ガレリア・イスカ通信

galleriska.exblog.jp
ブログトップ

<   2011年 07月 ( 13 )   > この月の画像一覧


2011年 07月 30日

ホルスト・ヤンセンのポスター「Drucken(2)」(1968)

a0155815_1962150.jpg

「Drucken」は、ホルスト・ヤンセンが1968年にハンブルクのクリスティアンズを始めとする図版印刷業組合の広告のために制作した二色刷りの亜鉛版エッチングであるが、これはその色版。亜鉛版エッチングは、オーブリー・ビアズリーの例を挙げるまでもなく、白と黒の対比を生かした印刷方法であり、通常黒一色で印刷されることが多いが、ヤンセンは多色刷りを試みており、この作品では赤の色版の上に黒の主版を重ね刷りしている。まだ確証はないが、ヤンセンはこの技法に多色刷りを持ち込んだ最初の作家ではないかと思われる。

描かれているのはヌード姿の妻ヴェレーナとヤンセン本人で、広告用に制作されたにも拘わらず、印刷のあれこれを説明するものではなく、「Drucken(印刷する)」という言葉が、ヤンセンの言葉遊びによって、同じ動作を示す言葉に置き換えられることで、それとはまったく関係ないような場面に転じさせられている。ヤンセンの遊び心とそれを愉しむユーモアの精神は、普段は気にも留めないその言葉の語源や意味の成り立ちを気付かせてくれる糸口ともなっていて、それは硬直した創作行為から自由な発想を取り戻し、デュシャンや、マン・レイの作品制作に見られる、地口、洒落、もじりなどの言葉遊びとも通底する、既成の概念を打ち破る豊かな創造力とも結びついている。と言っても、見る側にはヌードの妻と戯れるヤンセン自身にしか見えないのだが。

ヤンセンは、元々同じ動作を言い表す、“印刷する”という意味の「Drucken(ドルッケン)」と、“圧する”、“押しつける”という意味の「Drücken(ドリュッケン)」を、無造作のように見えて周到に考えられた仕掛け、描線ではなく、紙に押し付けられた赤いインクによって転換させている。それはヴェレーナの乳首に人指し指を押しつけ悦に入る自画像によって示されており、ヤンセンが手にしたタバコの煙が昇っていく先にある文字を見ると、赤のインクでウムラウトが加えられ、「Drucken」が「Drücken」へと変わっていることに気付くように仕向けられている。

●作家:Horst Janssen(1929-1995)
●種類:Plakate(Poster:Color separation)
●題名:Drucken
●サイズ:430x278mm
●技法:Strichätzung(Zinkätzung)
●発行:Christians, Hamburg
●制作年:1968

a0155815_18362811.jpg



a0155815_1836185.jpg
色版と完成段階
[PR]

by galleria-iska | 2011-07-30 18:54 | ホルスト・ヤンセン関係 | Comments(0)
2011年 07月 29日

キース・ヘリングの缶バッジ「Heritage of Pride, Inc.」

a0155815_1742935.jpg

1986年にキース・ヘリング(Keith Haring, 1958-1990)がLGBT(レスビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダー)の社会的偏見からの解放ために設立されたボランティア運営の非営利団体「HOP=Heritage of Pride」(1984年設立)ためにデザインしたロゴを使った缶バッジ。雄(♂)雌(♀)の性別記号を用いて同性愛をシンボライズしており、白地(White)、黒地(Black)、カラー(Color)の三種類のヴァージョンがある。

●作家:Keith Haring(1958-1990)
●題名:Heritage of pride, Inc.(White)
●サイズ:53x53mm
●種類:Button(Can badge)
●技法:Silkscreen
●制作年:1986

a0155815_1758484.jpg

[PR]

by galleria-iska | 2011-07-29 17:37 | キース・へリング関係 | Comments(0)
2011年 07月 29日

キース・ヘリングのコンドームケース「Safe Sex」(1987)

a0155815_1825383.jpg

キース・ヘリング(Kieth Haring, 1958-1990)は1987年に、エイズ予防のキャンペーン活動のひとつとして、二種類のコンドームケースのデザインを行なっている。ヘリングの有名なアイコン「Three eyed face」を用いたものは既に取り上げているが、これは「Safe Sex!(安全なセックスを!)」と題し、コンドームを持つ男性性器をユーモラスに描いたもの。裏側には大きなクリップが付いていて、バッジとしてシャツや上着のポケットに挟めるようになっている。このデザインはキャンペーン・ポスターにも使われている。かつてエイズは“不治の病”され、人類の存亡にまで関わると言われたが、今は地球そのものが病んでいるようで、自然の復元力を超える人間の経済活動やそれに伴う環境破壊や汚染が原因とされ、生半可な対処法では、もうどうにもならないところまで来ているのかもしれない。

