ガレリア・イスカ通信

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カテゴリ:図録類( 72 )


2016年 03月 31日

ウィリアム・クラインの図録「William Klein Schilder, fotograaf en filmer」(1967)

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フランスの画家、写真家、映画監督で、俳優でもあるウィリアム・クライン(William Klein, 1928-)が1967年、オランダのアムステルダム市立美術館で行なった絵画、写真、映画の展覧会『William Klein schilderijn, foto's, films』の際に作られたリーフレットタイプの図録(註1)。オランダ語表記であるため、日本ではあまり紹介されていないかもしれない。冒頭に挿し絵入りのクラインの年譜が設けられているが、その挿絵を担当したのは、クラインが脚本と監督を務めた長編映画「ポリー・マグー、お前は誰だ?(Qui êtes-vous, Polly Maggoo ? )」の制作に参加した、ベルギー出身のアーティスト(注2)、ジャン=ミシェル・フォロン(Jean-Michel Folon, 1934-2005)である。この年、フォロンは自身を代表する画集のひとつ「ル・メッセージ(Le Message)」を制作しているが、この画集に登場する外套を着た“帽子の男”が、クラインの名前を展覧会場に見立てた最後の挿絵にも観客として描き込まれている。帽子の男は“平凡な小市民”のメタファーとして描かれているのだが、そのアイデアの源泉は、フォロンが子供の頃に偶然発見したベルギーのシュルレアリスムの画家ルネ・マグリット(René Magritte, 1898-1967)が描く山高帽の男にあるかもしれない。マグリットは自分を平凡な勤め人に見せかけるために、毎日きまったように、スーツに山高帽という身なりで出掛け、スーツ姿のまま自宅で制作を行なっていたのであるが、マグリットは自分自身をも記号化していたのである。

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展覧会にはクラインの能書的な絵画作品とその抽象写真、刊行された四冊の写真集「New York, 1956」「Rome, 1957」「Moscow, 1964」「Tokyo, 1964」に収録された写真、前述の長編映画「ポリー・マグー、お前は誰だ?」やドキュメンタリー・フィルムなどが出品されているようだ。クラインの個人的な視点をもとに撮られた、それまでの写真ではタブーであった“アレ、ブレ、ボケ”を表現に取り入れた写真は、新しい写真表現を求めて1960年代後半に台頭してくる中平卓馬(Takuma Nakahira, 1938-2015)や森山大道(Daido Moriyama, 1938-)といった日本の写真家たちに影響を与えたとされる。図録に掲載された写真の一枚に、“ギューチャン”の愛称で呼ばれる、現在はニューヨーク市在住の現代美術家、篠原有司男(Ushio Shinohara, 1932-)が、クラインの前で、アパートの境のコンクリート塀にケント紙を貼り、グローブ代わりに手に巻きつけたシャツに墨汁をたっぷりと付け、ケント紙を殴りつけながら絵を描くというパフォーマンス(後の「ボクシング・ペインティング」)を披露する姿を捉えた写真があるのだが、クラインは人間を個々の人格としてではなく、時代が抱え持つ、もうひとつの“真実”を映し出す“もの”あるいは“現象”として捉えようとしているように見える。クラインの撮る何かに憑かれたような人間の姿は、個人であれ集団であれ、同じニューヨーク市生まれの写真家ダイアン・アーバス(Diane Arbus, 1923-1971)の一線を越えたそれとは異なる、何かしらの“狂気”を孕んでいるようにも見えるが、それらがクラインによって写真に取り込まれたときに放つ衝撃が、クラインの写真たる所以であろうか。

●作家:William Klein(1928-)
●種類:Catalogue(Stedelijk Museum Amsterdam Catalogue No.409)
●サイズ:275x186mm
●技法:Offset
●発行:Stedelijk Museum Amsterdam, Amsterdam
●制作年:1967
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註:

1.図録の表紙と同じ場所で撮られた写真(カラー)。クラインと息子のポーズが異なる。
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2.1950年代後半、漫画家から出発したフォロンは、1960年に入ると、「わたしは自分の好奇心に殺されそうだ」と語ったように、その活動範囲を広げ、雑誌の表紙やイラストレーションを手掛けるとともに、グラフィック・デザイナーとして、映画や演劇の広報ポスターをデザインしている。1960年代の後半には、映画制作にも参加、役者として舞台や映画にも出演する一方で、銅版画やシルクスクリーン版画の制作も始めている。
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by galleria-iska | 2016-03-31 20:52 | 図録類 | Comments(0)
2016年 02月 04日

横尾忠則の装丁「The 6th International Biennial Exhibition of Prints in Tokyo」(1968)

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「版画の国際的認識と普及向上」を目的に1957年に創設され、東京国立近代美術館と京都国立近代美術館を会場に隔年開催された国際版画展のひとつ東京国際版画ビエンナーレ展は、世界的に版画への関心が薄れた1979年の第11回を持って中止となった。展覧会の主催は、第一回(1957年から第4回(1964年)は東京国立近代美術館と読売新聞、第5回(1966年)と第6回(1968年)は国際文化振興会と東京国立近代美術館、第8回(1968年)から第10回(1977年)は国際交流基金、東京国立近代美術館、京都国立近代美術館、1979年の第11回は、国際交流基金、東京国立近代美術館、国立国際美術館、北海道立近代美術館の主催となっている。1966年にポスター作品がニュヨーク近代美術館(MoMA)に収蔵されたグラフィックデザイナーの横尾忠則(Tadanori Yokoo, 1936-)氏が告知用ポスター(随分前に手放してしまったので画像をお見せ出来ないのが残念である)、入場券、図録のデザインを手掛けた第6回東京国際版画ビエンナーレ展(The 6th International Biennial Exhibition of Prints in Tokyo)は、家族の肖像写真を写真製版を用いたシルクスクリーンで印刷するという作品を出品した野田哲也(Tetsuya Noda, 1940-)氏が国際大賞を受賞したが、審査員たちの関心はむしろ、同じく家族の肖像写真やアレン・ジョーンズ(Allen Jones)とアントニオ・セギ(Antonio Segui)の作品図版を引用し、浮世絵やポップ・アート、サイケデリック・アートをも想起させる、西洋と日本の文化が混交するごった煮的画面を彩る蛍光色による鮮烈な色の対比が見る者の目に強烈に焼き付く、横尾ワール全開のポスターに向かい、「このポスターこそ国際大賞に値する」といった論評を呼び起こした。このポスターを特徴付けるのが、画面の外に意図的に残した色見本とトンボ(印刷工程で利用される目印)であるが、このような印刷工程をあえて示すことで、版画の本質である“版”というものの本質を提示、あるいは問う姿勢を示すという、グラフィック・デザイナー側からの挑戦であり、それは図録のデザインにも及んでいる。

出品者のリストの中には、アメリカの現代美術を代表するネオ・ダダの作家ロバート・ラウシェンバーグ(Robert Rauschenberg)とジャスパー・ジョーンズ(Jasper Johns)、ポップ・アートのR.B.キタイ(R.B. Kitaj、ロイ・リキテンスタイン(Roy Lichtenstein)、ジェームズ・ローゼンクイスト(James Rosenquist)、エルネスト・トローヴァ(Ernest Trova)、そして彫刻家のルイーズ・ニーベルソン(Louise Nevelson)の名を見つけることができるが、アメリカ勢は振るわず(?)、受賞したのはローゼンクイストただひとりである。

