ガレリア・イスカ通信

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2011年 01月 30日

ホルスト・ヤンセンの回顧展図録「Kestner-Gesellschaft Hannover」(1966)

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1965年12月9日から1966年1月9日かけてハノヴァーにあるケストナー協会で開催されたホルスト・ヤンセンの最初の回顧展の図録。展覧会には、ヤンセンが1951年から1965年にかけて制作した木版画、リトグラフ、銅版画、鉛筆、色鉛筆、ペンによる素描,水彩画、全178点が出展された。図録の後半には、展覧会に際し、ハンブルク美術大学の教授カール・フォーゲル博士(Dr.Carl Vogel)によるヤンセンの1951年から1965年までの版画作品全410点のカタログレゾネを収録。レゾネには、木版画、リトグラフ、銅版画作品の他、ポスターや通常版画作品とは認められない展覧会の案内および招待状も収録されている。巻末に協力・協賛企業の広告を掲載。その内ヤンセンと関係の深い、ブロックシュテット画廊、ハンス・クリスティアンズ印刷・出版、ウィリ・ウールマッハー・クリシェ=リト工房については、ヤンセン自身が広告をデザインしている。

●作家:Horst Janssen(1929-1995)
●種類:Catalogue
●題名:Horst Janssen Kestner-Gesellschaft Hannover
●サイズ:210x163mm
●発行:Kestner-Gesellschaft Hannover
●発行年:1965
●印刷:Hans Christians, Hamburg
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《Galerie Brockstedt》の広告
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《Hans Christians Druckerie und Verlag》の広告
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《Willi Uhrmacher Klisches-Lithos》の広告
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by galleria-iska | 2011-01-30 19:00 | ホルスト・ヤンセン関係 | Comments(0)
2011年 01月 26日

ホルスト・ヤンセンの招待状「Einladung zur Architektenbüro Party:Garten+Kahl」」(1966)

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1950年代から1960年代にかけて、ホルスト・ヤンセンは展覧会の際にポスターとは別にオリジナル・デザインの招待状をリトグラフや亜鉛版エッチングで制作している。それは丁度、ヤンセンがジャン・デュビュッフェの影響を受けていた頃と重なっており、社会的存在として生かされている自己の奥底に潜む根源的な生の衝動を開放する手段と結びついている。銅版画が芸術愛好家や批評家の目を意識して制作されたのに対し、ポスターや招待状は、一般へのアピールを図ることを目的に制作されてはいるものの、ヤンセンの出発点であった絵本という絵と文字からなる表現形式を受け継ぐグラフィックな表現が、単なる情報伝達にとどまらない、この時期の重要な表現手段のひとつとなっていることに注目すべきであろう。この招待状はヤンセン自身の展覧会のためのものではなく、「Garten+Kahl(庭園と荒地)」と題して行なわれた建築事務所のパーティへの招待状である。茶系の薄紙に印刷されているが、白い紙を用いたものもあるかもしれない。

●作家:Horst Janssen(1929-1995)
●種類:Einladung(Invitation)
●題名:Einladung zur Architektenbüro Party:Garten+Kahl
●サイズ:425x307mm
●技法:Strichätzung(Zinkätzung)
●発行:Hans Christians Druckerei und Verlag, Hamburg
●刷り:Hans Christians, Hamburg
●制作年:1966(Fev.19)
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画面右下の余白に入れられたヤンセンの鉛筆サイン



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by galleria-iska | 2011-01-26 19:41 | ホルスト・ヤンセン関係 | Comments(0)
2011年 01月 26日

