ガレリア・イスカ通信

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カテゴリ:ホルスト・ヤンセン関係( 61 )


2017年 06月 04日

ホルスト・ヤンセン木版画総目録「Horst Janssen Holzschnitte 1957-1961」(1987)

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日々の暮らしが同じことの繰り返しになってしまうと、月日があっという間に過ぎていく。今日は六月四日、虫の日とやらである。道路建設や宅地開発により居場所を失くし消えていった虫たちを供養する日ではない。虫と人間の共存を目指し、漫画家の手塚治虫(Osamu Tezuka, 1928-1989) の呼びかけで設立された日本昆虫クラブが記念日として提唱しているが、国民の関心はさして高くない。間違っても国民の代表たる国会議員が立法府である国会の場で虫の生存権を議論することはないだろう。ならばと、虫たちは人間のために鳴くのを止めてしまったに違いない。新緑の大空を自由に飛ぶ小鳥の囀りが耳に心地好い。それもいつまで続くのだろうか。

ホルスト・ヤンセン(Horst Janssen, 1929-1995)の契約画廊であるハンブルクのブロックシュテット画廊(Galerie Brockstedt, Hamburg)は、画廊設立30周年の1987年、ヤンセンの版画家としての出発点となった木版画の総目録(カタログ・レゾネ)を刊行。ヤンセンが1957年から1961年にかけて制作した多色刷り木版画作品全53点を収録。また、ヤンセンが1957年にヴァールブルク通りの自宅で開いた私的展覧会の招待状と告知用ポスター、同じ年、ブロックシュテット画廊の前身であるハノーファーの近代絵画画廊(Galerie für Moderne Kunst, Hannover)での展覧会の際に制作した招待状と告知用ポスターも併せて収録している。1960年代後半に現れる亜鉛版エッチングによるポスターを予見させる招待状は、出品目録も兼ねており、自宅での展覧会の招待状には当時の販売価格も記載されていて、興味深い。告知用の二つのポスターは、後にヤンセンのライバルとなるパウル・ヴンダーリッヒ(Paul Wunderlich, 1927-2010)の協力でリトグラフで刷られているが、摺刷数は100枚足らずと少なく、今やコレクターズアイテムとなっている。近代絵画画廊の方のポスター(註1)は以前このブログで取り上げたことがあるが、その招待状「Einladung zur Ausstellung Farbige Holzschnitte in der Galerie für Moderne Kunst, Hannover」(Vogel. 407, 211x162mm)はポスター以上に入手が難しく、もうかれこれ20年近く探しているが、未だ一度も目にしたことがない。

●作家:Horst Janssen(1929-1995)
●種類:Catalogue Raisonne(Werkverzeichnis)
●題名:Horst Janssen Farbholzschnitte Werkverzeichnis 1957-1961
●サイズ:285x285mm
●技法:Offset
●発行:Galerie Brockstedt, Hamburg
●制作年:1987
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ハノーファーの近代絵画画廊で開催されたホルスト・ヤンセンの多色刷り木版画展の招待状「Einladung zur Ausstellung Farbige Holzschnitte in der Galerie für Moderne Kunst, Hannover」(Vogel. 407, 211x162mm)
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同展の告知用ポスター「Ausstellung Farbige Holzschnitte」(M.S.2), 966x644mm
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註:

1.
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●作家:Horst Janssen(1929-1995)
●種類:Poster(Plakat)
●サイズ:966x644mm
●技法:Original color lithograph
●限定:under 100 copies
●発行:Galerie für moderne Kunst(Brockstedt), Hannover
●印刷:Artist with assistance of Paul Wunderlich
●制作年:1957
●目録番号:Meyer-Schomann. 2
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by galleria-iska | 2017-06-04 17:53 | ホルスト・ヤンセン関係 | Comments(0)
2017年 03月 21日

ホルスト・ヤンセンのノートカード「Verlag St.Gertrude」

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昨年暮れから5年(!)あまり治療を我慢していた虫歯が悪化し、満足に食事がとれなくなってしまった。残った歯を使ってなんとか食べようとするも、うまく咀嚼できず、味気のない食事を続けていたのだが、激しい痛みを伴うようになり、水分で流し込むしかなくなってしまった。そうなってようやく歯科医院の戸を開いたのだが、予約制ということで、それからまた一週間、毎日激痛と闘う羽目に。一噛み毎に一時間ぐらい痛みに堪えなくてはならず、痛みと空腹で何もする気がなくなってしまった。一週間後にようやく応急処置として虫歯に詰め物をしてもらい、僅かづつではあるが、食事がとれるようになった。先ずは、めでたしめでたしと。

