ガレリア・イスカ通信

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カテゴリ:図録類( 67 )


2012年 04月 02日

パウル・ヴンダーリッヒ展の図録「Galerie Berggruen」(1972)

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自分がまだ現代美術には興味を持てず、東京の“みすず書房”から刊行されたばかりの「レオナルド・ダ・ヴィンチ解剖図集」(松井喜三 編集・解説)に見入っていた1972年にパリのベルクグリュン画廊で行なわれたパウル・ヴンダーリッヒ(Paul Wunderkich, 1927-2010)の水彩と版画による個展の図録。表紙はヴンダーリッヒによるオリジナルのリトグラフ。印刷はムルロー工房で、版画用のアルシュ紙が使われている。ヴンダーリッヒは1960年に「モナ・リザ」の顔の図像を取り入れたリトグラフを何点か制作しているが、1972年から73年にかけて再び「モナ・リザ」を取り上げ、この図録の表紙ために、「モナ・リザ」の顔をグロテスクに変容させた四つのバリエーションを制作している。

●作家:Paul Wunderlich (1927-2010)
●種類:Catalogue
●題名:Pour Berggruen
●サイズ:220x115mm
●技法:Lithograph
●紙質:Arches
●発行:Galerie Berggruen, Paris
●限定:ca.3000
●印刷:Mourlot, Paris
●制作年:1972
●目録番号:R.448

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by galleria-iska | 2012-04-02 20:55 | 図録類 | Comments(0)
2012年 01月 26日

フィリップ・モーリッツ展図録「Mohlitz Engravings」(1973)

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フランスはボルドー出身の銅版画家フィリップ・モーリッツ(Philippe Mohlitz, 1941-)のアメリカへの紹介は、ニューヨークのコロンビア大学のフランス館を会場にして行なわれた1972年のエッシャーとの二人展が最初のもので、翌年には同じ会場を使って最初の個展(4月16日~5月4日)が開催されている。この二つの展覧会を企画したのは、当時未だ自宅をショールーム(Fitch-Febvrel Gallery)にしていたニューヨークの版画商アンドリュー・フィッチ(Andrew Fitch)で、1973年の個展の際にはリーフレットを制作、自ら紹介文を書いている。一方、日本にいち早くモーリッツの銅版画を紹介したのは、当時東京芸術大学の教授を務めていた銅版画家の駒井哲郎(1920-1976)で、1971年に渡欧した際、オールドマスターから現代作家までの版画とデッサンを得意とする1876年創業の老舗版画商、ポール・プルーテ画廊(Paul Prouté S.A.)でモーリッツの1967年の銅版画「深淵(Les Abysses)」を購入し、帰国後、芸大の版画研究室で披露している。それから二年後の1973年の11月、日本で最初の個展が東京銀座の番町画廊で開催され、「深淵」やリーフレットの表紙に使われている「36人の登場人物に攻撃される英雄」などが展示された。美術の諸要素を最小限の単位で形成するというミニマル・アート全盛の時代に、過去への退行としか思えないエングレーヴィングという表現法を持って現われたモーリッツは、そのアナクロニスムを逆手に取り、芸術が持ち得る本来的な意味での想像力に満ち溢れた作品を創り出した。

●作家:Philippe Mohlitz(1943-)
●種類:Leaflet
●サイズ:190x230mm
●技法:Offset
●発行:The Fitch-Febvrel Gallery, New York
●制作年:1973

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by galleria-iska | 2012-01-26 15:53 | 図録類 | Comments(0)
2011年 11月 24日

ミンモ・パラディーノの画集「Mimmo Paladino:Works on paper 1973-1987」(1987)

