ガレリア・イスカ通信

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カテゴリ:ホルスト・ヤンセン関係( 61 )


2011年 06月 08日

ホルスト・ヤンセン生誕80年展図録「Galerie Vömel」(2009)

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ホルスト・ヤンセン(Horst Janssen, 1929-1995)生誕80年となる2009年にオルデンブルクのホルスト・ヤンセン美術館(Horst-Janssen-Museum Oldenburg)で開催された回顧展に合わせ、デュッセルドルフのヴォーメル画廊(Galerie Vömel)で行なわれた生誕80年展の図録。ヴォーメル画廊では、デッサン、水彩、初期の木版、銅版画、リトグラフが展覧されたが、残念ながら、初期のリトグラフや亜鉛版エッチングによるポスターや招待状の展示はなかった。ソフトカバー、19ページ、ドイツ語。

●作家:Horst Janssen(1929-1995)
●種類:Catalogue
●サイズ:297x210mm
●技法:Offset
●発行:Galerie Vömel, Düsseldorf
●発行年:2009

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by galleria-iska | 2011-06-08 21:26 | ホルスト・ヤンセン関係 | Comments(0)
2011年 05月 14日

ホルスト・ヤンセンの絵本「Vive la Compagneia」(1968)

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彼の文豪ゲーテが記録したとされるドイツ民謡(フォルクス・リート)で、1815年から大学の学生歌として歌い継がれている「Vive la Compagneia(ビバ・ラ・友よ」の詩にホルスト・ヤンセンが挿絵を付けたもの。

絵本は五枚のパネルから折り本仕立てで、挿絵の下にヤンセンが手書きで歌詞を書き入れている。最後のパネルの画面右上に刷り込みサイン、右下に鉛筆によるサイン。歌詞の下に《Saft:Pinsel poppe》という書き入れがある。Saftとは果汁を意味し、それがポッペの筆のことであると言っているようなのだが、この〈Pinsel poppe又はPinsel-Poppe〉とは、フンデルトワッサーを発見したハンブルクの職人絵師、ジークフリート・ポッペ(Siegfried Poppe)の渾名、あるいはペンネームであるらしい。ポッペはヤンセンの友人でもあったようで、そのポッペの画法のようなものを題材に描いているのかもしれない。

●作家:Horst Janssen(1929-1995)
●種類:Leporello(Faltbuch=foldable booklet )
●題名:Vive la Compagneia
●サイズ:138x130mm(138x640mm)
●技法:Offset
●印刷:Hans Christians, Hamburg
●制作年:1968

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Ich nehm' mein Gläschen in die Hand
Vive la Compagneia!
Und fahr' damit in's Unterland,
Vive la Compagneia!
Vivela, vive la, vive la, va! vive la, vive la hosasa
vive la Compagneia!

Ich hol' das Gläschen wieder vor,
Vive la Compagneia!
Und halt's an's recht' und linke Ohr,
Vive la Compagneia!
Vivela, vive la, vive la, va! vive la, vive la hosasa
vive la Compagneia!

Ich setz' mein Gläschen an den mund,
Vive la Compagneia!
Und leer' es aus bis auf den Grund,
Vive la Compagneia!
Vivela, vive la, vive la, va! vive la, vive la hosasa
vive la Compagneia!

Dem Gläschen ist kein Recht gescheh'n,
Vive la Compagneia!
Was oben ist, muss unten steh'n,
Vive la Compagneia!
Vivela, vive la, vive la, va! vive la, vive la hosasa
vive la Compagneia!

Das Gläschen, das muss wandern,
Vive la Compagneia!
Von einer Hand zur andern,
Vive la Compagneia!
Vivela, vive la, vive la, va! vive la, vive la hosasa
vive la Compagneia!


(ソロ部分の英訳)
1. I take my glass with my hand
and go with it to the Lowlands

2. I get it out again
and put it near my right and left ear.

3. I put my glass to my mouth
and empty it completely.

4. The glass has got its due
and must stand upside down.

5. The glass must wander
from one friend to the other.



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by galleria-iska | 2011-05-14 15:46 | ホルスト・ヤンセン関係 | Comments(0)
2011年 05月 07日

ホルスト・ヤンセンの絵本「Hensel und Grätel」(1969)

