ガレリア・イスカ通信

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カテゴリ:図録類( 69 )


2011年 08月 05日

ロイ・リキテンスタイン展図録「Stedelijk Museum Amsterdam」(1967)

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ロンドンのテートギャラリーがロイ・リキテンスタイン(Roy Lichtenstein, 1923-1997)の二枚続きの戦争画の大作「Whaam!(1963)」を購入したのは1967年1月であるが、オランダのアムステルダム市立美術館はそれより二年早い1965年1月にそれと双璧を成す三枚続きの大作「As I opened fire(1964)」を既に購入しており、1967年11月、この二点の大作を含むヨーロッパで最初のリキテンスタインの回顧展を開催する。展覧会はその後、ロンドンのテートギャラリー、ベルンのクンストハレ、ハノーファーのケストナー協会に巡回。

アムステルダム市立美術館が「As I opened fire」を購入した1965年は、東京都現代美術館が大金を投じて購入したことで矮小な議論を引き起こした「Girl with Hair Ribbon」が制作された年であるが、この回顧展には出品されておらず、東京都が購入を決める直前の1993年~94年にグッゲンハイム美術館他で催されたリキテンスタイン大規模な回顧展に出品されている。何かの気配を感じて振り返った金髪の少女の不安げな表情を描いたこの作品、リキテンスタインの漫画を下敷きにした作品の中では、幾分ドラマティックな要素に欠けるように思われるが、綺麗好きな日本人好みと言えなくもない。が、テレビや新聞は、“漫画”≠芸術、あるいは“漫画”≠高額という、国民に植えつけられた価値観を扇情的に煽ることに終始した。その“漫画”も今は日本の《芸術》文化のひとつとなり、国を挙げて振興に取り組まねばならない、と言う議員も少なからずいるようだが、東京都現代美術館がリキテンスタインのこの作品を購入したときには、「こんな漫画みたいな作品に高い税金をつぎ込むのはけしからん」と言ったのは彼らではなかったのだろうか。

これは、日本ではあまり紹介されることがないように思われるのだが、アムステルダム市立美術館での展覧会の際に刊行された図録(巡回展ではあるが、図録は共通ではない)で、表紙にはリキテンスタインがアールデコの建築やデザインを組み合わせて構成した告知用のポスターと同じイメージが使われている。アムステルダム市立美術館の図録とポスターのトータルデザインを手掛けているのは、オランダのグラフィック・デザイナー、書体デザイナー、ウィム・クロウェル(Wim Crouwel,1928-)が1963年に、工業デザイナーのフリゾ・クラマー(Friso Kramer,1922-)、グラフィック、空間デザイナーのベンノ・ヴィッシング(Benno Wissing,1923-2008)、経営・財務担当のポールとディック・シュヴァルツ(Paul and Dick Schwarz)とともに開いたデザイン事務所「Total Design」で、冷めた感覚を漂わす書体の選定や空間の処理の仕方に特徴がある。今はそのウィム・クロウェルがデザインを行なった図録というところに関心が集まっているが、上記二点の作品を始め、カラー図版はオフセット・リトグラフで印刷されているため、発色が非常に鮮やかで、リキテンスタインに興味のある方にもお勧めしたい。

裏表紙には、図版の代わりにということなのであろうか、目立たぬように黄色一色で印刷されているが、1966年に800セット限定生産され展覧会にも出品されているリキテンスタインのマルティプル「Dishes(ディナープレート、スープボウル、サラダプレート、ブレッド&バタープレート、カップ&ソーサー)」(Published by Durable Dish Co.,Villanova, Pennsylvania)の販売広告(エフェメラ)が印刷されている。それによると、当時の販売価格(送料別)はUS$50(=¥18000)で、早期申し込み分についてはUS$40(=¥14400)とある。以前購入したことがあるが、今のものと比べると、かなり厚手に作られている印象を受ける。現在の評価はUS$4000~$5000といったところであろうか。

●作家:Roy Lichtenstein(1923-1997)
●種類:Catalogue(Amsterdam Cat. no.424)
●サイズ:275x185mm
●技法:Offset lithograph
●発行:Stedelijk Museum Amsterdam
●印刷:Statsdrukkerij van Amsterdam
●制作年:1967