ホルスト・ヤンセン(Horst Janssen, 1929-1995)専門の出版社として1984年にヤンセンの住むハンブルクに設立されたザンクト・ゲルトルーデ出版(Verlag St.Gertrude GmbH, Hamburg)は、これまでに200冊近いヤンセンの作品集や多数のオフセット印刷よるポスターを刊行してきた。2006年には画廊も併設し、ヤンセン以外にも、ディーター・ロート(Dieter Roth, 1930-1998) ユルゲン・ブロートヴォルフ(Jürgen Brodwolf,1932-) アーノルフ・ライナー(Arnulf Rainer, 1929-)といったユニークな表現方法で知られるドイツ圏の現代作家の作品を紹介している。 このノート・カードは随分前に出版社からいただいたのだが、記念にと、ずっと使わずにとってあった。出版社が入るゴールドバッハ通り(Goldbachstraße)沿いの建物とその前を行く人々の様子を即興的に描いた素描(1987年3月1日の日付入り)が使われており、同社発行の販売カタログやホームページにも使われていることから、自社の広告用に制作を依頼したものかと思われる。

●作家:Horst Janssen(1929-1995)
●種類:Note card
●サイズ:148x210mm
●技法:Offset
●発行:Verlag St.Gertrude GmbH, Hamburg
●制作年:1987
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by galleria-iska | 2017-03-21 15:23 | ホルスト・ヤンセン関係 | Comments(0)
2017年 02月 27日

ホルスト・ヤンセン ポスター展図録「Horst Janssen Plakate」(1983)

  
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以前このブログで触れたことがあるが、日本におけるホルスト・ヤンセンのポスターに関する展覧会は、1983年に宮崎県都城市の市立美術館で開かれた「Horst Janssen Plakate - ホルスト・ヤンセン ポスター展」(主催:都城市教育委員会、大阪ドイツ文化センター、宮崎大学映像を考える会)が、今のところ唯一のものであるようだ。展示内容について美術館に問い合わせてみたところ、図録は作られておらず、具体的な資料は残っていないとのことであった。ところが、最近になって、共同主催者の大阪ドイツ文化センター(Goethe-Institut Osaka, Osaka)が独自に図録を発行していたことを知った。その図録がこれである。展覧会に出品されたポスターは主に1978年代以降のオフセット印刷によるものであるが、表紙に使われたのは、ヤンセンが1960年代後半に集中して制作した亜鉛版エッチングによるポスターの制作現場であるハンブルクの印刷所、ハンス・クリスティアンズ(Hans Christians, Hamburg)で撮られた写真である。印刷所の職人(?)が掲げ持っているのは、刷り上ったばかりの、1966年にドイツ南西部に位置するバーデン=ヴュルテンベルク州の州都であるシュトゥットガルト(=シュツットガルト)のヴェルテンベルグ芸術協会(Württembergischer Kunstverein Stuttgart )で開催されたヤンセンの回顧展の告知用ポスター「Württembergischer Kunstverein Stuttgart 」(註1)。この写真を使ったポスターだったか何かの作品集の表紙を見た覚えがあるのだが、肝心のメモの在り処が思い出せず、出典は特定できない。

●作家:Horst Janssen(1929-1995)
●種類:Catalogue
●サイズ:250x265mm
●技法:Offset
●発行:Goethe-Institut Osaka, Osaka
●制作年:1983            

一方、ドイツでは、それより一年早く、1982年、表現主義から現代美術までの版画作品を数多く収蔵するシュレースヴィヒ=ホルシュタイン州の港湾都市リューベックのクンストハウス・リューベック(Kunsthaus Lübeck)で、1978年以降のオフセット印刷によるポスター66点からなる展覧会「66 Sechsundsechzig Janssen plakate/66 Horst Janssen Posters」が開催されている。その際、美術館の中にあるルシファー出版(Lucifer Verlag im Kunsthaus Lübeck)から同展の図録「66 Sechsundsechzig Janssen plakate」が刊行され、翌1983年には、増補改訂版として、70点のポスターを収録した総目録「Werkverzeichnis der Plakate 1978-1983」が同社から刊行されている。宮崎大学の教官のコレクションをもとに行なわれたポスター展は、その入手経路は定かではないが、大阪ドイツ文化センター発行の図録に掲載された作品の制作年(1978年~1981年)を見ても分かるように、この展覧会や総目録に沿ったものであったと言って間違いないだろう。そのルシファー出版の図録を受け継ぐ形で1985年、ヤンセン専門の出版社として1984年に設立されたハンブルクのザンクト・ゲルトルーデ出版(Verlag St.Gertrude GmbH, Hamburg)が、同社と共同出版したのが、1973年から1985年までのポスターを収録した販売カタログを兼ねたポスターカタログ「Katalog lieferbarer Janssen-Plakate und -Schmuckblätter」である。その後新しく制作されたポスターを加えた増補版が、1988年、1996年、そして2000年に刊行されている(註2)。

