ガレリア・イスカ通信

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2017年 11月 28日

アンディ・ウォーホルのカバーアート「Rats & Star: Soul Vacation」(1983)

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商業デザインナーとしてのアンディ・ウォーホル(Andy Warhol, 1928-1987)の仕事の中で、レコードのカバーアートについては、民族音楽、クラシック、ジャズ、ロック, R&Bと広範囲に渡っており、プレポップ(1949年~1961年)の時代のみならず、ポップアーティストとして名を成した後も継続して依頼を引き受けているのだが、近年まで殆んど省みられることはなかった。その再評価に一役買っているのがインターネットであり、誰もが参加できるネットオークションという場の提供が、世界各地に点在する情報をもとにしたコレクションの形成を可能にしたのである。インターネットはまた、それまで個別にしか知られていなかった現代美術家によるカバーアートの存在に気付かせ、アートへの関心を複合的に高める働きを見せている。ウォーホルのカバーアートに関しても、こうした状況の中で新たな収集家を生み出しており、その成果(註1)が形となって現れたのが、2008年にカナダのケベック州にあるモントリオール美術館(The Montreal Museum of Fine Arts)で開催されたウォーホルがカバーアートを手掛けたレコードアルバムを含む展覧会「Warhol Live: Music and Dance in Andy Warho's Work」であり、その際、キュレーターで、カナダのモントリオールにあるケベック大学(The University of Quebec in Montreal)の教授、またウォーホルのポスターやイラストレーションの収集家としても知られるカナダ人のポール・マレシャル(Paul Maréchal)による総目録(Catalogue raisonné)「Andy Warhol: The Record Covers, 1949-1987」(註2)が刊行されたのである。それによってウォーホルの手掛けたカバーアート、特にウォーホル独特の“ブロッテド・ライン(滲み線)”を用いたプレポップの時代のものへの関心が一気に高まり、新たな発見も相次いだ結果、2015年には先の総目録の改訂版として原寸大のアルバムカバーを載せた「Andy Warhol: The Complete Commissioned Record Covers」(註3)が刊行された。因みにウォーホルの最初のカバーアートの仕事はピッツバーグにあるカーネギー工科大学の美術科を卒業しニューヨーク市に出た1949年の「Carlos Chávez: A Program of Mexican Music」である。

現在、以下のサイトでウォーホルがカバーアートを手掛けたものと、没後に彼の作品をカバーアートに用いたSP盤, LP盤, EP盤、全146点(Andy Warhol's record cover art)を解説付きで見ることが出来る:

https://rateyourmusic.com/list/rockdoc/andy_warhols_record_cover_art/6/

今回取り上げるのは、ウォーホルのカバーアートの中で唯一の日本人アーティストのアルバム「Rats & Star: Soul Vacation」(Epic/Sony 28・3H-100)である。1983年にウォーホルが撮影した写真を基にデザインされたもので、レコードカバーの裏表がひとつの連続したイメージとなっている点が特徴である。しかし現状では、海外と比べアート作品としてのカバーアートに関心を持つ収集家は少なく、単に中古レコードとして流通しているため、価格は数百円から千円前後と割安である。ウォーホルの版上サイン入りのプロモーション用ポスター(註4)も同時に作られているが、そちらは数千円といったところ。

●作家:Andy Warhol(1928-1987)
●種類:Cover art
●タイトル:Rats & Star: Soul Vacation
●レーベル:Epic/Sony(28・3H-100)
●サイズ:315x315mm
●技法:Offset
●発売元:Epic/Sony Records Inc., Tokyo
●制作年:1983
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註:

1.ウォーホルのレコードのカバーアートに関する展覧会としては、ウォーホルの生誕80年の2008年7月にスウェーデン北部のペーテオにあるピーテオ美術館(Piteå Museum)での65種類のカバーアートによる展覧会が最初のもの。その展覧会の2ヶ月後にモントリオール美術館でウォーホルと音楽とダンスに関する作品展「Warhol Live: Music and Dance in Andy Warho's Work」が行われたのである。更に2014年6月から2015年3月にかけて、ミシガン州のブルームフィールド・ヒルズにあるクランブルック美術館の現代美術とデザイン部門のキュレーター、ローラ・モット(Laura Mott)によって企画された展覧会「Warhol-designed album covers Warhol on Vinyl: The Record Covers, 1949 – 1987+」があるが、いずれの展覧会も個人収集家のコレクションが核となっている。このような身近にあったものがアートとして認識され、作家の芸術活動の一環として捉えられていくのも、芸術の複製化の時代にあっては、当然の成り行きと言えるのかもしれないが、その中でインターネットが収集家に新しい視野をもたらしたことは注目すべきである。エフェメラに関して言えば、既に様々な形で情報発信を行い、マン・レイに関する新しい知見をもたらしているマン・レイスト氏に倣い、単なる受容者である立場から、個人ならではの特色あるコレクションを形成し、その価値の発信者として行動に移る時なのかもしれない。実際、ネット上には既に数多くのコレクションが紹介されているが、それらは個々の点の集まりに過ぎず、それらを有機的に結び付けるためにネットワーク化する必要がある。そのためには先ず、私の知らないところで既に構築されているのかもしれないが、コレクションへのアクセスを容易にするダイレクトリーの作成が求められる。それによって新たな発見や知見がもたらされれば、さらに多くの理解者や収集家を生み出すサイクルが生まれることになるのではないだろうか。その先にはネット上の仮想美術館の創設というものがあるのかもしれない。
2.
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図版:Paul Maréchal: Andy Warhol: The Record Covers, 1949-1987, 2008, The Montreal Museum of Fine Arts/Prestel Verlag, 236 pages lists 50 album covers with over 100 illustrations. Hardback, 310x310mm.
3.
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図版:Paul Maréchal: Andy Warhol: The Complete Commissioned Record Covers, 2015, Prestel Verlag, 264 pages lists 106 album covers with 287 colour illustrations. Revised edition. Hardback 305x305mm.
4.
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図版:プロモーション用のポスター、サイズ:572x840mm、技法:オフセット、版上サイン入り、発行:株式会社Epicソニー、東京。
このポスターを共有するロンドンにあるテイト・ギャラリー(Tate Gallery, London)とスコットトランドのエディンバラにあるスコットランド国立美術館(National Galleries of Scotland)では、このポスターに次のような解説を付けている。以下引用:

This poster features the front and back designs for Rats & Star’s album ‘Soul Vacation’. The eighties Japanese pop group’s name originates in the belief that it is possible to be a ‘rat’, coming from a less prosperous background, and still become a star: a notion close to Warhol’s heart as the son of working-class immigrants. In the design by Warhol from 1983, he draws on this idea of advancement and progression with the left side appearing incomplete, showing the working process or beginnings of creating a screenprint. The right side then shows the finished portraits of the men as stars. He incorporates blocks of colour beneath a black print over which he has layered printed hand-drawn elements.

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by galleria-iska | 2017-11-28 18:10 | その他 | Comments(0)
2017年 11月 22日

カリン・シェケシーのカラー写真「Nude」

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晩秋を向かえた今、洛陽が如く華やかに色付いた木々の葉は落ち、深い死の眠りにつく。そんな死と眠りの幻想(夢)をテーマとするような作品を取り上げてみようかと思う。お断りしておかなくてはいけないのは、被写界深度がそれほど深くない写真を解像力の低いコンパクト・デジカメで撮影しているので、ぼんやりした画像になってしまったことである。ドイツの写真家で、夫の画家で版画家のパウル・ヴンダーリッヒ(Paul Wunderlich, 1927-2010)に霊感を与え続けたカリン・シェケシー(Karin Székessy,1939-)によるヌード写真のひとつで、制作年は定かではないが、1970年代後半ではないかと思う。ヴンダーリッヒのアトリエを使って撮影されたこの写真、最初、椅子にもたれかかるモデルが、エデンの園に起源を持ついちじくの葉でその秘部を隠そうとする場面を意図したものかと思っていたのだが、その形状を良く観察してみると、いちじくの葉ではなく、プラタナスの葉であるらしいことが判かり、図像学的な意味を求めようとしていた目論見は砕かれた。だが、そこには、死の気配と官能とが入り混じる夢幻的とも言える空間を見出すことができるし、モデルの長く伸びた肢体はマニエリスムの絵画に見るような一種退廃した匂いを漂わせている。何故この作品に挽かれたのかと云うと、ルネサンスの偉大なる巨匠のひとり、ミケランジェロ(Michelangelo Buonarroti, 1475-1564)が、盛期ルネサンスの芸術家を援助したローマ教皇ユリウス2世の廟墓のために1513年に制作を始めた未完成の彫刻作品「瀕死の奴隷」の姿と重なって見えたからである。ミケランジェロの彫刻では、眠りの底ににある奴隷の姿とも、瀕死の奴隷が魂の解放を前に身悶えするような恍惚感に浸る姿との解釈もある、そのマニエリスムの萌芽と言われる裸体のフォルムが写真のモデルのポーズと記憶の中で結びついたからである。これは偶然の一致であろうか、それとも写真家がミケランジェロの彫刻から霊感を受けたのであろうか。死、あるいは眠りと結びついた恍惚と官能は、甘美な陶酔への危険な入り口。

この写真は、カリン・シェケシーの友人で写真家の伊藤美露(Miro Ito, 1959-)氏が編集を行ったヨーロッパ在住の8人の女性写真家によるヌード写真集「ヨーロッパ 官能のヴィジョン」(1995年)(註1)に所収されている。

●作家:Karin Székessy(1938-)
●種類:Color photograph
●題名:Nude
●サイズ:412x267mm(Format:509x 407mm)
●技法:Type-C print on Kodak professional paper.
●発行:Karin Székessy, Hamburg
●制作年:Late 1970s
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図版:ミケランジェロ(Michelangelo Buonarroti, 1475-1564)が1513年から1515年にかけて制作した彫刻「瀕死の奴隷(Dying Slave)」。高さ215cm


註:


1.写真家の伊藤美露(Miro Ito, 1959-)氏が編集を行った写真集「ヨーロッパ 官能のヴィジョン-欧州溌女流写真家8人による〈エロスの饗宴〉(European Vision of Sensuality by 8 Women Photographers)」の書影はこちら。
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by galleria-iska | 2017-11-22 18:56 | その他 | Comments(0)
2017年 11月 02日

横尾忠則のリトグラフ「Yasue」(1982)

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明日11月3日は“文化の日”である。とは言え、何処にも出掛ける当てがないので、何か面白そうな美術特番はないかとテレビの番組欄を探してみたが、豊富な資金力を背景に美術展の企画にまで乗り出しているNHKのプロジェクトのひとつとして、現在開催中の「ゴッホ展-巡り行く日本の夢」に関連させたNHKの旅(?)番組が載っているだけで、民放は皆無。週刊誌的ゴシップ報道に明け暮れる民放テレビ局においては、花より団子、美術などは飯の種にならない、つまりスポンサーが付かない(?)ということなのだろうか。

