ガレリア・イスカ通信

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カテゴリ:図録類( 72 )


2013年 01月 05日

棟方志功の図録「Shiko Munakata」(1960)

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棟方志功(Shikou Munakata, 1903-1975)と言うと、日本人には、仏師ではなかったが、魂に触れる仏像を彫った“円空”にも似た存在であったのかもしれないし、欧米人には表現主義にも通じる人間の強い情念を感じさせる作家に見えたかもしれない。自分にとっては、戦前から戦後の復興期にかけて活躍した版画家として、同時代の作家ではなかったようについ思ってしまうのだが、実際はコンセプショナル・アート全盛の1970年代の中頃まで制作を続けていた作家であり、“民藝”という堅固な括りのなかでその存在を輝かせいるが故に、いわゆる美術界からははみ出た存在であったように思う。従ってその磁力が弱まる関東より以西に住む者には作品に接する機会はあまりなく、伝説の作家というような捉え方になってしまい、棟方の版画作品に直に対峙する前に既にその魅力というものを掴みきれない状態が出来上がってしまっていたように思う。そうした棟方の版画家として立ち位置を測りかねていた時、時間つぶしに立ち寄った書店で、没後4年経って刊行された長谷日出雄の「鬼が来た」(上下二巻)の文庫版(1984年刊)を偶然見つけ、少しはもやもやした気持ちが解消されるのではと思って購入、一気に読み終えたのだが、独創的な作品を数多く生み出した才気溢れる人間像が語られているのかと思いきや、棟方の生の人間像に迫る描写に、自惚れと嫉妬という強烈な毒を内に持った人間であるとの印象を強く持ってしまった。柳宗悦という一流の“蛇使い”に出会わなければ、ただの独りよがりの作家に終わってしまったかもしれないが、時代を超える作家というものは、いつもアカデミズムを超越したところから生まれてくることは確かのようである。

ここで取り上げるのは、フランスの古書店から入手した棟方志功の一枚刷りの展覧会図録である。内容は、1960年から二年にわたりヨーロッパの主要都市(註1)を巡回した棟方志功の版画展に先立ち、「ヨーロッパ巡回棟方志功展国内展示」(主催:国立近代美術館/国際文化振興会/日本民芸館/後援:外務省/毎日新聞社)と銘打ち、1959年10月24日から11月8日までの二週間、京橋にある東京国立近代美術館(Musée National d'Art Moderne de Tokyo )で開催された展覧会の内容をフランス語に翻訳したもので、フランスでの展覧会(会場は不明)の際に使われたものかと思われる。凸版印刷による図版は棟方の墨摺りの大作「華狩頒板壁画」(1954年)で、ドイツ語、フランス語、イタリア語で題名が記されている。棟方は、朝鮮半島北部にある高句麗古墳内部に描かれた狩猟図壁画と四方に花矢を放つアイヌ祭りに触発されて制作したこの作品について、「弓を持たせない、鉄砲を持たせない、心で花を狩る」という言葉を残している。テキストは当時日本民藝館の館長であった柳宗悦による「棟方の藝術」。

国際文化振興会(KBS)主催による「欧州巡回棟方志功展」は、1960年度開催分は定かではないが、1961年1月から12月にかけてオランダ、ポーランド、イギリス、西ドイツ(1949-1990)、チェコスロバキア(1918-1992)、ユーゴスラビア(1929-2003)を巡回している。

●作家:Shiko Munakata(1903-1975)
●種類:Catalogue
●サイズ:365x525mm
●技法:Letterpress
●発行:Musée National d'Art Moderne de Tokyo
●印刷:Bijutsu Shuppann-sha, Tokyo
●制作年:1959
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註:
1.1960年に開催された展覧会のうち、判明しているのは以下のもの:
イタリア:"Shiko Munakata: Incisioni" Galleria Civica d'Arte Moderna, Torino, 1960
西ドイツ:"Shiko Munakata: Holzschintte" Städtischen Museum Braunschweig, Braunschweig, 1960
オーストリア:"Shiko Munakata: Holzschnitte" Österreichisches Museum für Angewandte Kunst, Wien, 1960
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by galleria-iska | 2013-01-05 18:53 | 図録類 | Comments(0)
2012年 12月 24日