●作家:Keith Haring(1957-1990)
●種類:Plastic condom case
●題名:Condom Case/Badge(White)
●サイズ:60x62x8mm
●技法:Silkscreen
●制作年:1987

a0155815_16354228.jpg


a0155815_16362617.jpg

[PR]

by galleria-iska | 2011-07-29 16:37 | キース・へリング関係 | Comments(0)
2011年 07月 27日

ホルスト・ヤンセンの折り本「Die Schweinekopfsülze」(1968)

a0155815_17263523.jpg

1969年1月24日の日付のある「豚の頭の肉ジェリー(Die Schweinekopfsülze)」はメルリン出版の創業者であるアンドレアス・J.マイヤーから饗応を受けたホルスト・ヤンセンが、その感謝の気持ちを表した折り本形式の挿絵本で、ヤンセンの友人であるギュンター・グラスが、「豚の頭の肉ジェリー」という料理を主題に、その料理法を散文詩に綴ったもの。

●作家:Horst Janssen(1929-1995)
●著者:Günter Grass(1927-)
●題名:Die Schweinekopfsülze
●種類:Leporello(Faltbuch=foldable booklet)
●サイズ:401x135mm(401x538mm)
●技法:Faksimile(Facsimile)
●発行:Merlin Verlag, Hamburg
●制作年:1969(24.1、69)

a0155815_17252746.jpg
表題紙を貼った特製のフォルダーに使われた用紙は、この後出版される「ヘンゼルとグレーテル」「パウル・ウルフと七匹の子山羊」の表紙にも使われることになる
a0155815_17254097.jpg
表題紙
a0155815_17261847.jpg
最終頁にはヤンセンの饗応への謝意が記されている。上部に鉛筆によるモノグラムサインが見える。

参考文献:
1.「画狂人ホルスト・ヤンセン‐北斎へのまなざし」(平凡社刊、2005年)124~125頁に図版が掲載されている。こちらで紹介されているものは、サイン無しのもの。
2.「Janssen - Retrospektive auf Verdacht」Heinz Spielmann, Museum für Kunst und Gewerbe Hamburg, Christians Verlag, 1982 p.p.70

a0155815_17264484.jpg

[PR]

by galleria-iska | 2011-07-27 18:57 | ホルスト・ヤンセン関係 | Comments(0)
2011年 07月 26日

サルバドール・ダリ展冊子「ギャラリー・オリエント《不死の十法》展」(1975)

a0155815_16393024.jpg

もう36年も前の話であるが、その頃は画廊の扉を開けるということは、かなり勇気のいることであった。まして作品を購入する金子を持たぬ者にとっては尚のこと。画廊は、作品を提供する画廊主とその作品の価値感を共有する顧客が作り出す、この世の喧騒とはかけ離れた理想郷がごとき時空間を形成しており、何の定見も持たず、いたずらに図像に惹かれ舞い込む輩は、単なる闖入者に他ならなかった。人生初の画廊体験が、天才にして奇人、誇大妄想のナルシスト、そして金とセックスの亡者と化したサルバドール・ダリの《不死の十法》なる11点のドライ・ポイントによる銅版画の展覧会であった。その版画とテキストを収めたスーツケースが特注ものとかで、中日新聞社、愛知県教育委員会、名古屋市教育委員会が後援する展覧会を紹介する新聞記事に惹かれ、東区の葵町にあるというギャラリー・オリエントなる画廊へ、恐ろしい経験が待ち受けているとは露知らず、いそいそと向った次第。不慣れな場所を行ったり来たりしながらようやくたどり着いた画廊は、さほど広いとは言えない空間であったように思えたが、緊張し過ぎて細かなところまで見る余裕など全くなかった。早速、拝見と思った途端、「ブルトンとダリの関係についてどう思うか」とか「シュルレアリスムにおける夢と現実との関係とは如何なるものか」とか、矢継ぎ早に質問を浴びせられ、ああ、これが画廊入門の洗礼というやつか、と思いつつも、もぞもぞしていると、「何だ、君は滝口修造も読んでいないの?」と言われ、ダリの作品を見に来て、滝口修造も読んでないの、と言われてみても、滝口修造を通してシュルレアリスムを知った訳でも無く、さりとて「作品だけ見せていただきたいのですが...」とも言えず、失礼になるといけないので、ここは退散するのが一番と、帰ろうとしたところ、「折角来たのだから、これをもって行きなさい」と渡されたのが、この冊子。作品の解説をしてくれるのかとばかり思っていたのだが、どんだ見当違いであった。それ以来画廊に近づくのを止めた。これとよく似たような体験をジャズ喫茶でも体験したような気がする。当時はそういう風潮だったのかもしれないが、対人恐怖症気味の私にはつらい洗礼であった。