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リキテンスタインの「Dishes」の販売広告
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「Whaam!」(1963)
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「As I opened fire」(1964)
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1967年当時のリキテンスタイン(43,4才)  





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by galleria-iska | 2011-08-05 19:34 | 図録類 | Comments(0)
2011年 07月 26日

サルバドール・ダリ展冊子「ギャラリー・オリエント《不死の十法》展」(1975)

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もう36年も前の話であるが、その頃は画廊の扉を開けるということは、かなり勇気のいることであった。まして作品を購入する金子を持たぬ者にとっては尚のこと。画廊は、作品を提供する画廊主とその作品の価値感を共有する顧客が作り出す、この世の喧騒とはかけ離れた理想郷がごとき時空間を形成しており、何の定見も持たず、いたずらに図像に惹かれ舞い込む輩は、単なる闖入者に他ならなかった。人生初の画廊体験が、天才にして奇人、誇大妄想のナルシスト、そして金とセックスの亡者と化したサルバドール・ダリの《不死の十法》なる11点のドライ・ポイントによる銅版画の展覧会であった。その版画とテキストを収めたスーツケースが特注ものとかで、中日新聞社、愛知県教育委員会、名古屋市教育委員会が後援する展覧会を紹介する新聞記事に惹かれ、東区の葵町にあるというギャラリー・オリエントなる画廊へ、恐ろしい経験が待ち受けているとは露知らず、いそいそと向った次第。不慣れな場所を行ったり来たりしながらようやくたどり着いた画廊は、さほど広いとは言えない空間であったように思えたが、緊張し過ぎて細かなところまで見る余裕など全くなかった。早速、拝見と思った途端、「ブルトンとダリの関係についてどう思うか」とか「シュルレアリスムにおける夢と現実との関係とは如何なるものか」とか、矢継ぎ早に質問を浴びせられ、ああ、これが画廊入門の洗礼というやつか、と思いつつも、もぞもぞしていると、「何だ、君は滝口修造も読んでいないの?」と言われ、ダリの作品を見に来て、滝口修造も読んでないの、と言われてみても、滝口修造を通してシュルレアリスムを知った訳でも無く、さりとて「作品だけ見せていただきたいのですが...」とも言えず、失礼になるといけないので、ここは退散するのが一番と、帰ろうとしたところ、「折角来たのだから、これをもって行きなさい」と渡されたのが、この冊子。作品の解説をしてくれるのかとばかり思っていたのだが、どんだ見当違いであった。それ以来画廊に近づくのを止めた。これとよく似たような体験をジャズ喫茶でも体験したような気がする。当時はそういう風潮だったのかもしれないが、対人恐怖症気味の私にはつらい洗礼であった。

ダリという奇妙な絵を描く画家のことは、小学校の帰りにいつも立ち寄る駅前の本屋で知ったのだが、裸電球が一つ二つあるだけのほの暗い店の奥の、男女の交合四十八手なる珍妙なる本が置いてある棚の下、手前にダンボール箱が無造作に置かれた隙間から垣間見える帯の文字に惹かれ取り出して見たのが最初の体験であった。見ている内に地面と天井が揺らめき出すような眩暈のようなものを感じた。その隣りには確か、マックス・エルンストの画集もあって、シュルレアリスムなどまだ学校では習っていなっかたが、自分たちが日頃想像する未来社会やロケットの飛ぶ宇宙の姿などとは発想の源の違う、こんな絵が何処から生まれてくるのだろうかと不思議に思った。男女交合四十八手もなんのことやらさっぱり見当もつかなったが、シュルレアリスムの二人の作家の絵も、描かれている内容は分からなかったが、人を摩訶不思議な気持ちにさせる作用があるので、店の奥の人知れぬ場所にそっと置いてあるのだと、ひとり合点した。それからは、現実世界からはあまり遠く離れず、「007ゴールドフィンガー」(1964年公開)の黄金の裸体が掲載された輸入版のプレイボーイなどを見たりして時間を潰すようにしたが、英語は読めないものの、まぁこんな美しい裸体にわざわざ金粉を塗ってもったいない、どうも大人のすることは常識がはずれていると、小学生ながら、頭から湯気がでそうなほど憤慨した。
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図版:まともに作品を見ていないが、興味を覚えたのはこの二点。第一章「リスのホログラフィーによって復活する人間」(左)と第二章「ダリアヌス・ガラエの不死」(右)。