ホルスト・ヤンセンの年賀状「Prosit Neujahr 1966」

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ホルスト・ヤンセンがハンブルクの印刷出版社ハンス・クリティアンズ(Hans Christians Druckerei und Verlag, Hamburg)のために制作した1966年の年賀状。限定100部で署名と番号が入れられたものと無署名のものがあり、ここで取り上げるのは後者。ハンス・クリスティアンズは創業1740年、270年の歴史を持つ古い印刷所である。創業者はニコラウス・ヴォルメル(Nikolaus Wörmer )で、1740年にカットレーペルに印刷所を興す。1875年までヴォルメル家の経営であったが、1875年、エデュアルド・アウグスト・クリスティアンズ(Eduard August Christians)が印刷所を手に入れ、以後クリスティアンズ家の経営となる。19世紀末に息子のハンスが経営に参加、小劇場通りのパレードを継続させている。1934年、ハンスの息子クルトが会社を引き継ぐ。2001年に手狭になった本社を小劇場通りからベーリング通りへ移転。その後一端経営難に陥るが、2003年に事業を再開、今日に至る。年賀状が制作された1965年は創業220周年にあたり、印刷所の歴史を纏めた『Die Geschichte einer Alten Hamburger Druckerei Hans Christians 1740-1965 』が同社から刊行されている。

ヤンセンは、この年賀状のために、『D-1966』なる、数字や文字などを組み合わせた蒸気機関車らしきものを描いており、蒸気ドームと思われる部分にクリスティアンズ家の肖像(三代目のクルトか?)を、また、大きな車輪の上の胴体にあたる部分-数字のゼロあるいはアルファベットのオーの文字にも見える-の上には、口から煙を吐く自画像を描き入れている。

●作家:Horst Janssen(1929-1995)
●種類:Prosit Neujahr 1966(Happy New Year 1966)
●題名:Einsteigen!(ご乗車願います)
●サイズ:380x266mm
●技法:Strichätzung(Zinkätzung)
●発行:Hans Christians Druckerei und Verlag, Hamburg
●刷り:Hans Christians, Hamburg
●制作年:1965(Nov.21)
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by galleria-iska | 2011-01-26 15:32 | ホルスト・ヤンセン関係 | Comments(0)
2011年 01月 22日

ホルスト・ヤンセンの絵草子「Lichtenberger Bilderbogen」(1967)

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ホルスト・ヤンセンが1967年に亜鉛版エッチングで制作した作品で、ハンブルクの書肆へルマン・ラーツェン(Hermann Laatzen, Hamburg)が一ヶ月おきに発行していた「リヒテンベルク絵草子」(全6点)の中の一点。ヤンセンが私淑する18世紀の実験物理学の権威で、ウイリアム・ホガースの版画作品の解説や観相学の論文も発表しているゲオルグ・クリストフ・リヒテンベルクの(Georg Christoph Lichtenberg, 1742-1799)の観相学的見地に基づく肖像ヴァリエーション。1967年8月30日制作。画面右下余白にヤンセンの鉛筆サインと年記がある。ここで描かれている肖像がリヒテンベルグのそれであるかどうかは分からないが、それぞれの人物の顔の表情は、割れたガラスや石器のような形状で描かれており、もはや元の人物を特定することは出来ない。ここでのヤンセンは、人間の感情が作り出す顔の表情を突き抜け、グロテスクにまで記号化された図像の創出を愉しんでいるかのようだ。

●作家:Horst Janssen(1929-1995)
●題名:Laatzen's bilderbogen: 2 Folge:Bogen 1A
●サイズ:637x444mm
●技法:Strichätzung(Zinkätzung)
●限定:1000
●発行:Hermann Laatzen, Hamburg
●刷り:Hans Christians, Hamburg
●制作年:1967
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by galleria-iska | 2011-01-22 12:06 | ホルスト・ヤンセン関係 | Comments(0)
2011年 01月 14日

ホルスト・ヤンセンの年賀状「Prosit Neujahr 67」

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ホルスト・ヤンセンが1967年の年賀状として制作した折り本で、四つのパネルからなり、ヤンセンの一週間が自虐的に描かれている:

“Am Montag fängt die Woche an - Dienstag muß ich zu Saufen haben - Mittwoch bin ich sternenvoll - Donnerstag tut der Kopf nicht wohl - Am Freitag muß ich sterben - Am Samstag rfahr ich in den Himmel - Am Sonntag unter die Erde - Am Montag bin ich wieder der alte Lümmel”