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                         裏表紙

●作家:Tadanori Yokoo(1936-)
●種類:Book work
●題名:The 6th International Biennial Exhibition of Prints in Tokyo
●サイズ:235x187mm
●技法:Offset
●発行:The National Museum of Modern Art, Tokyo
●印刷:Toppan Printing Co., Ltd.,Tokyo
●制作年:1968
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                     扉絵
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by galleria-iska | 2016-02-04 12:35 | 図録類 | Comments(0)
2016年 02月 02日

デイヴィッド・ホックニーのポスター競売カタログ「Christie's:Hockney posters」(1999)

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イギリス現代美術の作家デイヴィッド・ホックニー(David Hockney, 1937-)のポスターは、これまで何点か取り上げてきたが、これはというもの-画像だけでも残して置けたらよかったと思うが-は人様に譲ってしまったため、なんだこんなものしか持っていないのかと思われる人も多いであろう。しかしながら、自分はコレクターではないので、ポスターでも版画でも暫くの間手元に置いて楽しめれば良しとしており、棺桶まで持って行こうなどとは思わないし、仮に残して置いても遺族から厄介物扱いされ、二束三文で業者に引き取られ、否、むしり取られていくのが見えている。それに版画ならまだしも、ポスターについては、日本の公立美術館に寄贈を願い出ても断られるのが関の山である。愛着と執着は別物であるが故、自分で美術館を造ることが出来る人間はさて置き、高値が付く時に希望する方に譲ってしまうのが得策であると考える。何か記録として残したいと思うならば、コレクション・カタログの自費出版も可能であるが、今はブログという便利な記憶装置があるので、画像や作品データも残して置けるし、万が一、誰かの作品購入の参考にでもなれば、人助けにもなる。何の劣化も心配ない電脳空間の片隅に、それを必要とする人が現れるまで、図書館の書庫がごとくしまわれていくのである。さすれば自分のコレクションの行く末を案ずる必要もない。

日本でもホックニーのポスターが人気を集めた1980年代後半、絵画や版画を持つ余裕のないひとりのイギリス人が世界中から集めたホックニーのポスター・コレクションが注目を浴びることとなった。イギリス航空(British Airway)の社員であったブライアン・バゴット(Brian Baggott)なる人物は、1960年代の終わり頃にホックニーと出会い、1970年代初頭からホックニーのポスターを集め始めた。その方法について彼自身は次のように書いている:

I wrote to every gallery ever mentioned in the back of a Hockney catalogue to see if they'd done a poster.


この方法は自分もやっており、今では考えられないことだが、まさかと思うような昔に出版された版画やポスター、美術書が売れ残ったまま画廊の倉庫に眠っていたとが何度もあって、しかも出た当時の値段で購入できたのである。それらは日本の物価と比べあまりに安かったので、今のうちに購入しておけば、招来高くなるに違いないから、それらで食い扶持を稼げるのではないかと甘い期待を抱いたのだが、長びく不況で、夢と消えてしまった。

話を戻そう。航空会社に勤務していたことが幸いし、バゴットは安い料金で世界各地にポスターを見に出掛けて行くことが出来た。そうして集めたポスターは、1963年から1986年までに制作されたポスター、全128点で、その多くが無料(!)であった。その展覧会が1987年、ロサンゼルス郡立美術館(Los Angeles County Museum of Art, Los Angeles)から始まり、最終地のロンドンのテイト・ギャラリー(Tate Gallery, London)へと巡回、図録兼目録(カタログ・レゾネ)として「Hockney Posters」がロンドンのパビリヨン・ブックス(Pavilion Books Ltd.)から刊行された。1994年にはその続編として、1962年以降に制作された200点余りのポスターの図版目録とともに、1987年から1994年までのポスター38点を収録した「Off the Wall, A collection of David Hockney's posters」が同社から刊行された。純粋のオリジナル・デザインのポスターが少ないホックニーのポスター制作について、「Hockney Posters」の序文を執筆したエリック・シャーンズ(Erik Shanes)は次のように書いている:

Hockney’s output as an original poster maker has been a comparatively small one...his willingness to contri-
bute, either directly (in the case of added lettering) or indirectly (as with the allowing of the use of his images
by others) to the creation of posters of his works, has meant that a by-no-means insignificant body of designs has come into being. And these designs, by making the reproduction of works of art a controlled process, have often elevated such reproduction onto a new plane, making us more, rather than less, conscious of the inherent visual qualities of the original pictures they reproduce


そのバゴットのポスター・コレクション全206点が1999年3月25日、ロンドンの競売会社クリスティーズ・サウス・ケンシントン(Christie's South Kensington, London)で競売(Sale no.8332)に掛けられた。これはその競売カタログである。表紙は、ホックニーが40ページに渡るアート・ワークを手掛けた1985年のフランス版ヴォーグの12月号『Vogue Paris par David Hockney』(Décembre 1985/Janvier 1986)の表紙デザインを模したものとなっている。この競売カタログを受け取った時、ようやく現代美術のポスターも美術品のひとつとして認知されるようななったのか、と感慨深かった。

●作家:David Hockney(1937-)
●種類:Auction catalogue
●題名:Christie's South Kensington:Hockney posters
●サイズ:267x210mm
●技法:Offset
●発行:Christie's, London
●制作年:1990
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As Eric Shanes writes in his foreword to the 1987 ‘Hockney Posters’ book, although ‘Hockney’s output as an original poster maker has been a comparatively small one...his willingness to contribute, either directly (in the case of added lettering) or indirectly (as with the allowing of the use of his images by others) to the creation of posters of his works, has meant that a by-no-means insignificant body of designs has come into being. And these designs, by making the reproduction of works of art a controlled process, have often elevated such reproduction onto a new plane, making us more, rather than less, conscious of the inherent visual qualities of the original pictures they reproduce’.

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フランス版ヴォーグの1985年の12月号『Vogue Paris par David Hockney』(Décembre 1985/Janvier 1986) の表紙。キャンバスの側面には"for Brian David Hockney"の献辞が見える
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by galleria-iska | 2016-02-02 13:51 | 図録類 | Comments(0)
2015年 06月 26日

デイヴィッド・ホックニーのポスター案内「David Hockney Posters」(1982?)