ダリという奇妙な絵を描く画家のことは、小学校の帰りにいつも立ち寄る駅前の本屋で知ったのだが、裸電球が一つ二つあるだけのほの暗い店の奥の、男女の交合四十八手なる珍妙なる本が置いてある棚の下、手前にダンボール箱が無造作に置かれた隙間から垣間見える帯の文字に惹かれ取り出して見たのが最初の体験であった。見ている内に地面と天井が揺らめき出すような眩暈のようなものを感じた。その隣りには確か、マックス・エルンストの画集もあって、シュルレアリスムなどまだ学校では習っていなっかたが、自分たちが日頃想像する未来社会やロケットの飛ぶ宇宙の姿などとは発想の源の違う、こんな絵が何処から生まれてくるのだろうかと不思議に思った。男女交合四十八手もなんのことやらさっぱり見当もつかなったが、シュルレアリスムの二人の作家の絵も、描かれている内容は分からなかったが、人を摩訶不思議な気持ちにさせる作用があるので、店の奥の人知れぬ場所にそっと置いてあるのだと、ひとり合点した。それからは、現実世界からはあまり遠く離れず、「007ゴールドフィンガー」(1964年公開)の黄金の裸体が掲載された輸入版のプレイボーイなどを見たりして時間を潰すようにしたが、英語は読めないものの、まぁこんな美しい裸体にわざわざ金粉を塗ってもったいない、どうも大人のすることは常識がはずれていると、小学生ながら、頭から湯気がでそうなほど憤慨した。
a0155815_18381366.jpg
図版:まともに作品を見ていないが、興味を覚えたのはこの二点。第一章「リスのホログラフィーによって復活する人間」(左)と第二章「ダリアヌス・ガラエの不死」(右)。

●作家:Salvador Dali(1904-1989)
●種類:Leaflet
●サイズ:257x183mm
●技法:Offset
●発行:Gallery Orient, Nagoya
●制作年:1975

a0155815_1640445.jpg

a0155815_1639189.jpg

a0155815_16394876.jpg
中山公男(1927-2008)が序文を執筆、ダリと交流のあった滝口修造(1903-1979)と草月流の創始者、勅使河原蒼風(1900-1979)が推薦文を寄せている。





a0155815_16492632.jpg


----------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
2016年7月16日追記:

何を入れたのかも忘れてしまっていたダンボールの箱の中から、1975年に名古屋のギャラリーオリエントで開催されたサルバドール・ダリの「不死の十法」展の小冊子が入っていた紙袋が出てきたので、画像をアップしておく。サイズ:301x215mm。

a0155815_13238.jpg

[PR]

by galleria-iska | 2011-07-26 16:58 | 図録類 | Comments(0)
2011年 07月 23日

大橋歩展案内状「大橋歩の仕事 as life展」(2011)

a0155815_1228422.jpg

過日、三重県立美術館で開催された「大橋歩-Fashion as Life/ Life as Fashion」展に行った際に、伊賀市の山中にある“ギャラリーやまほん”で行なわれた「大橋歩の仕事 as life」展の案内状をいただいてきた。イラストレーターだとばかり思っていたが、最近は挿絵の原画として銅版画も制作しているらしい。それもソフトグランド・エッチングだとか。他にもそんな仕事をしている女性作家がいるが、そんな些細なことに気を取られていては、頭から湯気が上がらない日が無くなってしまう。みんな食うために生きているのだ、生きるために食べるのではない。

