ガレリア・イスカ通信

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2011年 10月 27日

ホルスト・ヤンセンのポスター(1)「Kestner-Gesellschaft Hannover」(1965)

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ホルスト・ヤンセン(Horst Janssen, 1929-1995)がハノーファーのケストナー協会(Kestner-Gesellschaft Hannover)での初の回顧展の際に制作した告知用のオリジナル・リトポスター。サイズの異なるものが二種類(610x430mm、650x480mm)作られた。回顧展の図録に付けられたハンブルク美術大学の教授、カール・フォーゲル博士編纂の版画作品目録(Verzeichnis der Druckgraphik Horst Janssen 1951-1965)によると、このポスターの限定は500部で、その以外に茶色の紙に刷られたものが20部有るとしているが、1978年に行なわれたヤンセンのポスター展の図録の巻末に付けられたエーリッヒとヘルガ・マイヤー=ショーマン(Meyer-Schomann)編纂のポスター目録(Horst Janssen Plakate 1957-1978, Werkverzeichnis)では、限定は530部で、内20部が茶色の紙、10枚が紫色の紙に刷られたとある。色付きの紙に刷られたものは未見。1982年に行なわれたヤンセンの回顧展(Janssen:Retrospektive auf Verdacht)の図録には限定数は記載されておらず、リトグラフではなく、亜鉛版エッチング(Strichätzung)と誤って表記されている。

●作家:Horst Janssen(1929-1995)
●種類:Poster
●題名:Kestner-Gesellschaft Hannover
●サイズ:610x430mm
●技法:Original lithograph
●限定:530(of which 20 on brown paper and 10 on violet paper)
●発行:Kestner-Gesellschaft Hannover
●印刷:Lindau, Langenhorn
●制作年:1965
●目録番号:Meyer-Schomann 16(Vogel 410)
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このポスターはヤンセンによって献呈されたもので、画面右下の版上サインの横に鉛筆による献辞と署名が入れられている。


参考文献:
1.Horst Janssen, Kestner-Gesellscaft Hannover, 1965
2.Horst Janssen Plakate 1957-1978, Stadmuseum Oldenburg, 1978
3.Janssen:Retrospektive auf Verdacht, Museum für Kunst und Gewerbe Hamburg, 1982
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by galleria-iska | 2011-10-27 18:10 | ホルスト・ヤンセンのポスター | Comments(0)
2011年 10月 24日

ホルスト・ヤンセンのポスター展図録「Horst Janssen Plakate 1957-1978」(1978)

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今年2011年は「日独交流150周年」ということで、150年に及ぶ交流の歴史を振り返るとともに、日本とドイツで様々な交流行事が行なわれているようである。美術関係では東京新聞主催の「カンディンスキーと青騎士:レンバッハハウス美術館所蔵展」が、2010年11月から今年9月にかけて、東京、愛知、兵庫、山口を巡回している。ホルスト・ヤンセンに関して言えば、2005/2006年の「日本におけるドイツ年」の際に開催された「ホルスト・ヤンセン展ー北斎へのまなざし」が未だ記憶に新しいが、総花的な展覧会はひとまず置いておいて、今度はヤンセンのポスター(特に1960年代に制作されたポスター)に焦点を当てた展覧会が開催されないものかと期待しているのだが、今のところ何も聞こえてこない。そのポスターのことで前に一度、某版画専門美術館に問い合わせたことがあるのだが、担当学芸員からは、「(ヤンセンの)ポスターは、素描や版画作品に比べてさほど重要なものではなく、美術館で評価するに値いしない」という、つれない答しか得られなかった。それとは別に、某県立美術館へのヤンセンの版画についての問い合わせに対しては、「当館はタブロー中心に収集をしており、版画のような印刷物は収集の対象としては考えていない」というものであった。作家の創作活動をこのような階層的な評価で見ているのかと思うと、印刷(文化)を人間の創作活動の重要なファクターと捉える欧米の美術館との隔たりを感じてしまう。日本の美術館もお手本しているはずであろう、ニューヨーク近代美術館(MoMA)所蔵のヤンセンの作品11点のうち5点(1)が、このブログでも取り上げている1960年後半に制作された亜鉛版エッチングによるポスターと絵草子であるのだが、前述のくだりからすると、「ニューヨーク近代美術館は日本の某版画美術館や県立美術館よりも見識がない」ということになってしまうのだが如何なものであろうか。