齢80才を超えてなお創作活動に余念のない“画家”横尾忠則(Tadanori Yokoo, 1936-)氏の全版画作品による展覧会「横尾忠則 HANGA JUNGLE」(註1)が、今年の4月22日から6月18日にかけて東京都の町田市にある町田市立国際版画美術館で開催された。1960年から現在までの版画作品約230点とポスター約20点の計約250点からなるこの展覧会、ポスター制作によって培われてきた独自のグラフィズムによって版画とグラフィックアートの領域を絶えず横断・拡張し続けてきた横尾氏の版画作品の全貌を明らかにするとのことで、開催前から注目を集めていた。展覧会に合わせて、1960年代の最初期の作品から最新作までの約260点を収録した版画の総目録『横尾忠則全版画 HANGA JUNGLE』が国書刊行会から刊行されている。開催前から気になっていたのだが、当てにしていた“もの”が入らず、結局行かずじまいになってしまった。町田市立国際版画美術館での会期は既に終了しているが、展覧会は兵庫県神戸市にある横尾忠則現代美術館に巡回し、現在会期中である。ただし台風による雨漏り修理のため臨時休館となっており、11月中旬に再開とある。会期は12月24日まで。

今回取り上げるのは、四点組みの連作版画「Yasue」のひとつ。横尾氏が“画家宣言”を行った1982年に“夫人”をモデルに制作したリトグラフ作品で、画家横尾忠則の最初期の版画作品である。総天然色とも言える原色を特徴とする横尾氏の作品の中では特異な存在と言えよう。画家の創造活動の根幹を成すデッサンを強く意識させる一方で、版表現における下絵(エスキース)を思わせるところもあって、常にポスターという媒体を通して表現を行ってきたグラフィック・デザイナーとしての有様を相互浸透させたような作品となっている。物々交換だったか頂いたかはっきりしないが、20年以上前に手に入れたもので、今手元にある唯一の版画作品である。傑作の誉れ高い、劇団状況劇場の演劇『腰巻お仙』(1966年)や映画『新宿泥棒日記』(1968年)の告知用ポスターなど、以前持っていたシルクスクリーンのポスターと比べると見劣りしてしまうのは仕方ないが、その分、物欲に対する妙な優越感を抱かせない、という屈折した理由を付けて持ち続けている。

●作家:Tadanori Yokoo(1936-)
●種類:Print
●題名:Yasue
●サイズ:765x570mm
●技法:Color lithograph
●限定:48
●発行:Unknown
●制作年:1982
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註:

1.
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by galleria-iska | 2017-11-02 19:58 | その他 | Comments(0)
2017年 09月 19日

シャガールの夜会プログラム・カバー「Couverture de Programme de la Soiree...」(1972)

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一週間が土、日、月と三日で終わってしまうような感覚を覚えるようになって久しいが、今年ももう九月半ば過ぎであるという事実、また何処へも出掛けない、誰とも会わない、まるで引き籠りのように過ごしてしまっている自分に気付き、愕然としてしまう。連れ合いが行きたがっている「奈良美智展」の終了日も近づいてきている。

今回取り上げるのは、1968年にインドネシア第二代大統領に就任したスハルト将軍((Soeharto, Haji Muhammad Soeharto,1921-2008)夫妻を迎え、時のフランス大統領ジョルジュ・ポンピドー(Georges Pompidou, 1911-1974)夫妻主催により、ベルサイユ宮殿の劇場(Château de Versailles, Théâtre Louis XV )で1972年に11月13日に催されたバレエによる夜会のためのプログラムである。演目はバレエにはとんと縁がないので受け売りになってしまうのだが、20世紀を代表する振付家とされるモーリス・ベジャール(Maurice Béjart,1927-2997)の振り付けによるオスカー・ワイルドの戯曲『サロメ(Salome)』をもとにしたリヒャルト・シュトラウスのオペラ『サロメ』の一場面「今宵のサロメはなんと美しいことか(Comme la princesse Salomé est belle ce soir(How beautiful Princess Salome is tonight)」とミハイル・フォーキン(Michel Forkine)が振り付けを行った、フレデリック・ショパンのピアノ曲を管弦楽に編曲した音楽によるバレエ『ル・シルフィード(Les Sylphides)』。

表紙絵は、1942年の『アレコ(Aleko)』(註1)を初め、幾つもバレエの舞台美術を手掛けたロシア出身のフランス人画家マルク・シャガール(Marc Chagall, 1887-1985)による青色を基調とする舞台背景画(décor)で、もう1点、それとは対照的に明るく華やかな色調で描かれた、シャガールが1958年から1959年にかけて舞台美術を手掛けたバレエ『ダフニスとクロエ(Daphnis et Chloé)』の舞台背景画が挿入されている。限定はおよそ600部で、招待者用に刷られたものであろう。このプログラムの評価は200~300ユーロというところである。シャガールは1963年にも夜会のプログラムの表紙絵を担当しており、そちらは1961年制作のオリジナル・リトグラフ(註2)が使われている。前に一度に入札金額を渋ったため、手に入れ損ねたことがある。たしか500ユーロ前後、邦貨にして6,7万円で落札されたように記憶する。昨年、フランスのオークション会社のひとつで、パリに本店を置くアデル・ノルドマン(Ader Nordmann)主催のオークションに出品され、見積価格500~600ユーロのところ、見積価格の下限の三倍、1500ユーロで落札されている。プログラムという、物としての役割を終え、リトグラフ自体の美術品としての価値に収斂した結果であるのかもしれないが、同時に、プログラムが特定の人たちに向けてのものであり、市場に出回らないという特殊性と相まって、稀少性が高められことも、その要因のひとつとなっているかもしれない。一方、歴史や文化的側面を語る上での証としての評価が直接価格に結びついたとは考えにくい。