ところで、三重県立美術館が毎月第三日曜日入館無料であることはご存知だろうか。県民サービスのために実施しているのだが、他府県の人間は有料じゃ!なんて狭い了見をかざすようなことはない。堂々と、いや有難く入館させていただけばよい。こんなサービスがあっても、三重県民はほとんど近寄らないし、“ええじゃないか、ええじゃないか”と、お伊勢参りの帰りにでも立ち寄る人がいるかと思えば、さもあらず。企画展であっても、ゆったりと観覧できるし、場合によっては貸切状態に近い贅沢を味わう事さえ可能である。三重県民は美術館などで心の乾きを癒すよりも、きっともっと素敵な場所を知っているのだろうから、三重近隣にお住いの方は一度、第三日曜日にお出かけなすってみては如何だろうか。

独立法人化が進んで美術館も最近はお洒落スポットとしての魅力をアピールするようになってきたが、画廊ひとつ無い田舎でむさ苦しい学生生活を送っていた頃、年に一二度、陸蒸気に乗って上洛、岡崎公園にある京都国立近代美術館で展覧会を堪能した後、大人びた人たちが集うティールームで、そわそわと回りを気にしながら御茶するのが、この上なく贅沢に思えた。しかしティールームに行ったついでに展覧会を観た、という話は有り得なかった。最近は田舎にもそんな“お洒落”さを売り物にするなギャラリー(画廊ではない)が幾つも出来て、うら若き乙女たちの人気を集めているらしい。しかし中にはギャラリーが主なのか、併設の喫茶やショップが主なのか分からないものもある。いやそんな些細なことに気を取られていては、頭から湯気が上がらない日が無くなってしまう。みんな食うために生きているのだ、生きるために食べるのではない。

●作家:Ayumi Ohashi(1940-)
●種類:Announcement
●サイズ:2101x101mm
●技法:Offset
●発行:gallery yamahon, iga
●制作年:2011
a0155815_12224888.jpg




a0155815_12262364.jpg

[PR]

by galleria-iska | 2011-07-23 21:01 | 案内状/招待状関係 | Comments(0)
2011年 07月 22日

イアン・ハミルトン・フィンレイ展招待状「Ian Hamilton Finlay Pastorales」(1991)

a0155815_16365767.jpg

「Pastorales(田園詩/画)」と題して、1991年10月6日から11月3日まで北ドイツの代表都市、リューベックのオーヴァーベック協会(Overbeck-Gesellschaft, Lübeck)で開催された、イアン・ハミルトン・フィンレイ(Ian Hamilton Finlay、1925-2006)の展覧会のオープニングへの招待状。詩人、作家、版画家、園芸家と多彩な顔を持つフィンレイは1925年、スコットランド人の両親のもと、クリスファー・コロンブスの新大陸発見の足がかりとなった、フロリダ半島の南に位置するバハマ諸島のナッソウに生まれる。

フィンレイはここでは古典絵画を思わせるような描法で、生い茂る野草や木立を背景に、ごつごつとした地肌の大地に突き立てられた、ガーデニングや農業の道具である鋤(シャベルの一種)を描いており、鋤の刃の部分には“Ventose(ヴァントーズ=風月)”という言葉を書き入れている。このヴァントーズとは、フィンレイが好んで取り上げるフランス革命(1)に関わるフランス共和暦の第6月(2月20日(21日)から3月19日(20日)までを指す)のことを指しており、それはまた、「革命の大天使」の異名をとるサン・ジュスト(Louis-Antoine de Saint-Just,1767-1794)が提案したヴェントーズ法(風月法)という、反革命容疑者(革命に協力的でない貴族、上級ブルジョワジー、金融業者、大地主などの財産を没収し、それを貧民に無償で分配、貧農に土地を与えることによって、彼らを生産者にし、「圧政も搾取もない(サン・ジュスト)」平等な世界を作ろうとした法令の暗喩として提示されている。しかし「「テルミドールの反動」」によって、サン・ジェスト、ロベスピエールともに断頭台の露と消えるとと、革命も終焉を向え、この法令も理想を求める精神が生み出した仇花として消え去った。その意味では、フランス革命に散った理想精神の墓標として捉えることも出来る。この鋤は、描かれた大地の形状や背景の木々の様子から判断すると、フィンレイが投げかける幾つもの意味を含んだコンクリートポエム(具体詩)(2)として、大地に突き立てられることを想定して描かれたのであろう。而してフィンレイは同年、柄の握りの形状を変えた彫刻作「Ventose 1991」を制作しており、2006年にテートギャラリーが購入している。