ニキ・ド・サンファルのアーティスト・ブック「Niki de Saint Phalle」(1968)

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時節がらクリスマス、あるいは来年の干支に因んだ(?)ものでもないかと思っていたところ、こんなものがあった。ニキ・ド・サンファル(Niki de Saint Phalle, 1930-2002)が1968年にロンドンのハノーヴァー画廊(Hanover Gallery, 1947-1973)で開催した個展に合わせて刊行した、自身三作目となるアーティスト・ブックである。

北ドイツの都市の名前を連想させるるハノーヴァー画廊は、1947年にドイツ出身のエリカ・ブラウゼン(Erica Brausen, 1908-1992)(註:1)によってロンドンに設立された現代美術を専門とする画廊で、20世紀のアイルランドを代表する画家フランシス・ベーコン(Francis Bacon, 1909-1992)の最初の契約画廊として、1949年に最初の個展を開催、1950年代末まではパトロン的存在でもあった。ハノーヴァー画廊は特に彫刻の紹介に力を注ぎ、イギリスの彫刻家レッグ・バトラー( Reg Butler.)やエドゥアルド・パオロッツィ(Eduardo Paolozzi, 1924-2005)を始め、アルベルト・ジャコメッティ(,Alberto Giacometti, 1901-1966)、マリノ・マリーニ(Marino Marini, 1901-1980)などの個展を開催する一方、デュシャン、エルンスト、マン・レイ、マグリットといったシュルレアリストの個展や作品展も開催している。そのハノーヴァー画廊が、1965年から1968年にかけてパリとニューヨークでニキ・ド・サンファル(Niki de Saint Phalle, 1930-2002)の個展を開催していたイオラス画廊の協力を得て、1968年10月2日から11月1日までの日程で、ロンドンでの初めての個展を開催する。それに合わせて刊行されたのがこのアーティスト・ブックで、テキストは一切無く、黒地を背景に、ニキの代表的なモチーフがシルクスクリーンによる鮮やかな色彩で印刷されている。印刷を行なったのは、ミラノに工房を持ち、1960年代後半から70年代初頭にかけて、イオラス画廊やハノーヴァー画廊の図録の印刷を手掛けたセルジオ・トシ(Sergio Tosi)(註:2)である。

●作家:Niki de Saint Phalle(1930-2002)
●種類:Artist's book
●題名:Nki de Saint Phalle
●サイズ:208x165mm
●技法:Silkscreen
●発行:Hanover Gallery, London
●印刷:Sergio Tosi, Milan
●制作年:1968
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註:
1.年譜などによると、エリカ・ブラウゼンは1908年、ドイツの中西部の都市デュッセルドルフ(Düsseldorf)に生まれる。1930年代にナチが勃興すると、パリに向うためにドイツを去る。パリの書店で働きながら現代美術の展示を行なう。そのとき友人となったミロに連れられ、地中海西部のバレアレス諸島中の最大の島、マヨルカ島(Mallorca)に行き、そこで作家や芸術家で賑うバルを経営する。スペイン市民戦争中は、友人のユダヤ人や社会主義者たちの脱出を助けるためにアメリカ海軍と連絡を取り合い、自らも漁船に乗って逃れる。そして第二次世界大戦が始まったとき、一文無しでロンドンに辿り着く。ロンドンで旧友たちと再会、小規模や展覧会を企画するが、ドイツ人として働くことは困難で、同性愛者との結婚によって身分の保証を得、ロンドンで名声を得ていたリドファン画廊(Redfern Gallery)で画商としての一歩を踏み出す。1946年にアメリカの富豪の銀行家で画廊のオーナーであるアーサー・ジェフレス(Arthur Jeffress)出会い、彼から資金援助を受け、1948年、自らの画廊を開く。

2:同じ年の6月から8月にかけて開催されたマグリットの彫刻展の図録として刊行された折り本形式の「The Eight Sculptures of Magritte」の印刷もセルジオ・トシが行なっている。
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by galleria-iska | 2012-12-24 18:13 | 図録類 | Comments(0)
2012年 12月 20日

デイヴィッド・ホックニー回顧展図録「David Hockney A Retrospective」(1988)