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先々週、パソコンから突然変な音が鳴り始め、終了と同時にウインドウズXPが昇天してしまった。過去5年間に撮り溜めてきた写真画像や作品資料が入っているので、あれこれ回復を試みたが、全てうまくいかず諦めるしかなかった。ウインドウズ98とMeという、お蔵入りに近い二台のパソコンが未だ動いているので、すぐには壊れまいと思っていたのだが、甘かった。画像や資料の一部は古いパソコンに保管してあるので助かったが、また一から積み上げていくのはしんどい。壊れたのはウインドウズ・ビスタであったものをウインドウズXPにダウングレードしたものだったが、最近はインターネット・エクスプローラー8では開かないページが増えてきたので、付属のリカバリー・デイスクを使ってOSをウインドウズ・ビスタに戻した。結果、5年間累積されていた更新プログラムが毎日、山のように送られてきて、インストールの終了を待つ日々が続いている。それに加え、インターネット・エクスプローラーの言語パックがインストールされず、メニューやステータスバーが英語表示になってしまい、それを直そうとサポートに紹介されている方法をいろいろ試してみたがうまくいかず、5分もあれば済むところを、何日も掛かってしまった。

そんな状況なので、調べたいことがあっても、現物に当たるしかなく、海外の業者から送られてきた販売カタログを引っ掻き回していたら、30年以上も前にロンドンの出版社ピーターズ・バーグ・プレス社から送られてきた同社発行のデイヴィッド・ホックニー(David Hockney,1937-)のポスターの案内が出てきた。当時、机の上に置いて毎日のように眺めていたので、縁は擦り切れ、折り目は裂けてしまっていた。そこを透明なテープで補修をし、資料用の写真を撮った。案内には1969年から1981年にかけて発行された14点のポスターがカラー図版入りで紹介されている。このブログで取り上げた#1,5,9,10以外にも取り寄せたものがあったが、友人や知人に譲ってしまった。中でも評判の良かった1973年に制作された“天候シリーズ(The Weather Series)”の中の一点「Sun」を用いた「David Hockney prints 1954-77」(#12)は、連れ合いの友人の新築祝いになった。洋風の建物だったので、気に入ってくれるものとばかり思っていたが、日本画の方が好みだったようで、部屋の隅に置いたままになっていた。おそらく粗大ごみとして葬られてしまったのではないかと思う。こんなふうにしてポスターの現存数は序々に減っていき、巧まずして、稀少価値を生み出すのに一役買っている。一品ものである絵画や初めから稀少性を謳っている版画とは違い、日々の生活の中で扱われるポスターや案内状は、記憶装置としての意味を持ってはいるものの、作家の創作の根幹に繋がる重要な証拠として捉えることは難しく、やはり物として消費されていくことからは免れない。その結果について、フランス文学者で古書コレクターの鹿島茂氏はその著書『子供より古書が大事と思いたい』の中で“稀覯本ほど見つけやすいという真理とはちょうど逆に、価値のない本ほど見つけにくいというのもまた真理である”と述べており、いつでも手に入いると思っているような展覧会のポスターや案内状、冊子のたぐいほど、無くなってしまったときには見付け難くなるのである。エフェメラ侮るなかれ!

●作家:David Hockney(1937-)
●種類:Leaflet
●サイズ:204x153mm(204x456mm)
●技法:Offset
●発行:Petersburg Press, London
●制作年:1982(?)
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by galleria-iska | 2015-06-26 18:22 | 図録類 | Comments(0)
2015年 03月 20日

(第8回)シュルレアリスム国際展の図録「Eros」(1959)

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アンドレ・ブルトン(André Breton, 1896-1966)とマルセル・デュシャン(Marcel Duchamp, 1887-1968)によって企画・構成され、1947年にパリのマーグ画廊(Galerie Maeght, Paris)で開催された『第6回シュルレアリスム国際展(Le Surréalisme en 1947: Exposition Internationale du Surréalisme) 』の図録(限定999部)の意表を付いた造りは記憶に残るものであった。表紙はマルセル・デュシャンのオブジェ(註1)で、シュルレアリスムの起源となったとされるギヨーム・アポリネールの演劇『ティレジアスの乳房(Les Mamelles de Tirésias)』(1917年)を想起させる、黒いベルヴェットの布の上に置かれた女性の乳房を模ったもの。裏表紙には、“触ってください(Prière de Toucher)”という冗談めいた言葉が記されたラベルが貼られており、図録の読者に直感的ならざる作品への触覚を誘っている。つまりデュシャンはこのオブジェで、シュルレアリスムの起源に言及しつつ、シュルレアリスムの反道徳的な姿勢を示す重要なテーマであるエロティシズムへの関心を表明しているのである。一方、普及版にはマン・レイが撮影したこのオブジェの写真が用いられている。この展覧会のポスター「Exposition Internationale du Surréalisme 1947」をデザインしたのは、マーグ画廊の契約作家で、図録の口絵を手掛けたジョアン・ミロ(Joan Miró, 1893-1983)で、ミロがデザインした最初のリトポスターとして興味深い。

1959年12月15日から1960年2月20日にかけてパリのダニエル・コルディエ画廊(Galerie Daniel Cordier, Paris)で行なわれた『Exposition Internationale du Surréalisme』(第8回シュルレアリスム国際展)もアンドレ・ブルトンとマルセル・デュシャンによって企画・構成された。これはその図録である。この時のテーマは「E.R.O.S.」(Exposition inteRnatiOnale du Surréamisme)で、図録にはマルセル・デュシャンがこの年に制作した"With My Tongue In My Cheek"やハンス・ベルメール(Hans Bellmer, 1902-1975)の解説によるドイツの異色画家フリードリヒ・シュレーダー・ゾンネンシュターン(Friedrich Schröder-Sonnenstern、1892-1982)の幻想的でエロティックな作品やベルメールの人形、ピエール・モリニエ(Pierre Molinier, 1900-1976)の写真などが掲載されている。コルディエ画廊刊行のこの図録は、ベルクグリューン画廊のそれと同様、当時の流行を取り入れ、細長い縦長のフォーマットで作られている。

●種類:Exhibtion catalogue(註2)
●題名:Exposition internationale du Surrealisme: "EROS"1959-1960
●著者:André Breton, Hans Bellmer, Man Ray, Jean Arp, etc.
●サイズ:300x125mm
●技法:Offset
●発行:Galerie Daniel Cordier, Paris
●制作年:1959
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註:

1.デュシャンはイタリアからアメリカに移住したシュルレアリスムの画家で彫刻家のエンリコ・ドナチ(Enrico Donati, 1909-2008)と協力して、オブジェのデザインと制作を行なった。作品目録:Arturo Schwarz, The Complete Works of Marcel Duchamp, New York, 1997, no. 523, illustration of another example p. 788

2.図録と同時に限定200部のデラックス版が作られており、図録の表紙写真にあるように、緑色の郵便箱の形のオブジェ(Boite Alerte:286x181x64mm)の中には、展覧会の図録の他, 様々なオブジェ:
●エロティックな9通の信書(註3)
●絹のストッキング
●マルセル・デュシャンの電報「Je purules lachaises purules」《Marcel Duchamp/Rrose Selavy (Schwarz, literature 145)》
●イギリス出身の詩人ジョイス・マンスール(Joyce Mansour, 1928-1984)吹き込みの"L'ivresse religieuse des grandes villes(A)" とフランスの詩人ベンジャマン・ペレ(Benjamin Péret, 1899-1959)吹き込みの" La Brebis galante(B)"が収録された45回転のレコード
●ハンス・ベルメール(Hans Bellmer, 1902-1975), サルヴァドール・ダリ(Salvador Dalí, 1904-1989)アシール・ゴーキー(Arshile Gorky, 1904-1948 ), ジョアン・ミロ(Joan Miró, 1893-1983)マックス・ワルター・スヴァンベルク(Svanberg, 1902-1994) クロヴィス・トルイユ(Camille Clovis Trouille, 1889-1975 )の作品を使った6点の絵葉書:
が異なる種類の封筒に収められている。