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イタリアの画家、版画家、彫刻家ミンモ・パラディーノ(Mimmo Paladino, 1948-)の初体験は、名古屋の錦にあったギャラリー・セキ(Gallery Seki)で行なわれた、4点のリノカットによる連作版画、“Daedalus(ダダイロス)”, “Introibo ad Altare Dai”(イントロイボ・アド・アルター・デイ), “Sogno Umido”(ウエット・ドリーム), “Ellpodbomool(エルポドボモール=ジェイムズ・ジョイスの長編小説『ユリシーズ』の主人公であるレオポルド・ブルーム(Leopold Bloom)のアナグラム)”を中心とする「ミンモ・パラディーノ新作版画展」(1984年11月13日~27日)であった。袋小路に陥ったミニマリズムやコンセプチュアル・アートから描くこと自体を取り戻すという触れ込みで華々しく登場した「トランスアヴァンギャルド」という表現主義的な折衷画風には正直最初違和感を覚えた。パラディーノは南イタリアのパドゥーリ生まれ。1964年から1968年までベネヴェント美術学校(Liceo Artistico di Benvenuto)で学ぶ。1977年にミラノ、1978年にはニューヨークに移るが、その後パドゥーリに戻り、そこで制作活動を続けている。1980年にヴェネツィア・ビエンナーレ、1982年にカッセルで開かれたドクメンタ7に出展している。1987年にフジTVギャラリーでの個展のために来日、東京芸大版画研究室で木版画「世紀の出会い」を制作している。
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ギャラリー・セキから届いた「ミンモ・パラディーノ新作版画展」の案内状、104x148mm。壁にピンで留めていたので、穴だらけである。

この画集は、バブル華やかしき頃、晴海の東京国際見本市会場で開催された「東京インターナショナルアートショー(TIAS)」の招待状をいただき、知り合いの画廊担当者と連れ立った出かけた折りに、ショーに出展していた当時パラディーノの代理人であったタデウス・ロパック氏から最後の一冊だと言われ購入したもの。表紙はリトグラフで、半透明のワックスペーパーのカバーが付いていて8000円だった。展示ブースにはオリジナルもあったが、時はバブル絶頂期、とても手が出せなかった。

●作家:Mimmo Paladino(1948-)
●種類:Monograph
●題名:Mimmo Paladino:Works on paper 1973-1987
●サイズ:303x224mm
●技法:Lithograph(Cover)
●発行:Edition Galerie Thaddaeus Ropac Salzburg
●限定:2000
●制作年:1987
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タデウス・ロパック氏からいただいたビジネスカード。

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表紙のリトグラフ。パラディーノの作品に登場するモチーフが所狭しと並んでいる。
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by galleria-iska | 2011-11-24 20:23 | 図録類 | Comments(0)
2011年 09月 03日

ジャン・デュビュッフェ版画展図録「Jean Dubuffet Grafik」(1961)

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1961年にデンマークのユトラント半島のシルケボアにあるシルケボア美術館(Silkeborg Museum)(1)で開催されたフランスのアンフォルメルの先駆者的存在で、「芸術的訓練や芸術家として受け入れた知識に汚されていない、古典芸術や流行のパターンを借りるのでない、創造性の源泉からほとばしる真に自発的な表現」である「生の芸術=アール・ブリュット(Art brut)を賛美したフランス人画家、ジャン・デュビュッフェ(Jean Dubuffet, 1901-1985)の1944年から1961年までに制作された全版画作品による回顧展(1961年5月18日~1962年5月18日)の図録。

デュビュッフェのデザインによる表紙絵は、この展覧会の告知用ポスターにも使われているが、フォトリトグラフで印刷されたポスターでは年記の代わりに展覧会の日程が記載されている。図録の後半は、フランスの詩人、批評家で、二十世紀の前衛芸術の蒐集家でもあった、ノエル・アルノー(Noël Arnaud, 1919-2003)によって編まれた、1944年から1961年4までに制作された版画作品(ポスターも含む)全510点の目録。

●作家:Jean Dubuffet(1901-1985)
●種類:Catalogue
●サイズ:192x132mm
●技法:Lithograph
●限定:2500
●発行:Silkeborg Museum
●制作年;1961

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裏表紙、1961年3月制作のデッサン。
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この図録の追補版が同美術館から1966年に刊行されている。
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表紙はデュビュッフェによる「Autoportrait en l'honneur d'Asger Jorn」

註:
1.シルケボア美術館は、第二次世界大戦後のヨーロッパに起こった前衛芸術運動であるコブラ(CoBrA)の創設者で、デンマークのユトラント半島のシルケボア(Silkeborg)生まれのアスガー・ヨルン(Asger Jorn,1914-1973)が1961年に故郷であるシルケボアに設立した美術館で、象徴主義やシュルレアリスムからコブラやシチュアシオニストまでの作品と資料を収集しており、建物の壁面はデュビュッフェの作品
で装飾されている。
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by galleria-iska | 2011-09-03 13:33 | 図録類 | Comments(0)
2011年 08月 31日