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これは1988年から1989年にかけてロサンゼルス郡立美術館(Los Angeles County Museum of Art)、テイト・ギャラリー(Tate Gallery)、メトロポリタン美術館(Metropolitan Museum of Art)を巡回したデイヴィッド・ホックニー(David Hockney, 1938-)の回顧展の図録(註1)であるが、ここで注目したいのは、図録の内容ではなく、巻末に付けられた目次にも記載されていないホックニーのオリジナル・プリントである。この図録のカバーのそで(Front flap)に載せられた紹介文に目をやった人はいるだろうか。以下引用:
「A particular feature of this book is the 24-page section of original prints, specially made by Hockney himself as an integral part of the book - a bonus for the reader and a collector's item for the future 」
このオリジナル・プリントは、ホックニーがこの図録のために、1986年にカラー・コピー機(Canon P.C.25, Canon N.P.3525, Kodak Ektaprint 225F)を用いて制作した“ホーム・メイドプリント(Home made print)”(註2)の手法で特別に制作したもので、タイトルページと自身の解説を含む、24ページからなる歴としたオリジナル作品で、リトグラフで印刷されている。その出来栄えは、単なる図録のおまけというものではなく、一連の“ホーム・メイド・プリント”と比べても全く遜色ない。この部分だけ取り外し、好みの装丁を施して製本すれば、ホックニーのオリジナル版画集、あるいはアーティスト・ブックとして愉しむことも可能である。

しかしながら、このホックニーの善意の目論見は、“ホーム・メイド・プリント”がかなりの高額で流通しているのにも拘らず、また発行部数が大量(59000部)であるという点を差し引いたとしても、現時点では正当な評価を得ているとは言えない。古書店では他の一般的なホックニーの図録や画集と同じ扱いを受けており、オリジナル・プリントの評価が全く加えられていないように思われるし、ネット・オークションでも数千円も出せば購入することができる。果たせるかな、それらの案内でオリジナル・プリントに言及しているもは皆無であり、どうみても図版の一部としか見ていないようである。そしてこのことは日本国内だけの話ではなく、アメリカやイギリスでも全く同じである。やはりそこには“時間の壁”が大きく立ちはだかっているのかもしれない。

●作家:David Hockney(1937-)
●種類:Catalogue with a section of the 24 pages of original prints
●題名:Commercial printing is an artist's medium
●図録:286x270mm
●サイズ:280x260mm(280x520mm)
●技法:Lithograph
●限定:59000
●発行:Los Angeles County Museum of Art & Thames & Hudson, Los Angeles & London
●印刷:Gardner Lithographics, Los Angeles
●制作年:1988
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註:
1.
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この図録の日本語版が同年、リブロポートから「ホックニー画集―ひとつの回顧」(ロナルド・B. キタイ著、西野 嘉章訳、定価12000円 )として刊行されている。

2.
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ホックニーのホーム・メイド・プリントのカタログ・レゾネ「David Hockney:Home Made Prints」Self-published in conjunction with a 1986 exhibition at New York's Andre Emmerich Gallery. Ptinted in Switzerland by Waser Druck, Zurich, 280x219mm
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by galleria-iska | 2012-12-20 20:48 | 図録類 | Comments(0)
2012年 11月 02日

長岡国人の回顧展図録「Nagaoka Arbeiten 1969-1987」(1988)

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1966年から1991年までドイツの西ベルリンに在住し、版画家として広くヨーロッパで知られる存在となった長岡国人(Nagaoka Kunito, 1940-)氏が1988年に西ベルリンのテンペルホーフ空港(2008年閉鎖)近くにある美術館、クンストアムト・テンペルホーフ(Kunstamt Berlin-Tempelhof)で行なった回顧展の図録。銅版画の他、素描、水彩、墨絵、紙のオブジェを収録。

長岡氏は、現代美術の様々な試みが行なわれる中、西側文化のショーウインドウとも言われた東西冷戦下の西ベルリンに移り住み、板と水溶性の顔料を用いる日本の伝統的な木版画ではなく、西洋版画の古典的な技法のひとつである銅版画に深く沈潜しつつ、自己のアイデンティティの根底をなす自然環境と深く対峙する中で、活火山として溶岩による造山運動や浸食を繰り返してきた浅間山と情緒や感情を排した無機的な造形物としての人間の営みを対比させた風景を銅板に固着せしめた。