面白いことに、案内状に使われた作品に描かれた鋤の握りの部分は、「社会彫刻」という概念を生み出したヨーゼフ・ボイスが1983年に制作した限定35部のマルティプル「Para(1982年の「7,000本の樫の木」プロジェクトを象徴するショベル)」(3)同じ形状をしているのだが、彫刻では、1915年にマルセル・デュシャンが発表した最初の意識的なレディメイド「折れた腕の前に(In Advance of the Broken Arm)」(4)に使われた雪かき用のショベルの握りと同じ形状に変更されている。この変更が意味するものは何であろうか。

●作家:Ian Hamilton Finlay(1925-2006)
●種類:Invitation
●サイズ:211x101mm
●技法:Offset
●発行:Overbeck-Gesellschaft, Lübeck
●制作年:1991

a0155815_1637898.jpg


a0155815_1793024.jpg
図版:イギリスのテートギャラリーが2006年に購入した彫刻「Ventose 1991」 Sculpture:Bronze and stone、1095 x 390 x 250 mm, 31.4 kg

a0155815_12114049.jpg
図版:マルセル・デュシャンのレディメイド(左)とボイスのマルティプル(右)


註:
1.フィンレイの言葉「私はフランス革命を崇拝し、ロペスピエールやサン・ジェストを敬愛しています。彼らには美徳というヴィジョンがありましたから」「Special Interview to Ian Hamilton Finlay 美徳のポエト・ライフ 戦後民主主義を超えて、真のリアリティへ」 インタビュー:海藤 和 訳:杉山説子 『美術手帖 1989年10月号』より

2."「文化はオブジェを光輝かせるものであり、オブジェそのものはたんなる不動の物体ではなく、ある環境の中に設置されると特別な意味をもつものである、ということがしだいに理解されるようになってきました。すなわち環境芸術というものが認識されるようになったということです。アートは現在、物質的環境と文化的環境というふたつの環境のなかに同時に棲息しています。しかし、私たちは往々にして文化的環境のほうを軽視しがちなんですね。古典的な造園術は、自然環境の改善を目指すと同時に、文化的環境の改善にも努め、庭そのものをすべてのものの関連のなかに、じつに整然と成立させているんです。こうしてはじめて人は文化とはなんであるかを理解できるんじゃないでしょうか。」同掲

3.Joseph Beuys(1921-1986) "Pala"from 7000 Oaks, 1983, metal and wood. 135x30cm, Ed.35. Punlished by Edizioni Lucrezia de Domizio, Pescara(Cat.Schellmann#366)

4.Marcel Duchamp(1887-1968) "In Advance of the Broken Arm"1919/1964:Readymade: wood,galvanized iron snow shovel,132cm, Ed.8. Published by Arturo Schwarz, Milan
[PR]

by galleria-iska | 2011-07-22 18:43 | 案内状/招待状関係 | Comments(0)
2011年 07月 21日

アレクサンダー・ローブ展招待状「Alexander Roob CS-V Bildroman-Zeichnungen」(1995)

a0155815_1223480.jpg

日本では、「錬金術と神秘主義(Alchemy & Mysticism:The Hermetic Museum)‐ヘルメス学の博物館」(クロッツ・シリーズ)と「錬金術と神秘主義(Alchemy & Mysticism:Icons)アイコン:ヘルメス学の陳列室」(アイコン・シリーズ)の編者として知られる現代美術家、アレクサンダー・ローブ(Alexander Roob,1956-)(1)の素描展のオープニングへの招待状。展覧会は、ローブの形象小説(Bildroman)となる、スカラベ写本(Codex Skarabäus)、第五巻の出版に際して企画されたもので、1996年1月21日から2月18日まで、バルト海に面する北ドイツの代表都市、リューベックのオーヴァーベック協会(Overbeck-Gesellschaft, Lübeck)で開催された。