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「パウル・ウルフと七匹の子山羊」と同様、1969年にハンブルクのメルリン出版から刊行されたホルスト・ヤンセンの絵本「Hensel und Grätel (ヘンゼルとグレーテル)」。こちらもグリム童話に収録されている「Hänsel und Gretel」をヤンセンが翻案したもので、ヤンセンの亜鉛版エッチング(亜鉛凸版)による挿絵15葉とタイトルページからなる大型(315x390mm)の絵本。タイトルの表記が原作とは微妙に異なっている。「Hänsel und Gretel」(原作)→「Hensel und Grätel」(ヤンセン作)。表紙にはヤンセン手書きのタイトル、作者名、出版社名を印刷したラベル(題箋)が貼られている。ソフトカバー、袋綴じ、16ページ。絵本の体裁は、表紙の色を除けば、江戸時代の草双紙のひとつ「赤本(後に黒本に変わる)」と幾つか共通する部分がある。赤本は、ウィキペディアによれば、寛文期に始まり、元禄 - 享保期に盛り、寛延期まで刊行された草双紙(絵草子、絵双子、絵本とも呼ばれた)のひとつで、朱や紅で染めた表紙に、題箋を貼ったもの。5丁1冊の1 - 2冊(10 - 20ページ)で1編とし、内容は、桃太郎・さるかに合戦・舌切り雀などの昔話や絵解きなど、子供向けが主で、菱川師宣・近藤清春・鳥居清満などの絵師が文も書いており、成人向けも次第に増えた、とある。

ヤンセンが草双紙から直接アイデアを得て二冊の絵本を制作したかどうかは定かではないが、既に1966年から「絵草子」と銘打って亜鉛版エッチングによる作品を何篇も制作しており、特装版の表紙の色も草双紙に倣ったのではないかと思える色を用いていることから、ヤンセンが何かしらの知識を持っていたことは、まず間違いないであろう。ただ、もしそうだとしても、それら作品に浮世絵を始めとする日本美術に直接結びつくものは見当たらず、ヤンセンは先ず出版の形式やスタイルの引用から入っていった、ということになる。一方、早くから浮世絵版画に興味を持ち(1)、1990年代には東京のアダチ版画研究所で木版画制作を行なっているパウル・ヴンダーリッヒは、1959年に豊国の役者絵をリトグラフに起こしており、ヤンセンもこの時期、ハンブルクにある画廊や書店を通して、浮世絵や草双紙、あるいは春画本に接する機会があったのではないかと思われる。ヤンセンの作品に直接日本美術の引用が行なわれるのは、ヤンセンが風景を発見しつつあった1971年にハンブルクのクリスチアンズ印刷・出版から刊行された「転覆」という折り本仕立ての作品においてであるが、ヤンセンはその中で、日本と中国の名画の絵葉書に自身のドローイングを重ね、東洋の大家へのオマージュを行なっている。そのひとつに、ヤンセンが後に師と仰ぐ北斎の浮世絵版画の傑作「神奈川沖浪裏」があり、ヤンセンはその図を逆さまにし、もうひとつの富士を描き込んでいる。そこには、風景という新しい主題にたいするヤンセンの手探りの模索が見られ、興味・好奇心→観察→模倣・引用→吸収・咀嚼→排泄(?)という、創造への歩みが始まっている。

●作家:Horst Janssen(1929-1995)
●種類:Illustrated book
●題名:Hensel und Grätel / Text und Bildchen von Horst Janssen
●サイズ:315x390mm
●技法:Strichätzung(Zinkätzung)
●印刷:Hans Christians, Hamburg
●発行:Merlin Verlag Andreas J.Meyer, Hamburg
●制作年:1969

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この絵本にも、黒表紙のソフトカバーの他に、限定200部の、表紙に小石文様のマーブル紙を用いたハードカバーの特装版があり、奥付に限定番号とヤンセンの白鉛筆によるモノグラムサインが入れられた。「パウル・ウルフと七匹の子山羊」では背側にだけにクロスを貼った《片袖》の継ぎ表紙のものを取り上げたが、こちらは小口側にもクロスを貼った《両袖》の継ぎ表紙で装丁が行なわれている。ただ、《片袖》のものも確認しているので、「パウル・ウルフと七匹の子山羊」についても《両袖》のものがあるかもしれない。

●作家:Horst Janssen(1929-1995)
●種類:Illustrated book
●題名:Hensel und Grätel / Text und Bildchen von Horst Janssen.
●サイズ:317x395mm
●技法:Strichätzung(Zinkätzung)
●印刷:Hans Christians, Hamburg
●限定:200
●発行:Merlin Verlag Andreas J.Meyer, Hamburg
●制作年:1969

