ガレリア・イスカ通信

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カテゴリ:その他( 108 )


2011年 03月 07日

長谷川潔の直筆書簡、1963年

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1963年11月18日、当時71歳であった長谷川潔(1891-1980)が、22日から始まるパリのギャルリー・サゴ・ル・ガレック(Galerie Sagot le Garrec)での個展を前に、印象主義以降のフランスの画家に関する多くの著作のある美術史家で批評家のレイモン・コニア(Raymond Cogniat, 1896-1977)(1)に宛てて書いた直筆書簡。長谷川は書簡の中で、ギャルリー・サゴ・ル・ガレックでの個展を、放棄されていたマニエル・ノワールの技法を1924年から新しい表現として復活させた自らの40年に渡る創作活動を展観する重要なものであるとし、個展への評価と来場を請うとともに、気に入ったものがあれば近作の中から一点進呈すると申し出ている。

●作家:長谷川潔(Hasegawa Kiyoshi, 1891-1980)
●種類:Autograph letter signed to Raymond Cogniat
●サイズ:270x210mm
●日付:18 November 1963

註:
1:レイモン・コニアの著作の一部:
「Georges Rouault」 Les Editions Georges Crès et Cie, Paris, 1930
「Soutine」 Edirions du Chene, 1945
「Gauguine」 Abrams, 1963
「The Century of the Impressionists」 Crown Publishers, Inc., 1967
「Chagall」 Editions Flammarion., 1968
「Monet et ses amis」 Musée Marmottan, Paris, 1971
「Picasso」 Crown Publishers, Inc., 1975
「Raoul Dufy」 Musée d'Art moderne, Paris, 1977
「Bonnard」 Crown Publishers, Inc., 1979
「Braque」 Harry N. Abrams, Inc., 1980
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by galleria-iska | 2011-03-07 17:16 | その他 | Comments(1)
2011年 03月 06日

菅井汲「年賀状」(1982年)

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菅井汲が1982年の年賀状として制作したシルクスクリーン版画。二つ折り、左頁下の小枠に鉛筆サイン。カタログレゾネ未収録。詩人大岡信の『菅井汲―回想と展望』によれば、二人は1981年の初夏に菅井のパリのアトリエで共同制作を行なったとあり、この年賀状jはそのとき作られた作品「耳ヲ彩ルモノ」(大岡信ことば館収蔵)の構図を用いている。菅井は1963年にパリ青年ビエンナーレ参加のためにフランスにやってきた大岡と意気投合し、大岡の朗読に墨書というパフォーマンスの共演を果しているので、1981年の共同制作は二度目のコラボレーションとなる。また1983年にも日本で同様の即興制作のイベントを開催している。

●作家:Sugai Kumi(1919-1996)
●種類:New Year Greeting(Carte de vœux)
●サイズ:150x100mm(150x200mm)
●技法:Silkscreen
●発行:Sugai Kumi
●制作年:1981

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画像:菅井汲+大岡信「耳ヲ彩ルモノ」1981年。《大岡信ことば館》ウェブサイトより転載

一九八一年初夏。菅井汲のアトリエ。パリ。 私は菅井が用意してくれた何枚もの純白の紙に、自作の詩の断片を筆で書く作業に没頭していた。おのおのの紙の余白部分に菅井汲の絵をつけてもらって、二人の合作のアルバムを作ろうというのが私のもくろみだった。 共同で作品を作るという考えに私が惹かれるのは、作業を通じていやおうなしに露顕してしまう参加者各人の秘められた頑強な個性に興味をもつからである。ふだん一人だけで制作している時ならば孤独と沈黙の城壁の内側にまもられている各人の隠れた個性も、共同制作という場の中では、揺さぶられ、攻撃され、対話を必要とし、自己を主張し、なおかつ最終的には他者と協力して、新しい作品世界を築きあげるために努力しなければならない。 しかしそれはそれとして、私が菅井汲に対して共同制作を誘いかけたのには、もう一つのひそやかな理由があった。菅井にとっては初めての経験であるに違いないこんな仕事を通じて、もし菅井自身の作品に新しい展開の徴候が生じるようなことがあったら、どれほどすばらしいだろうかと、私は考えていたのである。私は菅井汲と知り合って二十年になるが、一九八一年の初夏のころ、何者かが私の胸内でしきりに囁くのを聞いたのだ。菅井汲は今新たな転機に立っていると。(『菅井汲―回想と展望』より 大岡信)。《大岡信ことば館》ウェブサイトより転載


大岡が予感した“菅井汲の新たな転機”の兆候が画面に現われるのは、1983年頃のことである。


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by galleria-iska | 2011-03-06 20:36 | その他 | Comments(0)
2011年 02月 25日

恩地孝四郎の装丁「Loving Service Seal Hanga」(1953)