1978年以前のポスターについては、ヤンセンが1957年から1970年代初頭にかけて制作した、リトグラフ、亜鉛版エッチング、シルクスクリーンによる初期のポスターを含むオリジナル・ポスターの回顧展「Horst Janssen Plakate 1957-1978」が1978年、ヤンセンが幼少期を過ごしたオルデンブルクの市立美術館(Stadmuseum Oldenburg)で開催されており、その際、1957年から1978年までのポスターの総目録「Horst Janssen Plakate 1957-1978 Werkverzeichnis」を付した図録が刊行されている。従って、ルシファー出版が刊行した総目録はこの図録の続編ということになる。この展覧会においてようやくヤンセンの初期のポスターの全貌が明らかになったのであるが、時すでに遅しではないが、今や重要なコレクターズ・アイテムとなった1960年代のポップ・アートのポスターと同様、安価で販売されたヤンセンの初期のポスターは既に絶版になっており、容易に入手出来なくなっていた。私自身も1980年代の中頃、オルデンブルク市立美術館での回顧展の図録をもとに、ヤンセンの契約画廊として1957年から数多くの展覧会の告知用ポスターを発行したハンブルクのブロックシュテット画廊(Gelerie Brockstedt, Hamburg)をはじめ、何軒かの画廊に在庫を確認したのだが、どこからも良い返答は得られなかった。

ヤンセンの初期のポスターに関しては、その作風が北斎によって導かれた「自然との対話」から生み出されたものとはかけ離れていることもあるのかもしれないが、回顧展以降も評価は大きく変わることはなかったようである。その取り扱いは、画廊ではなく、一部のポスター専門画廊やヤンセンの画集などを扱っている書店に限られていたのだが、2000年にオルデンブルグにホルスト・ヤンセン美術館(Horst Janssen Museum, Oldenburg)が開館し、ポスターがヤンセン固有の表現領域として認知されるようになると、それまで眠っていた個人コレクションが、ネットオークションやパブリック・オークションにも登場するようになった。その結果、ヤンセンの版画作品を扱う画廊もその存在を無視出来なくなり、今では版画と同列に扱うところが増えてきている。今日のインターネットの普及による情報の共有は反面、ある種の共同幻想に支えられていた複製芸術である版画全般の評価の崩壊を招いたという負の側面もあるのだが、逆に、それが既成の芸術的価値の中での評価とは異なる、複製化時代を経てデジタル時代における創造性の伝播という意味を、さらに押し広げ、もうひとつの価値観というのを形成していく可能性も生まれている。周知のように、ヤンセンのポスター制作は、通常のポスターの役割を借りてはいるものの、単なる情報伝達のためのメディアに止まることなく、いやむしろ、それはヤンセンにおいて、ポスターというメディアそのものが創造的行為の場として借用されており、ポスターそれ自体の役割を無意味化する企みが込められていたと見ることが出来るかもしれないのである。19世紀以前の作家に負うところが多いヤンセンであるが、そのような姿勢はまさに現代美術の文脈に沿ったものであると言えようか。

それに対し、我が国の状況はと言うと、オルデンブルク市立美術館での展覧会から既に40年近く経つが、先のポスター展以降、ヤンセンのオリジナル作品としてのポスターに関する包括的な紹介は未だに行なわれていない。我が国にも、ヤンセンの1978年以降のポスターを紹介したクンストハウス・リューベックと同じように、版画作品の収集や調査研究を専門に行なっている某版画美術館があるが、その関心はもっぱら1970年以降の、契約画廊のブロックシュテット主導(?)による画廊向けに制作された、所謂シリアスな作品に向かっており、ヤンセンのポスター、ことに現代美術の大きな変革期であった1950年代後半から1970年代初頭にかけての創作活動(註3)に対する正当な評価はなされていない、というのが現状である。
   

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ヤンセンのポスターに関するテキスト(筆者不明)
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裏表紙に付けられた自叙年譜
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註:

1:
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●作家:Horst Janssen(1929-1995)
●種類:Poster(Plakat)
●題名:Württembergischer Kunstverein Stuttgart
●サイズ:847x594mm
●技法:Strichätzung(Zinkätzung)
●限定:1000(500/white paper, 500/brown paper)
●刷り:Hans Christians, Hamburg
●制作年:1966
●目録番号:Meyer-Schomann 19

2.1999年に、上記の図録を集約する形で、ヤンセンの1957年から1994年までの全ポスター213点を収録した総目録「Horst Janssen Das Plakat」が、ハンブルクのザンクト・ゲルトルーデ出版(Verlag St. Gertrude, GmbH, Hamburg)から刊行された。
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Horst Janssen Das Plakat(Eine Auswahl aus den Jahren 1957 bis 1994. Entwürfe - Vorzeichnungen - Variationen) by Helga und Erich Meyer-Schomann, 359x268x43mm, 316 pages, 463 mostly color plates. A selection of Horst Janssen's posters on various subjects but all tied to an artistic or creative activity between 1957 to 1994 - 213 mostly full-page color reproductions with brief descriptions.