昨年、帰国後20年勤めた京都精華大を退官し、今年8月、朝来市和田山町宮内に版画工房「ヴェルク・シュタットN組」をオープンした造形作家の長岡氏は1940年、長野県佐久市生まれ。1963年に多摩美術大学デザイン科を卒業し、デザイナーの仕事を経て、1966年にベルリンに移住。1967年から1971年にかけてベルリン市立アカデミーで、デザインと版画を学び、1971年から1976年にかけてベルリン国立芸術大学で絵画と版画を専攻。1976年マイスターを取得。1977年から1980年にかけてヨーロッパの数々の版画展で受賞し、国際的に高い評価を得る。一方、日本国内では版画家としての長岡氏を紹介する展覧会は一二度しか開催されておらず、作品に対する認知度は低い。長岡氏については、同じベルリンで銅版画を制作している友人のドイツ人版画家から名前を知らされた。ベルリンのマリナ・ディンクラー画廊(Galerie Marina Dinkler Berlin )が主な取り扱い画廊で、この画廊からは1982年に、1971年から1981年かけて制作された銅版画の作品目録(Nagaoka.Werkverzeichnis der Radierungen 1971-1981)が刊行されている。

●作家:Nagaoka Kunito(1940-)
●種類:Catalogue
●サイズ:240x210mm
●技法:Offset
●発行:Kunstamt Berlin-Tempelhof, Berlin
●印刷:P.Decker, Berlin
●発行年:1998
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長岡氏が1979年に制作した「遺跡(ISEKI)」シリーズの第22作。長岡氏の主要なテーマのひとつである「遺跡(ISEKI)」シリーズは、氏の故郷にあって人々の生活に大きな影を落とす浅間山と人間社会とのせめぎ合いの中で形成された自然観を根底に制作された作品群である。

●作家:Nagaoka Kunito(1940-)
●題名:ISEKI/PY XXII, 1979
●画寸:390x490mm
●技法:Etching+Aquatint
●限定:EA:XV
●制作年:1979
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ベルリンの銅版画工房《Radierwerkstatt Schlemm, Berlin》のエンボス印
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by galleria-iska | 2012-11-02 18:19 | 図録類 | Comments(0)
2012年 09月 06日

ホルスト・アンテスの図録「ANTES」(1960)

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もうかれこれ20年以上前のことになるが、ジョアン・ミロ(Joan Miro, 1893-1983)が1960年代初頭に制作したリトグラフの連作「シリーズI」所収の「Série I, bleu et vert sur lavis rouge(Series I, blue and green on red wash)」を購入したことから、ヨーロッパにおけるアンフォルメルの動きとその影響について興味を持ったことがある。ミロのような直接的な影響からシャガールのような具象作家の筆遣いにまでそのような痕跡を見つけることができ、この運動の根底にある生の衝動の凄まじさを感じた。またその資料として購入したのが、1987年にオーストラリア国立美術館で開催された「The Spontaneous Gesture」という、抽象表現主義が世界を席巻した時代に制作された版画や挿絵本を集めた展覧会の図録で、スーラージュやアペル、少し下ってタピエスなどの作家の版画購入の際に参考にした。購入した版画はその後、抽象表現主義的な筆触を残しながらも、地図や数字などの記号的な図像を用いた画面によって絵画の平面性を推し進めたとされる、ネオダダの作家ジャスパー・ジョーンズが1967年に制作したリトグラフ「Numbers」(Ed.35)の購入資金の一部となったが、手にした作品は、その現代美術における価値はともかく、ヨーロッパの作家の版画作品に馴染んでいた目には、リトグラフ作品としての魅力を感じることはできなかった。資本主義的な上昇志向も無く、根が貧乏人であるため、自分のような者が持っているべきではない、という声が頭の中から聞こえてきて、どうも落ち着かない。「貧乏人は麦を食え!」ではないが、ポスターや図録ぐらいが己の器に合っているように思う。結局ジョーンズの版画は、ポップアート関係のエフェメラやリー・フリードランダー(Lee Friedlander, 1934-)などの写真集に代わった。