プログラム本体の印刷は、国主催の催しということで、図版とは別に、1640年にルイ13世が設立した王立印刷工房(Manufacture royale d'imprimerie)を前身とするフランス国立印刷局(Imprimerie nationale, Paris)で行われている。もちろん組版職人によって組み上げられた活字による活版印刷である。

●作家:Marc Chagall(1887-1985)
●種類:Cover art
●プログラム:375x274mm(375x527mm)
●イメージサイズ:380x413mm
●技法:Offset
●発行:Imprimerie nationale, Paris
●限定:ca.600
●紙質:Arches
●印刷:Bussière Arts Graphiques, Paris
●制作年:1972
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Décor de Chagall pour Daphinis et Chloé. Offset, 258x362mm
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註:

1.現在、バレエ『アレコ(Aleko)』の舞台背景画4点のうち3点が青森県立美術館の「アレコ・ホール」に展示されていてる。以下、シャガールが舞台背景画(décor)等の舞台美術を担当したバレエ:
1942年:バレエ『アレコ』、音楽:チャイコフスキー
1945年:バレエ『火の鳥(L’Oiseau de Feu)』、音楽:イーゴリ・ストラヴィンスキー
1958年~1959年:バレエ『ダフニスとクロエ(Daphnis et Chloé)』、音楽:モーリス・ラヴェル

2.図版:シャガールのオリジナル・リトグラフ(M.383, 1961)を用いた夜会のプログラム、1963年、限定:600。373x279mm、プログラムの印刷:
フランス国立印刷局(Imprimerie nationale, Paris)

Programme de la soirée donnée au Château de Versailles, Théâtre Louis XV le 30 mai 1963 en l’honneur du roi et de la reine de Suède par le général de Gaulle président de la République française.
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by galleria-iska | 2017-09-19 14:13 | その他 | Comments(0)
2017年 08月 14日

美術手帖 第840号「Bijutsu Techo Vol.55 No.840」(2003)

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                 『美術手帖』創刊50周年記念特大号(Bijutsu Techo Vol.55 No.840, 210x146x48mm)
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            『美術手帖』の表紙(写真:村上 隆)(左)とフィギュアのパッケージの(右)

私の好きな作家のひとりに、現代美術の潮流の中にありながらも描くことに新しい地平を見出した、ドイツの鬼才、ホルスト・ヤンセン(Horst Janssen, 1929-1995)がいる。そのヤンセンの素描をコレクションに加えた現代美術家の村上 隆(Takashi Murakami, 1962-)氏デザインによるフィギュア「Miss Ko2/Blond」が特別付録として付けられた『美術手帖』(第840号)が発行されたのは、今から14年前の2003年(発行日は10月1日とある)。価格は通常よりも割高の2200円であった。事前に発売予告を見ていたので、田舎には数が回ってこないだろうと、若くして亡くなってしまった友人と一緒に知り合いの書店に頼んで先行予約をしたのだが、それは単なる杞憂に過ぎず、普通に書店に並んでいた。ただ、大阪の製菓・食品メーカー、江崎グリコ株式会社(Ezaki Glico Co.,Ltd., Osaka)が2001年から同じ大阪の模型製作会社、海洋堂と組んで発売した大人向けの「タイムスリップ・グリコ」に触発されて村上氏が制作した、一個300円ぐらいで買えるフィギュア付きの“食玩(食品玩具)”(註1)と比べ、美術出版社の欲の皮(?)が突っ張っていたのだろうか、いわゆる“オマケ感”が欠落しており、即座に完売とはいかなかったようである。もっとも、造形物に関する興味は共通しているものの、パブリックな価値を形成していく美術と個の愉しみに埋没していく“オタク”の間には大きな壁が存在していたことも、その要因のひとつであるかもしれない。

『美術手帖』と相前後して発売された“食玩(村上隆のSUPERFLATMUSEUM)は、誰にでも手に入るアートという触れ込みであったが、その販売は東京を中心とする都市部に集中し、先の友人が何軒ものコンビニを回ったが、実物を見ることは無かった。アートに触れ合う機会が少ない田舎(それは反面、アートに関心がないというリスクを伴うのだが)にこそ、それなりの配慮があってもよかったのではないか思う。そうすれば資金的に余力のある都市部の人間がそれを求めて田舎に集まり、田舎の人間も刺激を受けるという、新しい流通の形を構築できたかもしれない。しかしながら、実際は、立て続けに発表されたシリーズの販売効率を考慮してか、大半が東京一極集中配布となったのである。そしてその販売戦略の根幹をなすのは、版画等の美術作品における稀少性を謳った限定販売という手法によって購買意欲を煽り(刺激という表現では生ぬるい)、意図的にプレミアム感を作り出すことにあり、結果として、美術品市場におけるプライマリー・マーケットからセカンダリー・マーケットへの作品の流れのように、一次販売から二次販売へと繋がっていくことを見越したものであったと言えなくもない。この企てに、『芸術起業論』を著した村上氏ならではの、作家主導のアートにおける経営論的な戦略の一端を見ることができるのではないだろうか。

