ガレリア・イスカ通信

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カテゴリ:案内状/招待状関係( 74 )


2012年 11月 05日

ピカソの石版画展の招待状「Picasso Litografie」(1962)

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よく似た綴りと発音の、道化師を意味する"Clown"と王を意味する"Crown"はたった一字違いであるが、その立場は天と地ほどの違いある一方、人間の表の顔と裏の顔を示す意味深長な関係性を見せる。サーカスや呼び物小屋で人気を集める道化師は、人間存在の悲哀を語り、また喜びを与える愛すべき存在として、ルオーやシャガールの重要な画題となってきた。ピカソもまた然り。青の時代における悲哀に満ちた道化師の姿からバラ色の時代を経て、絵画それ自体が否定される時代においても、闘牛や神話、人物像とともに常に主要なモチーフのひとつであった。社会が劇的に変化していく1960年代、現代社会そのものがひとつの風景として捉えられ、そこに生きる人間の疎外感といったような、社会性を帯びた作品が主流となり、人間性に重きを置いたテーマは影が薄くなっていく中、死ぬまで共産主義者であり続けたピカソは、現代美術の如何なる潮流にも飲み込まれず逆にピカソ自身であり続け、人間ピカソそのものがひとつのスタイルを獲得するに至ったと言えるかもしれない。

これは1962年10月6日から22日にかけてフィレンツェのミショウー画廊(Galleria Michaud)行なわれたピカソの石版画展の招待状で、三つ折り6ページの表紙には、ピカソの道化師を描いたカラーリトグラフが使われている。このリトグラフは、ピカソが一月に描いたドローイングをもとに制作されたもので、エスタンプと呼ばれる種類のものである。もとのドローイングには署名と1962年1月24日の日付が入れられているが、その署名の左側に見える小さな署名はリトグラフに入れられた鉛筆による署名である。招待状は展覧会を催した画廊ではなく、リトグラフの版元であったと思われる出版社(Arti Grafiche 《Il Torchio》, Firenze)が発行したようである。

●作家:Pablo Picasso(1881-1973)
●種類:Invitation
●サイズ:218x162mm(218x484mm)
●技法:Lithograph
●発行:Arti Grafiche 《Il Torchio》, Firenze
●制作年:1962
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表表紙の内側にはフランスの詩人で脚本家、またコラージュ・アーティストでもあった、ジャック・プレヴェール(Jacques Prévert, 1900-1977)が1946年に出版した最初の著作『Paroles(言葉たち)』に収められた詩「Lanterne magique de Picasso(ピカソの幻燈)」(1944年)の末尾部分が掲げられている。この年の一月、ピカソはプレヴェールと、ピカソを始め、数多くの芸術家の写真を撮影した写真家のアンドレ・ヴィラール(André Villers, 1930-)と共同で、『昼間』(Diurnes)という挿画本を制作している。印刷は1月29日とあり、出版はパリのベルクグリューン画廊(Berggruen, Paris)である。
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〈ピカソ石版画展〉出品リスト
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by galleria-iska | 2012-11-05 20:16 | 案内状/招待状関係 | Comments(0)
2012年 07月 31日

リチャード・ロングのポスター「Richard Long New Work」(1980)

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イギリスの彫刻家、写真家、画家リチャード・ロング(Richard Long, 1945- )の作品を初めて見たのは、名古屋の錦にあったコウジ・オグラ・ギャラリー(Kohji Ogura Gallery)であったと記憶する。見晴らしの良い草地に巨石が円状に並べられたストーン・ヘンジもそのひとつであるストーン・サークルやケルト文化との関係性を仄めかすような、加工されていない様々なサイズの石が円を形作るように置かれていた。石を配置するために使われるのは写真だったように思う。円は様々な民族とって生や死、また神の存在とも結びついた特別な意味を持つ形態であるが、ロングの作品では、無機的な石を使って単純でありながら最も完全な形である円を構成することによって人知を超えた何かとの交感を示そうとしているのだろうか。その方法論はミニマルアートの概念に繋がるものとされている。このポスターにはメキシコで制作されたサークルをロング自身が撮影した画像が使われている。ロングのこのような行為=作品はランドアートとして捉えられるが、人口の自然を作り出すような大掛かりなものではなく、自然に大きな負荷を掛けない、作家個人の身体性の痕跡を示すものである。