今では「頭足人(Kopffüßler)」の作家として知られるドイツ ヘッペンハイム生まれの画家で彫刻家のホルスト・アンテス(Horst Antes, 1936-)は、アンフォルメルとは全く無縁と思える作風であるが、アンテスが1960年にケルンのシュピーゲル画廊(Galerie Der Spiegel, Köln)で最初の個展を開催した際に刊行された図録の書影を海外の古書店の目録で目にしたときは驚いた。アンテスは1957年から59年まで、現在は国立になったカールスルーヘ美術アカデミー(Akademie der Bildenden Künste in Karlsruhe)に学んでいるが、師事したのは、1955年にドイツ表現主義の画家兼版画家のエーリッヒ・ヘッケル( Erich Heckel, 1883-1970)の後任として赴任し、1960年まで教授職にあった、木版画を得意とする画家のヘルムート・アンドレアス・パウル・グリースハーバー(HAP=Helmut Andreas Paul Grieshaber, 1909-1981)である。アンテスの初期の絵画は、ウィレム・デ・クーニング(Willem de Kooning, 1904- 1997)に見られる具象とアンフォルメルの間の道を探していたが、1960年頃に、その後の彼の創作の原点となる「頭足人」を発見することにより大きく変貌する。この図録には展覧会に出品された作品ではなく、デ・クーニングばりの激しい筆触で描かれた、モノクロ3点、カラー4点、計7点のオリジナル・リトグラフが収められている。それは奇しくも、ピカソやマチス、ミロなどに影響を受け、折衷的なスタイルで制作していたロイ・リキテンスタイン(Roy Lichtenstein, 1923-1997)が、当時まだ絵画の本流であった抽象表現主義風の作品の売り込みに失敗し、大衆的なイメージを主題とするポップアートに活路を見い出そうとした時期と重なる。

●作家:Horst Antes(1936-)
●種類:Catalogue
●サイズ:381x261mm
●技法:Lithograph
●限定:200
●発行:Galerie Der Spiegel, Köln
●印刷:Wena Druckerei, Karlsruhe
●制作年:1960
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1987年にオーストラリアの国立美術館で行なわれた展覧会「The Spontaneous Gesture - prints and Books of the Abstract Expressionist Era」の図録
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ミロのリトグラフ「Series I, blue and green on red wash」1961、Ed.30
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by galleria-iska | 2012-09-06 20:49 | 図録類 | Comments(0)
2012年 04月 02日

パウル・ヴンダーリッヒ展の図録「Galerie Berggruen」(1972)

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自分がまだ現代美術には興味を持てず、東京の“みすず書房”から刊行されたばかりの「レオナルド・ダ・ヴィンチ解剖図集」(松井喜三 編集・解説)に見入っていた1972年にパリのベルクグリュン画廊で行なわれたパウル・ヴンダーリッヒ(Paul Wunderkich, 1927-2010)の水彩と版画による個展の図録。表紙はヴンダーリッヒによるオリジナルのリトグラフ。印刷はムルロー工房で、版画用のアルシュ紙が使われている。ヴンダーリッヒは1960年に「モナ・リザ」の顔の図像を取り入れたリトグラフを何点か制作しているが、1972年から73年にかけて再び「モナ・リザ」を取り上げ、この図録の表紙ために、「モナ・リザ」の顔をグロテスクに変容させた四つのバリエーションを制作している。

●作家:Paul Wunderlich (1927-2010)
●種類:Catalogue
●題名:Pour Berggruen
●サイズ:220x115mm
●技法:Lithograph
●紙質:Arches
●発行:Galerie Berggruen, Paris
●限定:ca.3000
●印刷:Mourlot, Paris
●制作年:1972
●目録番号:R.448

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by galleria-iska | 2012-04-02 20:55 | 図録類 | Comments(0)
2012年 01月 26日

フィリップ・モーリッツ展図録「Mohlitz Engravings」(1973)