しかし、世の中、そう悲観することばかりではない。うれしい発見もあった。これまで、日本の美術館では一度もヤンセンのポスター展が開かれたことがない、と思っていたのだが、つい最近、国立新美術館のアーカイブ資料「日本の美術展覧会記録1945-2005」に収録されている宮崎県都城市の都城市立美術館の企画展リストの中に「ホルスト・ヤンセンポスター展」(鎌倉の神奈川県立近代美術館鎌倉での初の回顧展の翌年の1983年5月8日から22日までの短い日程で開催されたようである。主催は都城教育委員会、大阪ドイツ文化センター、宮崎大学映像研究会)があるのを発見し驚いた次第。詳しい内容については図録が発行されていないので分からないが、今から28年前に、恐らく何処の美術館も首を縦に降らなかったであろうヤンセンのポスター展を企画として取り上げた都城市立美術館の勇断に、遅ればせながら拍手を送りたいと思う。これに意を強くし、このブログでも、既に取り上げたものもあるが、「ホルスト・ヤンセンのポスター」というカテゴリーを新たに設け、年代順にケストナー協会での回顧展以降に制作されたヤンセンの亜鉛版エッチングによるポスター(1965年~1970年)を紹介していこうと思う。

ヤンセンのポスターに関する資料としては、1999年にハンブルクのザンクト・ゲルトルーデ出版( Verlag St.Gertrude, Hamburg)から総目録(Das Plakat: Eine Auswahl aus den Jahren 1957 bis 1994. Entwürfe, Vorzeichnungen, Variationen. Mit einem Werkverzeichnis der gedruckten Plakate =The poster: a selection from the years 1957 to 1994: Designs, sketches, Variations. With a catalog of the printed posters)が刊行されているが、ここでは1978年10月22日から11月22日にかけてオルデンブルク市立美術館(Stadmuseum Oldenburg)で開催されたヤンセンのオリジナル・ポスターの回顧展「Horst Janssen Plakate 1957-1978」の際に刊行された図録を用いる。この展覧会にはヤンセンが1957年に盟友パウル・ヴンダーリッヒの協力を得て制作した最初のポスターから、この展覧会の告知用ポスターまで全76点が出展され、巻末にはこの図録の編者であるErichとHelga Meyer-Shomannによる総目録が付けられている。

ヤンセンのポスターの制作期間は1957年から亡くなる前年の1994年までであるが、その制作方法(版種)によって大きく三期に分けることがでる。最初期にあたる1965年以前に制作されたポスターは、アンフォルメルの先駆者的とされるジャン・デュビュッフェの影響を色濃く反映しており、その多くがリトグラフで制作されているが、ポスターの刷りをヤンセン自身が行なっているため、部数が10部~100部と非常に少ない。オークションでも版画と同等以上の値が付けられていることがあり、ポスターと言っても決して侮れない。第二期は、ヤンセンがデュビュッフェの影響から脱し、新しい描画スタイルを築く切っ掛けとなったポスター「Dirk Rademaker」(リトグラフ、限定25部)が制作された1965年に始まる。そして大きな反響を呼んだ1965/1966年のケストナー協会での回顧展からは、自身で刷りを行なっていたリトグラフによるポスターの制作を止め、リトグラフとエッチングの持ち味を併せ持ち、比較的安価に印刷が行なえる亜鉛版エッチングを用いたポスターと絵草子の制作を開始する。その時期は、様々な社会変動を引き起こすことになった1960年代という時代精神の大きなうねりの真っ只中にあり、閉塞的な社会の仕組みに対する異議を申し立てから始まった学生運動の高まりや反政府的なヒッピーやフラワーピープルを象徴するロックミュージックや麻薬といったカウンターカルチャーが台頭した時代であり、大量生産と消費によって市民生活のスタイルも大きく様変わりし、グラフィック・アートもその表現の可能性を拡げ、先進各国に同時発生的に個性的な作家を生み出した時代でもある。しかしながら、今のところ、それを横断的に捉える試みが成功しているとは言いがたい。この時期のグラフィック・アートの印刷の主流はシルクスクリーンで、ポップアートやオップアートなど1960年代を代表する美術運動においても版画やポスターの多くがシルクスクリーンで作られている。それに対し、ヤンセンは逆に表現の幅が狭い亜鉛版エッチングによって独自の表現様式を切り拓くこととなる。ポスターや絵草子の印刷はハンブルクの印刷・出版業者ハンス・クリスティアンズで行なわれ、その多くにヤンセンの署名が入れられている。発行部数は500~2000部で、価格はモノクロのもので5ないし10ドイツマルク、多色刷りのものは15ドイツマルクであった。しかしながら、亜鉛版エッチングによるポスター制作も1970年代の到来とともに終わりを告げ、1970年代以降は素描や水彩画で描かれた原画を用いたオフセット印刷によるポスター制作に移っていくこととなる。