さらにフランスの画家アドリアン・ダックス(Adrien Dax, 1913-1979)、スペインの画家ジョアン・ミロ(Joan Miró, 1893-1983)、スウエーデン出身の画家マックス・ワルター・スヴァンベルク(Max Walter Svanberg, 1902-1994)、チェコ出身の画家でイラストレーターのトワイヤン(Toyen, 本名マリー・チェルミーノヴァ:Marie Cerminova 1902-1980)のサイン・ナンバー入りのリトグラフ、詩人で画家のジャック・ル・マレシャル(Jacques Le Maréchal, 1928-)のサイン・ナンバー入りのエッチングが入っている。

3.1. Robert Benayoum, enveloppe rose “ à n'ouvrir sous aucun prétexte ” contenant Le Corridor, plaquette illustrée en quatre volets. - 2. Micheline Bounoure, enveloppe jaune “ Sois ardent en forêt ” contenant deux compositions originales en couleurs symétriques obtenues par pliage. - 3. Alain Joubert, enveloppe vert pâle contenant La Perle fine, texte imprimé sur quatre feuillets. - 4. Enveloppe rouge “ Avez-vous pensé à donner un peu de sang ” contenant une plaquette imprimée : La Pointe. - 5. (R. Benayoum), enveloppe blanche “ Strictement personnel ” contenant une autorisation de rééditer un texte caviardé. - 6. Octavio Paz, aérogramme “ Huis clos ” contenant Edemira B. imprimé sur deux feuilles et deux photographies. - 7. Enveloppe transparente “ avis de souffrance ” contenant une plaquette anonyme Lettres d'un sadique. - 8. André Pieyre de Mandiargues, enveloppe orange “ usage externe ” contenant une plaquette La Marée, texte érotique. - 9. Enveloppe blanche à fenêtre contenant un bas noir de femme marqué Haut par Mimi Parent.
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by galleria-iska | 2015-03-20 17:38 | 図録類 | Comments(0)
2015年 03月 16日

ジャン・ティンゲリーの図録「Hanover Gallery, London」(1968)

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人工的な動力源を持つ彫刻、キネティック・アートという新しい表現法を美術界にもたらしたスイスの彫刻家ジャン・ティンゲリー(Jean Tinguely, 1925-2002)の彫刻を実際に目にしたのは、ポンピドゥー・センターに近くのストラヴィンスキー広場の噴水(Fontaine Stravinsky)に設置された「自動人形の噴水(La Fontaine des automates) 」というニキ・ド・サンファルと共同制作したものが最初で最後である。混乱と破壊をテーマにしたような、黒一色に塗られ、不気味に反復する動きを見せるティンゲリーの彫刻は、ダダ的な精神を根に持つが、その絶え間なく反復する意味の無い運動は、現代という社会構造に組み込まれ、機械のように動くことを強要される人間と物質文明の有り様を映し出しているようにも見える。それとは対照的に、有機的なフォルムとにごりのない純粋な色彩に彩られたニキの彫刻は、まさに生の一瞬の輝きを垣間見せてくれる。

ティンゲリーとニキは同じ画廊で交互して個展を開いているが、これは、伝説の画廊主エリカ・ブラウゼン(Erica Brausen, 1908-1992)がロンドンに設立したハノーヴァー画廊(Hanover Gallery, London)で、ニキの個展(1968年10月2日-11月1日)の個展から一月余り経ったから一月余経った12月5日から翌年の1月5日にかけて開催されたジャン・ティンゲリー(Jean Tinguely, 1925-1991)の個展の図録として制作された、18枚のパネルからなる折り本(Leporello)形式のアーティストブックである。ティンゲリーはこのタイプの図録を1964年末から翌年の1月にかけて行なわれたパリのイオラス画廊(Galerie Alexandre Iolas, Paris)での個展「Meta(機械) II」で既に試しているが、イオラス画廊でのそれがモノクロで印刷されているのに対し、ハノーヴァー画廊のものは、ニキのカラフルな造本に触発されたのか、彩色された雑誌などの切り抜きが無機的な画面のアクセントとなっている。それらが作品の展示風景を撮った写真やドローイングと組み合わされ、ラウシェンバーグを彷彿させるネオ・ダダ的な雰囲気を持った画面を構成している。印刷はニキのものと同様、ミラノのセルジオ・トシ(Sergio Tosi, Milano)が行なっている。そしてこの図録のコンセプトが、今度はニキが1971年にパリのイオラス画廊で行なった個展「Réalisations & projets d'architectures de Niki de Saint Phalle」の図録に継承されていくのである。

気付かれたと思うが、図録の前半と後半の二ヶ所にニキのモチーフが顔を覗かせている。ひとつはニキのトレードマークとも言える、ハノーヴァー画廊での招待状や図録にも登場するナナで、もう一つは、ナナとともにニキの作品には欠かせない蛇である。ニキの描く蛇は、忌むべき存在としてではなく、妊婦と同じように、豊穣や多産、永遠の生命力の象徴として描かれている。

●作家:Jean Tinguely(Jean Tinguely,1925-1991)
●種類:Catalogue
●サイズ:89x160mm(89x2864mm)
●技法:Silkscreen
●発行:Hanover Gallery, London
●印刷:Sergio Tosi, Milano
●制作年:1968
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by galleria-iska | 2015-03-16 20:42 | 図録類 | Comments(0)
2014年 05月 21日

挿絵本資料「Art reference books: illustrated books & artist's books」

19世紀末から今日に至る画家や彫刻家によるリーヴル・ダルティスト(livres d'artistes)としての挿絵本を版画の表現形式のひとつと見るか、あくまでも本として、挿絵専門画家のようにテキストを補う挿絵と捉えるかという議論はあまり意味がない。画家(もしくは彫刻家)と作家との刺激的な出遭いによって、画家の想像力が喚起され、新しいイマージュが生み出される点において成立するリーヴル・ダルティスト(livres d'artistes)としての挿絵本は、書物を“生きた空間”として捉え、「作家と画家によって作られる一冊の本におけるテキストとイマージュは、混ぜ合わされるのではなく、並行して働かなくてはならない」と考えるアンリ・マチス(Henri Matisse, 1869-1954)が、マルメラの詩集の挿絵を制作した際にいみじくも述べているように、「すぐれた詩人が別の種類の芸術家の想像力をかき立てて、その詩と等価のものがつくり出されるのを見るのは気持のいいものだが、造形芸術家が自らの才能をもっともよく引き出すには、あまりテキストに拘泥することなく、その詩人と触れ合うことで自分の感性を豊かにしながら自由に制作しなければならない。事実、マラルメ詩集の仕事を終えてみて、これは私が楽しんでマラルメを読んだあとで行った仕事だと言いたい」という言葉の中に見事に言い表されている。