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註:
1:1995年に三鷹、釧路、岐阜で「ヴンダーリッヒ展」が開催された際に、ヴンダーリッヒ氏当人に代わって開会式に出席するために来日されたヴンダーリッヒ夫人のカリン・シェケシー(Karin Szekessy,1939-)さんにお会いする機会があり、ヴンダーリッヒさんへのお土産として木版画を進呈させていただいたが、その際にお伺いした。ヴンダーリッヒさんは昨年惜しくも他界されたが、シェケシーさんのお話によると、大の飛行機嫌いで、ヨーロッパでの展覧会には決まって汽車での移動となるため、遠方の場合は大変疲れるとのことであった。一度だけ、アメリカでの展覧会のため、英仏共同開発の“怪鳥”に搭乗したことがあるそうなのだが、機内ではずっと子供みたいに怖がっていたそうだ。ヤンセンも日本での展覧会に招待されていたらしいが、結局一度も来日していない。ヤンセンの場合は、酒乱とも言えなくもない、その素行に隠れた理由があったかもしれない。
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by galleria-iska | 2011-05-07 19:11 | ホルスト・ヤンセン関係 | Comments(0)
2011年 04月 28日

ホルスト・ヤンセンの絵本「Paul Wolf + die Zicklein/Text + Bildchen von Horst Janssen」(1969)

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ホルスト・ヤンセン(Horst Janssen,1929-1995)が現代美術の様々な動向を紹介するヴェネツィア・ビエンナーレで版画大賞を受賞したのは1968年のこと。ヤンセンはそれについて、「ヴェネツィア・ビエンナーレのコミッショナーは仕方なく私の作品をドイツ館に展示、審査員は仕方なく私に版画大賞を与える。」と書いているのだが、ヤンセンの人付き合いの悪い気難しい性格が、ビエンナーレという世俗的な評判に煩わしさを感じていた、という見方は後付の憶測に過ぎなく、ヤンセンはビエンナーレで起きたことを有りのまま素直に書き記している。当時のビエンナーレは1960年代末に起こった大きな社会変動の渦に巻き込まれ、大きな岐路に立たされていた。そのような社会変動を引き起こした最大の要因は、大国アメリカのベトナム戦争介入であり、そのアメリカのベトナム戦争に対する反戦運動が契機となって、各国の学生による、大国間のエゴ、社会の矛盾に対する抗議行動が盛んに行なわれる中、ヴィエンナーレにも学生運動の波が押し寄せ、賞を巡る大国同士の競争や作品の値上がりを図るのための駆け引きの場と化している、と抗議の声が上がる。殊にヤンセンが版画大賞を受賞した1968年の第34回は、学生運動がピークに達した年で、各国の美術関係者によるボイコットの呼びかけや政府の出展要請を断る美術家が出るなどして混乱し、開催が危ぶまれるほどで、盛り上がりに欠けるものになってしまった。そんな中での大賞受賞は、ヤンセンにとって真に悦ばしいものとは言えなくなってしまったのは当然のことであろう。

その一方で、ヤンセンは「夜、賞と栄誉から逃れ元気回復し、昼、いつも通り制作する。」と書き、新たな作品制作に没頭していくことになるのだが、ヤンセンはこの年、7年連れ添った妻のヴェレーナ・フォン・ベートマン=ホルヴェークと離婚している。ヤンセンはそれを版画集「ヴェレーナの捻れた腕」で告白し、翌1969年には、亜鉛版エッチングによる7枚組の絵草子「悲哀と希望について(Über die Traurigkeit und Hoffnung,Ed.1000))」を制作、ヴェレーナへの別離の想いを綴っている。しかしそれは、単にヤンセンの感傷からきたものではなく、フィジカルな熱い衝動に突き動かされた1960年代から精神的で静的な時代への変化が静かに胎動し始めたことへの「内なる予感」に導かれたヤンセンの60年代への決別であったのではないだろうか。それは、己の自我が支配する世界のイメージに囚われていたヤンセンを、己自身を客体化することで新しい世界のイメージを獲得する、“風景”の発見へと導いていく。