画家はかつて、何か対象となるものを描くとき、図像によってそのものの本質を表象化しようという試みた。その意味で画家は科学者と同じ客観的な目と思考を持つ存在であった。そのような探究心によって、画家は自身の脳を通して見えているものをよりリアルに表現することへと突き進んでいくのだが、神の造形物としての自然の美を探究することが限界を迎えたとき-それは19世紀、機械文明の発達や写真の発明などによって、人間の創り出したものに自然を凌駕する可能性を見出した時と重なり合う-そこに人間社会における様々な現象が新しい風景として立ち上がってきたのである。そして20世紀後半、行き過ぎた人間の内面的風景(純粋抽象)の表象化や形象そのものの否定によって、自ら袋小路に迷い込んでしまったのも確かである。19世紀末にウィーンで活躍した心理学者で哲学者のフランツ・ブレンターノ(Franz Brentano、1838-1917)によれば:
"全ての心的現象(心)は中世のスコラ哲学者が対象の志向的内在性と呼んだものおよび、完全に明確ではないが、対象つまり内在的対象と我々が呼ぶかもしれないものによって特徴づけられる...心的現象はそれ自体の内に志向的に対象を有する現象だと定義できる"
突き詰めれば、人は自分が見たいものしか見ることしかできないのであって、純粋芸術の行き着くところは何も描かない、無のなかに有を見る、というジレンマに陥ることとなる。それは言語表象においては可能であるが、何らかの形をもって表現するという視覚表象の場合においては、表象されるものより対象とされる概念が先行し、そのような芸術表現においては作品は必然的に概念に付随・補完するものとなる。一方、現代美術のひとつの潮流であるポップ・アートに於いては、コピー、借用、引用、パロディー、翻案、オマージュといった手法がさかんに用いられることとなる。マルセル・デュシャンの反芸術の継承者たる彼らも、絵画(あるいはオブジェ)という形式を採りながらも、別な意味で描くことを否定しているのである。

フィギュアという“オタク”文化の象徴を美術(アート)の文脈の中にどう落とし込むかという命題に対し、1960年代のポップ・アートが大衆文化と密接に結びつき、それを一種の社会的風景として捉えたように、フィギュアをという一種箱庭的小宇宙を彫刻へと拡大・変容せしめることによって成功への扉を開き、ジャパニーズ・ポップの呼称で捉えられこととなった。このフィギュアの制作はそれをフィギュアにフィードバックさせ、美術(アート)の裾野の拡張を図ろうという試みのひとつであるが、両者の相互浸透により、境界がより曖昧になってしまっているのは否めない。

●作家:Takashi Murakami(1962-)
●種類:Multiple
●サイズ:115x47x41mm
●技法:ATBC-PVC, ABS(Lacquer Paint)
●題名:Miss Ko2/Blond(Takashi Murakami's Superflat Museum)
●出版:Edition BT Magazine(Bijutsu Shuppan-Sha Co.,Ltd.,Tokyo
●制作:Kaiyodo Co., Ltd. Osaka
●原型師:Bome
●限定:20000(?)
●制作年:2003
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青島 千穂(Chiho Aoshima, 1974-)と村上 隆によるオリジナル・カバーアート「ネオ・ヴィーナスの誕生」《Original cover art 「The Birth of Neo Venus」 by Chiho Aoshima + Takashi Murakami, 2003》

註:

1.“食玩”として販売された『村上 隆のSUPERFLATMUSEUM』各シリーズ

●『村上 隆のSUPERFLATMUSEUM-ニューヨーク・エディション(New York edition)』
2003年9月14日発売。3000x4種=12000個。@300円
●『村上 隆のSUPERFLATMUSEUM-六本木ヒルズエディション(Roppongi Hills edition)』
2003年10月18日発売。15000x6種=90000個。@350円
●『村上 隆のSUPERFLATMUSEUM-コンビニ・エディション(convenience store edition)』
2003年12月8日発売。30000x10種=300000個。@350円
●『村上 隆のSUPERFLATMUSEUM-アーテリジェント・シティ・エディション(artelligent city edition)』
2003年12月20日発売。24000x3種=72000個。@350円
●『村上 隆のSUPERFLATMUSEUM-ロサンゼルス・エディション(Los Angeles edition)』
2004年5月17日発売。30000x10種=300000個。@350円
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by galleria-iska | 2017-08-14 20:29 | その他 | Comments(0)
2017年 08月 08日

奈良美智のマルティプル(?)「Yoshitomo Nara Gummi Girl」(2006)

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前回の記事の中で触れた奈良美智(Yoshitomo Nara, 1959-)氏が2006年にデザインした「グミガール(Gummi Girl)」を、今は種々雑多な物入れとして使っている古い箪笥の中から取り出してきた。お土産として貰った筈なのだが、連れ合いが所有権を主張し始めているため、中立地帯である箪笥に入れてある。「グミガール」の髪の色は栞にある茶と青の他、赤、緑、黄土の計5色が用意されていたのだが、連れ合いが選んだのは茶色だった。その子には「マローネ(Malone)」という名が付いているようなのだが、記号以上の興味はない。販売広告などには、グミを食べ終わった後は、アートグッズや小物入れとして使えると提案されている。確かにそうやって使っているうちに、傷んだり、飽きたりして、少しづつ数が減っていくのだが、こと「グミガール」に関しては、前にも書いたが、現在も生産継続中なので、一体どれくらいの数(エッシャーの“キャンディ缶”は6800個、村上隆のSUPERFLATMUSEUM、所謂“食玩”は3000個~数万個)になるのか見当もつかない。無くなって初めて、見えなかった、あるいは別の視点から見た意味(=価値)が浮き彫りになってくるものである。そういう観点からすると、この先も長期に渡って箪笥の肥やしになる可能性が高い。
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●作家:Yoshitomo Nara(1959-)
●種類:Multiple
●サイズ:160x165x75mm(Multiple), 169x169x77mm(Box)
●題名:Gummi Girl - Malone
●技法:Painted Plastic
●製造:S and O(Sweets and Objects), Omotesando Hilles, Tokyo
●制作年:2006
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                          「グミガール」の栞(表)
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by galleria-iska | 2017-08-08 20:04 | その他 | Comments(0)
2017年 07月 30日