●作家:Richard Long(1945-)
●種類:Poster
●題名:Circle in Mexico 1979
●サイズ:482x647mm
●技法:Offset lithograph
●発行:Anthony d'Offay, London
●制作年:1980
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by galleria-iska | 2012-07-31 19:19 | 案内状/招待状関係 | Comments(0)
2012年 07月 12日

田中一光展の案内状「The Museum of Modern Art, Toyama」(1998)

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現在、富山県立近代美術館で第10回「世界ポスタービエンナーレトヤマ」(6月3日~9月3日)が開催されている。三年に一度開催されるこのポスター公募展は、実際に印刷発表されたものと自主制作のオリジナルのニ部門で募集が行なわれる。今回は世界53の国と地域から両部門合わせて4622点の応募があり、日本人が初めてグランプリを受賞したとのことである。これまでの日本人デザイナーの活躍を思えば、もっと獲っていてもおかしくないのだが、それでは自画自賛になりかねないので、名のあるデザイナーには応募を控えるよう御達しが回っているのかもしれない。ともあれ日本人の意匠表現が群を抜いていることは確かのようである。

そんな日本が輩出したグラフィックデザイナーの代表格ともいえる田中一光(Tanaka Ikkou, 1930-2002)の大規模な回顧展が1998年に富山県立近代美術館で開催された。これはそのときの案内状である。尾形光琳の「紅白梅図屏風」の水の流れを彷彿させる意匠を盛り込んだデザインは田中一光によるものであろうか。この年の夏、一泊二日の日程で、友人と一緒に初めて富山を訪れた。富山と言えば、幼い頃に目にした大きな風呂敷包みを担いでやって来る薬売りが有名であるが、北陸の工業地帯としてアルミ産業も盛んであり、版画やポスター用のスマートな額もここで作られている。このときの目的は美術館ではなかったが、時間に余裕が出来たので立ち寄ってみたところ、この展覧会が開催されていた。会場に入ると、シルクスクリーンのポスターも販売(1000円だったか?)しているとのアナウンスが聞こえてきたが、生憎の雨模様で購入するのを諦め、この案内状を何枚かいただいてきた。

今から30年前に開館した富山県立近代美術館は主に20世紀以降の美術を収集しているが、設立当初からデザイン分野の紹介にも力を注いでおり、1985年から世界ポスタートリエンナーレトヤマを開催し、受賞作を収蔵するなど、現代作家のポスターにも注目している。また館の企画展のポスターのデザインはすべてグラフィックデザイナーの永井一正氏が行なっている。

展覧会は「第七回 現代芸術祭 伝統と今日のデザイン 田中一光」展と題され、戦後の日本のデザイン界を牽引してきたデザイナー田中一光(Tanak Ikkou, 1930-2002)のデザインの歩を辿るものであった。デザインと美術の境界を跨ぐ仕事の部分に多少興味があったが、モダン・デザインに日本的な要素を上手く溶け込ませる手法や古都で培った色彩感覚を活かしたソリッドな構成は、日本人よりも海外の目により新鮮に見えたのではないかと思えた。自分としてはもう少し“くすぐり”とか“ひねり”に期待したのだが、その辺はこのデザイナーのデザイン思想には無い要素なのかもしれない。常設展示の方ではポスター・コレクションの一部を見ることができた、また、その時まで知らなかったのだが、この美術館には富山県出身の瀧口修造の常設展示室があり、デカルコマニーの作品を初めて目にすることができたのは、思いがけない収穫であった。