そんな1969年にヤンセンはハンブルクのメルリン出版から二冊の絵本を相次いで出版する。一冊は「Paul Wolf + die 7 Zicklein(パウル・ウルフと七匹の子山羊)」で、もう一冊は「Hensel und Grätel(ヘンゼルとグレーテル)」。ともにグリム童話を下敷きにたヤンセンの創作童話。前者は「狼と七匹の子山羊(Der Wolf und die sieben jungen Geißlein)」をヤンセンがエロティックな内容の物語に翻案したもので、ホルスト・ヤンセンの亜鉛版エッチングによる挿絵13葉とタイトルページからなる。ヤンセンは主人公の狼(ウルフ)にパウルという名を付け、七匹の子山羊にもそれぞれ女性の名前(その内のひとつはカリンというヴンダーリッヒの妻となる女性の名である)を与えている。パウル・ウルフの頭文字は《P.W》で、それは同じ頭文字の、ヤンセンがライバルとするパウル・ヴンダーリッヒを指しており、物語を借りて揶揄しているように思われる。というのは、売れっ子のヴンダーリッヒは当時写真家のカリン・シェッケシー(Karin Szekessy)の撮った写真をもとに作品制作を行なっており、スタジオには何人もの若いヌードモデルが呼ばれ、ヴンダーリッヒの指示で様々なポーズを取っていたからである。さらに興味深いのは、物語の後半部分で、主人公のパウル・ウルフが七匹の子山羊とのエロティックな関係を結ぶ場面に添えられている一行が、1968年に発売されたビートルズ(1970年4月解散)のアルバム「ザ・ビートルズ」に収録された“オブ・ラ・ディ、オブ・ラ・ダ《Ob-La-Di, Ob-La-Da(=life goes on=人生は続く)》”という文言で始まっていることである。それはヤンセンが、ハンブルグのクラブから育ち、1960年代の音楽シーンを象徴する存在となり、その終焉とともに消えるビートルズに何かしらのシンパシーを抱いていたことを窺わせる。表紙には、ヤンセンの手書き文字による表題を印刷したラベルが貼られている。挿絵の制作に使われた亜鉛版エッチングは凸版印刷の一種で、印圧次第では、印刷面のへこみと裏側に出っ張りが生じるため、製本には袋綴じが採用されている。

●作家:Horst Janssen(1929-1995)
●種類:Illustrated book
●題名:Paul Wolf + die Zicklein/Text + Bildchen von Horst Janssen
●サイズ:240x341mm
●技法:Strichätzung(Zinkätzung)
●印刷:Hans Christians, Hamburg
●発行:Merlin Verlag Andreas J.Meyer, Hamburg
●制作年:1969

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この絵本には、黒表紙のソフトカバーの他に、限定200部の、表紙に小石文様のマーブル紙を用いたハードカバーの特装版があり、奥付に限定番号とヤンセンの白鉛筆によるモノグラムサインが入れられた。

●作家:Horst Janssen(1929-1995)
●種類:Illustrated book
●題名:Paul Wolf + die Zicklein/Text + Bildchen von Horst Janssen
●サイズ:244x345mm
●技法:Strichätzung(Zinkätzung)
●印刷:Hans Christians, Hamburg
●限定:200
●発行:Merlin Verlag Andreas J.Meyer, Hamburg
●制作年:1969
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by galleria-iska | 2011-04-28 21:38 | ホルスト・ヤンセン関係 | Comments(0)
2011年 04月 27日

ホルスト・ヤンセンのポスター「Kunstverein Hamburg」(1966)

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ケストナー協会(Kestner-Gesellschaft Hannover)での回顧展(1965年12月9日~1966年1月9日)が終わって間もない1966年1月15日から2月13日にかけてハンブルク芸術協会(Kunstverein Hamburg)で開催されたホルスト・ヤンセンの展覧会を告知するポスター。イギリスの19世紀末美術を代表する挿絵画家、オーブリー・ビアズリー(Aubrey Beardsley, 1872-1898年)(1)の白黒のペン画世界を再現する際に用いられたライン・ブロック(2)と同じ技法である亜鉛版エッチング(Strichätzung)によるポスター第一作。ヤンセンはこのポスターで、それまでのリトグラフによるポスターや招待状の制作で培った独自のグラフィック・スタイルを、亜鉛版エッチングの中間調のない性質を利用することで、より明確化し、初期の木版画に用いた黒ベタによる姿態表現と多彩な表情を持つ線描とを融合させ、またそれと一体化したヤンセン独自の書体によるレタリングによって、ポスターという表現形式に独自の様式を創り上げている。ポスターは、白と茶色の用紙にそれそれ500枚づつ刷られた。