それは画家が、例えば風景や静物、人物、古くは聖書や神話などの物語に主題を見つけ、自由で創作的な表現を行なう行為と全く無縁ではなく、同時代人による詩や物語がインスピレーションの源泉である点において全く同等であると言える。その点に着目し、絵画および版画の愛好家とと愛書家という二つの立場、その両者の興味を惹こうとする出版者の、文字通り、一石二鳥を狙う、思惑のようなものが背景にあったのは事実であるが、単なる利益追求だけで斯くの如き手の込んだものを造り上げることは不可能で、版画制作における新しい領域の可能性を見い出した出版者の挑戦であったと言えよう。しかし現実は甘くはなく、フランス19世紀末から20世紀初頭にかけて活躍した画商アンブロワーズ・ヴォラール(Ambroise Vollard, 1866-1939)が版元となって出版した挿絵本は、当初愛書家の興味を全く惹かず、その思惑と大きく外れるものになってしまった。

版画の入った挿絵本の魅力は、額に納められた作品とガラス越しに対峙し、ひたすら見るという行為を強いる関係性にあるのではなく、作品を直に手に取り、紙の手触りやインクの匂い、また質感などの情報を視覚に還元することで、より深く作品を理解することが出来るという点にあると思うが、その五感を通して愉しむという行為は、幾分フェティシズム的な側面を持っているかもしれない。

自分も、個々の版画作品に比べると比較的入手し易かった挿絵本に目が行き、それなりに集めてみたが、収入が減って懐が淋しくなり、ほぼ全て手放してしまった。その名残りというわけではないが、挿絵本収集のための参考書として使った図録類が何冊か手元に残った。今では2000年に開館した〈うらわ美術館〉を始めとして、国内でも挿絵本に関する展覧会が開催されるようになり、図録も刊行されているが、自分が挿絵本に興味を持ち始めた1980年代には実用向きの案内書が見つからず、海外から挿絵本に関する図録類を取り寄せるしかなかったのである。何かの参考になればと思い、幾つか紹介する。実用度は個人的な評価であり、三つ星が無いのは、言葉の不自由さを差し引いているからである。

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エコール・ド・パリの画家と彫刻家を主とする挿絵本、いわゆるリーヴル・ダルティストの基本文献として長く使われてきたガイドブック「Anthologie du Livre Illustré par les Peintres et Sculpteurs de l'Ecole de Paris」。1931年、ピカソが挿絵を描いたオヴィディウスの「転身譜(Les Métamorphoses d'Ovide )」の出版から出発し、現在は美術書の出版で知られるアルベール・スキラ出版(Édition Albert Skira, Genève) を設立したスイス ジュネーヴ生まれの出版人アルベール・スキラ(Albert Skira, 1904-1973)が、19世紀末のマネから第二次世界大戦が終結する1945年までのエコール・ド・パリの画家と彫刻家を主とする挿絵本のカタログを編纂、その書誌学的情報を巻末に添え、1946年に出版したもの。序文は作家、劇作家、美術史家でもあった、美術評論家のクロード・ロジェ=マルクス(Claude Roger-Marx, 1888-1977)。テキストはアンリ・マチス(Henri Matisse,1869-1954)が自身の挿絵本制作について述べた"Comment j'ai fait mes Livres(私は本造りをどのよう行なったか)"。図版として、Beaudin, Bonnard, Braque, Chagall, Chirico, Dali, Denis, Derain, Dufy, Ernst, Gaugin, Gris, La Fresnaye, Laprade, Laurencin, Laurens, Léger, Maillol, Manet, Marcoussis, Masson, Matisse, Miro, Pascin, Picasso, Redon, Rodin, Rouault, Roux, Roy, Segonzac, Toulouse-Lautrec, Vlaminck, Vuillardの挿絵92点を収録している。アルベール・スキラ出版(Édition Albert Skira, Genève)(1946年刊)、206x140mm、120ページ、仏語。実用度:★

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1969年の10月から11月にかけてフランクフルトのフランクフルト芸術協会(Frankfurter Kunstverein )で開催された、現代美術の最新の動向を俯瞰できる挿絵本と版画集の展覧会「illustrierte Bücher & Graphikmappen」の図録。1967年から1969年にかけて出版された挿絵本と版画集合わせて245点を書誌学的情報を添えモノクロ図版付きで紹介。フランクフルト芸術協会(Frankfurter Kunstverein, Frankfurt )(1968年刊)、211x292mm、244ページ。独語。実用度:★

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1946年に出版されたスキラの「Anthologie du Livre Illustré par les Peintres et Sculpteurs de l'Ecole de Paris」と同様、挿絵本(リーヴル・ダルティスト)の基本文献として利用されている「The Artist and the Book in France : the 20th Century Livre d'Artiste」は、ナビ派の画家ビエール・ボナール(Pierre Bonnard, 1867-1947)が、19世紀フランスの詩人ポール・ヴェルレーヌ(Paul Verlaine, 1844-1896)の詩に108点のリトグラフと9点の木版画による挿絵を寄せ、二十世紀挿絵本の扉を開いたとされる挿絵本「Parallèlement(並行して)」から、二十世紀フランスを代表するピカソ、マチス、シャガールといった巨匠はもちろん、ビュッフェやミノーといった若手作家に至るまで、フランスの画家、彫刻家による200点余の挿絵本を取り上げている。著者はフランスの挿絵本に対する比類のない知識の持ち主でコレクターでもあるW.J.ストラッチャン(W.J. Strachan)。巻末に挿絵本の書誌学的情報とフランスの製本術に関する専門用語を掲載。ピーター・オーウェン社(Peter Owen, London)(1969年刊)、293x225mm, 368ページ、173点のモノクロ図版と8点のカラー図版。英語。実用度:★★

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1985年にロンドンのヴィクトリア・アンド・アルバート美術館で開催された、同館の中にある国立美術図書館所蔵(The National Art Library of London's Victoria & Albert Museum)の、1870年代のマネから1980年代のフランチェスコ・クレメンテやリチャード・ロングに至る、約100年間に制作された挿絵本(リーヴル・ダルティスト)の歴史を美術の動向に即して俯瞰する展覧会「From Manet to Hockney: Modern Artists' Illustrated Books」の図録。こちらも挿絵本に関する基本文献として利用されている。館長のキャロル・ホグベン(Carol Hogben)が前書きを担当。11点の参考図版、挿絵36点のカラー図版、167点の挿絵本が、書誌学的な情報を添えて、一頁ないし二頁一点の、挿絵図版付きで紹介されている。ヴィクトリア・アンド・アルバート美術館(Victoria & Albert Museum, London)(1985年刊)、270x225mm、380ページ。英語。実用度:★★

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1987年にフランスの大手出版社フラマリオン(Flammarion, Paris)から出版された「Le peintre et le livre: L'age d'or du livre illustre en France, 1870-1970」は、挿絵本(リーヴル・ダルティスト)の黄金時代と言われる1870年から1970年の100年間に刊行された挿絵本の歴史を、画家と詩人(Manet et Mallarmé, Bonnard et Verlaine, Picasso et Reverdy, Derain et Apollinaire, Léger et Malraux, Mirò et Tzara, Sonia Delaunay et Cendrars等々)、そしてそれらの版元との関係において捉えたもの。著者は当事パリ大学付属ジャック・ドゥーセ文学図書館の司書であったフランソワ・シャポン(François Chapon)。フラマリオン社(Flammarion, Paris)(1987年刊)、317x247mm、320ページ、200点のモノクロ図版、60点のカラー図版。仏語。実用度:★