マルク・シャガール「Derrière le Miroir No.198」(1972)

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1972年の5月にパリのマーグ画廊で行なわれたマルク・シャガール(Marc Chagall, 1887-1985)の個展の図録として刊行された《鏡の裏誌(Derrière le Miroir)》、第198号の特装版。個展には、シャガールが1968年から1971年にかけて制作した31点の絵画作品と4点の彫刻作品が出品された。カラー図版10点とモノクロ図版26点の他に、ルイ・アラゴンによる《驚嘆すべきシャガール》が収められている。表紙はシャガールがこの図録のために制作したオリジナルリトグラフで、本文中にも2点(うち1点はダブルページ)のオリジナルリトグラフが挿入されている。リトグラフの印刷はパリのムルロー工房(Mourlot)で行なわれている。マーグ画廊は自社の印刷所を持っているが、シャガールは専任の刷り師、シャルル・ソルリエのいるムルロー工房を使い続けた。奥附に限定番号とシャガールの直筆サイン。

●作家:Marc Chagall(1887-1985)
●種類:Art magazine(revue d'art)
●題名:Derrière le Miroir No.198」(Chagall)
●著者:Louis Aragon 《Chagall l'admirable》
●サイズ:380x280mm
●ケース:395x295mm
●限定:150
●紙質:B.F.K. de Rives
●出版:Maeght Éditeur, Paris
●印刷:Mourlot, Paris
●制作年:1972

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表紙:「Pantomime」(M.649)
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「Jour de Printemps」(M.650)
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「Après l’Hiver」(M.651)
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それなりの金額を支払った特装版購入者のためであろうか、特装版(150部)と通常版(5000部)とでは若干配色が異なっている。
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            特装版                          通常版
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by galleria-iska | 2011-08-31 17:37 | 図録類 | Comments(0)
2011年 08月 27日

マン・レイの表紙絵「XXe siècle n°35 Panorama 70」(1970)

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先にコメントをいただいたマン・レイストさんによると、今日8月27日はマン・レイ(Man Ray,1890-1976)の誕生日であるとか。その生誕121年を祝い、マン・レイが表紙絵を手掛けた美術誌「二十世紀」(第35号:Nouvelle série n°35 - : Les grandes expositions dans les Musées et dans les Galeries en France et l'Étranger. 1970年刊)を取り上げたい。この号は、マン・レイがパリの二十世紀画廊とニューヨークのレオン・アミエル出版から素描を元にした15点のエッチングによる銅版画集「時の外にいる婦人たちのバラード(La Ballade des Dames hors du temps)」(Anselmino 60A-P)を刊行した、1970年の12月に発行されたもので、マン・レイの描いた女性像に関する特集記事が組まれ、版画集所収の作品が一部紹介されている。

ここで一言、マン・レイストさんに御礼申し上げたい。当ブログへの訪問者数は、マン・レイストさんからコメントをいただく前は、一日一人あるかないかの状態であったが、コメントをいただいた日から急に増え、三日間で五百人を超す訪問数者が記録され、斯くも多くのマン・レイスト・ファンがいるのかと驚いた次第。しかしながら、マン・レイストさんのコメントが無ければ、その数は推して知るべしで、我が身の浅学菲才を恥じ入るばかりである。

●作家:Man Ray(1890-1976)
●種類:Art Magazine(Revue Artistique)
●題名:XXe siècle( n°35 Panorama 70)
●サイズ:315x246mm
●技法:Offset
●発行:Société Internationale d'Art XXe siècle, Paris
●発行年:December 1970



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by galleria-iska | 2011-08-27 22:05 | 図録類 | Comments(0)
2011年 08月 22日

宮崎敬介・小口木版画展パンフレット「Keisuke Miyazaki:Woodengraving」(1997)