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版画表現に新しい境地を切り拓いた恩地孝四郎(本名:恩地孝、1891-1955))と長谷川潔(1891-1980)はともに1891年(明治24年)生まれである。二人の関係について記したものはあまりないが、1931年に恩地らによって日本版画協会が設立されたとき、会員となった長谷川から恩地に敬意を込めて版画作品が贈られている。しかしながら、長谷川がフランスの地より帰郷することはなく、二人が肝胆相照らす仲になることは叶わなかったようである。

この冊子は、恩地が社団法人国際版画協会の理事長になった1953年に社会福祉法人中央共同募金会(1)の依頼で制作したもので、日本の木版画紹介という体裁をとっている。冊子は無綴じで、恩地のオリジナルカラー木版が表裏表紙を飾り、恩地の日本の木版画紹介の英訳と、北岡文雄(1918-2007)と品川工(本名:関野工、1908-2009)による10点の木版画シールが収められている。冊子が輸出用に発行されたのか、国内に居る外国人向けだったのか定かではないが、創作版画の旗手たる恩地に制作を依頼したにもかかわらず、依頼者の意向により、伝統的な日本風俗や情景を描いた作品となっている。恩地自身、創作版画が伝統に根ざしたものであることを否定している訳ではないが、依頼者の、日本の新しい版画表現を知らしめる機会を自ら閉ざす《文化度》は、日本文化の紹介において未だに続くステレオタイプ的なあり方にも通ずるところがある。

恩地が制作した二作品は、いずれも日本人の心に深く寄り添う雪景色を描いたもので、富士の山や庭先に積もった白い雪は、胡粉による重ね摺りで質感や立体感を表わしている。

●作家:恩地孝四郎(Onchi Kōshirō, 1891-1955)
●種類:Folder
●サイズ:285x215mm(285x425mm)
●題名:Loving Service Seal Hanga
●技法:Woodblock
●発行:The Central Community Chest of Japan, Tokyo
●制作年:1953


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裏表紙。イメージ:207x143mm
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刷り込みの落款
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版上サイン

註:
1:赤い羽根共同募金は1947年に社会事業として始められたが、1951年に社会福祉事業法の制定により共同募金連合会の設立が規定され、1952年に全国47都道府県共同募金会を束ねる社会福祉法人中央共同募金会が設立された。

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by galleria-iska | 2011-02-25 18:41 | その他 | Comments(0)
2011年 02月 24日

長谷川潔の肖像メダル(ブロンズ)1973年

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このブロンズ製の肖像メダルは、版画家 長谷川潔(1891-1980)のフランス美術界への長年の貢献の証であり、日本人としては、葛飾北斎、藤田嗣治に次ぐ三人目の栄誉である。因みに四人目は荻須高徳。年譜によれば、メダルは1970年にフランス国立貨幣・賞牌鋳造局(La Direction des Monnaies et Médailles)において鋳造が決定し、翌71年、表側の肖像の浮き彫り彫刻をティゾン・ミッシェル夫人が担当、裏側のデザインと制作が長谷川潔本人に委嘱された、とある。

長谷川潔は、ティゾン夫人の写実的な肖像表現とは対照的に、象徴的な画面構成を行なっている。先ず宇宙あるいは絶対の真理を表す円を引き、次にそれに内接する、長谷川の造形の根幹となっている黄金律をその内に持つ図形で、均衡と調和を象徴する正五角形を描き入れ、マニエル・ノワールの細粒点刻による下地を模した背景に、自身の自然や宇宙に関する思索を静物画の形として浮び上がらせている。正五角形の底辺の下には長谷川潔のイニシャル《KH》が刻まれている。メダルは1972年に鋳造され、極印の他、材質と発行年が刻印されて1973年に発行された。これはブロンズ製のもので、限定は無い。

●作家:O.Tison Michel et Hasegawa Kiyoshi(1891-1980)
●種類:Médaille
●サイズ:77mm diamètre
●材質:Bronze
●重量:270g
●発行:La Direction des Monnaies et Médailles, Paris
●制作年:1971~1972

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by galleria-iska | 2011-02-24 17:50 | その他 | Comments(0)
2011年 02月 24日

長谷川潔の肖像メダル(銅製)1973年

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この銅製の肖像メダルは、版画家 長谷川潔(1891-1980)のフランス美術界への長年の貢献の証であり、日本人としては、葛飾北斎、藤田嗣治に次ぐ三人目の栄誉である。因みに四人目は荻須高徳。年譜によれば、メダルは1970年にフランス国立貨幣・賞牌鋳造局(La Direction des Monnaies et Médailles)において鋳造が決定し、翌71年、表側の肖像の浮き彫り彫刻をティゾン・ミッシェル夫人が担当、裏側のデザインと制作が長谷川潔本人に委嘱された、とある。