「月曜日に一週間が始まる」「火曜日、かぶ飲みしなければならない」「水曜日、無数の星となる」「木曜日、うまく頭が働かない」「金曜日に死ななくてはならない」「土曜日には地面の下」「日曜日には天国に行くだろう」「月曜日に年老いた無骨者に戻る」

この折り本は、ヤンセンが1961年に制作した8点組みの銅版画シリーズ「Am Montag fängt die Woche an」を基に制作されている。
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●作家:Horst Janssen(1929-1995)
●種類:Leporello(Faltbuch=foldable booklet )
●題名:Am Montag fängt die Woche an
●サイズ:323x135mm(323x543mm)
●技法:Facsimile
●発行:Hans Christians, Hamburg
●印刷:Hans Christians, Hamburg
●制作年:1966
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四番目のパネルの右下部分。

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by galleria-iska | 2011-01-14 13:17 | ホルスト・ヤンセン関係 | Comments(0)
2011年 01月 11日

ベルクグリューン画廊の通販カタログ「Maitres-Graveurs Contemporains」(1993)

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ドイツ系ユダヤ人画商ハインツ・ベルクグリューン(Heinz Berggruen, 1914-2007)によって第二次世界大戦後の混乱冷め遣らぬパリに設立されたベルクグリュン画廊(1)から一二年置きに発行されていた版画の通信販売用カタログ。その1993年版で、二代目の経営者アントワーヌ・マンディアラ(Antoine Mendiharat)が亡くなり、ベルクグリューン画廊の在庫一切を引き継いだ三代目の経営者が発行したベルクグリューン画廊最後の通信販売カタログ。経営者がビートルズ・ファンだったかどうか分からないが、1968年に発売された『ザ・ビートルズ(The Beatles)』、通称「ホワイト・アルバム」と同じ意匠で作られており、それまで作家のオリジナル・リトグラフが飾っていた表紙は白無地で、《BERGGRUEN & CIE》の文字が浮き出し文字で表記されている。ビートルズのアルバムが、“2枚組30曲入りというヴォリュームでかつ多種多様な楽曲が収録されており、現代音楽の全ての要素が詰まっている”と評されるように、それまでベルクグリューン画廊が扱ってきた作家以外にも、いわゆる現代美術の作家たちの多彩な作品が集められている。が、ビートルズのアルバムに対する批判的評価と同じように、残念ながら顧客の反応は今ひとつで、使命を終えた画廊を送り出す経帷子のような意匠になってしまった感がある。

種類:Plaquette Berggruen No.104
題名:Maitres-Graveurs Contemporains 1993
サイズ:220x116mm
発行:Berggruen & Cie, Paris
印刷:Mani Fotolito, Florence(Firenze)

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註:
1.ベルクグリューンは1947年、パリ中心部のシテ島のドフィーヌ広場(Place Dauphine)に書店兼画商として小さな店を開く。二年後の1949年に、パリ7区の《70, rue de l'Universite》に移転し、本格的な画廊経営に乗り出す。1952年のパウル・クレーの展覧会を皮切りに、マチスやピカソなどの展覧会を開催する一方で、有名作家によるリトグラフ作品の版元となり、1963年にピカソのリノカットポスターを表紙に使った最初の通信販売用のカタログ「Maitres-graveurs contemporains」を制作・発行。1965年版はマルク・シャガールに表紙用のオリジナル・リトグラフの制作を依頼、その後全てのカタログの表紙を著名作家のオリジナル・リトグラフが飾る。このユニークな販売方法が成功を収め、大金を手にするが、1980年、コレクターとしての活動に専念するため、画廊の経営権を助手のアントワーヌ・マンディアラ(Antoine Mendiharat)に譲渡。1988年にマンディアラが死去。その後三代目の経営者に渡る。
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by galleria-iska | 2011-01-11 21:11 | 図録類 | Comments(0)
2011年 01月 11日

ベルクグリューン画廊の通販カタログ「Maitres-Graveurs Contemporains」(1988)