もうひとつ、展覧会とは関係ないことだが、富山県の郷土料理で駅弁でも知られる「鱒寿司(ますのすし)」に、駅弁以外にもいくつも種類があることを知った。中には一日限定数百個というものもあって、四種類ほど購入し食べ比べてみた。酸味の利いたもの、甘味のあるもの、さっぱりとした口当たりのもの、それぞれ特徴があり、楽しく頂いた。富山の人たちは自分の舌にあったものを求めているのだろう。もう十数年も前の話である。

●作家:Tanaka Ikkou(1930-2002)
●種類:Annoucement
●サイズ:150x105mm
●技法:Offset
●発行:The Museum of Modern Art, Toyama
●制作年:1998

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by galleria-iska | 2012-07-12 11:57 | 案内状/招待状関係 | Comments(0)
2012年 05月 22日

フィリップ・モーリッツ展案内状「Mohlitz Kobberstikk」(1977)

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1975年から1980年にかけて毎年北欧の何処かでボルドー出身の銅版画家、彫刻家フィリップ・モーリッツ(Philippe Mohlitz, 1941-)の銅版画展が開催されている。これにはモーリッツの作品の販売に協力した人物(個人)が関わっているようなのだが、日本ではギャラリー牟礼田がその役割を担っていたようである。1976年に制作された「トロイの木馬(Cheval de Troie)」を用いたこの案内状は、1977年にモーリッツからある人物に、その年に刊行された版画のレゾネ(Mohlitz: Werkverzeichnis Der Kupferstiche / Oeuvre-Catalogue of the Copper Engravings 1965-1976)とともに贈られたものだが、モーリッツの名とノルウェー語でエングレーヴィングを意味する"kobberstikk"という文字が記されているだけで、どこで行なわれたのかは判らない。

●作家:Philippe Mohlitz(1941-)
●種類:Annoucement
●サイズ:199x154mm
●技法:Offset
●制作年:1977
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by galleria-iska | 2012-05-22 21:13 | 案内状/招待状関係 | Comments(0)
2012年 05月 18日

ジム・ダインの版画展の招待状「Kestner-Gesellschaft Hannover」(1970)

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1970年3月20日から4月26日にかけてハノーファーのケストナー協会(Kestner-Gesellschaft Hannover)で開催されたジム・ダイン(Jim Dine, 1935-)の版画展のオープニングへの招待状。展覧会にはジム・ダインが1960年に制作したハプニング「カークラッシュ」に因む5点のリトグラフからこの展覧会のために制作された告知用ポスターまで全78点が出品され、ポスターと同じイメージを用いた図録「Jim Dine Complete Graphics」も刊行された。

ジム・ダインの絵画制作において用いられる浴室のシンク、バス・ローブ、大工道具、パレットや筆などのダインの生活体験と結び付く様々なオブジェは、ロバート・ラウシェンバーグやジャスパー・ジョーンズが行なったような、芸術と日常生活との境界を取り払い両者を相互浸透させようとする現代美術の新しい試みに連なりながらも、それらに何らかの感情を重ね合わすことで、暗喩やパロディ、諧謔を含んだ作品を作り上げるための要素として用いられると指摘されるが、その傾向はハプニングや絵画と関連して制作された版画においてより一層顕著に表れているように思われる。ダインは1959年から翌60年にかけて行なったハプニングによってニューヨークのアートシーンでは一躍時の人となるが、本来パフォーミングアートを創作活動の場としていた訳ではなく、周囲の期待と本人の意図とのずれから、ハプニングを放棄、1967年に家族とともにロンドンに移住し、素描と版画を中心とする創作活動を行なう。この展覧会は、1971年にヴァーモント州の自然豊かな小村パトニー(Putney)に農場を購入し移住するにあたり、ロンドンでの制作活動を中心とする1960年代の版画制作を総括する展覧会として企画された。その後ダインは新たに人物という、より個人的なつながりのあるモチーフをテーマに作品制作に取り組んでいくこととなる。