長谷川潔は、ティゾン夫人の写実的な肖像表現とは対照的に、象徴的な画面構成を行なっている。先ず宇宙あるいは絶対の真理を表す円を引き、次にそれに内接する、長谷川潔の造形の根幹となっている黄金律をその内に持つ図形で、均衡と調和を象徴する正五角形を描き入れ、マニエル・ノワールの細粒点刻による下地を模した背景に、自身の自然や宇宙に関する思索を静物画の形として浮び上がらせている。正五角形の底辺の下には長谷川潔のイニシャル《KH》が刻まれている。メダルは1972年に鋳造され、極印の他、材質と発行年が刻印されて1973年に発行された。これはブロンズ製のメダルに縁をつけて、一回り大きくした銅製のメダルで、発行年に横に限定番号が刻印されている。

●作家:Madame O.Tison Michel et Hasegawa Kiyoshi(1891-1980)
●種類:Médaille
●サイズ:82mm diamètre
●材質:Cuivre
●限定:100
●重量:300g
●発行:La Direction des Monnaies et Médailles, Paris
●制作年:1971~1973

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by galleria-iska | 2011-02-24 17:48 | その他 | Comments(0)
2011年 02月 22日

菅井汲「年賀状」(1986年)

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菅井汲が1986年の年賀状として制作したシルクスクリーン版画。二つ折り、画面右下に鉛筆サイン。カタログレゾネ未収録。表紙に《’86》とあるように、数字の8と6の視覚的外形が、縦に並ぶ二つの、それまでの幾何学的抽象から絵画的筆触と材質感の復活を思わせる表情を持つ形態へと変容され、渡仏前に阪急電鉄の宣伝課で経験した商業デザインと、渡仏後に遭遇したアンフォルメルの表現とが融合したかのような構成となっている。菅井のこのような変化は、おそらく1970年代末から80年代初頭に登場したニュー・ペインティングの流れに呼応するものかと思われる。この後菅井は「S」字シリーズに向うことになる。

●作家:Sugai Kumi(1919-1996)
●種類:New Year Greeting(Carte de vœux)
●サイズ:155x105mm(155x210mm)
●技法:Silkscreen
●発行:Sugai Kumi
●制作年:1985
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by galleria-iska | 2011-02-22 18:15 | その他 | Comments(0)
2011年 02月 22日

菅井汲「年賀状」(1990年)

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菅井汲(Sugai Kumi, 1919-1996)が1990年の年賀状として制作したシルクスクリーン版画。二つ折り、カタログレゾネ未収録。右頁の太陽を思わせる図形に図案化された“0”の下に鉛筆サイン。左頁の“9”は、磁石に引き付けられる砂鉄の動きを思わせる細かな筆致と絵の具の塊のような色面で構成されており、それらは絵画を成立させる必要条件を示しているかのように思われる。この時期、菅井は「S」字シリーズに取り組んでおり、ここでは無機質な記号としての数字を絵画空間を成立させるための枠(フレーム)として使っている。

“9”の前の小さな19という数字は、省略を示すアポストロを置き換えたものとして、菅井が生まれた19年を示しているように思われるが、そこには70年という齢を重ねた菅井の感慨のようなものが込められているのかもしれない。

●作家:Sugai Kumi(1919-1996)
●種類:New Year Greeting(Carte de vœux)
●サイズ:105x150mm(105x300mm)
●技法:Silkscreen
●紙質:Arches
●発行:Sugai Kumi
●制作年:1989
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by galleria-iska | 2011-02-22 18:11 | その他 | Comments(0)
2011年 02月 01日

ブルース・ナウマン「First Hologram Series(Making Faces)」(1968)

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1968年にニューヨークのレオ・キャステリ画廊で行なわれたブルース・ナウマン(Bruce Nauman,1941-)の個展の際に、ナウマンが最初に制作したフォログラムによる11点の連続作品「Making Faces (A-K)」(1)の広報目的に作られたネガ・フィルムによるドキュメント写真。このシリーズでナウマンは、写真にあるように、自身の顔を捻ったり引っぱったりして誇張された表情を作り出している。フォログラムのスライド・イメージはガラス上に投影されると、あたかも暗い空間の中で蠢いているような不気味さを漂わせ、その奇怪で、どこか間の抜けたようにも見える表情は、子供をあやしたり、脅かしたり、怖がらしたりする際に用いる身振りのようでもあり、静止した肖像画には無い、パフォーマンスにあるような時間性を伴っている。ナウマンは1970年に、フォログラムのスライドの中から5点を選び、それを二色刷りのシルクスクリーン版画に置き換えたアルバム「Studies for Holograms」をキャステリ画廊から出版している。

●作家:Bruce Nauman, 1941-
●種類:Photograph(from Holographic image on glass)
●サイズ:204x254mm(8x10")
●題名:First Hologram Series (Making Faces),(D),1968
●技法:silver print
●制作年:1968

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●作家:Bruce Nauman, 1941-
●種類:Photograph(from Holographic image on glass)
●サイズ:204x254mm(8x10")
●題名:First Hologram Series (Making Faces),(H),1968
●技法:Silver print
●制作年:1968

註:
1:「Bruce Nauman:Catalogue Raisonné」 by Joan Simon, Walker Art Center, 1994. Item #108 参照。

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by galleria-iska | 2011-02-01 19:11 | その他 | Comments(0)