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1970年に某有名アニメ監督の次男として生まれた宮崎敬介氏は、武蔵野美術大学在学中に柄澤 齊に出会い、小口木版画を始める。1994年に大学を卒業し、95年に小口木版画家として出発する。1996年、大阪の阪急古書のまちに店舗を構える加藤京文堂で行なわれた「小口木版画五人展」に出品、翌97年には「宮崎敬介小口木版画展」を開催する。このパンフレットはその時のもので、宮崎氏の初期の小口木版画13点が出品され、そのうち11点が図版入りで掲載されている。会期中に雁皮刷りの作品を一点を購入。それから14年経ち、宮崎氏も齢40を数え、今は柄澤氏の作風の対極にあるような、一見小口木版画とは思えない柔らかな表情の作品へと変貌を遂げたようである。ただ現在の価格も当時とあまり変わりないようであり、版画作品の売り上げだけで生計を立てているとしたら、それこそ飛ぶように売れないことには暮らしていけないはずなのだが...。そんな他人の心配をしていても仕方がない。我が身の収入はずっと右肩さがりである。

●作家:Keisuke Miyazaki(1970-)
●種類:Pamphlet
●サイズ:220x115mm(220x342mm)
●技法:Offset
●発行:Kato Kyobundo, Osaka
●制作年:1997

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by galleria-iska | 2011-08-22 22:53 | 図録類 | Comments(0)
2011年 08月 18日

アンリ・マチスの展覧会図録表紙「Peintres témoins de leur temps II:Le Dimanche」

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前にフランスを代表するサロンのひとつである「時代の証人・画家展」の招待状を取り上げたときに、第二回展のためにアンリ・マチス(Henri Matisse, 1869-1954)がデザインしたポスターを紹介したことがあるが、今回はその図録。マチスは必ずしもデザインに関心があった訳ではないが、その絵画における線の単純化と純粋な色面を強調した絵画を追及する中で、デザインを成立させるための要件や思考を会得していくこととなり、絵筆を握って描けなくなる中で選択した切り絵という手法において、ある意味皮肉にもデザイナーとしての資質を開花させることとなったと言える。

マチスは最晩年にあたる1952年に、翌年開催予定の第二回時代の証人・画家展の告知用ポスターと図録の表紙のためのデザインを依頼される。マチスは第二回展のテーマである“日曜日(dimanche)”を図像ではなくレタリングの形で盛り込んだデザインを行なっているが、“純粋な式面の強調”を旨としてきたマチスに相応しく、フランスの国旗や南仏の陽光を思わせる明るい色彩を使った単純な色面を組み合わせで画面を構成している。対角線上に引かれた朱色のストライプによって画面は左右に二分され、人為的な形象である《dimanche》という文字を造形的な形体へと変容させ、それと植物の有機的な形体を対比させるように配置しており、左右の色価のバランスを保っている。ポスターでは、対角線上に置かれた朱色のストライプの上に二種類の書体で構成されたレタリングを小分けに配置することで、リズム感を生み出しているのだが、このようなレタリングの配置の仕方はこの時代の感覚には非常に斬新に思えたであろう。図録の方は、告知に必要なレタリングは省かれ、展覧会の題名だけになっている。関係者向けに作られた特装版では通常、別刷りのものが口絵として綴じ込まれることになっているのだが、第二回展の図録では、当初から装丁を意識したデザインを行なったマチスの意向であろうか、通常版と同じように表紙として使われている。ただし、用紙は厚手のものに変えられ、通常版のような裁ち落としではなく、表紙の四方が内側に折り込まれるフランス表紙になっている。

●作家:Henri Matisse(1869-1954)
●種類:Catalogue
●題名;:Peintres témoins de leur temps II:Le Dimanche
●サイズ:208x134mm
●技法:Lithograph
●限定:200(H.C.)
●発行:Musée d'Art Moderne de la Ville de Paris
●制作年:1953

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告知用ポスター。
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出品作家の一人であるアントニ・クラーヴェの紹介:右ページに自画像と出品作品、左ページには図録用に描いたデッサンが掲載されている。





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by galleria-iska | 2011-08-18 16:20 | 図録類 | Comments(0)
2011年 08月 05日

ロイ・リキテンスタイン展図録「Stedelijk Museum Amsterdam」(1967)

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ロンドンのテートギャラリーがロイ・リキテンスタイン(Roy Lichtenstein, 1923-1997)の二枚続きの戦争画の大作「Whaam!(1963)」を購入したのは1967年1月であるが、オランダのアムステルダム市立美術館はそれより二年早い1965年1月にそれと双璧を成す三枚続きの大作「As I opened fire(1964)」を既に購入しており、1967年11月、この二点の大作を含むヨーロッパで最初のリキテンスタインの回顧展を開催する。展覧会はその後、ロンドンのテートギャラリー、ベルンのクンストハレ、ハノーファーのケストナー協会に巡回。