勝原伸也の創作木版画「Anthology」(1987)

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明日7月31日は、一昨年亡くなった大兄、木版画家の勝原伸也(Katsuhara Shinya,1951-2015)の二度目の命日で、世間でいうところの三回忌にあたる。故人宅にお伺いすることができないので、大兄が東京銀座の兜屋画廊(Gallery Kabutoya, Tokyo)の依頼で手掛けた最初の創作木版画を眺めつつ、あらためてご冥福をお祈りしたい。

「アンソロジー(Anthology)」という題を付けられたこの作品は、今から丁度30年前の1987年に制作された、木版画家としての勝原の出発点となった記念すべき作品である。題材の原典を何処に求めたのかは分からないが、生き物と花との四つの物語をひとつの画面に散りばめた“詞華集”となっている。それぞれが季節を表しているとするならば、四季を描いたものとなるのだが、その辺のところを端的に読み取ることが出来ないもどかしさがある。漆黒の闇の中に浮かび上がる“文様”としてのモチーフは蒔絵を彷彿させ、絵画というよりは、装飾性の高い、工芸的な表現となっている。

●作家:Katsuhara Shinya(1951-2015)
●種類:Original print
●題名:Anthology
●サイズ:360x250mm(image)
●技法:Woodblock print
●限定:150
●版元:Gallery Kabutoya, Tokyo
●制作年:1987

浮世絵の復元(というより解釈と言ったほうが的を得ているかと思う)という職人的な立ち位置は、創作とは隣り合わせのようにも映るのだが、その方向性が全く異なっている。しかるに、何故創作版画をやらないのか、という無邪気でありながら無思慮な問いは、彼を大いに苦しめたかもしれない。この作品に於いて初めて創作という領域に踏み込んだわけであるが、無名性を旨とする職人的立場と木版画家としての自己のアイデンティティを確立することとのアンビヴァレンツな状況の中で苦悩したことは想像に難くない。勝原が本格的に創作活動に向かうには、もう暫く時間を要することとなる。

一方、勝原は同じ年、自身の代表作のひとつに数えられる復元を行っている。それは以前取り上げた広島県三原市での展覧会のポスターに使われた歌川国芳の大錦三枚続き「讃岐院眷属をして為朝をすくふ図」である。勝原はなんと半年余りをこの作品の復元に掛けている。彫りに5ヶ月を要したというこの作品に於いて、勝原は刷りに独自の解釈を施している(註1)。



註:

1.「木版師 勝原伸也の世界-浮世絵は蘇る(Shinya Katsuhara, The Ukiyo-e Craftman)」1993年、平凡社(Heibonsha Limited Publishers, Tokyo)。237~242頁参照



2017年11月9日追記:

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去る10月13,14,15日、三回忌を迎えた大兄が眠る墓地のある京都は南禅寺の境外塔頭、光雲寺で、その業績を偲ぶ展覧会が催された。これはその案内のチラシである。
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by galleria-iska | 2017-07-30 18:22 | その他 | Comments(0)
2017年 06月 15日

ユーサフ・カーシュの写真集の出版案内「Portraits of Greatness」(1959)

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アルメニア系カナダ人の写真家ユーサフ・カーシュ(Yousuf Karsh, 1908-2002)は1908年、アルメニア人の両親のもと、オスマン帝国南東部の都市マルディンに生まれる。年譜によると、14歳の時、オスマン帝国によるアルメニア人虐殺を避け、家族でシリアのアレッポに移り住む。17歳の時、写真家であった叔父を頼り、ベイルート(Beirut)から船に乗り、29日間の航海を経て、1925年12月31日、ヨーロッパに最も近いカナダ東海岸ノバスコシア州の州都ハリファックス(Halifax)に到着。医者になる夢を持ち、学校に通うが、叶わず、叔父のスタジオを手伝う。叔父から貰った小さなカメラで撮影した子供のいる風景が賞を取り、50ドルを手にする。カーシュの才能を認めた叔父の紹介で、友人のアルメニア人で、ボストンに住む東部では有名な肖像写真家ジョンH.ガロ(John H. Garo)に師事し、美術学校の夜間クラスに通い、レンブラントやヴェラスケスといった巨匠の肖像画を学びながら、写真に関する様々なことを学ぶ。修業は当初半年間であったが、ガロの好意で3年間共に過ごす。1931年にボストンを離れ、カナダの首都オタワに移り、小さなスタジオを持つ。この時、自分が描いた写真家としてあるべき姿をカーシュは次のように語っている:
My interest lay in the personalities that influenced all our lives, rather than merely in portraiture. Fostered by Garo’s teachings, I was yearning for adventure, to express myself, to experiment in photography.
カーシュの写真家としての最初の仕事はアマチュア劇団の舞台撮影で、照明の効果に大きな関心を持つ。 1936年、カナダを公式訪問した最初のアメリカ大統領であるフランクリン・デラノ・ルーズベルト(Franklin Delano Roosevelt, 1882-1945)が、当時カナダ総督であったトゥイーズミュア男爵(Lord Tweedsmuir )と首相のマッケンジー・キング(Prime Minister Mackenzie King)と協議するためにケベックを訪れた際に、招待を受け、この重要な来賓者の撮影を行った。これが報道写真への最初の足掛りとなると共に、早晩、後援者、友人となる首相のキングとの最初の出会いとなった。そのキングの計らいで1941年、後にライフ誌『Lefe』の1945年5月21日号の表紙を飾ることとなる、ウィンストン・チャーチル(Winston Leonard Spencer-Churchill, 1874-1965)肖像写真を撮影する機会を得る(註1)。この写真が切っ掛けとなり、カナダ政府はカーシュを英国に派遣し、各界の著名人の肖像写真を撮影させる。それ以来、何代ものアメリカ大統領を初めとし、ジョルジュ・ブラック、ジャン・コクトー、パブロ・ピカソ、ジャコメッティ、シャガール、ジョアン・ミロ、ヘンリー・ムーア、スーラージュ、ジョージア・オキーフ、ザッキン、コールダー、アンディ・ウォーホル等の美術家や、小説家のアーネスト・ヘミングウェイ、アルベール・カミュ、日本人では、尾崎行雄(1950年)、川端康成(1969年)、湯川秀樹(1969年)など、世界中のあらゆる分野の人々の肖像写真の撮影を行う。カーシュは被写体が生活・活動している現場での撮影を旨としており、160キロもの撮影器材とともに世界各地を旅して回った。撮影にはエイト・バイ・テン(8x10)の大型ビューカメラを使用し、ボストン時代に巨匠の絵画に学んだ成果を生かし、綿密に計算されたライティング、セッティング、ポーズで撮影される肖像写真は、濃密な影と光が、被写体のパーソナリティーを見事に浮き立たせている。