2.ヤンセンが1960年代後半に始めた亜鉛版エッチングやシルクスクリーンによるポスターに見られる平面性を強く意識したスタイルは、現代美術におけるイリュージョンの排除と平面性の追及という命題に対するヤンセンなりの応答と見て取ることができるかもしれない。


                                                                   


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by galleria-iska | 2017-02-27 22:16 | ホルスト・ヤンセン関係 | Comments(0)
2016年 09月 03日

ホルスト・ヤンセン肖像画シリース「Bertolt Brecht」(1966)

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ホルスト・ヤンセン(Horst Janssen, 1929-1995)は1966年頃から、ハンブルクの書肆へルマン・ラーツェン(Hermann Laatzen Buchhandlung, Hamburg)の依頼で、“絵草紙(Bilderbögen)”シリーズと平行して、歴史にその名を残す文学者たちの“肖像画シリーズ(Porträts gez. Horst Janssen)”を手掛けている。その案内広告は前に取り上げたことがあるが、今回は、その中の一点、イギリスの劇作家ジョン=ゲイ(John Gay, 1685- 1732)の『乞食オペラ(The Beggar's Opera)』を翻案した,階級社会と資本主義が生み出した欺瞞に満ちた市民社会を背景に、人間の欲望や偽善を風刺した戯曲『三文オペラ(Die Dreigroschenoper)』の作者として知られるドイツの劇作家で詩人のベルトルト・ブレヒト(Bertolt Brecht, 1898-1956)を描いた肖像画の現物を手に入れたので、取り上げてみたい。

“肖像画シリーズ”は大小二種類(37x28cm、約60x40cm)のサイズで刷られているが、今回入手したのは、大きい方のサイズのものである。肖像画は基本的に単独で描かれているが、ブレヒトの肖像画では、彼の両親(父ベルトルト・フリードリッヒ・ブレヒトと母ゾフィー・ブレヒト)であろうか、煙草をくわえ、背後から息子であるブレヒトを見据えるメロー(Melone)と呼ばれる山高帽を被った人物と、ブレヒトの方を向き、その姿を見つめる婦人に挟まれるように描かれている。ブレヒト本人はこの関係性を受け入れようとはしておらず、自己の内面を見つめるその目に瞳は描かれていない。ヤンセンは肖像画を描く際に用いられる顔の向き(斜め横、正面、真横)によって三者三様の心理状況を描き出そうとしているのかもしれない。

今回入手したものは、通常のものをベースに、ヤンセンが赤と青の色鉛筆を使い、即興的に、人物の唇、煙草の火、ネクタイ、およびに年記部分に彩色を施したもの。おそらくヤンセンと関係のある人物から出てきたものであろう。ポスターの印刷には、中間調のない線や平面を生み出すライン・ブロックとして知られる、亜鉛版エッチング(亜鉛凸版・Zink etching/Zinkätzung )という印刷手法が用いられている。

ベルトルト・ブレヒト、本名オイゲン・ベルトルト・フリードリヒ・ブレヒト(Eugen Berthold Friedrich Brecht )は1898年、製紙工場で働き、後に支配人となる父を持つ、裕福な中流階級の息子としてアウグスブルクに生まれる。文学に対する興味は早く、1914年の『アウクスブルク新報』には、ベルトルト・オイゲンの名で発表された当時16歳のブレヒトの詩が掲載されている。青年期になると、次第に左翼的な思想に関心を向け、マルクスの『資本論』を通して共産主義に近づいていく。1922年、24歳の時に書いた詩の中では自らを農民出身としようと試みている。

ポスター上部の書き入れは、自らの生い立ちを詩の形で記した文の冒頭の一節が引用されている:“私は裕福な人々の息子として育った(Ich bin aufgewachsen als Sohn Wohlhabender Leute)”

●作家:Horst Janssen(1929-1995)
●種類:Poster
●サイズ:630x490mm(イメージ:470x350mm)
●技法:Zink etching(Zinkätzung)
●発行:Hermann Laatzen Buchhandlung, Hamburg
●制作年:1966
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ハンブルクの書肆へルマン・ラーツェン(Hermann Laatzen Buchhandlung, Hamburg)から、“絵草紙”シリーズと平行して刊行されたホルスト・ヤンセンの“肖像画シリーズ(Porträts gez. Horst Janssen)”の案内広告。“肖像画シリーズ”は大小二種類のサイズ《37x28cm(24種)と約60x40cm(10種)》で刊行され、価格はそれぞれ15ドイツマルクと30ドイツマルクであった。
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註:

1.ブレヒトが後に詩の形で記した自身の生い立ちの冒頭の一節が使われている:


Ich bin aufgewachsen als Sohn
Wohlhabender Leute. Meine Eltern haben mir
Einen Kragen umgebunden und mich erzogen
In den Gewohnheiten des Bedientwerdens
Und unterrichtet in der Kunst des Befehlens. Aber
Als ich erwachsen war und um mich sah,
Gefiehlen mir die Leute meiner Klasse nicht,
Nicht das Befehlen und nicht das Bedientwerden.
Und ich verließ meine Klasse und gesellte mich
Zu den niedrigeren Leuten.