●作家:Salvador Dali(1904-1989)
●種類:Leaflet
●サイズ:257x183mm
●技法:Offset
●発行:Gallery Orient, Nagoya
●制作年:1975

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中山公男(1927-2008)が序文を執筆、ダリと交流のあった滝口修造(1903-1979)と草月流の創始者、勅使河原蒼風(1900-1979)が推薦文を寄せている。





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2016年7月16日追記:

何を入れたのかも忘れてしまっていたダンボールの箱の中から、1975年に名古屋のギャラリーオリエントで開催されたサルバドール・ダリの「不死の十法」展の小冊子が入っていた紙袋が出てきたので、画像をアップしておく。サイズ:301x215mm。

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by galleria-iska | 2011-07-26 16:58 | 図録類 | Comments(0)
2011年 07月 17日

ルーカス・サマラス展の図録「Photo Polaroid photographs 1969-1983」(1983)

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-昨年に引き続き今年もエアコン無しで日中を過ごしているので、一瞬ではあるが、すぅーと気が遠くなる時がある。そんな中、資料撮影用に購入したコンパクト・デジタルカメラも電流が入ったり、切れたりと、危篤状態に陥ってしまった。悟りも開かずして“お釈迦”になってしまってはまずいので、強烈な電流代わりに、シンディー・シャーマンもびっくりのルーカス・サマラスの言うところの“強迫的な自己の感情を作品に表出しようとする”カルト臭ぷんぷんの総天然色テクニカラー(Technicolor)の世界を拝ませたところ、なんとか覚醒? しかし未だ7月なので、さらに暑さが続くと、共倒れに成りかねない-

先に取り上げたリチャード・ハミルトン同様、ルーカス・サマラスも早くからポラロイドカメラの即時性に注目しており、後のシンディー・シャーマンを予見させる自画像の撮影を1969年に始めている。互いに意識していたかどうかは分からないが、ハミルトンの写真集にサマラスの名前は出てこない。この図録は、写真家としてのハンス・ベルメールの回顧展が開催される直前の1983年9月21日から11月27日にかけてポンピドウセンターで開催されたルーカス・サマラスのポラロイドカメラのよる写真展の際に発行されたもので、展覧会はその後、フライブルグ、フランクフルト、ニューヨークに巡回。ベルメール、サマラスどちらの図録も展覧会の企画構成を行なったポンピド-センターの写真担当キュレーター、アラン・サヤグが編者となっている。また、バカンスの前には、国立美術館としては異例の早さでメイプルソープの写真展を開催している。

ポラロイド写真について言えば、ポンピドーセンターは1980年に、サマラス展の下地となったかもしれない、ポラロイドカメラを使って撮影を行なった作家の写真を集めた「Instantanés」展(1)を開催しており、リチャード・ハミルトンとルーカス・サマラスの写真も出品されている。こちらの図録もサヤグが担当。しかしそこには、カルフォルニアに移住した1964年頃から作品制作のアイデアの源泉として写真を撮り始め、リチャード・ハミルトンから「スナッパー(snapper=snap shooter)と仇名されるほど日常的に写真を撮りまくっていたデイヴィッド・ホックニーの写真は出品されていない。ホックニーは当時、写真は単に備忘録にすぎず、表現としては捉えていなかっため、出品を固辞した可能性がある。それから二年後の1982年、アラン・サヤグの度重なる説得に応じ、写真によるコラージュ作品(ポラロイド写真を含む)や肖像写真からなる展覧会(2)を開いている。

