、自己の内面を見つめるその目に瞳は描かれていない。ヤンセンは肖像画を描く際に用いられる顔の向き(斜め横、正面、真横)によって三者三様の心理状況を描き出そうとしているのかもしれない。

今回入手したものは、通常のものをベースに、ヤンセンが赤と青の色鉛筆を使い、即興的に、人物の唇、煙草の火、ネクタイ、およびに年記部分に彩色を施したもの。おそらくヤンセンと関係のある人物から出てきたものであろう。ポスターの印刷には、中間調のない線や平面を生み出すライン・ブロックとして知られる、亜鉛版エッチング(亜鉛凸版・Zink etching/Zinkätzung )という印刷手法が用いられている。

ベルトルト・ブレヒト、本名オイゲン・ベルトルト・フリードリヒ・ブレヒト(Eugen Berthold Friedrich Brecht )は1898年、製紙工場で働き、後に支配人となる父を持つ、裕福な中流階級の息子としてアウグスブルクに生まれる。文学に対する興味は早く、1914年の『アウクスブルク新報』には、ベルトルト・オイゲンの名で発表された当時16歳のブレヒトの詩が掲載されている。青年期になると、次第に左翼的な思想に関心を向け、マルクスの『資本論』を通して共産主義に近づいていく。1922年、24歳の時に書いた詩の中では自らを農民出身としようと試みている。

ポスター上部の書き入れは、自らの生い立ちを詩の形で記した文の冒頭の一節が引用されている:“私は裕福な人々の息子として育った(Ich bin aufgewachsen als Sohn Wohlhabender Leute)”

●作家:Horst Janssen(1929-1995)
●種類:Poster
●サイズ:630x490mm(イメージ:470x350mm)
●技法:Zink etching(Zinkätzung)
●発行:Hermann Laatzen Buchhandlung, Hamburg
●制作年:1966
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ハンブルクの書肆へルマン・ラーツェン(Hermann Laatzen Buchhandlung, Hamburg)から、“絵草紙”シリーズと平行して刊行されたホルスト・ヤンセンの“肖像画シリーズ(Porträts gez. Horst Janssen)”の案内広告。“肖像画シリーズ”は大小二種類のサイズ《37x28cm(24種)と約60x40cm(10種)》で刊行され、価格はそれぞれ15ドイツマルクと30ドイツマルクであった。
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註:

1.ブレヒトが後に詩の形で記した自身の生い立ちの冒頭の一節が使われている:


Ich bin aufgewachsen als Sohn
Wohlhabender Leute. Meine Eltern haben mir
Einen Kragen umgebunden und mich erzogen
In den Gewohnheiten des Bedientwerdens
Und unterrichtet in der Kunst des Befehlens. Aber
Als ich erwachsen war und um mich sah,
Gefiehlen mir die Leute meiner Klasse nicht,
Nicht das Befehlen und nicht das Bedientwerden.
Und ich verließ meine Klasse und gesellte mich
Zu den niedrigeren Leuten.

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by galleria-iska | 2016-09-03 15:26 | ホルスト・ヤンセン関係 | Comments(0)


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