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by galleria-iska | 2016-09-03 15:26 | ホルスト・ヤンセン関係 | Comments(0)
2016年 03月 19日

ホルスト・ヤンセンのポストカード集「12 Köpfe ohne Nägel」(1987)

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このブログでもたびたび取り上げるドイツの画家で版画家のホルスト・ヤンセン(Horst Janssen, 1929-1995)は、自らを“画狂人”と名乗った北斎を師と仰ぎ、いったん制作を始めると、寝食を忘れて制作にのめり込んでいく絵師であったが、また一方で、恐るべき“出版狂”でもあった。今回取り上げるのは、ヤンセンが1987年に出版したポストカード集「12 Köpfe ohne Nägel」である。このポストカード集の原画は、ホルスト・ヤンセンが1964年にハンブルクの“陸軍大尉ルイーゼ・ヘリング夫人(Frau Kapitän Luise Hering)”への彩色手本としてプライベートで制作し、1987年の出版まで一度も公にされなかった12枚の素描による絵葉書である。原画の所有者は、ホルスト・ヤンセンのハンブルク美術学校時代の同級生で、1954年から1975年までハンブルクのヴィルヘルム・ギムナジウム(Hamburger Wilhelm-Gymnasium)の美術教師の職にあった画家で版画家、彫刻家のベルント・ヘリング(Bernd Hering, 1924-2013)とその夫人。ヤンセンは素描を出版するにあたり、新たにカバーの装丁を手掛けており、1987年にヤンセンの画集の出版を数多く手掛けたハンブルクの出版社(Hower Verlag, Hamburg)から出版された。ヤンセンの描く肖像画は一癖も二癖もあるが、ここでも肖像を辛辣に戯画化したり、ダリ(Salvador Dali, 1904-1989)が用いたダブルイメージ(Double Image)の手法を取り入れて描くことで、人物の性格やその背景までも炙り出そうしている。ヤンセンのそのような姿勢の背景には、18世紀ドイツの実験物理学の教授で、スイスの牧師ラファーターが説いた観相学を痛烈に批判するなど、風刺家としても評価されているゲオルク・クリストフ・リヒテンベルク(Georg Christoph Lichtenberg, 1742-1799)への傾倒があったようである。

タイトルとなった"12 Köpfe ohne Nägel"は直訳すると、“釘(留め鋲)の無い12の頭部”となり、何か隠れた意味でもあるのかもしれないと思ったりもするが、絵葉書として制作されていることから、釘を使って壁に飾る必要が無いということなのかもしれない。絵葉書のサイズは原画の縦横比に合わせているので、まちまちである。

●作家:Horst Janssen(1929-1995)
●種類:Postcard
●題名:12 Köpfe ohne Nägel
●サイズ:154x110mm
●技法:Offset
●発行:Hower Verlag, Hamburg
●制作年:1987

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by galleria-iska | 2016-03-19 20:47 | ホルスト・ヤンセン関係 | Comments(0)
2015年 10月 06日

ホルスト・ヤンセンの肖像画シリーズ「Christian August Vulpius」(1967)

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ホルスト・ヤンセン(Horst Janssen, 1929-1995)は1966年から1971年にかけてハンブルクの書肆ヘルマン・ラーツェン(Buchhandlung Hermann Laatzen, Hamburg)発行の廉価販売の案内のために様々な作家の肖像画を描いているが、それらはヤンセンの肖像画シリーズ(註1)として、亜鉛版エッチングによる大小二種類ポスターに仕立てられている。第91号の表紙(註2)は、ドイツ、ワイマール生まれの小説・劇作家クリスティアン・アウグスト・ヴルピウス(Christian August Vulpius, 1762-1827)で、彼はドイツの文豪ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ(Johann Wolfgang von Goethe, 1749-1832)の義理の兄となった人物である。アウグストの年譜によると、彼の妹クリスティアーネ・ヴルピウスは1788年7月、最初のイタリア旅行から戻った直後のゲーテのもとを訪れ、イェーナ大学を出ていたアウグストの就職を依頼する。ゲーテは彼女を見初め愛人とし、後に自身の住居に引き取って内縁の妻とし、1806年入籍する。アウグストは1790年にワイマールに帰郷し、そこで職を得る。1797年、再びゲーテの計らいでワイマール図書館に司書として採用され、1806年、主任司書となっている。代表作は“リナルド・リナルディーニ、盗賊の首領(Rinaldo Rinaldini, der Rauberhauptmann)”。