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ドイツ系ユダヤ人画商ハインツ・ベルクグリューン(Heinz Berggruen, 1914-2007)によって第二次世界大戦後の混乱冷め遣らぬパリに設立されたベルクグリュン画廊(1)から一二年置きに発行されていた版画の通信販売用カタログ。その1988年版。この年、二代目の経営者アントワーヌ・マンディアラ(Antoine Mendiharat)が亡くなる。表紙はスペインのマドリッド出身の画家兼版画家エドゥアルド・アロヨ(アローヨ、Eduardo Arroyo, 1937-)によるオリジナル・リトグラフで、これがオリジナル・リトグラフを用いた最後の通信販売用カタログとなる。

作家:Eduardo Arroyo, 1937-
種類:Plaquette Berggruen No.90
題名:Maitres-Graveurs Contemporains 1988
サイズ:220x116mm
発行:Berggruen & Cie, Paris
印刷(表紙):Grapholith, Paris
印刷(図録):Imprimerie Union

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註:
1.ベルクグリューンは1947年、パリ中心部のシテ島のドフィーヌ広場(Place Dauphine)に書店兼画商として小さな店を開く。二年後の1949年に、パリ7区の《70, rue de l'Universite》に移転し、本格的な画廊経営に乗り出す。1952年のパウル・クレーの展覧会を皮切りに、マチスやピカソなどのの展覧会を開催する一方で、有名作家によるリトグラフ作品の版元となり、1963年にピカソのリノカットポスターを表紙に使った最初の通信販売用のカタログ「Maitres-graveurs contemporains」を制作・発行。1965年版はマルク・シャガールに表紙用のオリジナル・リトグラフの制作を依頼、その後全てのカタログの表紙を著名作家のオリジナル・リトグラフが飾る。このユニークな販売方法が成功を収め、大金を手にするが、1980年、コレクターとしての活動に専念するため、画廊の経営権を助手のアントワーヌ・マンディアラ(Antoine Mendiharat)に譲渡。1988年にマンディアラが死去。その後三代目の経営者に渡る。
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by galleria-iska | 2011-01-11 20:35 | 図録類 | Comments(0)
2011年 01月 11日

ベルクグリューン画廊の通販カタログ「Maitres-Graveurs Contemporains」(1986)

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ドイツ系ユダヤ人画商ハインツ・ベルクグリューン(Heinz Berggruen, 1914-2007)によって第二次世界大戦後の混乱冷め遣らぬパリに設立されたベルクグリュン画廊(1)から一二年置きに発行されていた版画の通信販売用カタログ。その1986年版。表紙はフランスの画家ジェラール・べランジェ(Gérard Beringer, 1947-)によるオリジナル・リトグラフ。

作家:Gérard Beringer, 1947-
種類:Plaquette Berggruen No.83
題名:Maitres-Graveurs Contemporains 1986
サイズ:220x116mm
発行:Berggruen & Cie, Paris
印刷(表紙):Clot, Bramsen & George, Paris
印刷(図録):Imprimerie Union

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註:
1.ベルクグリューンは1947年、パリ中心部のシテ島のドフィーヌ広場(Place Dauphine)に書店兼画商として小さな店を開く。二年後の1949年に、パリ7区の《70, rue de l'Universite》に移転し、本格的な画廊経営に乗り出す。1952年のパウル・クレーの展覧会を皮切りに、マチスやピカソなどのの展覧会を開催する一方で、有名作家によるリトグラフ作品の版元となり、1963年にピカソのリノカットポスターを表紙に使った最初の通信販売用のカタログ「Maitres-graveurs contemporains」を制作・発行。1965年版はマルク・シャガールに表紙用のオリジナル・リトグラフの制作を依頼、その後全てのカタログの表紙を著名作家のオリジナル・リトグラフが飾る。このユニークな販売方法が成功を収め、大金を手にするが、1980年、コレクターとしての活動に専念するため、画廊の経営権を助手のアントワーヌ・マンディアラ(Antoine Mendiharat)に譲渡。1988年にマンディアラが死去。その後三代目の経営者に渡る。
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by galleria-iska | 2011-01-11 20:11 | 図録類 | Comments(0)
2011年 01月 11日