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1988年にパリにあるフランスの国立図書館で、戦後間もない1947年から1985年にかけて出版された54点の挿絵本(リーヴル・ダルティスト)を集めてで開催された展覧会「50 livres illustrés depuis 1947」の図録。パリの国立図書館(Bibliothèque Nationale、Paris)の書籍部で、稀覯本の保存管理を行なっているアントワーヌ・コロン(Antoine Coron)が企画と図録の編集を行ない、前書き執筆している。カラー図版入りで紹介されている54点の挿絵本には、詳細な書誌学的情報が添えられ、本文中にPierre Alechinsky, Piere-Andre Benoit, Michel Butor, Dominique Fourcade, Gilbert Lascault, Bruno Roy, Jean Royのテキストが挿入されている。国立図書館(Bibliothèque Nationale、Paris)(1988年刊)、210x300mm、150ページ、54点のカラー図版。仏語。実用度:★

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かつてはチェコスロバキア共和国(1992年にチェコ共和国とスロバキア共和国に分離)、今はチェコ共和国(Czech Republic)の都市ズノイモ出身で、コンセプチュアル・アーティスト、写真家、美術史家、学芸員、教育者と幾つも顔を持つ、ヤロスラフ・アンデル(Jaroslav Anděl, 1949-)の企画により1989年2月から6月にかけてニューヨーク市のフランクリン・ファーナス社(Franklin Furnace, Inc.)(註1)のギャラリーで開催された表現主義、キュビスム、未来派、ダダイスム、構成主義、シュルレアリスムといった20世紀初頭のアヴァンギャルドと呼ばれる前衛的な芸術運動の中から生まれた挿絵本(リーヴル・ダルティスト)に焦点を当てた展覧会「The Avant-Garde Book 1900-1945」の図録。この展覧会では、装丁や文字組み、タイポグラフィや写真の利用など、斬新な感覚を盛り込んだ挿絵本が数多く取り上げられており、挿絵本制作において画家兼作家としての画家が果たした役割に注目する一方、画家と作家との共同作業についてもスポットを当てている。図録には書誌学的な情報を交えながら、160点の挿絵本が、多くのモノクロ図版を使って、紹介されている。フランクリン・ファーナス社(Franklin Furnace, Inc.)(1989年刊)、280x215mm、68ページ、110点以上のモノクロ図版。英語。実用度:★

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ニューヨーク近代美術館の版画および挿絵本部長(Chief curator of the Department of Prints and Illustrated books at the Museum of Modern Art, New Yorok)リヴァ・キャッスルマン(Riva Castleman)によって、挿絵本(リーヴル・ダルティスト)の成立背景とその歴史的流れを、画家と出版者、作家、そして印刷所との関係にまで言及しつつ考察することで挿絵本の実像を浮かび上がらせるべく企画され、1994年10月から翌95年1月にかけて開催された挿絵本の一世紀を辿る展覧会「A Century of Artists Books」。これはその展覧会に際し刊行されたもの。キャッスルマンが選んだ140点の挿絵本が、ヴィクトリア・アンド・アルバート美術館で開催された展覧会「From Manet to Hockney: Modern Artists' Illustrated Books」に倣い、195点(内76点はカラー)の図版を添えた書誌学的な情報を盛り込み、紹介されている。ニューヨーク近代美術館(The Museum of Modern Art, New Yorok)(1994年刊)、287x251mm、263ページ、図版195点(内76点はカラー)、28点の参考図版。英語。実用度:★★

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「The Century of Artists' Books」は1995年にニューヨーク市のグラナリー・ブックス社(Granary Books)から刊行されたアーティスツ・ブック(Artists' Book)に関する包括的な研究書。著者は版画家、作家、学者で、1972年から自らもアーティスツ・ブックの制作を行なっているイェール大学の美術史学部で現代美術と理論の准教授を務めるジョハンナ・ドラッカー(Johanna Drucker)。いわゆる豪華本と呼ばれる小部数限定の版画を用いた挿絵本が下火を迎える1970年代以降に制作された、今日的な新しい表現形式としてのアーティスツ・ブックは、キュビスム、未来派、ロシア・アヴァンギャルド、ダダ、シュルレアリスムなど、二十世紀初頭に次々と起こったアヴァンギャルドと呼ばれる前衛的な芸術運動の流れを引き継ぐ芸術行為として捉えられる。本書はそのアヴァンギャルドの歴史的流れを踏まえつつ、18世紀イギリスの画家、詩人、銅版画家、挿絵画家人ウィリアム・ブレイク(William Blake, 1757-1827)のレリーフ・エッチング用いた彩飾印刷(Illuminated Printing)による彩飾本のひとつ「The Book of Urizen(ユリゼンの書)」(1794年)からマルセル・デュシャン(Marcel Duchamp, 1887-1968)の「La boîte-en-valise (トランクの中の箱)」(1936~1941年)までの200点以上のアーティスツ・ブックの構成や表現形式、コンセプトを、制作者としての経験を活かして詳細に分析、芸術表現としての可能性を探る。グラナリー・ブックス社(Granary Books, New York)(1995年刊)、236x160mm、377ページ。200点以上のアーティスツ・ブックのモノクロ図版。英語。実用度:★

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1909年に設立され、美術館活動を様々な形で支援する非営利組織として、アメリカ合衆国や国外の300近い美術館がそのメンバーとして名を連ねるアメリカ芸術連盟(AFA=The American Federation of Arts)が企画を行ない、1980年代以降に制作されたアーティスツ・ブックに焦点を当て、1998年2月から1999年12月にかけて全米6箇所の美術館を巡回した芸術表現としての本に関する展覧会「ARTIST / AUTHOR CONTEMPORARY ARTISTS' BOOKS」の図録。著者は、インディペンデント・キュレーターで美術史家、ベルギーはヘント(Ghent)にあるアーティスツt・ブックの版元《Imschoot, uitgevers》編集者でもある,コルレリア・ラウフ(Cornelia Lauf)と、ニューヨーク近代美術館の前図書館長であったクライヴ・フィルポット(Clive Phillpot)。巻末に展覧会に出品された1980年以降に出版されたアーティスツ・ブック130点のリストとその出版社(者)の住所が載っている。アメリカ芸術連盟&ディストリビューテッド・アート・パブリッシャーズ社《The American Federation of Arts & D.A.P(Distributed Art Publishers), New York》(1998年刊)、261x240mm、170ページ、80点のカラー図版と25点のモノクロ図版。英語。実用度:★★




1.Franklin Furnace was founded in 1976 by artist Martha Wilson to champion ephemeral forms neglected by mainstream arts institutions. The organization has developed a place in art history for artists' books, temporary installation art, and performance art, and researched the history of the contemporary artists' book through such exhibitions as:「Cubist Prints/Cubist Books」,「The Avant-Garde Book: 1900-1945」,「Fluxus: A Conceptual Country」, as well as thematic shows such as 「Artists' Books: Japan(日本のアーティストが創った本の展覧会)」,「Multiples by Latin American Artists」,「Contemporary Russian Samizdat」and「Eastern European Artists' Books」.(フランクリン・ファーナス社の紹介記事より抜粋)
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by galleria-iska | 2014-05-21 21:10 | 図録類 | Comments(0)
2014年 05月 13日

ジョルジオ・モランディの銅版画展図録「Morandi 50 gravures」(1979)