●作家:Jim Dine(1935-)
●種類:Invitation
●サイズ:210x107mm
●技法:Letterpress
●発行:Kestner-Gesellschaft Hannover
●制作年:1970

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展覧会の図録「Jim Dine Complete Graphics」の出版案内、4ページ、210x210mm
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展覧会の図録、208x220mm、160ページ、図版:135点(カラー85点)
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展覧会の図録、タイトルページ

ジム・ダインの版画の目録はこれまでに4冊刊行されているが、全てそれまでの創作活動を総括する意味を持つ展覧会の開催に合わせて刊行されたものである。二巻から四巻は以下の通り。
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ジム・ダインの版画の目録(第二巻)「Jim Dine Prints:1970-1977」Icon Editions(Harper & Row, Publisher), 1977, 134pp, 305x222mm
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ジム・ダインの版画の目録(第三巻)「Jim Dine Prints 1977-1985」Icon Editions(Harper & Row, Publisher), 1986, 182pp, 280x230mm
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ジム・ダインの版画の目録(第四巻)「Jim Dine Prints 1985-2000: A Catalogue Raisonne」The Minneapolis Institute of Arts, 2002, 255pp, 315x250mm
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by galleria-iska | 2012-05-18 18:15 | 案内状/招待状関係 | Comments(0)
2012年 01月 28日

ルネ・キフェール書店の目録・案内状「Librairie-Galerie René Kieffer」

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研究のための資料として見ていた書物が、ある一冊の本との出会いから、それ自体がひとつの意味のある存在へと転じ、古書の魅力にはまり込んで行き、ついには愛書狂を自認するまでになってしまったフランス文学者の鹿島茂氏が、愛書家への道を自らの体験をもとに綴ったエッセイ「子供より古書が大事と思いたい」( 青土社 1996年、文春文庫 1999年)にも登場するパリ6区のサン・タンドレ・デ・ザール通りにあったルネ・キフェール書店(Librairie-Galerie René Kieffer)から定期的に送られてきた在庫目録。同書店は、挿画入りの豪華本の出版と、アールヌーボーを代表する装丁家マリユス・ミッシェル(Marius-Michel, 1846-1925)の弟子で、後にアヴァンギャルドなデザインを取り入れた装丁を行なったルネ・キフェール(René Kieffer, 1876-1963) が1920年代に開いた書店で、本の装丁と出版および古書の売買を業務とした。二代目は、古書、特に詩集および詩画集の売買に力を入れ、また画廊として現代作家の挿絵本の刊行に合わせて展覧会を企画した。店主が亡くなった後、仕事を手伝っていた娘さんが跡を継いだが、しばらくして店を売却し、他の場所に店(Librairie Kieffer)を開いたが、目録が送られてこなくなったので閉店したのかもしれない。

この目録(通巻253号)は、1992年6月、画家、版画家、児童書の作家で挿絵画家のアルベール・ルマン(Albert Lemant, 1953-)の新作「La Tapisserie de Bagneux」の刊行に合わせて行なわれた展覧会の告知を兼ねており、表紙のデザインをルマンが行なっている。アルベール・ルマンは1953年パリに生まれ、1972年から1986年までジョルジュ・ルブランの版画工房で刷り師として働いた後、作家として作品制作を始め、数多くの挿絵本を制作している。

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この目録以外で、作家のデザインまたは作品を表紙に用いたもの。

●作家:Albert Lemant(1953-)
●種類:Catalogue/Annoucement
●サイズ:208x95mm
●技法:Offset
●発行:Librairie Galerie René Kieffer, Paris
●制作年:1992
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by galleria-iska | 2012-01-28 18:57 | 案内状/招待状関係 | Comments(0)
2012年 01月 16日

サイ・トォンブリー版画展の案内状「Cy Twombly: Some Prints」(1990)