ベルクグリューン画廊の通販カタログ「Maitres-Graveurs Contemporains」(1984)

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ドイツ系ユダヤ人画商ハインツ・ベルクグリューン(Heinz Berggruen, 1914-2007)によって第二次世界大戦後の混乱冷め遣らぬパリに設立されたベルクグリュン画廊(1)から一二年置きに発行されていた版画の通信販売用カタログ。その1984年版。表紙はオランダのアウデワーテル出身の銅版画家ヤン・モンティン(Jan Montyn, 1924-)によるオリジナル・リトグラフ。

作家:Jan Montyn, 1924-
種類:Plaquette Berggruen No.76
題名:Maitres-Graveurs Contemporains 1984
サイズ:220x116mm
発行:Berggruen & Cie, Paris
印刷(表紙):Mourlot Imp., Paris
印刷(図録):Imprimerie Union

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註:
1.ベルクグリューンは1947年、パリ中心部のシテ島のドフィーヌ広場(Place Dauphine)に書店兼画商として小さな店を開く。二年後の1949年に、パリ7区の《70, rue de l'Universite》に移転し、本格的な画廊経営に乗り出す。1952年のパウル・クレーの展覧会を皮切りに、マチスやピカソなどの展覧会を開催する一方で、有名作家によるリトグラフ作品の版元となり、1963年にピカソのリノカットポスターを表紙に使った最初の通信販売用のカタログ「Maitres-graveurs contemporains」を制作・発行。1965年版はマルク・シャガールに表紙用のオリジナル・リトグラフの制作を依頼、その後全てのカタログの表紙を著名作家のオリジナル・リトグラフが飾る。このユニークな販売方法が成功を収め、大金を手にするが、1980年、コレクターとしての活動に専念するため、画廊の経営権を助手のアントワーヌ・マンディアラ(Antoine Mendiharat)に譲渡。1988年にマンディアラが死去。その後三代目の経営者に渡る。
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by galleria-iska | 2011-01-11 19:21 | 図録類 | Comments(0)
2011年 01月 11日

ベルクグリューン画廊の通販カタログ「Maitres-Graveurs Contemporains」(1982)

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ドイツ系ユダヤ人画商ハインツ・ベルクグリューン(Heinz Berggruen, 1914-2007)によって第二次世界大戦後の混乱冷め遣らぬパリに設立されたベルクグリュン画廊(1)から一二年置きに発行されていた版画の通信販売用カタログ。その1982年版。表紙は北京出身の抽象画家、版画家ザオ・ウーキー(Zao Wou-Ki《趙無極》, 1921-)によるオリジナル・リトグラフ。

作家:Zao Wou-Ki, 1921-
種類:Plaquette Berggruen No.62
題名:Maitres-Graveurs Contemporains 1982
サイズ:220x116mm
発行:Berggruen & Cie, Paris
印刷(表紙):Mourlot Imp., Paris
印刷(図録):Imprimerie Union

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註:
1.ベルクグリューンは1947年、パリ中心部のシテ島のドフィーヌ広場(Place Dauphine)に書店兼画商として小さな店を開く。二年後の1949年に、パリ7区の《70, rue de l'Universite》に移転し、本格的な画廊経営に乗り出す。1952年のパウル・クレーの展覧会を皮切りに、マチスやピカソなどの展覧会を開催する一方で、有名作家によるリトグラフ作品の版元となり、1963年にピカソのリノカットポスターを表紙に使った最初の通信販売用のカタログ「Maitres-graveurs contemporains」を制作・発行。1965年版はマルク・シャガールに表紙用のオリジナル・リトグラフの制作を依頼、その後全てのカタログの表紙を著名作家のオリジナル・リトグラフが飾る。このユニークな販売方法が成功を収め、大金を手にするが、1980年、コレクターとしての活動に専念するため、画廊の経営権を助手のアントワーヌ・マンディアラ(Antoine Mendiharat)に譲渡。1988年にマンディアラが死去。その後三代目の経営者に渡る。
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by galleria-iska | 2011-01-11 18:57 | 図録類 | Comments(0)