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フランスはボルドー出身の銅版画家フィリップ・モーリッツ(Philippe Mohlitz, 1941-)のアメリカへの紹介は、ニューヨークのコロンビア大学のフランス館を会場にして行なわれた1972年のエッシャーとの二人展が最初のもので、翌年には同じ会場を使って最初の個展(4月16日~5月4日)が開催されている。この二つの展覧会を企画したのは、当時未だ自宅をショールーム(Fitch-Febvrel Gallery)にしていたニューヨークの版画商アンドリュー・フィッチ(Andrew Fitch)で、1973年の個展の際にはリーフレットを制作、自ら紹介文を書いている。一方、日本にいち早くモーリッツの銅版画を紹介したのは、当時東京芸術大学の教授を務めていた銅版画家の駒井哲郎(1920-1976)で、1971年に渡欧した際、オールドマスターから現代作家までの版画とデッサンを得意とする1876年創業の老舗版画商、ポール・プルーテ画廊(Paul Prouté S.A.)でモーリッツの1967年の銅版画「深淵(Les Abysses)」を購入し、帰国後、芸大の版画研究室で披露している。それから二年後の1973年の11月、日本で最初の個展が東京銀座の番町画廊で開催され、「深淵」やリーフレットの表紙に使われている「36人の登場人物に攻撃される英雄」などが展示された。美術の諸要素を最小限の単位で形成するというミニマル・アート全盛の時代に、過去への退行としか思えないエングレーヴィングという表現法を持って現われたモーリッツは、そのアナクロニスムを逆手に取り、芸術が持ち得る本来的な意味での想像力に満ち溢れた作品を創り出した。

●作家:Philippe Mohlitz(1943-)
●種類:Leaflet
●サイズ:190x230mm
●技法:Offset
●発行:The Fitch-Febvrel Gallery, New York
●制作年:1973

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by galleria-iska | 2012-01-26 15:53 | 図録類 | Comments(0)
2011年 11月 24日

ミンモ・パラディーノの画集「Mimmo Paladino:Works on paper 1973-1987」(1987)

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イタリアの画家、版画家、彫刻家ミンモ・パラディーノ(Mimmo Paladino, 1948-)の初体験は、名古屋の錦にあったギャラリー・セキ(Gallery Seki)で行なわれた、4点のリノカットによる連作版画、“Daedalus(ダダイロス)”, “Introibo ad Altare Dai”(イントロイボ・アド・アルター・デイ), “Sogno Umido”(ウエット・ドリーム), “Ellpodbomool(エルポドボモール=ジェイムズ・ジョイスの長編小説『ユリシーズ』の主人公であるレオポルド・ブルーム(Leopold Bloom)のアナグラム)”を中心とする「ミンモ・パラディーノ新作版画展」(1984年11月13日~27日)であった。袋小路に陥ったミニマリズムやコンセプチュアル・アートから描くこと自体を取り戻すという触れ込みで華々しく登場した「トランスアヴァンギャルド」という表現主義的な折衷画風には正直最初違和感を覚えた。パラディーノは南イタリアのパドゥーリ生まれ。1964年から1968年までベネヴェント美術学校(Liceo Artistico di Benvenuto)で学ぶ。1977年にミラノ、1978年にはニューヨークに移るが、その後パドゥーリに戻り、そこで制作活動を続けている。1980年にヴェネツィア・ビエンナーレ、1982年にカッセルで開かれたドクメンタ7に出展している。1987年にフジTVギャラリーでの個展のために来日、東京芸大版画研究室で木版画「世紀の出会い」を制作している。
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ギャラリー・セキから届いた「ミンモ・パラディーノ新作版画展」の案内状、104x148mm。壁にピンで留めていたので、穴だらけである。

この画集は、バブル華やかしき頃、晴海の東京国際見本市会場で開催された「東京インターナショナルアートショー(TIAS)」の招待状をいただき、知り合いの画廊担当者と連れ立った出かけた折りに、ショーに出展していた当時パラディーノの代理人であったタデウス・ロパック氏から最後の一冊だと言われ購入したもの。表紙はリトグラフで、半透明のワックスペーパーのカバーが付いていて8000円だった。展示ブースにはオリジナルもあったが、時はバブル絶頂期、とても手が出せなかった。

●作家:Mimmo Paladino(1948-)
●種類:Monograph
●題名:Mimmo Paladino:Works on paper 1973-1987
●サイズ:303x224mm
●技法:Lithograph(Cover)
●発行:Edition Galerie Thaddaeus Ropac Salzburg
●限定:2000
●制作年:1987
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タデウス・ロパック氏からいただいたビジネスカード。