これまで亜鉛版エッチングによるポスターに対する関心は、熱心な愛好家や収集家を除き、ドイツ国内でもヤンセンの画家的資質が発揮される1970年代以降のポスターと比べて低かったが、2009年にヤンセンの生誕80年を記念して開催されたグラフィック作品を中心とする回顧展「Die Retrospektive zum 80. Geburtstag 」によって、1960年という時代の再認識とともに評価が高まってきている。

●作家:Horst Janssen(1929-1995)
●種類:Catalogue
●サイズ:296x210mm
●技法:Offsetlitho
●印刷:Osnabrucker Klischeeanstalt
●発行:M1 Vwelag Manfred Meins, Oldenburg
●制作年:1978


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註:
1.ニューヨーク近代美術館所蔵のヤンセンのポスターと絵草子作品:

1.『Wuerttembergischer Kunstverein』(on brown paper),1966(Meyer-Schomann 19)
2.『Max Klinger Radierwerk』1966(Meyer-Schomann 25)
3.『Laatzen's Bilderbogen, 3』1966
4.『Laatzen's Bilderbogen, 4』1967
5.『Laatzen's Bilderbogen, 5』1967
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by galleria-iska | 2011-10-24 13:49 | ホルスト・ヤンセンのポスター | Comments(0)
2011年 10月 18日

ロバート・ラウシェンバーグのポスター「St Louis Symphony Orchestra」(1968)

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1880年に設立されたセントルイス交響楽団(St Louis Symphony Orchestra)の本拠地であるミズーリ州セントルイスのパウエル・シンフォニー・ホール(Powell Symphony Hall)は、もとは“セントルイス劇場”というボードビルショーを行なったり映画を上映するために建てられた劇場であったが、1966年に映画「サウンド・オブ・ミュージック」の上映の後、交響楽団協会に買い取られて改築され、1968年にセントルイス交響楽団のコンサートホールとして生まれ変わった。その完成記念コンサートの広告ポスターのデザインをロバート・ラウシェンバーグ(Robert Rauschenberg, 1925-2008)が手掛けている。ポスターの発行元はニューヨークのポスター・オリジナルズ・リミティッド(Poster Originals, Limited)で、通常のポスターとは別に、250部限定でラウシェンバーグが署名を入れたものもある。現在、このポスターには数百ドルのプレミア価格が付けられているが、嵐のような現代美術ブームが過ぎ去った後の1995年のポスター・オリジナルズ最後の価格表には30ドルとあり、それより10年前の1985年の価格は20ドルであった。現代美術として括られる20世紀後半のアメリカを中心とする作家たちによって制作されたオリジナルポスターもようやく作家の創造活動に見合う価格が付けられるようになったということであろうか。このポスターの発行当時の価格表は今手元にないが、当時のウォーホルやリキテンスタインのポスターの価格からすると、5ドル(1800円/$=360円で換算)ぐらいであったであろうと思われる。

