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ガレリア・イスカ通信

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2017年 06月 27日

パウル・クレーの展覧会図録「L'Univers de Klee」(1955)

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日本での知名度の高さはヨーロッパのそれを凌ぐとさえ言われ、人気、評価ともに高い作家として幾度となく展覧会が開催されているスイス生まれのドイツ人画家パウル・クレー(Paul Klee, 1879-1940)。しかしそれは、もっぱら鑑賞の対象としての存在であり、良品ならば数十センチぐらいの水彩画でも数千万円を超えるのだから、購入してまで愉しもうという者は少ない。ならば版画でも、と思っても、初期の銅版画は軽く一千万円を超え、署名入りのもので百万円を切るものは僅かしかないのだから、おいそれと手を出すことはできない。せめてスイスのコルンフェルト画廊(Verlag Kornfeld und Klipstein, Bern)が1963年に刊行した版画のレゾネ「Verzeichnis des graphischen Werkes von Paul Klee」(限定2500部)ぐらいはと思えど、これがまた絶版で、古書価格15万円以上と、庶民には縁遠いものとなってしまっていた。ところが2005年に1200部限定、280スイス・フランで再販されたことで、初版の価格は暴落、美術館、図書館、大学等の公的機関への納入を当て込んでいた業者には申し分けないが、今は比較的安価で手に入れることができるようになった。

自らも絵画収集家であったユダヤ系ドイツ人画商ハインツ・ベルクグリューン(Heint Berggruen, 1914-2007)-日本の美術界(?)ではベルグランと呼ばれている-は1936年、ナチ政権から逃れるためにアメリカに移住、大学でドイツ文学を学び、美術批評家として働いた後、美術館に奉職。1940年、彼と同じように、ナチ政権からアメリカに逃れてきた避難者からクレーの水彩画を100ドルで購入したのが、後にクレーを収集する切っ掛けとなった。第二次世界大戦後、アメリカ陸軍の一員としてドイツに赴任した後、パリに移住。1947年、パリのユニヴェルシテ通り(Rue de l'Universite)に画廊の前身となる挿絵本を扱う書店を開き、その後リトグラフも扱うようになる。1952年、パウル・クレーの版画展を開催、その際、画廊の最初の図録『Collention Berggruen』を制作・刊行した。それから3年後の1955年、水彩、グアッシュ、デッサンによる展覧会「L'Univers de Klee」を開催。このポケットサイズの図録はその際に刊行された画廊12番目の図録である。以前所有していたものは告知用ポスターと一緒に手放してしまったのだが、最近になって、2010年にスウェーデン人美術収集家(Staffan Ahrenberg)の手に渡り、2012年に美術出版社として再出発を果たしたカイエ・ダール(Cahiers d'Art)から、資料として残されていたものを運良く購入することが出来た。表紙には、告知用ポスター(註1)にも使われている、色彩のパッチワークとも言える1927年制作の水彩画「Klang der südlichen Flora(南方の花の音色」(註2)が使われているのだが、原画のサイズに合わせるためか、図録の表紙に折り返し(袖)を作って収めている。印刷はパリのムルロー工房(Imp. Mourlot, Paris)である。クレーのこの作品は、「魔方陣」と呼ばれる四角を規則的に組み合わせて構成された抽象性の高い作品のひとつで、見る者に音楽におけるリズムやハーモニーに似た感覚を覚えさせる。図録にはクレーの作品に寄せた、シュールレアリスムの運動に参加した詩人のひとり、ジャック・プレヴェール(Jacques Prévert, 1900-1977)による一編の詩が添えられ、またバウハウス時代のクレーからシュールレアリスムの運動の中心的役割を担った詩人のポール・エリュアール(Paul Éluard, 1895-1952)に宛て、詩人から送られた詩集への謝意や挿絵本制作の申し出などが綴られた、1928年4月21日付の手紙のファクシミリが綴じ込まれている。

前にも書いたことがあるが、ベルクグリューンは展覧会を開催する一方、現代作家の版画作品の出版も行い、販売方法に、当時としては画期的な通信販売の手法を取り入れ、世界中の顧客や業者向けに、図録とほぼ同じフォーマットで作られたカタログ『Maitres-Graveurs Contemporains』(1963~1993) をシリーズ化して刊行している。初号(Reproduction of Picasso's linocut "Toros Vallauris 1958")と最終号(White Cover)を除き、画廊で個展を開催した作家によるオリジナル・リトグラフを表紙に用いている。ベルクグリューンは1990年、収集と取引に専念するために、画廊の経営権を当時助手を務めていたアントワーヌ・マンディアラ(Antoine Mendiharat)に譲渡している。

●作家:Paul Klee(1879-1940)
●種類:Catalogue(Berggruen Collection No.12)
●題名:L'Univers de Klee
●サイズ:220x118mm(220x 363mm)
●技法:Lithographic cover printed by Mourlot, Paris
●発行:Berggruen & Cie, Paris
●制作年:1955
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註:

1.
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図版:図録の表紙と同じイメージを使って作られた告知用ポスター。サイズ:644x474mm、印刷:ムルロー工房、1955年。このポスターの複製(?)がニューヨーク市の《Penn Prints, New York》で作られていて、それにはシート下部に印刷所のムルロー(Mourlot)の名が記されていない。ポスターは以前所有していた図録と共に手放してしまったのだが、そういうものに限って、被害妄想かもしれないが、評価が高くなるようだ。ニューヨーク近代美術(MoMA)には版画作品と共に、このポスターが収蔵されている。


2.
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図版:ベルクグリューン画廊での展覧会以降に購入されたこの水彩画「Klang der südlichen Flora」(230x300mm)は2003年11月6日、ニューヨーク市のサザビーズ(Sotheby's)で開催されたオークション『Impressionist & Modern Art, Part Two』に出品され、40万ドル(手数料込み)で落札されている。来歴は以下の通り:

Provenance:
Lily Klee, Bern(1940-46)
Klee-Gesellschaft, Bern(from 1946)
Galerie d'Art Moderne, Basel
Berggruen & Cie, Paris
Acquired by the Grandfather of the Present Owner circa1955~65

by galleria-iska | 2017-06-27 18:18 | 図録類 | Comments(0)


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