紹介によれば、ローブのスカラベ写本(CS)の企画は1985年に始められたが、"CS"にはローブの制作のあり方関わる幾つかの意味が込められているという。シー・エスという発音はドイツ語の"'Sieh es!"(See it, look at it!)と同じであり、続き漫画を意味する"Comic Strip"の頭文字とも取れる。ローブは、目に映る事物や事象を、必要最小限の用具を用い、見たままに、流動的な形態で描き写していく。この記録するという行為は、写真や映像に比較されるが、ある一瞬を静止した画像として留める写真の特質とは異なり、展開する状況や出来事と同調しながら進められる線描には、そこにある現実の持つ緊迫感を留め置く。スカラベ写本はその構成方法から文脈を持たない連続漫画と見做されているが、それは個々の素描が独立しており、言語的な制約からも自由であるからであり、素描は認識の過程のように流れていき、時に記憶とファンタジーの間を行き交う。ローブのこのような姿勢は、時間と空間を基盤とするあらゆる出来事の同時性の認知について難解な構造持つウイリアム・ブレイクの図像と詩を明らかに参照している、とある。日本での展覧会は未だ企画されていないようである。

●作家:Alexander Roob(1956-)
●種類:Invitation
●技法:Offset
●発行:Overbeck-Gesellschaft, Lübeck
●制作年:1996


註:
1.ローブの簡単な略歴:
Alexander Roob was born in Germany in 1956 and studied painting at the Berlin Academy of Art. The thousands of drawings that he has produced in different locations have been published in five volumes. His drawings have also been exhibited in galleries and museums in many parts of Europe including the Städtische Galerie, Lenbachhaus, Munich, 1998; the Graphic Collection Albertina, Vienna, 1999; the Museum of Modern Art, Frankfurt / Main, 2000; and the Goethe Institut in Rotterdam, 2000. From 2000 to 2002, he was a professor at the University of Fine Arts, Hamburg. He has been teaching at the Academy of Fine Arts, Stuttgart since 2002.


a0155815_1224423.jpg



a0155815_1663315.jpg

[PR]

by galleria-iska | 2011-07-21 12:29 | 案内状/招待状関係 | Comments(0)
2011年 07月 17日

ルーカス・サマラス展の図録「Photo Polaroid photographs 1969-1983」(1983)

a0155815_189037.jpg

-昨年に引き続き今年もエアコン無しで日中を過ごしているので、一瞬ではあるが、すぅーと気が遠くなる時がある。そんな中、資料撮影用に購入したコンパクト・デジタルカメラも電流が入ったり、切れたりと、危篤状態に陥ってしまった。悟りも開かずして“お釈迦”になってしまってはまずいので、強烈な電流代わりに、シンディー・シャーマンもびっくりのルーカス・サマラスの言うところの“強迫的な自己の感情を作品に表出しようとする”カルト臭ぷんぷんの総天然色テクニカラー(Technicolor)の世界を拝ませたところ、なんとか覚醒? しかし未だ7月なので、さらに暑さが続くと、共倒れに成りかねない-

先に取り上げたリチャード・ハミルトン同様、ルーカス・サマラスも早くからポラロイドカメラの即時性に注目しており、後のシンディー・シャーマンを予見させる自画像の撮影を1969年に始めている。互いに意識していたかどうかは分からないが、ハミルトンの写真集にサマラスの名前は出てこない。この図録は、写真家としてのハンス・ベルメールの回顧展が開催される直前の1983年9月21日から11月27日にかけてポンピドウセンターで開催されたルーカス・サマラスのポラロイドカメラのよる写真展の際に発行されたもので、展覧会はその後、フライブルグ、フランクフルト、ニューヨークに巡回。ベルメール、サマラスどちらの図録も展覧会の企画構成を行なったポンピド-センターの写真担当キュレーター、アラン・サヤグが編者となっている。また、バカンスの前には、国立美術館としては異例の早さでメイプルソープの写真展を開催している。