世界一の消費大国であるアメリカでは、版画は1950年代から1970年代にかけて中産階級のインテリア用品であり、消耗品であった。1960年代に入るとポスターもその役割を担うことになるのだが、逆に言えばその低価格が多くの需要に結びつき、消費されていくことでその稀少性を高めていくことになったとも言える。熱心な愛好家や収集家はともかく、一般的にはその稀少性が顕在化したときに初めて、単なる”物”でしかなかったポスターに何らかの意味を求め始めるのだから。アメリカから遅れること数十年、日本でもバブル景気を背景に版画やポスターがインテリアとして大いにもてはやされたが、今やその多くが売りに出されたり、また価値のない不用品として処分されている。バブル時代に日本の企業や金満家が競って購入した“名画”と呼ばれる高額な絵画や美術品が、バブル崩壊とともに人知れず格安の値段で海外の業者に引き取られていったが、20年を経た今、バブル時代の価格を超えるものも少なからずあると聞く。二重の、いやある意味三重の損失である。常に一番を目指して頑張り続ける日本人は、決して貧乏ではないが、その消費傾向や価値形成は直線的であり、自己破滅的な性格を帯びているように思われる。もっと多様な価値観が同時共存できるようにしなければ、この先もまた無意味な損失を繰り返すことになってしまうであろう。

ポスターはもともと芸術作品を目指して作られるものではなく、それが本来担わされた意味を失い、有用性という縛りから解き放たれて初めて、情報媒体やインテリアとしての“物”から、流行やノスタルジックな感情とは別の、ある種の普遍的“価値”と“意味”を持つ対象へと変容することになるのだが、それにはそれ相応の時間が必要となるのは言うまでもない。

●作家:Robert Rauschenberg(1925-2008)
●種類:Poster
●題名:St Louis Symphony Orchestra
●サイズ:760x635mm
●技法:Offset lithograph+silkscreen
●発行:Poster Originals Limited, New York
●制作年:1968
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ラウシェンバーグのポスターには版画作品と同様、写真や図版のコラージュによって構成されたものが多く見られるが、このポスターでは、セントルイスの地図の上に、歴史的建造物や野球場といったセントルイスの名所に加え、アメリカで二番目の歴史を誇る交響楽団の拠点となった劇場や演奏風景を組み合わせて構成されており、公演を知らせる文字も画面の構成要素のひとつとして、大きささ色や配置に工夫がなされ、画面に音楽的なリズム感を与えている。また視覚的なアクセントとして、ピンク色の文字と数字の部分はシルクスクリーンで刷られており、オフセット印刷の均一的な画面を多層的なものにしている。

参考文献:
1.「Rauschenberg: Posters」by Marc Gundel, Prestel Publishing, Munich, London, New York 2001. 96pp.
“One of America's most important artists, Robert Rauschenberg consistently fuses painting, found art, photography and printing in his works. This book brings together 60 of Rauschenburg's most exciting posters. Arranged thematically and chronologically, the posters display the full range of Rauschenberg's stylistic development from the 1960s to the 1990s. Since 1963 the artist has been designing posters to advertise his own exhibitions, music and dance performances, and to address sociopolitical issues. This volume features full page, colour reproductions that allow the viewer to truly appreciate the complexity, ambiguity and incredible scope of Rauschenberg's oeuvre”

2.「Robert Rauscheberg」by Walter Hopps and Lawrence Alloway, National Collection of Fine Arts 1977. xii+216 pp, 248 illustrations (20 in color)
“The artist's first comprehensive retrospective of works in all media including dance and performance”
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by galleria-iska | 2011-10-18 18:45 | ポスター/メイラー | Comments(0)
2011年 10月 17日

ジャスパー・ジョーンズのポスター「XXVIII Festival dei Due Mondi」(1985)

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“二つの世界の芸術祭(Festival dei Due Mondi=The Festival of the two Worlds)”は、イタリア ロンバルディア州出身のオペラ作曲家ジャン・カルロ・メノッティ(Gian Carlo Menotti, 1911-2007)が、アメリカとヨーロッパという新旧二つの世界の文化交流を目的として、1958年に始めたオペラと演劇の催しで、イタリア中部ウンブリア州にあるスポレート(Spoleto)という町で毎年6月の最終週と7月の第二週に開催される。現在は、オペラや演劇のみならず、ダンス、コンサート、展覧会、映画とその規模を拡大、世界中から注目されるフェスティバルのひとつになっている。フェスティバルの顔として作られる宣伝用のポスターは、二つの世界から選ばれた著名な作家や有望な若手作家にデザインが依頼されており(1)、1985年開催の第28回の宣伝用ポスターのデザインを、ロバート・ラウシェンバーグ(Robert Raushenberg, 1925-2008)と並び、ネオ・ダダを代表する作家のジャスパー・ジョーンズ(Jasper Johns, 1930-)が手掛けている。ポスターの構図は、ジョーンズが1963年に制作した絵画作品「Land's End(世界の果て)」をもとに新たに描いたドローイングで、ジョーンズはこの構図をドローイングや版画作品に繰り返し用いている(2)。ポスターには、通常のポスター用紙にオフセット印刷されたものと、愛好家向けに、100パーセント・コットンのファブリアーノ紙を用い、シルクスクリーンで印刷された限定版の二種類のヴァージョンがあり、ここで取り上げるのは後者の方である。