時はくだり、1988年から89年にかけて全米で開催された大規模な展覧会「Lucas Samaras:Objects and Subjects, 1969-1986」(3) から二年後の1991年10月13日(日曜)から12月15日(日曜)かけて横浜美術館で開催された「セルフ1961-1991 ルーカス・サマラス展」には三万人近い入場者を集めたとされるが、その案内によると、
アメリカ現代美術におけるルーカス・サマラスは、ジャンルにとらわれない幅広い表現と常に自らを作品の素材として示す点においてとりわけ異彩を放つ存在となっている。1960年代にアラン・カプロー、ジョージ・シーガル、クレス・オルデンバーグなどと『ハプニング』に参加し、その後は独自の視点からミニマル系の作家とも異なる心理的なある種の強迫観念にもとづく作品を発表し続けた。人間の内面に深く訴えかけるそうした作品はいずれも、見るものの誰をも釘づけにしその幻想的な世界に誘う。

ルーカス・サマラスは、1936年ギリシャ・マケドニアに生まれ、1948年に家族とともにニューヨークに移住、以降、アメリカを主な舞台として作家活動を展開してきた。1971年にシカゴ現代美術館でボックス・ワークの展覧会が開かれ、翌年にはホイットニー美術館で回顧展が開催されたことからも、早くからアメリカの現代美術において注目を集めていたことがわかるだろう。また、1988年か89年にかけて、ボストン美術館をはじめとする全米の美術館で大規模な展覧会が組織され、その評価を不動のものとしている。

とあるが、サマラスは、強迫観念という心の状態を、自らの心の病巣として作品に表出することで自己の外在化を図ろうとしていたのだろうか?それとも強迫観念に囚われた人間の錯綜した状態を芸術表現におけるひとつ題材として捉え、それを分析・再構成することによって今までにない新しい表現に到達しようと試みたのであろうか。

●作家:Lucas Samaras(1936-)
●前書き:Alain Sayag
●種類:Catlogue
●サイズ:228x302mm
●技法:Offset
●発行:Musée National d'Art Moderne, Centre Georges Pompidou, Paris
●制作年:1983
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註:
1.
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図版:「Instantanés」展の図録:「Instantanés」 Paris. Centre Pompidou. Musée National d'Art Moderne. 1980., 100pp.by Alain Sayag, illustrated with B&W and Colour photographs. The Exhibition catalogue of contemporary American and European Polaroid photography by( Part 1):Ansel Adams, Donald Curran, Walker Evans. Alma Davensport, Terry Walker, Bruce Nicoll, Weston Andrews, Ad Windig, Ingrid Assmann, Eve Sonneman, David Mahaffey, Inge Morath, Luciano Castelli, Godfried Zollner, Lucien Clergue, Kenneth Sund, Toto Frima, Helmut Newton, Wout Berger, Rena Small, Esad Cicic, Ralph Gibson, Christian Vogt, Jean-Loup Sieff, Joyce Ravid, Richard Hamilton, Andy Warhol, Beppe Buccafusca, David van 't Veen, Anthony Barboza, John Gintoff, Ken Straiton, Barnaby Evans, Arthur Ollmann, Terry Walker, Reinhart Wolf, Inge Reethof, Eve Sonneman, Jochen Gerz: 'A Danish exorcism', (Part 2):Jean Ruiter, Odile Moulinas, Lisette Model, Andréas Mahl, Wout Berger, John Thornton, Weston Andrews, Rosamond Wolff Purcell, Alma Davensport, Paul de Nooijer, Bruce Charlesworth, Gérard Minkoff, André Gelpke, William Larson, John Reuter, Lucas Samaras, Detlef Odenhausen, Linda White, Leo Krims, Wendy Grad, Horodecky Iruthchka, John Thornton, Christian Vogt et Bruce Charlesworth.

2.展覧会の図録:「David Hockney Photographe」Centre Georges Pompidou/Herscher,1982、アラン・サヤグが「Une pratique du regard」と題する前書きを寄せている。

3.The Denver Art Museum, Denver CO May 7-July 10, 1988, National Museum of American Art, Smithsonian Institution, Washington DC August 12-October 16, 1988, The High Museum of Art, Atlanta GA November 26, 1988-January 22, 1989, The Center for the Fine Arts, Miami FL March 6-April 30, 1989, Virginia Museum of Fine Arts, Richmond VA June 13-August 13, 1989 and the Museum of Fine Arts, Boston, Boston MA September 20-November 12, 1989
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by galleria-iska | 2011-07-17 19:05 | 図録類 | Comments(0)
2011年 06月 19日