描かれているのはヤンセン自身(右)とハンブルグ美術学校の一年先輩で銅版画の手ほどきを受けたこともあるパウル・ヴンダーリヒ(Paul Wunderlich, 1927-2010)(左)。ヴンダーリッヒは当時版画家として注目を浴びる存在になりつつあり、パリのデジョベール工房で精力的に版画制作を行なう一方、母校のハンブルク造形芸術大学(前のハンブルク美術学校)の絵画・版画科教授(1963年~1968年)として後進の指導にもあたっていた。そんなヴンダーリッヒをライバルとするヤンセンは、二人が仲良く音楽に興じる姿を、戯画風に描いている。

●作家:Horst Janssen(1929-1995)
●種類:Poster(Plakate)
●題名:Kunstverein Hamburg
●サイズ:620x440mm
●技法:Strichätzung(Zinkätzung)
●限定:1000
●刷り:Hans Christians, Hamburg
●制作年:1966(14/1.66)

註:
1.ビアズリーは、...きわめて独創的な挿絵を生み出した。凝った装飾性と、浮世絵版画に学んだ白と黒の平面による構成の大胆さ、そして流れる線の美しさが融合したそれらの作品群は高い完成度を示し、世紀末芸術の代表的作例として今日でも高く評価されている。

2.それを可能にしたのが、1880年代に実用化されたライン・ブロック印刷という、素描の複製技術であった。この技法は、写真製版を利用した腐食銅版画の一種で、従来の木口木版などの方法ほどには、手間も熟練した技術も必要とせずに、原画を再現することを可能にした。ただしハーフ・トーンが出せないという欠点があった。『アーサー王の死』や『サロメ』といったビアズリーの挿絵の多くはこの技法で刷られていたが、そのために作品の質が保たれたまま、比較的安価な書籍の形態で、多くの人々が購入することができたのである。しかもビアズリーは、ハーフ・トーンが出せないという欠点を逆に利用し、白と黒の対比の美しさを最大限に生かした表現を生み出すことに成功したわけだが、こうした制作態度は、自作が複製され流通することを前提にしたものだったことを示している。このように、作品の複製手段という意味でも、作品の発表のための媒体という意味でも、また作者や作品についての情報を伝達するための媒体という意味でも、ビアズリーはメディアと密接な関係を持っていた芸術家であった。『世紀末の芸術の華 オーブリー・ビアズリー展』 川崎市市民ミュージアム 学芸員 中山久美子さん/藤原秀憲 一部改より抜粋。この部分は、ヤンセンの亜鉛版エッチングによるポスター、招待状、絵草子シリーズ、絵本などの制作意図にそっくり当てはまる。

参考文献:
「Horst Janssen Retrospective auf Verdacht」 von Heinz Spielmann, 1982


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by galleria-iska | 2011-04-27 13:16 | ホルスト・ヤンセン関係 | Comments(0)
2011年 04月 20日

ホルスト・ヤンセンのポスター/招待状「Lieber Herr Ketterer」(1966)

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1966年12月8日から1967年1月15日にかけて、ミュンヘンのヴォルフガング・ケッテラー画廊(Galerie Wolfgang Ketterer, München)主催により、ミュンヘン分離派の創始者の一人で、画家・版画家・彫刻家・建築家として活躍したフランツ・フォン・シュトゥック(Franz von Stuck、1863-1928)の旧邸、ヴィラ・シュトゥック(Villa Stuck)を会場に開かれた「ホルスト・ヤンセン展」のオープニングへの招待状。「Lieber Herr Ketterer(親愛なるケッテラー様)」という書き出しで始まる。1982年に行なわれたヤンセンの回顧展の図録によると、招待状は当時ヤンセンがポスター制作に用いていた亜鉛版エッチング(Strichätzung)よって制作され、薄い紙(辞書に使われるインディア・ペーパーのような質感)に刷られたとあるが、通常のポスター用紙に刷られたものも存在しており、比べてみると刷りに違いのあるのが分かる。前者にはヤンセンの亜鉛版エッチング(凸版印刷の一種)の特徴である印刷面のへこみとシート裏側の出っ張りがなく、描線の再現もシャープであることから、印圧(印刷圧)を下げて刷られたものかと思われる。