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1979年の早い時期にパリのベルクグリュン画廊(Galerie Berggruen, Paris)で開催されたイタリアの画家ジョルジオ・モランディ(Giorgio Morandi, 1890-1964)(註1)の銅版画展「Morandi 50 gravures」の図録。この画廊で3月から4月にかけて水彩画展「Folon aquarelles」を開いたベルギーの画家で彫刻家のジャン=ミッシェル・フォロン(Jean-Michel Folon, 1934-2005)(註2)が序文を書いている。

この展覧会は、モランディの友人で生涯の契約画廊であったミラノの画廊ガレリア・デル・ミリオーネ(Galleria del Milione, Milan)を設立したジーノ・ギリンゲッリ(Gino Ghiringhèlli, 1898-1964)の娘パオラ・ギリンゲッリ(Paola Ghiringhèlli, 1950-2012)の協力で実現したもので、パリにあってもモランディの銅版画作品を経年的に纏まった形で見ることができた最初の機会であったと思われる。ジーノ・ギリンゲッリは1930年代に、友人であるモランディや彼が影響を受けたデ・キリコ(Giorgio de Chirico, 1888-1978)や・カルロ・カッラ(Carlo Carrà, 1881-1966)、マリオ・シローニ(Mario Sironi, 1885-1961)といった形而上学絵画の作家達を紹介するとともに、ドイツ生まれのフランスの画商カーンワイラーの紹介でレジェやグリスといったキュビスムの画家の作品も取り扱い、またスイスのクレーやカンディンスキーとも交流を持つが、1964年6月19日に最も親しかったモランディが亡くなると、心の隙間を埋めることができず、二ヵ月後の8月19日に後を追うように亡くなる。そのジーノが遺した画廊とモランディのコレクションを受け継いだのが娘のパオラで、彼女は1970年にイタリアで最初のフォロンの個展を開催したことからフォロンのマネージメントを行なうようになり、後に彼の二人目の妻となる。

●作家:Giorgio Morandi(1890-1964)
●種類:Catalogue
●題名:Morandi 50 gravures
●序文:Jean-Michel Folon(1934-2005)
●技法:Offset
●サイズ:220x115mm
●発行:Berggruen & Cie, Paris
●印刷:Imprimerie Union, Paris
●制作年:1979

モランディは、国内的な評価よりも国際的な評価が先行した棟方志功(Shikō Munakata, 1903-1975)と同じく、美術界の潮流から距離を置くことで独自のスタイルと作品世界を切り拓いた作家であるが、第二次世界大戦後に生まれた現代美術の新しい視点によって国際的な評価を得るようになった点においても、その時期が棟方とほぼ重なっている。棟方は1952年の第二回ルガノ国際版画ビエンナーレで優秀賞(Prize of Excellence)を受賞,1955年の第三回サンパウロ・ビエンナーレの版画部門で最高賞(First Prize )、翌1956年の第二十八回ヴェネツィア・ビエンナーレでは版画部門の大賞(Grand Prize )を受賞している。一方のモランディも戦後初の開催となった1948年の第二十四回ヴェネツィア・ビエンナーレの絵画部門にカッラとデ・キリコとともに出品して受賞(City of Venice Prize)、1953年の第二回サンパウロ・ビエンナーレの版画部門で大賞(Grand Prize)、1957年には第四回サンパウロ・ビエンナーレの絵画部門で大賞(Grand Prize )を受賞している。これらの国際的評価は作品価格にも反映されていくこととなり、今では纏まったコレクションを形成することは、たとえ潤沢な資金を用意することが出来たとしても、不可能に近いと言える。良質なコレクションは作家と二人三脚で作り上げていくことが一番の早道であるが、同時代的でなかったとしても、その時代から見逃された作家を見つけ出す嗅覚があれば、まだ可能性は残っている。ただ、モランディについて言えば、その時機はとっくに逸してしまっているのだが。
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モランディが友人のジーノ・ギリンゲッリに宛てて書いた手紙(1959年11月26日の日付)
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ジョルジオ・モランディの版画カタログ・レゾネ(1964年刊)の改訂新版、1989年刊、215x157x33mm「L'Opera Grafica di Giorgio Morandi」by Lamberto Vitali, published by Giulio Einaudi editore s.p.a., Torino.
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註:

1.「近代絵画の父」と呼ばれるポール・セザンヌは最初印象派のグループの一員としてモネやルノワール等と共に活動していたが、1880年代からグループを離れ、伝統的な絵画の約束事にとらわれない独自の絵画様式を探求した結果、静物画と風景画において多くの傑作を残し、二十世紀美術に多大な影響を与えた。そのセザンヌ的なるものを背後に感じさせるモランディも初期には形而上学絵画の影響を受けるも、次第に特定の流派や運動から遠ざかり、ボローニャのアトリエに篭り、“卓上静物画”を中心に独自の画風を確立し、二十世紀イタリアを代表する画家のひとりとなった。その作品価格は国際的な評価が高まるにつれに上昇、油彩画については、サザビーやクリスティーといった有名オークション・ハウスでの落札価格はとっくに億を超えており、銅版画についても、1997年にモランディの版画とデッサン50点による売りたての図録が手元にあるが、安いもので100万円、良品なら300万円以上、傑作となると800万円以上の評価が付けられており、画廊に並んだ場合はそれ以上の価格になることは間違いない。

2.モランディの絵画に傾倒し、モランディの銅版画の描法に影響を受けた作品を幾つか残しているフォロンはこの年の4月から5月にかけてロンドンの老舗版画画廊ラムリー・カザレット(Lumley Cazalet Ltd., London)で開催されたモランディの銅版画展「Giorgio Morandi, Etchings 1915-1961」の序文も書いており、自身も11月から12月にかけて同画廊で水彩画と銅版画による個展「Folon Watercolors and Etchings」を開いている。フォロンはこの展覧会の数年前にパオラの案内でモランディのアトリエを訪れ、室内の様子を写真に収めており、彼女の父とモランディとの交流を一冊の本にまとめ、1985年にアリス出版(Alice Editions, Biti Edizioni. Milano)からイタリア語版の『モランディの花(Fiori di Giorgi Morandi)』、パリの出版社エルシェ(Herscher)からフランス語版の「Fleurs de Giorgio Morandi」をそれぞれ出版している。
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パリのベルクグリュン画廊で行なわれたフォロンの水彩画展「Folon aquarelles」の図録
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フォロンの表紙絵(裏+表)
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by galleria-iska | 2014-05-13 11:42 | 図録類 | Comments(0)
2014年 04月 03日

デイヴィッド・ホックニーの写真展図録「Photographs by David Hockney」(1986-1988)

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          図版:デイヴィッド・ホックニー“英国大使館での昼食”1983年2月16日、東京(117.3x211.6cm)                          
             (David Hockney: Luncheon at the British Embassy Tokyo, 16 February 1983)