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アメリカ合衆国バージニア州出身の画家、彫刻家サイ・トゥオンブリー(Cy Twombly, 1928-2011)には結局、縁がなかったようである。トゥオンブリーは早くからニューヨークのキャステリ画廊で展覧会を行なっているが、日本で耳目を集めるようになるのは1990年代、バブルが崩壊した後のことではなかったかと思う。1980年代にアメリカの版元のカタログなどで版画を目にすることがあったが、現代美術が沸騰していく中で一人蚊帳の外といった感で、ラウシェンバーグやジャスパー・ジョーンズを始めとする同時代のアーティストから評価の高かったギリシャ・ローマの神話や歴史、詩の断片などを画面に取り込んだカリグラフィー的な作品に興味を示す者は少なかった。ウォーホルの代名詞と言われるマリリンの版画作品が1点数万ドル超えても、トゥオンブリーの版画はまだ数百ドルで購入することが出来た。この作家はすごいことになるかもしれない、という予感を抱きながらも、手が出せないまま、時間だけが過ぎていってしまった。

1990年というバブル絶頂期に、ニューヨークにオフィスを構え、現代美術を紹介していたフィギュラ(Figura Inc.)から送られてきたトゥオンブリーの版画展の案内状には、フィギュラのロゴとともに、トゥオンブリーが版画やポスターの制作に用いる書体で、この展覧会のタイトル『SOME PRINTS』が記されている。今となってはせめてこれがトゥオンブリーのオリジナル・デザインであればと願う次第である。

フィギュラの経営者はキャステリ画廊との関係を匂わせるイタリア出身の女性であったが、バブル崩壊後に事務所を閉鎖しイタリアに帰っていった。

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図版:トゥオンブリーが1984年にユーゴスラビアのサラエヴォ(Sarajevo)で開催された冬季オリンピックの公式ポスターのために制作した版画作品のイメージ。

●作家:Cy Twombly(1928-2011)
●種類:Announcement
●サイズ:114x159mm
●発行:FUGURA INC., New York
●制作年:1990

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by galleria-iska | 2012-01-16 19:48 | 案内状/招待状関係 | Comments(0)
2011年 08月 11日

デイヴィッド・ホックニーのメトロポリタン・オペラ・ポスターの案内「Igor Stravinsky」(1981)

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イギリスの現代美術作家、デイヴィッド・ホックニー(David Hockney, 1937-)と舞台との関わりは早く、1966年、ホックニー29才の時にロンドン王立劇場から「ユビュ王」の舞台装置を依頼される。1974年には、イギリスのグラインドボーン・フェスティヴァル・オペラからストラヴィンスキー作曲のオペラ「放蕩者のなりゆき」の舞台美術の依頼を受け、1975年6月に初演される。このオペラでは、ホックニーの、18世紀のイギリスを代表する国民的画家、ウィリアム・ホガース(William Hogarth, 1697-1764)の銅版画に基づいた斬新な舞台美術が反響を呼ぶ。続いてグラインドボーン・フェスティヴァル・オペラからオペラ「魔笛」(モーツァルト作曲)の舞台美術の依頼を受け、準備に取り掛かる。1977年から78年にかけてインドやエジプトを旅行、その印象が舞台美術に反映されることとなる。1978年5月に「魔笛」初演。1979年、今度はニューヨークのメトロポリタン・オペラ・ハウスから、かつてピカソがバレエ・リュスの公演のために舞台美術と衣装を担当したことがある「パラード」(サティ作曲)の舞台美術を依頼される。1980年、横尾忠則氏が画家に転向するきっかけとなったニューヨーク近代美術館での「ピカソ展」を見て大きな感銘を受ける。1981年2月、メトロポリタン・オペラ・ハウスでホックニーが舞台美術を担当したフランス作曲家三部作「パラード」(サティ作曲)、「ティレジアスの乳房」(プーランク作曲)、「子供と魔法」(ラヴェル作曲)が演じられる。その年に中国に旅行。その印象は「ロシニョール」(ストラヴィンスキー作曲)や後の「トゥーランドット」(プッティーニ作曲)の舞台美術に反映される。12月、舞台美術を担当したストラヴィンスキー作曲の「春の祭典」、「ロシニョール」、「オイディプス王」がメトロポリタン・オペラ・ハウスで上演される。