●作家:Jasper Johns(1930-)
●種類:Poster
●サイズ:745x552mm
●技法:Silkscreen
●紙質:Artistic Fabriano paper, 100% cotton
●印刷:Cartiere Miliani Fabriano
●発行:Festival dei Due Mondi, Spolete
●制作年:1985

註:
1.ポスターをデザインした歴代の作家は以下の通り:
1958 Luciano Miori
1959 Luciano Miori
1960 Studio Antonio Minelli artistic lithographic reproduction of Rovigo-poster printed in 1864 for the inauguration of the Teatro Nuovo in Spoleto
1961 Raffaele Josephy
1962 Marino Marini
1963 Lila De Nobili
1964 Luciano Miori
1965 Ben Shan
1966 Eugene Berman
1967 Richard Lindner
1968 Robert Motherwell
1969 Saul Steinberg
1970 Giacomo Manzu
1971 Giuseppe Capogrossi
1972 Helen Frankenthaler
1973 Alberto Burri
1974 Willem de Kooning
1975 Afro
1976 David Hockney
1977 Jean Michel Folon
1978 Giuseppe De Gregorio
1979 Peter Consagra
1980 Cy Twombly
1981 Joan Miró
1982 Henry Moore
1983 Mario Ceroli
1984 Leonardo Cremonini
1985 Jasper Johns
1986 Sidney Nolan
1987 Emilio Vedova
1989 Carlo Maria Mariani
1990 Rufino Tamayo
1997 Valerio Adami
1998 Niki de Saint Phalle
1999 Matta
2000 Milena Barilli
2001 Balthus
2002 Lila De Nobili
2004 Pere Borrell
2005 Demetrios Psillos
2006 Igor Mitoraj
2007 Igor Mitoraj
2008 Eugenia ImmagineStrategia
2009 Robert Wilson
2010 Francesco Clemente
2011 Louis Alders

2.
ドローイング作品:
a. Land's End, 1977. Ink and watercolor on plastic.
b. Land's End, 1982. Ink on plastic.

版画作品:
a. Lnad's End, 1977. Lithograph.
b. Land's End, 1979. Etching and aquatint.
c. Land's End II, 1979 Etching and aquatint.


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by galleria-iska | 2011-10-17 20:32 | ポスター/メイラー | Comments(0)
2011年 10月 13日

ホルスト・ヤンセン回顧展図録「Janssen:Retrospektive auf Verdacht」(1982)

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1982年にハンブルク美術工芸博物館(Museum für Kunst und Gewerbe Hamburg)で開催されたホルスト・ヤンセンの35年に渡るグラフィック作品の回顧展「ヤンセン:嫌疑のある回顧展」の図録。この展覧会には、ヤンセンがハンブルク美術学校のアルフレート・マーラウ教授の版画教室の生徒として在学中の1947年の夏に道化芝居を題材に制作した絵本で、1948年にヤンセンの最初の出版としてハンブルクの書肆ヘルマン・ラーツェンから刊行された『みんなそこにいるかい(Seid ihr alle da)』を始めとする一連の絵本はもとより、ヤンセンのグラフィック作品の中核をなす展覧会のポスターと招待状を中心に、折り本形式の年賀状、広告、挿絵、絵入り手紙や写真に版画作品(木版画、リトグラフ、銅版画)を加えた378点が出品された。この展覧会と同じ趣旨で企画された展覧会がヤンセンの生誕80年となる2010年にも開催されているが、我が国では、このような、ポスターや招待状、広告などのエフェメラ(美術館では作品の二次的資料と呼ぶらしい)を中心に添えた展覧会が企画されることは殆んどなく、階層的評価に基づく名画至上主義の体質はいつまで経っても改まらない。