スウィンギング・ロンドン50's-60's 「This was Tomorrow」

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昨年5月の郡山市立美術館に始まり、今年11月開催予定の徳島県立近代美術館まで、国内六ヶ所の美術館を巡回する現在進行中の展覧会「スウィンギング・ロンドン 50's-60's 展 (2010~2011)」。戦後の混乱期を乗り越え、消費財の大量生産が可能となった1950年代から、若い世代によって、美術、建築、デザイン、ファッション、音楽に大きな変革が起こる。中でもイギリスはその先駆的な役割を果たし、その中心地、ロンドンは“スウィンギング・ロンドン”と称され、若者文化の発信地となった。未だ足を運んでいないが、この展覧会は、大量生産時代におけるデザインの効用と、ファッションや音楽など中心とした若者文化を通して、その時代のライフスタイルを検証するものであるらしい。目玉として、この展覧会を企画した19,20世紀イギリス・デザイン(殊に家具)の専門家で、日本人の妻を持つ、マイケル・ホワイトウェイ(Michael Whiteway)の友人であるイギリスのロック・グループ、レッド・ツェッペリンのギタリスト、ジミー・ペイジが使用したギターやステージ衣装が特別出品されているとのこと。しかしその内容は、1990年にイタリアで開催された展覧会を下敷きにしているのではないかと思われる。イタリアでの展覧会は、ポップ・アートの先駆け的作品を制作していたエドワルド・パオロッツイら若い美術家や、商業美術を「Popular Art」と称し、ポップ・アートという言葉の誕生を促した評論家のローレンス・アロウェイなどが集まり、ICAを拠点に活動を行なっていた「インディペンデント・グループ」の企画により1956年にイギリスのホワイトチャペル・アート・ギャラリーで行なわれた、来るべき明日を予見する展覧会「This is Tomorrow」の1990年ヴァージョンがICAで開催されたことにに関連しており、それへの回答として1960年代に焦点を合わせたものである。その際、二冊組の図録とヴィデオテープを組み合わせた「This was Tomorrow」がイタリアの出版社Electa」から刊行されているのだが、その内容が正に今回のこの展覧会の雛形となっている。しかし、この20年というタイムラグは何であろう。

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図版:リチャード・ハミルトン(Richard Hamilton)のポスター:題名:Swingeing London 67, 技法:Photo-offset lithograph, サイズ:704x501mm, 限定:2000, of which 50 were signed by the artist. 発行: ED912 Edizioni di Cultura Contemporanea, Milano, 印刷:the artist and Sergio Tosi(Grafica Uno), Milano

その1960年代の負の部分をテーマとする作品で、「Swinging London」を捩った「Swingeing London 67」は、以前から手に入れたいと思ってはいるものの、いつも寸でのところで逃してしまう、ポップ・アートの創始者的存在であるイギリスの画家リチャ-ド・ハミルトンが1967年に制作したポスターである。ロック・グループ、ザ・ローリング・ストーンズのメンバー、ミック・ジャガー(Mich Jagger)とハミルトンの画商、ロバート・フレーザー(Robert Fraser,1937-1985)が麻薬(ヘロイン)の所持と使用によって逮捕され、その裁判で、判事が、犯罪抑止のためとしながらも、ミック・ジャガーの刑を軽減し、フレーザーに重い刑を下したことに対する返答として制作したもの。ポスターは写真製版によるオフセットリトグラフで、ミラノの出版社、ED912現代文化出版(ED912 Edizioni di Cultura Contemporanea)のポスターシリーズ「Situazione」(状況)」の6番目のポスターとして発行された。限定は2000部で、1000部が“Opaline machine-made wove stock”に、後の1000部 は“Fabriano paper”に印刷され、ファブリアーノ.紙の内の50部に署名がされた。印刷は作家自身とミラノの印刷・出版社、グラフィカ・ウノの刷り師、セルジオ・トシ(Sergio Tosi)の共同で行なわれた。


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by galleria-iska | 2011-06-19 13:43 | 図録類 | Comments(0)
2011年 05月 19日