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表紙のリトグラフ。パラディーノの作品に登場するモチーフが所狭しと並んでいる。
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by galleria-iska | 2011-11-24 20:23 | 図録類 | Comments(0)
2011年 09月 03日

ジャン・デュビュッフェ版画展図録「Jean Dubuffet Grafik」(1961)

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1961年にデンマークのユトラント半島のシルケボアにあるシルケボア美術館(Silkeborg Museum)(1)で開催されたフランスのアンフォルメルの先駆者的存在で、「芸術的訓練や芸術家として受け入れた知識に汚されていない、古典芸術や流行のパターンを借りるのでない、創造性の源泉からほとばしる真に自発的な表現」である「生の芸術=アール・ブリュット(Art brut)を賛美したフランス人画家、ジャン・デュビュッフェ(Jean Dubuffet, 1901-1985)の1944年から1961年までに制作された全版画作品による回顧展(1961年5月18日~1962年5月18日)の図録。

デュビュッフェのデザインによる表紙絵は、この展覧会の告知用ポスターにも使われているが、フォトリトグラフで印刷されたポスターでは年記の代わりに展覧会の日程が記載されている。図録の後半は、フランスの詩人、批評家で、二十世紀の前衛芸術の蒐集家でもあった、ノエル・アルノー(Noël Arnaud, 1919-2003)によって編まれた、1944年から1961年4までに制作された版画作品(ポスターも含む)全510点の目録。

●作家:Jean Dubuffet(1901-1985)
●種類:Catalogue
●サイズ:192x132mm
●技法:Lithograph
●限定:2500
●発行:Silkeborg Museum
●制作年;1961

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裏表紙、1961年3月制作のデッサン。
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この図録の追補版が同美術館から1966年に刊行されている。
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表紙はデュビュッフェによる「Autoportrait en l'honneur d'Asger Jorn」

註:
1.シルケボア美術館は、第二次世界大戦後のヨーロッパに起こった前衛芸術運動であるコブラ(CoBrA)の創設者で、デンマークのユトラント半島のシルケボア(Silkeborg)生まれのアスガー・ヨルン(Asger Jorn,1914-1973)が1961年に故郷であるシルケボアに設立した美術館で、象徴主義やシュルレアリスムからコブラやシチュアシオニストまでの作品と資料を収集しており、建物の壁面はデュビュッフェの作品
で装飾されている。
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by galleria-iska | 2011-09-03 13:33 | 図録類 | Comments(0)
2011年 08月 31日

マルク・シャガール「Derrière le Miroir No.198」(1972)

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1972年の5月にパリのマーグ画廊で行なわれたマルク・シャガール(Marc Chagall, 1887-1985)の個展の図録として刊行された《鏡の裏誌(Derrière le Miroir)》、第198号の特装版。個展には、シャガールが1968年から1971年にかけて制作した31点の絵画作品と4点の彫刻作品が出品された。カラー図版10点とモノクロ図版26点の他に、ルイ・アラゴンによる《驚嘆すべきシャガール》が収められている。表紙はシャガールがこの図録のために制作したオリジナルリトグラフで、本文中にも2点(うち1点はダブルページ)のオリジナルリトグラフが挿入されている。リトグラフの印刷はパリのムルロー工房(Mourlot)で行なわれている。マーグ画廊は自社の印刷所を持っているが、シャガールは専任の刷り師、シャルル・ソルリエのいるムルロー工房を使い続けた。奥附に限定番号とシャガールの直筆サイン。

●作家:Marc Chagall(1887-1985)
●種類:Art magazine(revue d'art)
●題名:Derrière le Miroir No.198」(Chagall)
●著者:Louis Aragon 《Chagall l'admirable》
●サイズ:380x280mm
●ケース:395x295mm
●限定:150
●紙質:B.F.K. de Rives
●出版:Maeght Éditeur, Paris
●印刷:Mourlot, Paris
●制作年:1972

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表紙:「Pantomime」(M.649)
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「Jour de Printemps」(M.650)
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「Après l’Hiver」(M.651)
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それなりの金額を支払った特装版購入者のためであろうか、特装版(150部)と通常版(5000部)とでは若干配色が異なっている。
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            特装版                          通常版
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by galleria-iska | 2011-08-31 17:37 | 図録類 | Comments(0)