図録の表紙絵は、ヤンセンがこの展覧会のために銅版画で制作した自画像「Selbstbildnis」。

●作家:Horst Janssen(1929-1995)
●種類:Catalogue
●サイズ:290x226x16mm
●技法:Offset
●限定:6000(hardcover:3000, softcover:3000)
●発行:Museum für Kunst und Gewerbe Hamburg
●印刷:Hans Christians, Hamburg
●制作年:1982
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左頁:絵本「みんなそこにいるかい」
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右頁:若き日のヤンセン(奥)とヴンダーリッヒ(手前)を写した写真、1957年。
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左頁:1957年の1月から2月にかけて、ヤンセンがヴァールブルク通りの自宅で開いた色彩木版画の展覧会の告知用に制作したオリジナルのリトポスター。右頁:その展覧会から三ヶ月後の5月から6月にかけて“現代美術画廊”(後のブロックシュテット画廊)で開かれたヤンセンの色彩木版画の展覧会の告知用のオリジナル・リトポスター。この二つのポスターはパウル・ヴンダーリッヒの手ほどきを受け、ヤンセン自身が刷りを行なっている。
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左頁:ハノーヴァーのケストナー協会での回顧展のポスター。
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左頁:1969年4月から5月にかけてブロックシュテット画廊で開かれたレオノール・フィニの展覧会のために亜鉛版エッチングで制作したポスター。モデルは妻のヴェレーナ。右頁:その年の9月から10月にかけてブロックシュテット画廊で開かれた“20世紀のヌード”と題された展覧会のために、同じ構図を使い、シルクスクリーンで制作したポスター。ヤンセンは1960年代後半にシルクスクリーンによるポスターを数点制作している。
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by galleria-iska | 2011-10-13 18:57 | ホルスト・ヤンセン関係 | Comments(0)
2011年 10月 06日

横尾忠則のポスター・カレンダー「Clear Light」(1974)

17世紀イギリスの詩人、ジョン・ミルトン(John Milton,1608-1674)の旧約聖書の創世記第三章をテーマとする叙事詩「失楽園(Paradise Lost,1667)」が映画化されるらしい。アダムとイヴの楽園追放は、1966年に公開されたジョン・ヒューストン監督の創世記の第一章から二十二章までを描いた映画「天地創造(The Bible: in the Beginning)」の中でも描かれていたが、「失楽園」はそのアダムとイヴの楽園追放に至る背景、神と堕天使との壮絶な闘いを描いたものであり、その人間の想像力を超えたスペクタクルをその細部にいたるまで精緻なペン画によって視覚化したギュスターヴ・ドレ(Paul Gustave Doré, 1832-1883)の木版画を下敷きにし、横尾忠則(Yokoo Tadanori, 1936-)氏が得意のコラージュ技法を駆使し、キリスト教、ヒンズー教、仏教的イマジェリーを取り混ぜ、横尾的精神世界として、掛け軸仕立ての1975年カレンダーとして制作した「クリア・ライト(Clear Light)」。その横尾氏の精神世界への接近は、ビートルズのインド思想への傾倒に触発されたものであるらしく、年譜によれば、ビートルズが修行のためにインドを訪問した1968年に渡米し、その際にインドの仏画やポスターを大量に購入したとある。その後、キリスト教や仏教的イメージにも関心を広げ、ドレの図像については、1973年のポスター「千年王国」の中に取り込み、その後も“はいづか印刷”関連のポスターの中で繰り返し使われることとなる。「クリア・ライト」では、ドレのイメージがライトモチーフとして扱われており、そこにサイケデリック調の色彩を施すことで、横尾ワールドに変容せしめている。

●作家:横尾忠則(Yokoo Tadanori, 1936-)
●種類:Poster/Calendar(1975)
●サイズ:1030x680mm
●技法:Offset
●限定:5000
●発行:東京プランニング(Tokyo Planning)
●制作年:1974

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ポートフォリオ、1036x620x20mm

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by galleria-iska | 2011-10-06 16:49 | ポスター/メイラー | Comments(0)