アムステルダム市立美術館が「As I opened fire」を購入した1965年は、東京都現代美術館が大金を投じて購入したことで矮小な議論を引き起こした「Girl with Hair Ribbon」が制作された年であるが、この回顧展には出品されておらず、東京都が購入を決める直前の1993年~94年にグッゲンハイム美術館他で催されたリキテンスタイン大規模な回顧展に出品されている。何かの気配を感じて振り返った金髪の少女の不安げな表情を描いたこの作品、リキテンスタインの漫画を下敷きにした作品の中では、幾分ドラマティックな要素に欠けるように思われるが、綺麗好きな日本人好みと言えなくもない。が、テレビや新聞は、“漫画”≠芸術、あるいは“漫画”≠高額という、国民に植えつけられた価値観を扇情的に煽ることに終始した。その“漫画”も今は日本の《芸術》文化のひとつとなり、国を挙げて振興に取り組まねばならない、と言う議員も少なからずいるようだが、東京都現代美術館がリキテンスタインのこの作品を購入したときには、「こんな漫画みたいな作品に高い税金をつぎ込むのはけしからん」と言ったのは彼らではなかったのだろうか。

これは、日本ではあまり紹介されることがないように思われるのだが、アムステルダム市立美術館での展覧会の際に刊行された図録(巡回展ではあるが、図録は共通ではない)で、表紙にはリキテンスタインがアールデコの建築やデザインを組み合わせて構成した告知用のポスターと同じイメージが使われている。アムステルダム市立美術館の図録とポスターのトータルデザインを手掛けているのは、オランダのグラフィック・デザイナー、書体デザイナー、ウィム・クロウェル(Wim Crouwel,1928-)が1963年に、工業デザイナーのフリゾ・クラマー(Friso Kramer,1922-)、グラフィック、空間デザイナーのベンノ・ヴィッシング(Benno Wissing,1923-2008)、経営・財務担当のポールとディック・シュヴァルツ(Paul and Dick Schwarz)とともに開いたデザイン事務所「Total Design」で、冷めた感覚を漂わす書体の選定や空間の処理の仕方に特徴がある。今はそのウィム・クロウェルがデザインを行なった図録というところに関心が集まっているが、上記二点の作品を始め、カラー図版はオフセット・リトグラフで印刷されているため、発色が非常に鮮やかで、リキテンスタインに興味のある方にもお勧めしたい。

裏表紙には、図版の代わりにということなのであろうか、目立たぬように黄色一色で印刷されているが、1966年に800セット限定生産され展覧会にも出品されているリキテンスタインのマルティプル「Dishes(ディナープレート、スープボウル、サラダプレート、ブレッド&バタープレート、カップ&ソーサー)」(Published by Durable Dish Co.,Villanova, Pennsylvania)の販売広告(エフェメラ)が印刷されている。それによると、当時の販売価格(送料別)はUS$50(=¥18000)で、早期申し込み分についてはUS$40(=¥14400)とある。以前購入したことがあるが、今のものと比べると、かなり厚手に作られている印象を受ける。現在の評価はUS$4000~$5000といったところであろうか。

●作家:Roy Lichtenstein(1923-1997)
●種類:Catalogue(Amsterdam Cat. no.424)
●サイズ:275x185mm
●技法:Offset lithograph
●発行:Stedelijk Museum Amsterdam
●印刷:Statsdrukkerij van Amsterdam
●制作年:1967

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リキテンスタインの「Dishes」の販売広告
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「Whaam!」(1963)
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「As I opened fire」(1964)
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1967年当時のリキテンスタイン(43,4才)  





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by galleria-iska | 2011-08-05 19:34 | 図録類 | Comments(0)
2011年 07月 26日

サルバドール・ダリ展冊子「ギャラリー・オリエント《不死の十法》展」(1975)