●作家:Yousuf Karsh(1908-2002)
●種類:Announcement of publication
●サイズ:plate:306x248mm, folio:330x272mm(330x538mm)
●技法:Sheet-fed gravure
●発行:Thomas Nelson & Sons, London
●制作年:1959

以前、カーシュの代表作のひとつであるアーネスト・へミングウェー(Ernest Miller Hemingway、1899-1961)の肖像写真「Ernest Hemingway」(1957)のオリジナルプリント(Gelatin silver print)を手に入れたことがあったが、光沢のないマットな画面は、微細な粒子の集合による光と影が深い諧調を生み出し、へミングウェーの、漁師のそれを思わせる、年輪を重ねた精悍な風貌を漆黒の背景の中に浮かび上がらせ、思わず息を呑んだ覚えがある。1959年に刊行されたカーシュの写真集「Portraits of Greatness」の出版案内にサンプルとして挿入されているチャーチルの肖像写真は政界から引退した翌年の1956年に撮影されたもので、1941年に撮影されたものと比べると、随分と老けて見えるし、疲れた表情も見て取れる。写真は、オランダの紙幣の印刷で知られる1703年創業のハーレムの印刷所ヨー・エンスへーデ・ゾーネン(Joh.Enschedé Zonen)で、〈Sheet-fed gravure〉という印刷方法で複製されているのだが、その表情はフォトグラヴュールと同じマットな仕上がりで、オリジナルプリントの質感をかなり再現している。出版案内とそれを入れた封筒には簾の目紙(laid paper)が使われている。購入先からは限定19部と言われているが、はたして。

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The Rt.Hon.Sir Winston Leonard Spencer Churchill, KG.,P.C.,O.M.,C.H.
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裏側に題名と撮影時のエピソードが記されている
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註:

1.
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図版:1941年に撮影した肖像写真を表紙に使った『ライフ(Life)』誌(1945年5月21日号)。撮影の際のエピソードがこちら:(以下引用)
Karsh asked Churchill to remove the cigar in his mouth, but Churchill refused. Karsh walked up to Churchill supposedly to get a light level and casually pulled the signature cigar from the lips of Churchill and walked back toward his camera. As he walked he clicked his camera remote, capturing the ‘determined’ look on Churchill’s face, which was in fact a reflection of his indignantcy. Karsh recounted: “I stepped toward him and without premeditation, but ever so respectfully, I said, ‘Forgive me, Sir’ and plucked the cigar out of his mouth. By the time I got back to my camera, he looked so belligerent he could have devoured me. It was at that instant I took the photograph. The silence was deafening. Then Mr Churchill, smiling benignly, said, ‘You may take another one.’ He walked toward me, shook my hand and said, ‘You can even make a roaring lion stand still to be photographed.’”

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by galleria-iska | 2017-06-15 13:40 | その他 | Comments(0)
2017年 04月 28日

20世紀誌(第44号)「XXe siècle XLIV: Panorama 75」(1975)

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●種類:Art Magazine
●題名:XXe siécle Panorama 75 - Nouvelle sèrie XXXVIIe Année - No44 - Juin 1975
●サイズ:320x 250mm
●印刷:Imprimerie Amilcare Pizzi S.P.A., Milan
●発行:Société Internationale d'Art XXe Siècle, Paris
●制作年:1975