ロイ・リキテンスタインのカバーアート「Guggenheim Magazine」(1993)

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ニューヨークのグッゲンハイム美術館が会員のために発行している会報誌「Guggenheim Magazine」の1993年秋号。この号は同年開催されたロイ・リキテンスタインの大規模な回顧展に合わせ発行されたもので、表紙をリキテンスタインがデザインしており、表裏に同じイメージが使われている。リキテンスタインはこのイメージをコラージュの手法で制作しているが、主題は、17世紀のオランダ絵画における静物画をイメージさせる。卓上の静物や壁に掛かった額などのモチーフは1974年に制作された連作版画「Six Still Lifes Series」と関連しているが、ここではストライプとともに網点が復活しており、大きさの違う網点の使用による陰影表現で、平面的で均一だった画面に空気感をともなう複雑な光の諧調が生まれ、西欧絵画において実在性を得るために欠かすことの出来ない明暗法が、リキテンスタイン流の解釈によって示されている。

●作家:Roy Lichtenstein(1923-1997)
●種類:Book cover
●サイズ:345x270mm
●技法:Offset lithograph
●限定:ca.30000‐35000
●出版:artist & Solomon R. Guggenheim Museum, New York
●印刷:Mack Printing Company, Easton, Pennsylvania
●制作年:1993

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by galleria-iska | 2011-05-19 17:08 | 図録類 | Comments(0)
2011年 05月 18日

ロイ・リキテンスタインのカバーアート「Art About Art」」(1978)

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1960年代の漫画の引用から始まり、ピカソやモネの作品を下敷きにした作品を制作してきたロイ・リキテンスタインは1977年、自分自身の過去のモチーフなどをシュルレアリスム的解釈を施して構成する“シュルレアリスト”ペインティングを始め、1979年までに49点の作品を制作。1978年にはジェミナイ版画工房からリトグラフ6点組の「シュルレアリストシリーズ」も出版している。同年、ニューヨークのホイットニー美術館で開催された、現代美術における引用に焦点を当てた「美術についての美術(Art About Art」展のカタログの表紙も、この”シュルレアリスト”ペインティングに関連する構図でデザインされている。モチーフとして描かれている画枠(Stretcher Frame)は1968年のペインティングや1969年に出版された「ロイ・リキテンスタイン:素描と版画」のブックカバーに描かれたものであり、大きく見開いた目や唇も、リキテンスタインが1960年代に盛んに描いたブロンド美人を特徴付ける重要な要素である。その60年代のモチーフであった画枠が捲れ、その内側から1970年代の画題である“シュルレアリスト”という別の画枠が現われるが、それは誰もが知るダリの手法を思い起こさせる。このイメージは展覧会の告知用ポスターにも使われているが、ポスターでは、タイポグラフィーが省かれ、作品の表題ならぬ展覧会情報を記したラベルが貼られているところが面白い。

●作家:Roy Lichtenstein(1923-1997)
●種類:Book cover
●サイズ:255x181mm
●技法:Offset lithograph
●限定:15000
●出版:E.P.Dutton, New York
●印刷:Lithochrome, New York
●制作年:1978


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by galleria-iska | 2011-05-18 18:40 | 図録類 | Comments(0)
2011年 04月 23日

ニキ・ド・サンファル展図録「Réalisations, & projets d'architectures de Niki de Saint Phalle」

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1974年2月5日から3月2日にかけてニキ・ド・サンファル(Niki de Saint Phalle, 1930-2002)の契約画廊であるパリのアレクサンドル・イオラス画廊(Galerie Alexandre Iolas)で行なわれた展覧会の図録。ニキの三つの記念碑的な巨大作品《Hon(=She)》《Golem》《Le Dragon》と計画中のプロジェクトを、図解、新聞記事、写真、設計図、デッサンとニキの手書き文字によるテキストで紹介した折り本形式の図録。ニキを一躍有名にした「ホン(スウェーデン語で「彼女」を意味する)」は、1966年にストックホルムの近代美術館に展示された、長さ27メートル、6トンもある巨大な作品で、開いた足の間から胎内を巡れるようになっており、膣のトンネルを10万人の訪問者が通り抜けたという。その「ホン(Hon)」を始めとするニキの建築的規模の巨大作品の制作過程や意図、その背景などがニキ本人の言葉で語られている。

