ガレリア・イスカ通信

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2012年 11月 26日

デイヴィッド・ホックニーのポスター「An Etiching and a Lithograph for Editions Alecto 1973」(1972)

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1950年代の後半にケンブリッジ、オックスフォード両大学の学部生によって始められたアレクト出版(Editions Alecto)は1962年、現代作家のよる版画の印刷と出版を手掛ける会社となる。アレクト出版にとっての最初の重要な出版は、会社設立の翌年に出版したデイヴィッド・ホックニー(Dabvid Hockney, 1937-)の「放蕩者の遍歴(A Rake's Progress)」という、ホックニーが、1961年に初めてニューヨークを訪れた体験をもとに、18世紀のイギリスの画家兼版画家ウィリアム・ホガースの同名の作品に倣って制作したエッチング16点からなる連作版画集である。アレクト出版とホックニーのコラボレーションはその後も続き、1965年にリトグラフ6点からなる連作版画集「ハリウッド・コレクション(A Hollywood Collection)、1966年には13点のエッチングによる詩画集「コンスタンティノス・ペトロス・カヴァフィの14編の詩のための挿絵(Illustrations for Fourteen Poems from C.P. Cavafy)」を相次いで出版している。アレクト出版はホックニー以外にも、1960年代から70年代にかけて、20世紀現代美術を牽引したジム・ダイン(Jim Dine, 1935-)、クレス・オルデンバーグ(Claes Oldenburg, 1929- )、ジョージ・シーガル(George Segal, 1924-2000)、アレン・ジョーンズ(Allen Jones, 1937-)、エドゥアルド・パオロッツィ(Eduardo Paolozzi, 1924-2005)を始め、100人を超えるアメリカとイギリスの現代作家の版画集を刊行したが、1979年に現代作家の版画の制作を中止、18,9世紀の博物学の図版の復刻に方向を転換し、今日に至っている。

このポスターは、アレクト出版設立10周年を記念するために制作されたホックニーのリトグラフとエッチングによる版画作品「An Etiching and a Lithograph for Editions Alecto 1973」のポスターヴァージョンである。ポスターの印刷はリトグラフで行なわれ、画面中央部のエッチング部分のプレートマークに沿ってエンボスを施し、窪みを付けている。版画とポスターの混同を防ぐためであろうか、リトグラフで刷られた文字部分は、版画では三色刷りであるが、ポスターは青一色となっている。また、版画のシートサイズは905x635mmで、ポスターより余白部分が幾分狭くなっている。ホックニーが石版画を象徴するイメージとして描いた石灰石は、その持つ意味は全く違っているが、19世紀のフランスの銅版画家シャルル・メリヨン(Charles Méryon 1821-1868)が「パリの銅版画」の表紙に描いたそれを彷彿させる。このポスターが制作された年、日本では美術雑誌にホックニーの魅力を探る特集記事《美術手帖、1982年7月号:特集: デイヴィッド・ホックニー : David Hockney/特集: アンディ・ウォーホル : Andy Warhol、Vol.34,No.500》が組まれたりして、ポスターブームの火付け役となったが、それから30年近い月日が流れ、壁に飾られたポスターも色褪せ、不用品として破棄されたり、リサイクルショップの片隅に雑貨と一緒に置かれたりして、流行を先取りしたインテリアとしての役割を終えたかのように見えるが、一方で、ポスターは案内状やパンフレットなどとともに、ホックニーが時代とどう向き合ってきたのかを知る証左として、また20世紀現代美術の様々な側面を語る上で欠くことのできない資料としての意味を増しつつある。

●作家:David Hockney(1937-)
●種類:Poster
●サイズ:940x687mm
●題名:An Etiching and a Lithograph for Editions Alecto
●技法:Lithograph
●発行:Editions Alecto, London
●制作年:1972
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ホックニーのポスターに先立つこと120年前の1852年、シャルル メリヨン (Charles Méryon 1821-1868)が1850年から54年にかけて制作した連作版画「パリの銅版画」の表紙として制作したエッチングによる銅版画「Titre des eaux-fortes sur Paris」(1852), 2ème état. 