今月初めだったと思うが、何気に新聞を捲っていたら、アメリカのポップアートの画家ジェームズ・ローゼンクイスト(James Rosenquist, 1933-2017)が去る3月31日にニューヨーク市の自宅で亡くなったという小さな死亡記事が目に飛び込んできた。享年83歳。最近、活動を耳にしないと思っていたのだが、闘病生活を送っていたとのこと。またひとり、ポップアートの巨星が落ちた。ローゼンクイストは版画家としても数多くの作品を残しているが、彼の作品との最初の出会は、1964年にベルンのコンフェルト画廊から限定2000部で出版された画家で詩人のウォレス・ティン(Walasse Ting (丁雄泉), 1929–2010)が手掛けた詩画集「1¢Life」(1964年)の挿絵として描かれたリトグラフ「New Oxy」(Cat.no.2)(註1)であった。まだ抽象表現主義風の筆致が残る荒削りな画面は、その後の彼のスタイルとなっていく様々なモチーフと文字をコラージュのように組み合わせたものであったが、その混沌とした画面には-そこが凡人の凡人たる所以であるが-あまり魅力を感じなかった。しかし、その翌年の1965年にニューヨーク市のレオ・キャステリ画廊で行なわれた最初の個展の際に制作された、絵画作品「F-111」をもとにした案内状(メイラー・ポスター)「F-111 (Castelli Gallery Poster)」(註2)には驚いた。ロイ・リキテンスタイン場合もそうだったのだが、すっかりポップ・アートに変貌していたからである。個人的には1967年にアスペン・イースター・ジャズ・フェスティヴァル(Aspen Easter Jazz Festival)の広報用に制作されたポスターが好きで、未だ手元に置いているのだが、他のものは手放してしまったため、フランスで発行されていた美術専門誌「20世紀(XXe siècle)」所収のオリジナル・リトグラフ「Auto Tire, Dinner Traiangle」を、哀悼の意を込めて取り上げたい。このリトグラフは、アメリカの版画工房ではなく、パリのムルロー工房で刷られている点が興味を引く。ムルロー工房の刷りは彩度が低く抑えられているのが特徴なのだが、この作品の刷りでは-別刷りの限定38部のものと色調が異なる可能性もあるが-色抜けが良く、ムルロー工房のものとは思えない。

●作家:James Rosenquist(1933-2017)
●種類:Print
●題名:Auto Tire, Dinner Traiangle
●サイズ:312x240mm
●技法:Lithograph
●印刷:Fernand Mourlot Imp., Paris
●発行:Société Internationale d'Art XXe Siècle, Paris
●制作年:1975
●目録番号:95
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註:

1.
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ローゼンクイストの版画の総目録:「Rosenquist - Time dust. James Rosenquist complete graphics: 1962-1992」
Glenn Constance, published by Rizzoli International Publishing, Inc.,New York, 1993. 25x26cm, 179pp, 300 col. This book includes a catalogue raisonne of the artist's 229 prints (150 colorplates) and an extensive bibliography. このカタログはタイトルに「Time Dust」とあるように、1992年に制作されたエポック・メイキングな巨大な版画作品「Time Dust」(2.1メートルx10.6メートル)とローゼンクイストの全版画の公開を目的とする、ロングビーチのカルフォルニア州立大学美術館の企画による巡回展「Time Dust」の図録として刊行されたもの。表紙には作品の一部が使われている。
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「Time Dust」全図
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ローゼンクイストのオリジナル・リトグラフ「Auto Tire, Dinner Traiangle」に関する記載。

2.
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図版:F-111 (Castelli Gallery Poster), 737x588mm(Image:708x559mm), offset lithograph in colors, 1965 published by Leo Castelli Gallery, New York. 以前、ネットでテキストの入ったものを見たように記憶しているのだが、ひょっとすると失われた画像データの中に入っていたかもしれない。
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by galleria-iska | 2017-04-28 21:59 | その他 | Comments(0)
2017年 04月 24日

カリン・シェケシーの写真「Nude」(1993)

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紙に直接文字を書くことが減ったことも原因のひとつとしてあるかもしれないが、記憶がこんがらがる事が増えている。自分はこれで間違いないと思っていることが、それとは別の事柄と引っ付いて、新しい事実として脳にインプットされてしまっているから厄介である。思い込みというやつであるが、妄想癖がそれに拍車を掛けているようだ。自分の言うことが信用し難くなっている。

テクノロジーの進化により銀量の減った銀塩写真の物質性が失われていったように、カラー写真も印画紙の生産がデジタル用のものに置き換えられていく中で-それはある意味概念の言語化の過程と似ているのかもしれないのだが-何かが確実に失われていくに違いない。我々が未だアナログ的な行為として愉しんでいる食べるという行為も、生命の維持という本質的な意味に還元するならば、宇宙飛行士が摂っていた宇宙食を更に進化させ、生命維持のための栄養分の補給と満腹感を得るための何らかのカプセル(サプリメントとしてあるものの応用)の摂取と仮想現実との組み合わせによって、和食であれ洋食であれ、プログラミングされた料理を堪能することが出来るようになるのではないだろうか。そうすれば食料生産のための途方もない労力が必要なくなるとともに、人類を飢餓から解放することが可能となるかもしれない、と書いたところで、2022年の世界を描いた1973年公開のアメリカ映画「ソイレント・グリーン(Soylent Green)」を思い出してしまった。快楽に虚しさを覚え、苦痛に希望を見出す。昨今の社会情勢を見ていると、人類は再びカタストロフを求めているのかもしれない。

女性のヌード写真において独自の表現スタイルを築いたドイツの写真家カリン・シェケシー(Karin Székessy,1938-)さんから頂いた(?)小判サイズのカラー写真(C-Print)。プレゼン用に焼いたものかもしれない。小道具にロープを使った写真のうちのひとつであるが、題名は不明である。いわゆる緊縛写真を意図したものではなく、動きを与えたモデルを低速シャッターで撮ることでブレを生じさせ、カラー写真ではあるが、濃紺のトーンによるモノクローム調に仕上げることで、幻想的な表情を創り出している。

●作家:Karin Székessy(1938-)
●種類:Photograph
●サイズ:156x111mm(Image:146x101mm)
●技法:Chromogenic color print(C-Print)
●紙質:Kodak Professional Paper
●制作年:1993
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                            印画紙の裏側


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                   マーカーペンによる署名と年記
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by galleria-iska | 2017-04-24 20:30 | その他 | Comments(0)