ヤンセンの肖像画は、ゲーテお抱えの画家ヨーゼフ・シュメラー(Johann Joseph Schmeller (1796-1841)によって1825年頃に描かれたアウグストの肖像画(註3)をもとにしていると思われる。

●作家:Horst Janssen(1929-1995)
●種類:Plakat(Poster)
●題名:Porträts:Christian August Vulpius
●サイズ:552x432mm
●技法:Zinkätzung
●発行:Buchhandlung Hermann Laatzen, Hamburg
●印刷:Hans Christians Druckerei, Hamburg
●制作年:1967
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画面下の書き入れ:"Christoph August Vulpius sei Dank für seinen Rinald Rinaldini" "Buchhandlung Hermann Laatzen"
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画面右下に入れられた制作年月日(1967年10月3日)とホルスト・ヤンセンの版上サイン



註:

1.ハンブルクの書肆ラーツェンから送られてきたヤンセンの“肖像画シリーズ”の案内
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2.第91号の表紙と廉価販売の案内
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3.ヨーゼフ・シュメラーによるクリスティアン・アウグスト・ヴルピウスの肖像画
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by galleria-iska | 2015-10-06 18:37 | ホルスト・ヤンセン関係 | Comments(0)
2015年 02月 27日

ホルスト・ヤンセンの招待状「Max Beckmann」(1958)

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美術学校在学中にハンブルクにザントナー画廊(Galerie Sandner, Hamburg)開いた若い女性画廊主ビルギット・ザントナーを助けるためにホルスト・ヤンセン(Horst Janssen, 1929-1995)が自らデザインした招待状。これは1957年から58年にかけてロータプリント(Rotaprint=Small Offset Printing )という小規模な平板印刷で制作した8種類の招待状のうちのひとつで、同画廊で1958年1月24日から2月15日にかけて開催されたマックス・ベックマンの版画展の招待状。オープニングは1月24日の午後6時となっている。ロータプリントという小規模なオフセット印刷機で印刷されたこの招待状には、オフセット印刷特有の網点がなく、一見リトグラフのようにも見える。

このタイプの招待状は日本国内ではお目にかかったことはないが、数年前、ヤンセンの初期の版画作品を数多く含むコレクションが出品されたドイツのパブリック・オークションのカタログを通して知った。亜鉛版エッチングを制作する以前の、デュビュッフェの影響を受けていた時期のヤンセンを知る格好の資料でもあり、そのユニークな表現に興味を持ったので、ポスターと同じような金額で入札してみたが、思いの外高い金額で落札されてしまった。通常、これらの招待状はエフェメラとして扱われているが、最近はヤンセンの版表現のひとつとして認知され始めてきているように思われる。

●作家:Horst Janssen(1929-1995)
●種類:Einladung(Invitation)
●題名:Max Beckmann
●サイズ:297x199mm(A4)
●技法:Rotaprint(Small Offset Printing)
●発行:Galerie Sandner, Hamburg
●制作年:1958
●目録番号:Vogel 391(b)

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by galleria-iska | 2015-02-27 19:40 | ホルスト・ヤンセン関係 | Comments(0)
2015年 02月 06日

ホルスト・ヤンセンの年賀状「Prosit Neujahr 1968: Ballade vom Herrn Latour」(1967)

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前にも一度取り上げたことがあるが、ホルスト・ヤンセン(Horst Janssen, 1929-1995)が1968年の年賀状として制作した折り本形式の絵本『Ballade vom Herrn Latour(Ballad of Lord Latour)』は、ドイツの作曲家カール・オルフ(Carl Orff, 1895-1982)の子供のための音楽(教育音楽)(注1))ムジカ・ポエティカ(Musika Poetica)所収の『Ballade vom Herrn Latour』を視覚化したもので、ヤンセンは蛇竜が守る高くて奥深い塔の中にひとり座る伯爵の娘を助け出すという、中世の騎士道物語風の童話(メルヒェン)に仕立てている。