ホックニーは舞台美術の他に、メトロポリタン・オペラ・ハウスのために、ミュシャ(Mucha)などに代表されるヨーロッパの劇場ポスターの伝統に倣い、二メートルを超す三点の大きなポスター「パラード」(1981年)、「ストラヴィンスキー」(1981、82年)、「フランス三部作」(1982年)をシルクスクリーンで制作をしている。これはそのうちのひとつ、イゴール・ストラヴィンスキーの「春の祭典」、「ロシニョール」、「オイデイプス王」のためのポスター(206x89cm)の出版案内で、ホックニーはそれぞれの曲のテーマ、「原始」、「東洋」、「悲劇」を象徴する仮面によって表現している。このポスターにはオフセット印刷の通常版もある。

出版は当時、ロンドン(本部)とニューヨークにオフィスを構え、現代美術の版元として数多くの版画やポスター、画集の出版を手掛けたピータースバーグ・プレス社で、価格は£150ぐらいであったように記憶しているが、定かではない。購入申し込み書もあったように思うが、紛失してしまったようである。その大きさ故に、ずっと売れ残っていたが、美術品と名が付けば何でも売れたバブル時代になってようやく現物を目にすることができた。しかし如何せん日本の家屋には向かない。筒に入れて保存していればともかく、額装品を購入した愛好家はどうしたのであろうか。自分にはこれらのポスターは手が届かなかったが、通常のオフセットポスターは£20~30程度で購入できたので、イギリスのピータースバーグ・プレス社から何枚か取り寄せたことがある。が、額代がポスターの何倍も掛かると聞き、そのまま30年近く仕舞いっぱなしである。その当時、アーティストポスターと言えば、ピカソやミロ、シャガールといった作家のリト刷りのものが主流で、オフセット印刷のものなどには目もくれなかった時代であったが、“アルミの細縁のフレームに入れられたホックニーのポスター”は、都会風のお洒落なインテリアとして支持され、何の抵抗もなく売れていった。明るい色彩と現代人の生活の一面を私的な目線で捉えたホックニーの作品は、いわゆる絵画を見るというストレスを感じさせず、西洋に常に憧れを抱く日本人一般の感覚にマッチしたしたのであろう。一方、ポスターを版画に準ずる商品(作品)として捉えていた画廊は若干抵抗あったように思われる。が、一度認知されてしまえば、技法や希少性は二の次になってしまった。しかし逆にそれを利用し、アーティストポスターを単なる額絵にまで引き下げてしまった罪は大きい。

●作家:David Hockney(1937-)
●種類:Annoucement
●サイズ:230x100mm
●技法:Offset
●発行:Petersburg Press, London
●制作年:1981



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by galleria-iska | 2011-08-11 17:53 | 案内状/招待状関係 | Comments(0)
2011年 08月 01日

日本の彫刻と絵画:N.N.+村上友晴展招待状「Overbeck-Gesellshaft」(1994)

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昨年、名古屋市美術館で企画・開催された展覧会「静けさのなかから」は、前期《桑山忠明、2010年4月24日~5月30》と後期《村上友晴、6月1日~7月4日》の二部構成で、両作家の回顧展として開催された。名古屋市美術館によれば、村上氏は1938年 福島県三春町生まれ。1961年に東京藝術大学日本画科卒業。大学卒業後、徐々に日本画の顔料から油絵具へ移行し、1964年に「グッゲンハイム国際賞展」に招待出品されるが、その際に目にした、マーク・ロスコやアド・ラインハートなど、アメリカ抽象表現主義の作品の巨大で堅牢、その奥深さにショックを受け、1974年に養清堂画廊で現代美術作家として個展を開催するまで、10年間新作を発表できなかった、とある。その後は日本国内はもとより、ドイツ、アメリカの画廊などで数多くの個展を開催している。生憎、名古屋市美術館に出かけることはできなかったが、記憶の片隅に残っていたのだろうか、過去にいただいた案内状や招待状を整理していたところ、Tomoharu Murakamiの文字が目に飛び込んできた。