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薄い用紙に刷られたもの

描かれているのは画廊のオーナーのヴォルフガング・ケッテラー(Wolfgang Ketterer, 1920-2009)(左)(1)とヤンセン自身(右)。ヤンセンはここでは、素描家として資質を遺憾なく発揮しており、油絵のように造り込まれた肖像ではなく、自在な線描表現によって、スナップ写真のように、感情が表出された一瞬の表情を捉えている。そしてそれは、素早い線の集合と拡散によって作り出される陰影と的確なモデリングにより、生き生きとした実在感のある人物表現となっている。

●作家:Horst Janssen(1929-1995)
●種類:Poster/Invitation(Plakate/Einladung)
●題名:Lieber Herr Ketterer
●サイズ:630x447mm
●技法:Strichätzung(Zinkätzung)
●発行:Galerie Wolfgang Ketterer, München
●刷り:Hans Christians, Hamburg
●制作年:1966(22.11.66)

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版上サインと鉛筆よるモノグラムサイン。

註:
1:ドイツ表現主義の作家らのオークションで成功を収めたケッテラーは1954年、シュトゥットガルト(Stuttgart)に画廊を設立するが、1965年、フランツ・フォン・シュトゥックが自ら設計したヴィラ・シュトゥックに移り住む前に所有していた館に画廊を移転、ハンス・ベルメールやホルスト・ヤンセンの展覧会を企画する。

参考文献:
「Horst Janssen Retrospective auf Verdacht」 von Heinz Spielmann,1982
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by galleria-iska | 2011-04-20 21:23 | ホルスト・ヤンセン関係 | Comments(0)
2011年 01月 30日

ホルスト・ヤンセンの回顧展図録「Kestner-Gesellschaft Hannover」(1966)

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1965年12月9日から1966年1月9日かけてハノヴァーにあるケストナー協会で開催されたホルスト・ヤンセンの最初の回顧展の図録。展覧会には、ヤンセンが1951年から1965年にかけて制作した木版画、リトグラフ、銅版画、鉛筆、色鉛筆、ペンによる素描,水彩画、全178点が出展された。図録の後半には、展覧会に際し、ハンブルク美術大学の教授カール・フォーゲル博士(Dr.Carl Vogel)によるヤンセンの1951年から1965年までの版画作品全410点のカタログレゾネを収録。レゾネには、木版画、リトグラフ、銅版画作品の他、ポスターや通常版画作品とは認められない展覧会の案内および招待状も収録されている。巻末に協力・協賛企業の広告を掲載。その内ヤンセンと関係の深い、ブロックシュテット画廊、ハンス・クリスティアンズ印刷・出版、ウィリ・ウールマッハー・クリシェ=リト工房については、ヤンセン自身が広告をデザインしている。

●作家:Horst Janssen(1929-1995)
●種類:Catalogue
●題名:Horst Janssen Kestner-Gesellschaft Hannover
●サイズ:210x163mm
●発行:Kestner-Gesellschaft Hannover
●発行年:1965
●印刷:Hans Christians, Hamburg
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《Galerie Brockstedt》の広告
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《Hans Christians Druckerie und Verlag》の広告
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《Willi Uhrmacher Klisches-Lithos》の広告
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by galleria-iska | 2011-01-30 19:00 | ホルスト・ヤンセン関係 | Comments(0)
2011年 01月 26日

ホルスト・ヤンセンの招待状「Einladung zur Architektenbüro Party:Garten+Kahl」」(1966)

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1950年代から1960年代にかけて、ホルスト・ヤンセンは展覧会の際にポスターとは別にオリジナル・デザインの招待状をリトグラフや亜鉛版エッチングで制作している。それは丁度、ヤンセンがジャン・デュビュッフェの影響を受けていた頃と重なっており、社会的存在として生かされている自己の奥底に潜む根源的な生の衝動を開放する手段と結びついている。銅版画が芸術愛好家や批評家の目を意識して制作されたのに対し、ポスターや招待状は、一般へのアピールを図ることを目的に制作されてはいるものの、ヤンセンの出発点であった絵本という絵と文字からなる表現形式を受け継ぐグラフィックな表現が、単なる情報伝達にとどまらない、この時期の重要な表現手段のひとつとなっていることに注目すべきであろう。この招待状はヤンセン自身の展覧会のためのものではなく、「Garten+Kahl(庭園と荒地)」と題して行なわれた建築事務所のパーティへの招待状である。茶系の薄紙に印刷されているが、白い紙を用いたものもあるかもしれない。