図録のデザインや写真などの資料とテキストのレイアウトもニキが行い、アーティストブックとも言える、手作り感のある作品集となっている。ボード紙の表紙には、テキストにも使われているモザイク模様の手書き文字で題名が記されている。

●作家:Niki de Saint Phalle(1930-2002)
●種類:Catalogue
●題名:Réalisations, & projets d'architectures de Niki de Saint Phalle
●サイズ:161x245x8mm
●技法:Offset
●発行:Alexandre Iolas, Paris
●制作年:1974


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by galleria-iska | 2011-04-23 21:22 | 図録類 | Comments(0)
2011年 04月 09日

ノワーズ「Revue Noise No.15-16」

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1985年にマーグ画廊からデリエール・ル・ミロワールに代わる新しい美術誌として創刊された「ノワーズ(Noise)」、第15-16合併号、1991年発行。日本人作家、黒田アキ氏が編集主幹を務める。黒田氏による最後の表紙デザイン。一方、黒田氏はこの年、同じマーグ出版から大判サイズ(46x32cm)の新しい美術誌「COSMISSIMO(コスミッシモ)」を創刊している。そちらは黒田氏のオリジナルを中心とした構成で、ヴィム・ヴェンダース(Wim Wenders, 1945-)、ウィリアム・クライン(William Klein, 1928-)、エンキ・ビラル(Enki Bilal、1951-)といった映像作家やファッションデザイナーのソニヤ・リキエルが作品を提供している。

●種類:Revue d'art
●題名:NOISE No.15-16
●技法:Lithograph
●サイズ:370x270mm
●限定:2000
●発行:Maeght Éditeur, Paris
●発行年:1991

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by galleria-iska | 2011-04-09 22:19 | 図録類 | Comments(0)
2011年 04月 09日

ノワーズ「Revue Noise No.14」

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1985年にマーグ画廊がデリエール・ル・ミロワールに代わる新しい美術誌として創刊した「Noise」、第14号、1990年発行。日本人作家、黒田アキ氏が編集主幹を務める。表紙はフランスの女性作家、エレーヌ・デルプラ(Hélène Delprat, 1957)によるオリジナル・リトグラフ。デルプラは1985年、若干28才でマーグ画廊で初個展を開催、以後1995年までの10年間に5回の絵画展(initiation(1985) / boite noire / anima sola(1990)/ thèâtres / les heures )の他、、版画展やデッサン展も開催している。デルプラは1980年代、アフリカ美術に刺激を受け、洞窟の壁画や呪術などに見られる人類の原初的なイメージを、アフリカの土と肌の色を象徴する茶と黒を使い、プリミティヴなスタイルで描いている。

●種類:Revue d'art
●題名:NOISE No.14
●技法:Lithograph
●サイズ:370x270mm
●限定:2000
●発行:Maeght Éditeur, Paris
●発行年:1990

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1985年の最初の個展のヴェルニサージュへの招待状。リト刷り、160x160mm。
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1987年の個展のヴェルニサージュへの招待状。二つ折り、オリジナル・リトグラフ、160x158mm(160x316mm)
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by galleria-iska | 2011-04-09 22:13 | 図録類 | Comments(0)
2011年 04月 09日

ノワーズ「Revue Noise No.13」

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1985年にマーグ画廊がデリエール・ル・ミロワールに代わる新しい美術誌として創刊した「Noise」、第13号、1990年発行。日本人作家、黒田アキ氏が編集主幹を務める。表紙のデザインは、1940年ベルリン生まれで、1966年からパリで活動しているコンセプチュアル・アーティスト、ヨッヘン・ゲルツ(Jochen Gerz, 1940-)によるオリジナル・リトグラフ。

●種類:Revue d'art
●題名:NOISE No.13
●技法:Lithograph
●サイズ:370x270mm
●限定:2000
●発行:Maeght Éditeur, Paris
●発行年:1990


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by galleria-iska | 2011-04-09 22:06 | 図録類 | Comments(0)