ヤンセンは1961年に、この絵本の基となった表紙絵を含め6点のミニチュアサイズのエッチング(カール・フォーゲル編のカタログによると、縦94mm、横72mmとある)からなる同名の版画集を制作しており、それぞれのイメージに添えられた詞書き(テキスト)の末尾に、"Vive la, vive la, vive l'amour"と、「Vive l'Amour」または「Viva la Compagnie」として知られる“乾杯の歌”のリズム感のあるフレーズを付け加えることで、合いの手のような効果を生み出している。年賀状はそれを亜鉛版エッチングで新たに描き直したもので、版画集から表紙絵を省いた連続する5枚のパネルからなる。亜鉛版エッチングの特性の一つであるフラットな面表現を活かした画面は、細かな描線で描き込まれたエッチングの画面とは異なり、切り絵を思わせる二色刷りの画面となっている。そのため、画廊やパブリック・オークションでもリトグラフと誤って表記されていることがある。ニューヨーク近代美術館(MoMA)が所蔵する12点のホルスト・ヤンセンの作品のうち5点までが亜鉛版エッチングによるポスターであるが、同美術館も技法をリトグラフと表記しており、それも誤解を生む原因のひとつとなっているのではないかと思われる。日本の公立美術館はヤンセンのこの種の作品を評価の対象として捉えていないので、そのような誤解が生じる心配はないが。
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●作家:Horst Janssen
●種類:Leporello(Holding booklet)
●題名:Prosit Neujahr 1968: Ballade vom Herrn Latour
●サイズ:320x175mm(320x860mm)
●技法:Strichätzung(Zinkätzung)
●印刷:Druck Christians, Hamburg
●制作年:1967
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5枚目のパネルの末尾には新年の挨拶"Prosit Neujahr 1968"が添えられている。縁の部分に版上サイン。



参考文献:
Spielmann, Heinz, Horst Janssen - Retrospective auf Verdacht, Hamburg, Museum für Kunst Gewerbe Hamburg, 1982, no.141, p.69.

注:

1.“教育音楽”は、カール・オルフが1930年代に作曲したもので、1950年から1954年にかけて、彼の門下のグニルト・ケートマン(Gunild Keetman)の協力を得て全面改訂し、ムジカ・ポエティカ(Musika Poetica)として纏めたもの。
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by galleria-iska | 2015-02-06 21:26 | ホルスト・ヤンセン関係 | Comments(0)
2015年 01月 31日

ホルスト・ヤンセンの折り本「Die Schweinekopfsülze(2)」(1969)

日本では一般に長編小説『ブリキの太鼓』の作者として知られるドイツの詩人、小説家、劇作家のギュンター・グラス(Günter Grass, 1927-)は、彫刻家、版画家としても名を成しており、日本でも手の込んだ造りの写真集の出版で知られるゲッティンゲンのシュタイデル出版からグラスの銅版画とリトグラフの版画目録『Günter Grass - In Kupfer, auf Stein)』(Catalogue raisonne of the etchings and lithographs of Gunter Grass publisged by Steidl Verlag, Göttingen, 1986)が出版された1986に神奈川県立近代美術館でグラスの版画展『ギュンター・グラス版画展(Graphische werke von Günter Grass)』が開催されている(註1)。

グラスは1929年生まれのホルスト・ヤンセン(Horst Janssen, 1929-1995)よりも二才年上で、ヤンセンのライバルであったパウル・ヴンダーリッヒ(Paul Wunderlich, 1927-2010)と同い年である。年譜によると、グラスは1927年、都市国家、自由都市ダンツィヒに生まれ、10代後半に軍隊と捕虜生活を体験している。1947から翌48年にかけてデュッセルドルフで石工としての見習いを終えた後、1948年から1952年にかけて国立デュッセルドルフ美術大学(Kunstakademie Düsseldorf )で版画と彫刻を学び、1953年から1956年まで国立ベルリン美術大学(Hochschule der Künste Berlin)で彫刻を学んでいる。1956年から翌57年にかけてシュツットガルトとベルリンで彫刻と版画の最初の個展を開催する一方で、詩人として出発。1958年に短編や詩、戯曲を「47年グループ」で発表し評価を受け、1959年に発表した最初の長編小説『ブリキの太鼓』で大成功を収める。

そのグラスとヤンセンの共作としてハンブルクのメルリン出版から発表されたのがこの『豚の頭の肉ジェリー(Die Schweinekopfsülze)』という折り本形式の挿絵本で、メルリン出版の創業者であるアンドレアス・J.マイヤーから饗応を受けたホルスト・ヤンセンが、その感謝の気持ちを表わすために、ヤンセンが色鉛筆で絵を描き、友人のグラスが、「豚の頭の肉ジェリー」という料理を主題に、その料理法を散文詩に綴ったものである。2005年から2006年にかけて日本各地を巡回した『ホルスト・ヤンセン展-北斎への眼差し』にも出品されたこの折り本は前に一度取り上げているが、今回、運良くヤンセンとグラスが署名を入れたものを手に入れることができたので、紹介したいと思う。画像はこちら:

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●作家:Horst Janssen(1929-1995)
●著者:Günter Grass(1927-)
●題名:Die Schweinekopfsülze
●種類:Leporello(Faltbuch=foldable booklet)
●サイズ:401x135mm(401x538mm)
●技法:Faksimile(Facsimile)
●発行:Merlin Verlag, Hamburg
●制作年:1969(24.1、69)



註:

1.
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図版:日本でも公開された映画「世界一美しい本を作る男―シュタイデルとの旅―』」で紹介されたゲッティンゲンのシュタイデル出版から1986年に出版されたグラスの銅版画とリトグラフの版画目録『Günter Grass - In Kupfer, auf Stein)』(Catalogue raisonne of the etchings and lithographs of Gunter Grass publisged by Steidl Verlag, Göttingen, 1986)
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図版:同じ年に神奈川県立近代美術館でグラスの版画展『ギュンター・グラス版画展(Graphische werke von Günter Grass)』の図録。

グラスの銅版画(エッチング)については1979年に2000部限定で、1972年から1979年かけて制作された146点の作品目録『Günter Grass-Werkverzeichnis der Radierungen』(Galerie Andre-Anselm Dreher, Berlin. 1979)が刊行されており、これが最初の版画目録であろう。シュタイデル出版は2007年に再びグラフの銅版画とリトグラフの版画目録を二分冊『Günter Grass. Catalogue Raisonné. Die Radierungen. Bd. 1』と『Günter Grass. Catalogue Raisonné. Die Lithographien. Bd. 2』で出版している。
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by galleria-iska | 2015-01-31 13:23 | ホルスト・ヤンセン関係 | Comments(0)
2014年 12月 28日

ホルスト・ヤンセンの招待状「Ausstellung Kleine Radierungen in der Galerie Sandner」(1959)

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以前から探していたホルスト・ヤンセン(Horst Janssen,1929-1995)の初期のエフェメラを手に入れることが出来た。ヤンセンが1957年にハンブルクのザントナー画廊(Galerie Sandner, Hamburg)で12点の連作『ナナ(Nana Mappe)』を始めとする小サイズのエッチングによる個展(9月30日~10月末)を開いた際に作った二種類の内覧会の招待状(Einladung zur Ausstellung Kleine Radierungen in der Galerie Sandner, 29.9.1959)の内のひとつ。リトグラフで制作されており、刷りもヤンセン自身が行なっている。ヤンセンはこの時期、フランスのアンフォルメル運動の先駆者であり、アール・ブリュット(生の芸術)の提唱者であるジャン・デュビュッフェ(Jean Dubuffet, 1901-1985)の影響(註1)を強く受けており、招待状はデュビュッフェのそれを思わせる落書きのようなスタイルにヤンセンの執拗さが加わったものとなっている。

個展が開催されたザントナー画廊(Galerie Sandner, Hamburg)は1957年の夏、当時未だ国立美術大学(Hochschule für bildende Künste Hamburg )の学生だった画家ビルギット・ザントナーがハンブルクにある建物の地下室に開いた小さな画廊で、ヤンセンは設立当初からビルギットを助けるために画廊で開催される展覧会のポスターや招待状の制作を引き受け、自ら刷りも行なっている。この関係は1959年末の二人の結婚で頂点に達するが、その数週間後の突然の離婚によって解消されてしまう。ヤンセンはビルギットと別れた1960年、今度はヴェレーナ・フォン・ベートマン=ホルヴェーク(Verena von Bethmann-Hollweg)と結婚する。その結果、デュビュッフェの直接的な影響は次第に薄れていくこととなるのだが、その萌芽がこの展覧会の告知用ポスターに見出だすことが出来る。ヤンセンの女性遍歴は有名で、1955年から1960年までに三度の結婚をしており、それはヤンセンのスタイルの変遷とも重なっていて、ピカソのそれと似ていなくも無い。この時期のヤンセンの主要な作品はエドヴァルト・ムンク(Edwald Munch, 1863-1944)の模写から始まった木版画で、独自の画風を確立しており、評価も高いのだが、一方、時代とともにあったポスターや招待状といったヤンセンのグラフィッカーとしての仕事は、実はヤンセンの気取らない生のままの気質がそのまま現れたものとして興味深いのだが、未だ十分に注目されていないように思える。

この招待状は1960年代のヤンセンの折り本形式の絵本や年賀状の起点となった点においても興味深いものがある。

●作家:Horst Janssen(1929-1995)
●種類:Invitation(Einladung)
●サイズ:211x530mm
●技法:Lithograph
●発行:Galerie Sandner, Hamburg
●限定:ca.50
●制作年:1959
●目録番号:Vogel.402
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註:

1.ジャン・デュビュッフェが1949年に挿絵を制作、1950年に著者のジャン・ポーラン(Jean Paulhan, 1884-1968)とともに出版した「La Métromanie ou les dessous de la capitale 」がその典型と言える。
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図版:ジャン・デュビュッフェの挿絵本「La Métromanie ou les dessous de la capitale 」
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図版:書店( La Dragonne /ドラゴン書店)から画廊に変身したパリのニナ・ドーセ画廊(Galerie Nina Dausset, Paris)で1950年に開催された展示会の招待状(三つ折り)。フォトリトグラフ、330x215mm
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by galleria-iska | 2014-12-28 14:11 | ホルスト・ヤンセン関係 | Comments(0)