ポラロイド写真について言えば、ポンピドーセンターは1980年に、サマラス展の下地となったかもしれない、ポラロイドカメラを使って撮影を行なった作家の写真を集めた「Instantanés」展(1)を開催しており、リチャード・ハミルトンとルーカス・サマラスの写真も出品されている。こちらの図録もサヤグが担当。しかしそこには、カルフォルニアに移住した1964年頃から作品制作のアイデアの源泉として写真を撮り始め、リチャード・ハミルトンから「スナッパー(snapper=snap shooter)と仇名されるほど日常的に写真を撮りまくっていたデイヴィッド・ホックニーの写真は出品されていない。ホックニーは当時、写真は単に備忘録にすぎず、表現としては捉えていなかっため、出品を固辞した可能性がある。それから二年後の1982年、アラン・サヤグの度重なる説得に応じ、写真によるコラージュ作品(ポラロイド写真を含む)や肖像写真からなる展覧会(2)を開いている。

時はくだり、1988年から89年にかけて全米で開催された大規模な展覧会「Lucas Samaras:Objects and Subjects, 1969-1986」(3) から二年後の1991年10月13日(日曜)から12月15日(日曜)かけて横浜美術館で開催された「セルフ1961-1991 ルーカス・サマラス展」には三万人近い入場者を集めたとされるが、その案内によると、
アメリカ現代美術におけるルーカス・サマラスは、ジャンルにとらわれない幅広い表現と常に自らを作品の素材として示す点においてとりわけ異彩を放つ存在となっている。1960年代にアラン・カプロー、ジョージ・シーガル、クレス・オルデンバーグなどと『ハプニング』に参加し、その後は独自の視点からミニマル系の作家とも異なる心理的なある種の強迫観念にもとづく作品を発表し続けた。人間の内面に深く訴えかけるそうした作品はいずれも、見るものの誰をも釘づけにしその幻想的な世界に誘う。

ルーカス・サマラスは、1936年ギリシャ・マケドニアに生まれ、1948年に家族とともにニューヨークに移住、以降、アメリカを主な舞台として作家活動を展開してきた。1971年にシカゴ現代美術館でボックス・ワークの展覧会が開かれ、翌年にはホイットニー美術館で回顧展が開催されたことからも、早くからアメリカの現代美術において注目を集めていたことがわかるだろう。また、1988年か89年にかけて、ボストン美術館をはじめとする全米の美術館で大規模な展覧会が組織され、その評価を不動のものとしている。

とあるが、サマラスは、強迫観念という心の状態を、自らの心の病巣として作品に表出することで自己の外在化を図ろうとしていたのだろうか?それとも強迫観念に囚われた人間の錯綜した状態を芸術表現におけるひとつ題材として捉え、それを分析・再構成することによって今までにない新しい表現に到達しようと試みたのであろうか。

●作家:Lucas Samaras(1936-)
●前書き:Alain Sayag
●種類:Catlogue
●サイズ:228x302mm
●技法:Offset
●発行:Musée National d'Art Moderne, Centre Georges Pompidou, Paris
●制作年:1983
a0155815_12161523.jpg





註:
1.
a0155815_11473666.jpg
図版:「Instantanés」展の図録:「Instantanés」 Paris. Centre Pompidou. Musée National d'Art Moderne. 1980., 100pp.by Alain Sayag, illustrated with B&W and Colour photographs. The Exhibition catalogue of contemporary American and European Polaroid photography by( Part 1):Ansel Adams, Donald Curran, Walker Evans. Alma Davensport, Terry Walker, Bruce Nicoll, Weston Andrews, Ad Windig, Ingrid Assmann, Eve Sonneman, David Mahaffey, Inge Morath, Luciano Castelli, Godfried Zollner, Lucien Clergue, Kenneth Sund, Toto Frima, Helmut Newton, Wout Berger, Rena Small, Esad Cicic, Ralph Gibson, Christian Vogt, Jean-Loup Sieff, Joyce Ravid, Richard Hamilton, Andy Warhol, Beppe Buccafusca, David van 't Veen, Anthony Barboza, John Gintoff, Ken Straiton, Barnaby Evans, Arthur Ollmann, Terry Walker, Reinhart Wolf, Inge Reethof, Eve Sonneman, Jochen Gerz: 'A Danish exorcism', (Part 2):Jean Ruiter, Odile Moulinas, Lisette Model, Andréas Mahl, Wout Berger, John Thornton, Weston Andrews, Rosamond Wolff Purcell, Alma Davensport, Paul de Nooijer, Bruce Charlesworth, Gérard Minkoff, André Gelpke, William Larson, John Reuter, Lucas Samaras, Detlef Odenhausen, Linda White, Leo Krims, Wendy Grad, Horodecky Iruthchka, John Thornton, Christian Vogt et Bruce Charlesworth.