●作家:Horst Janssen(1929-1995)
●種類:Einladung(Invitation)
●題名:Einladung zur Architektenbüro Party:Garten+Kahl
●サイズ:425x307mm
●技法:Strichätzung(Zinkätzung)
●発行:Hans Christians Druckerei und Verlag, Hamburg
●刷り:Hans Christians, Hamburg
●制作年:1966(Fev.19)
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画面右下の余白に入れられたヤンセンの鉛筆サイン



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by galleria-iska | 2011-01-26 19:41 | ホルスト・ヤンセン関係 | Comments(0)
2011年 01月 26日

ホルスト・ヤンセンの年賀状「Prosit Neujahr 1966」

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ホルスト・ヤンセンがハンブルクの印刷出版社ハンス・クリティアンズ(Hans Christians Druckerei und Verlag, Hamburg)のために制作した1966年の年賀状。限定100部で署名と番号が入れられたものと無署名のものがあり、ここで取り上げるのは後者。ハンス・クリスティアンズは創業1740年、270年の歴史を持つ古い印刷所である。創業者はニコラウス・ヴォルメル(Nikolaus Wörmer )で、1740年にカットレーペルに印刷所を興す。1875年までヴォルメル家の経営であったが、1875年、エデュアルド・アウグスト・クリスティアンズ(Eduard August Christians)が印刷所を手に入れ、以後クリスティアンズ家の経営となる。19世紀末に息子のハンスが経営に参加、小劇場通りのパレードを継続させている。1934年、ハンスの息子クルトが会社を引き継ぐ。2001年に手狭になった本社を小劇場通りからベーリング通りへ移転。その後一端経営難に陥るが、2003年に事業を再開、今日に至る。年賀状が制作された1965年は創業220周年にあたり、印刷所の歴史を纏めた『Die Geschichte einer Alten Hamburger Druckerei Hans Christians 1740-1965 』が同社から刊行されている。

ヤンセンは、この年賀状のために、『D-1966』なる、数字や文字などを組み合わせた蒸気機関車らしきものを描いており、蒸気ドームと思われる部分にクリスティアンズ家の肖像(三代目のクルトか?)を、また、大きな車輪の上の胴体にあたる部分-数字のゼロあるいはアルファベットのオーの文字にも見える-の上には、口から煙を吐く自画像を描き入れている。

●作家:Horst Janssen(1929-1995)
●種類:Prosit Neujahr 1966(Happy New Year 1966)
●題名:Einsteigen!(ご乗車願います)
●サイズ:380x266mm
●技法:Strichätzung(Zinkätzung)
●発行:Hans Christians Druckerei und Verlag, Hamburg
●刷り:Hans Christians, Hamburg
●制作年:1965(Nov.21)
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by galleria-iska | 2011-01-26 15:32 | ホルスト・ヤンセン関係 | Comments(0)
2011年 01月 22日

ホルスト・ヤンセンの絵草子「Lichtenberger Bilderbogen」(1967)

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ホルスト・ヤンセンが1967年に亜鉛版エッチングで制作した作品で、ハンブルクの書肆へルマン・ラーツェン(Hermann Laatzen, Hamburg)が一ヶ月おきに発行していた「リヒテンベルク絵草子」(全6点)の中の一点。ヤンセンが私淑する18世紀の実験物理学の権威で、ウイリアム・ホガースの版画作品の解説や観相学の論文も発表しているゲオルグ・クリストフ・リヒテンベルクの(Georg Christoph Lichtenberg, 1742-1799)の観相学的見地に基づく肖像ヴァリエーション。1967年8月30日制作。画面右下余白にヤンセンの鉛筆サインと年記がある。ここで描かれている肖像がリヒテンベルグのそれであるかどうかは分からないが、それぞれの人物の顔の表情は、割れたガラスや石器のような形状で描かれており、もはや元の人物を特定することは出来ない。ここでのヤンセンは、人間の感情が作り出す顔の表情を突き抜け、グロテスクにまで記号化された図像の創出を愉しんでいるかのようだ。

●作家:Horst Janssen(1929-1995)
●題名:Laatzen's bilderbogen: 2 Folge:Bogen 1A
●サイズ:637x444mm
●技法:Strichätzung(Zinkätzung)
●限定:1000
●発行:Hermann Laatzen, Hamburg
●刷り:Hans Christians, Hamburg
●制作年:1967
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by galleria-iska | 2011-01-22 12:06 | ホルスト・ヤンセン関係 | Comments(0)