3月16日の日曜日、家庭の日(毎月第3日曜日)最後の無料観覧を利用し、食にまつわる作品を国内各地の美術館から集めて開催中の展覧会『ア・ターブル!―ごはんだよ! 食をめぐる美の饗宴―』を観るために、三重県立美術館に出掛けた。そこで偶然にもデイヴィッド・ホックニー(David Hockney, 1937-)の大きなフォトコラージュ『英国大使館での昼食 1983年2月16日、東京(Luncheon at the British Embassy Tokyo, 16 February 1983)を観ることができた。縦117.3cm、横211.6cmと、ホックニーのフォトコラージュの中でも最大クラスの作品で、キュビスムの複数の視点から捉えられた対象を再構成する手法に倣って考案されたホックニー独自の写真術(註1)によって、カメラのレンズを通して捉えられたホックニーの視点の移動を追体験できるように画面が構成されており、同時にそれは、単一の静止画面である一枚の写真からは得られない、重層的な時間体験を可能にするものである。個々の写真は、落ち着いた色調の壁面や床と呼応するダークブラウンのボードに重なり合うようにコラージュされ、和やかに進む食事会のインティメイトな雰囲気を映し出しており、フェルメールを想起させるようなガラス窓から差し込む柔らかな外光が、人物やテーブルの上に置かれた食器やグラスに印影と立体感を与え、ホックニーの絵画における自然主義的な端正で正確な画面を見るような美しさを放っていた。

この図録は1986年から88年にかけてワシントンD.C.の《International Exhibitions Foundation》によって企画され巡回したホックニーの写真展に合わせて刊行された図録で、ホックニーが1983年にロンドンのビクトリア・アルバート美術館で行なった写真についての講演から書き起こしたエッセイを収録している。

●作家:David Hockney(1937-)
●種類:Exhibition catalogue
●サイズ:255x203mm
●技法:Offset
●発行:International Exhibitions Foundation, Wahington, D.C.
●印刷:Schneidereith & Sons, Inc.,
●制作年:1986
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註:
1.ホックニーは自身の写真術について次のように語っている:
“僕は新しい写真をキュビスムの思想に従って並べてみた。キュビストの静物画の一種の模倣をやってみようと、ギターを借りて伝統的静物画のモティーフらしくしつらえると、おもしろいことにピカソやブラックの作品に見えてきた。1枚きりの写真よりは、この方がずっと本当らしく見える。この方法はたちまち多くのモチィーフに及んだ。手間のかかるのは肖像画だった。全体の部分を1枚1枚カメラで撮る時は、一つの目でみていることにしかならないが、完成した全体を見渡すなら、二つの目を使って見たというリアリティが強調されてくる。全体を見ようとすれば目は動き続けるけれど、それが、生の体験とちょうど同じなのは言うまでもない。”("David Hockney Photographs",Petersburg Press, London,1982)より

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by galleria-iska | 2014-04-03 12:32 | 図録類 | Comments(0)
2013年 02月 06日

リキテンスタイン版画の世界展図録「Roy Lichtenstein」(2004)

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●作家:Roy Lichtenstein(1923-1997)
●種類:Exhibition Catalogue
●題名:Roy Lichtenstein
●サイズ:303x226mm
●技法:Offset
●発行:The Committee for "Roy Lichtenstein" exhibition
●制作年:2004
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現代美術に関して、昨今、ポスターや案内状、冊子などのエフェメラの持つ意義が見直されてきているが、発行元である画廊では、販促のためのものとして省みられることは少なく、欧米では古書店で取り扱われることが多いようである。告知や作品に関する簡単な情報源として用が済めば棄てられてしまうことも多いエフェメラであるが、それに作家との接点を求めたり、展覧会に思いを馳せ、追体験する装置として働いたり、時代の空気を孕んだものとして愛着を感じたりすることもある。国内では商品として流通していないこともあるのだろうが、一部の紙物コレクター以外は関心を持つ者は少なく、それらを体系的に分類したり、作家の作品制作の背景や変遷を探るための手掛かりとして調査・研究する研究者や画廊も少ないのではなかろうか。前回取り上げたロイ・リキテンスタイン(Roy Lichtenstein, 1923-1997)のカバーアートの紹介の中で引用した、アメリカの美術史家で評論家のバーバラ・ローズの展評の中に次ぎのような言葉がある。
“それまで「芸術か非芸術か」といった論争の絶えなかったポップ・アートが、権威ある美術館に展示されることによって芸術になった”
これを美術作品として発表されたわけではないエフェメラにそのまま当て嵌めることはできないが、作家のオリジナル・デザインによる案内状やポスターなどについては、作品成立との関連性やその背景を窺い知ることができ、尚且つ作品としての自立性を兼ね備えているものもあることから、もっと議論や評価がなされるべきかと思われる。そういう意味で、2004年に名古屋市美術館で開催された「リキテンスタイン 版画の世界展(Roy Lichtenstein )」(註1)は注目に値する企画であったと思う。この展覧会は、いわゆる海外の美術館の収蔵品を紹介するものではなく、名古屋市在住のコレクター所蔵の作品を中心に、初期の木版画から晩年までの作品約100点を展示する企画展であったが、そのうち四分の一ほどを、通常の展覧会では展示されず図録の資料として扱われる、案内状(1点)、ポスター(12点)、雑誌等のカバー(7点)、挿絵(5点)、絵皿とワインボトルの包み紙(各1点)が占めており、版画作品と並置するという展示方法が採られた。それは単なる数合わせのためという性質のものではなく、消費社会の姿を反映したポップ・アートを代表する作家の一人であるリキテンスタインの作品成立と深く関わり、社会との接点でもあるエフェメラを作品と同時に見せることで、ポップ・アートがどういう風に受容されていったのかを知る上でも重要な意味を持つものであり、“権威ある美術館に展示されることによって”卑近なものと高尚なものとの壁を取り払う試みとして捉えられなくてはならない。この展覧会のアイデアを提案したのは、美術館の学芸員と親しい人から聞いた話によると、楠本さんという、名古屋市で現代美術を専門に扱うギャルリー・エチュード(Galerie Étude)のオーナーで、この地域におけるエフェメラ研究の先駆的存在であるとのことであった。エフェメラに関心ある方は、一度訪ねてみる価値はあるかもしれない。

ギャルリー・エチュード:〒460-0002 名古屋市中区丸の内3丁目6-11 レインボー丸の内202号 電話(052)954-4500

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註:
1.名古屋市美術館での版画展に先立つこと6年前の1998年、この版画展の下敷きになったと思われる展覧会「リキテンスタイン 版画の宇宙展(The Prints of Roy Lichtenstein:Cosmos of his Art)」が開催され、全国6ヶ所の美術館を巡回している。この展覧会はリキテンスタインが亡くなる直前に企画されたもので、1994年のワシントン・ナショナル・ギャラリーでの版画展を参考に、初期の木版画から最後の作品まで約90点を展示、ブックカバーなども数点ではあるが出品された。
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「リキテンスタイン 版画の宇宙展(The Prints of Roy Lichtenstein:Cosmos of his Art)」の図録(プラスティックケースを取り外して撮影)

●作家:Roy Lichtenstein(1923-1997)
●種類:Exhibition Catalogue
●題名:The Prints of Roy Lichtenstein:Cosmos of his Art
●サイズ:300x210mm
●技法:Offset
●発行:The Committee for "The prints of Roy Lichtenstein" exhibition
●制作年:1998
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展覧会のチラシと入場券の画像を追加
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by galleria-iska | 2013-02-06 12:51 | 図録類 | Comments(0)