2.展覧会の図録:「David Hockney Photographe」Centre Georges Pompidou/Herscher,1982、アラン・サヤグが「Une pratique du regard」と題する前書きを寄せている。

3.The Denver Art Museum, Denver CO May 7-July 10, 1988, National Museum of American Art, Smithsonian Institution, Washington DC August 12-October 16, 1988, The High Museum of Art, Atlanta GA November 26, 1988-January 22, 1989, The Center for the Fine Arts, Miami FL March 6-April 30, 1989, Virginia Museum of Fine Arts, Richmond VA June 13-August 13, 1989 and the Museum of Fine Arts, Boston, Boston MA September 20-November 12, 1989
[PR]

by galleria-iska | 2011-07-17 19:05 | 図録類 | Comments(0)
2011年 07月 14日

ベルクグリューン画廊の案内状「Accrochage de photographies」(1999)

a0155815_20425349.jpg

カメラ屋の宣伝?、はたまたライカの広告か、と思いきや、パリのベルクグリュン画廊から届いた写真展の案内状。ドイツ系ユダヤ人画商ハインツ・ベルクグリューン(Heinz Berggruen, 1914-2007)によって第二次世界大戦後の混乱冷め遣らぬパリに設立されたベルクグリュン画廊は、創業者のハインツ・ベルクグリュンから画廊を引き継いだ二代目の経営者アントワーヌ・マンディアラ(Antoine Mendiharat)が亡くなった後、しばらく経営者不在の時機があったが、-知り合いの画商にも買取の打診があったとか-1991年に画廊の経営権を獲得したのは、ルーヴル美術学校(L'Ecole du Louvre)で美術史の専門教育を受けたソワジック・オドゥアール(Soizic Audouard)という女性ディーラーであった。

紹介によれば、彼女は1968年にマルセル・デュシャンが最後の展覧会(1957年)を開いたパリの先鋭的な画廊、クロード・ジボダン(Galerie Claude Givaudan)を訪れたのがきっかけで、その後しばらくしてジボダンと協力関係を持つこととなる。彼らは1975年、ジュネーヴにダダ、シュルレアリスム、写真、そしてマルティプルの総本山とも言える二番目を画廊を開設、通常では考えられない方法の展覧会を開催し、また、ウィリアム・バロウズやアレン・ギンズバーグなど、ビート・ジェネレーションの作家の出版も行なっている。写真に関しては、当時まだヨーロッパで写真を展示する画廊は皆無に近かったが、アボット、マン・レイ、ベルメール、ウィージー、ブラッサイ、メイプルソープなどの作家の写真展を開催している。1988年にクロード・ジボダンが亡くなると、活動の場をオークションに移し、ダダの詩人、トリスタン・ツァラの書庫や、シュルレアリスムの大コレクターとして知られる出版人、ダニエル・フィリパッキのコレクションのセールなどを企画している。

オドゥアールは写真に関する鋭敏で緻密、かつ興味深い洞察力を持ち合わせており、ディーラーとして、写真史に残る重要な作品の収集を行いつつ、2001年に画廊を閉めるまで、シュルレアリスムの作家やそれを引き継ぐ現代作家の作品を取り扱った。彼女は以前に取り上げたベルクグリュンの最後の通信販売用カタログ「Maitres-graveurs contemporains」の発行者である。この案内状は、そんな彼女のコレクションを展示する企画の際に作られたもので、ズミクロン50ミリ付きライカM6(?)を型取った、二つ折りのユニークな案内状である。

●種類:Invitation
●サイズ:52x97mm
●技法:Offset
●発行:Berggruen & Cie, Paris
●制作年:1999
a0155815_20472456.jpg



a0155815_2043546.jpg

[PR]

by galleria-iska | 2011-07-14 22:17 | 案内状/招待状関係 | Comments(2)