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もう36年も前の話であるが、その頃は画廊の扉を開けるということは、かなり勇気のいることであった。まして作品を購入する金子を持たぬ者にとっては尚のこと。画廊は、作品を提供する画廊主とその作品の価値感を共有する顧客が作り出す、この世の喧騒とはかけ離れた理想郷がごとき時空間を形成しており、何の定見も持たず、いたずらに図像に惹かれ舞い込む輩は、単なる闖入者に他ならなかった。人生初の画廊体験が、天才にして奇人、誇大妄想のナルシスト、そして金とセックスの亡者と化したサルバドール・ダリの《不死の十法》なる11点のドライ・ポイントによる銅版画の展覧会であった。その版画とテキストを収めたスーツケースが特注ものとかで、中日新聞社、愛知県教育委員会、名古屋市教育委員会が後援する展覧会を紹介する新聞記事に惹かれ、東区の葵町にあるというギャラリー・オリエントなる画廊へ、恐ろしい経験が待ち受けているとは露知らず、いそいそと向った次第。不慣れな場所を行ったり来たりしながらようやくたどり着いた画廊は、さほど広いとは言えない空間であったように思えたが、緊張し過ぎて細かなところまで見る余裕など全くなかった。早速、拝見と思った途端、「ブルトンとダリの関係についてどう思うか」とか「シュルレアリスムにおける夢と現実との関係とは如何なるものか」とか、矢継ぎ早に質問を浴びせられ、ああ、これが画廊入門の洗礼というやつか、と思いつつも、もぞもぞしていると、「何だ、君は滝口修造も読んでいないの?」と言われ、ダリの作品を見に来て、滝口修造も読んでないの、と言われてみても、滝口修造を通してシュルレアリスムを知った訳でも無く、さりとて「作品だけ見せていただきたいのですが...」とも言えず、失礼になるといけないので、ここは退散するのが一番と、帰ろうとしたところ、「折角来たのだから、これをもって行きなさい」と渡されたのが、この冊子。作品の解説をしてくれるのかとばかり思っていたのだが、どんだ見当違いであった。それ以来画廊に近づくのを止めた。これとよく似たような体験をジャズ喫茶でも体験したような気がする。当時はそういう風潮だったのかもしれないが、対人恐怖症気味の私にはつらい洗礼であった。

ダリという奇妙な絵を描く画家のことは、小学校の帰りにいつも立ち寄る駅前の本屋で知ったのだが、裸電球が一つ二つあるだけのほの暗い店の奥の、男女の交合四十八手なる珍妙なる本が置いてある棚の下、手前にダンボール箱が無造作に置かれた隙間から垣間見える帯の文字に惹かれ取り出して見たのが最初の体験であった。見ている内に地面と天井が揺らめき出すような眩暈のようなものを感じた。その隣りには確か、マックス・エルンストの画集もあって、シュルレアリスムなどまだ学校では習っていなっかたが、自分たちが日頃想像する未来社会やロケットの飛ぶ宇宙の姿などとは発想の源の違う、こんな絵が何処から生まれてくるのだろうかと不思議に思った。男女交合四十八手もなんのことやらさっぱり見当もつかなったが、シュルレアリスムの二人の作家の絵も、描かれている内容は分からなかったが、人を摩訶不思議な気持ちにさせる作用があるので、店の奥の人知れぬ場所にそっと置いてあるのだと、ひとり合点した。それからは、現実世界からはあまり遠く離れず、「007ゴールドフィンガー」(1964年公開)の黄金の裸体が掲載された輸入版のプレイボーイなどを見たりして時間を潰すようにしたが、英語は読めないものの、まぁこんな美しい裸体にわざわざ金粉を塗ってもったいない、どうも大人のすることは常識がはずれていると、小学生ながら、頭から湯気がでそうなほど憤慨した。
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図版:まともに作品を見ていないが、興味を覚えたのはこの二点。第一章「リスのホログラフィーによって復活する人間」(左)と第二章「ダリアヌス・ガラエの不死」(右)。

●作家:Salvador Dali(1904-1989)
●種類:Leaflet
●サイズ:257x183mm
●技法:Offset
●発行:Gallery Orient, Nagoya
●制作年:1975

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中山公男(1927-2008)が序文を執筆、ダリと交流のあった滝口修造(1903-1979)と草月流の創始者、勅使河原蒼風(1900-1979)が推薦文を寄せている。





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2016年7月16日追記:

何を入れたのかも忘れてしまっていたダンボールの箱の中から、1975年に名古屋のギャラリーオリエントで開催されたサルバドール・ダリの「不死の十法」展の小冊子が入っていた紙袋が出てきたので、画像をアップしておく。サイズ:301x215mm。

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by galleria-iska | 2011-07-26 16:58 | 図録類 | Comments(0)