これは1994年に、「日本の彫刻と絵画:N.N.+村上友晴」と題し、リューベックのオーヴァーべック美術協会で開催された展覧会のオープニングへの招待状。招待状の表紙は、白地に赤丸の、日の本の国、日本の国旗と、その三分の一ほどの黒地の部分に、招待の文字とオーヴァーべック美術協会のロゴマークを白抜きで配置したもの。通常、招待状や案内といえば、その表紙には概ね作家の作品が何らかの形でデザインに組み入れられるのが普通であるのだが、日本の...という題が付けられると、かくのごときステレオタイプ的なデザインになってしまうのは致し方ないことなのかもしれない。しかし裏を返せば、それ程国旗の持つ意味が大きいということであるのだが、我が身を含めて日本人はあまりそのことを実感できていないようである。村上氏の作品は主に黒一色、あるいは赤と黒という、最小限の色から成る質素で禁欲的な画面とそれを支えている物質性というものが、作家の生の証のようでもあり、また信仰に辿り着くための道程のようにも感じられる。

村上氏の絵画については、この展覧会の二年前にブレーメンのカトリン・ラブス画廊(Galerie Katrin Rabus, Bremen)で「村上友晴絵画展」が開催され、図録も刊行されている。国内では、名古屋市美術館の図録が刊行されるまでは、村上氏の作品をまとまって見ることができる画集や図録の刊行は無かったようである。

●作家:N.N.+Tomoharu Murakami(1938-)
●種類:Invitation
●題名:Skulptur und Malerei aus Japan/N.N. + Tomoharu Murakami
●サイズ:100x211mm(100x421mm)
●技法:Offset
●発行:Overbeck-Gesselschalt, Lübeck
●制作年:1994

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by galleria-iska | 2011-08-01 22:46 | 案内状/招待状関係 | Comments(0)
2011年 08月 01日

ヨゼフ・ボイスのグラフィック作品展招待状「Joseph Beuys:Aus dem graphischen Werk」(1995)

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ヨーゼフ・ボイス(Josef Beuys, 1921-1986)の活動やその肖像を知らしめるのに大きな役割を果たしたのが、写真画像を使った展覧会の告知用ポスターや絵葉書である。これはボイスの没後9年経った1995年に、北ドイツの代表都市、リューベックにあるオーヴァーべック協会(Overbeck-Gesellschaft, Lubeck)でボイスのグラフィック作品を集めて開催された展覧会のオープニングへの招待状。使われているのは、優れた展覧会ポスターの制作で定評のあるイタリアのナポリにあるルーチョ・アメリオ画廊(Lucio Amelio)の前身、Modern Art Agencyで1971年11月に開催された展覧会「The cycle of his work」の告知用に制作された縦長の大きなポスター(191x102cm)。Giancarlo Pancaldiによる写真が使われている。同じ画像をポリエステルの透明なシートにシルクスクリーンで印刷したマルティプル作品(1)も制作され、1972年に180部限定で出版されている。こちらに向って歩いてくるボイスの全身像は等身大に引き伸ばされ、自らをアイコン化したボイスの彫像彫刻であるかのような印象を与える。

●作家:Joseph Beuys(1921-1986)
●種類:Invitation
●サイズ:210x105mm
●技法:Offset
●発行:Overbeck-Gesellschaft, Lubeck
●制作年:1995

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註:
1.「La rivoluzione siamo Noi(We Are the Revolution)」(1972, Silkscreen print on polyester sheet, 191x102cm, Edition:180, Publisher:Edition Staeck, Heiderberg & Edizioni Lucio Amelio, Naples)。ポストカード・ヴァージョンも同時に出版されている。
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by galleria-iska | 2011-08-01 21:26 | 案内状/招待状関係 | Comments(0)