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by galleria-iska | 2012-11-26 18:59 | ポスター/メイラー | Comments(0)
2012年 11月 21日

シャガールのリトポスター「Hommage a Maïakovski」(1963)

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シャガール(Marc Chagall, 1887-1985)が1963年にパリのシャイヨ宮で開催されたマヤコフスキー(Vladimir Vladimirovich Mayakovsky, 1893-1930)の生誕70周年記念の夕べのためにデザインしたオリジナルのリトグラフ・ポスター。シャガールのポスター目録によると、このポスターはムルロー工房で500部刷られ、シートサイズは685x505mmとあるのだが、手元にあるものは余白の幅が上下左右それぞれ7mm程狭く、672x492mmとなっている。贋作の情報は今のところ確認していないが、これが第二版の刷りなのか、余白が切り詰められたものなのかは不明である。

シャガールは、ロシアの10月革命に際し「これはぼくの革命だ」と詩に書き、革命によってそれまでの大貴族と農奴制に支えられた封建的なロシア社会が変わり―それはロシアの人々にとっては世界そのものが変わることであった―それによって芸術の姿も変わる、また変えられると信じることができた熱狂の渦の中から、スターリンの全体主義体制に次第に追い詰められ絶望、1930年にモスクワの仕事場でピストル自殺を遂げたロシア未来主義の詩人ウラジーミル・ウラジーミロヴィッチ・マヤコフスキー(Влади́мир Влади́мирович Маяко́вский,1890-1930)に捧げるデッサンを描いている。色彩画家と言われるシャガールであるが、初期のリトグラフにはモノトーンのものが多く、このデッサンも着色はされず、黄色を背景にしたポスターに仕上げられた。鮮やかな赤みを帯びたこの背景色はなかなかインパクトがあり、デッサンの黒との対比によってコントラストの高い画面を作り上げており、そこに様々な意味を連想させる赤が象徴的に使われている。黄色フェチの自分は、主役であるシャガールのデッサンよりもインパクトのある黄色に惹かれ、つい購入してしまったという次第。

●作家:Marc Chagall(1887-1985)
●種類:Poster
●題名:Hommage a Maïakovski
●サイズ:672x492mm(イメージ:662x482mm)
●技法:Lithograph
●限定:500
●印刷:Mourlot Imprimeur, Paris
●制作年:1963
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by galleria-iska | 2012-11-21 12:38 | ポスター/メイラー | Comments(2)
2012年 11月 12日

亀倉雄策のポスター「1964 Tokyo Olympic Games Poster」(1961)

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東京オリンピックが開催される三年前の1961年2月に制作された第18回東京オリンピック第1号ポスター(印刷:凸版印刷株式会社)。発行枚数は10万枚。このデザインは大会エンブレムとしても使われ、デザインは亀倉雄策(Yusaku kamekura, 1911-1997)、文字は原弘(Hiroshi Hara, 1903-1986)によるもの。亀倉氏はこのデザインについて次のように語っている:
「単純でしかも直接的に日本を感じさせ、オリンピックを感じさせる、むずかしいテーマであったが、あんまりひねったり、考えすぎたりしないよう気をつけて作ったのがこのシンボルです。日本の清潔な、しかも明快さと、オリンピックのスポーティな動感とを表してみたかったのです。その点、できたものはサッパリしていて、簡素といっていいほどの単純さです。(以下略)」
このポスターは、純白の縦長の紙に朱で日の丸、金で五輪マークと文字という、これ以上省力できないぎりぎりのところで成立しており、片田舎の駅の待合室の壁に張られたこのポスターを見たときの衝撃は今も忘れられない。出来るものなら剥がして持って帰りたい衝動に駆られた最初のポスターである。朱や金は神社仏閣に使われる色でもあり、子供ながらに穢れない純白の清廉さと荘厳で神々しさに身が引き締まるとともに、駅の待合室に異次元の空間が出現したように感じた。それから半世紀近く経ち、数年前にようやく実物を手にすることができた。純白の紙も経年によっていくらか黄身がかり、巻き皺などもあって、時代を感じさせるが、朱の色は退色もなく、その精神性は今も色褪せてはおらず、日本の〈ハレ」の日に相応しいポスターであったと思う。

●作家名:Yusaku Kamekura(1911-1997)
●種 類:Poster
●題 名:1964 Tokyo Olympic Games Poster
●サイズ:1026x550mm
●技 法:Letterpress
●限 定:100000
●印 刷:Toppan Printing, Co. Ltd., Tokyo
●制作年:1961
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なるだけ目に付かないよう、制作関係は通常とは逆にシート左上端に金文字で記載されている。

1971年に美術出版社から刊行された亀倉雄策の作品集。図版の印刷はポスターと同じ凸版印刷が行なっており、ポスターを手に入れるまではこの図版を代わりに眺めていた。
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亀倉氏自身による作品の解説。




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2015年8月6日追記:

2020年の東京オリンピックとパラリンピックのエンブレムを巡る一連の騒ぎで、故亀倉氏デザインの1964年の東京オリンピックの(第1号)ポスターが再び注目を集めることとなったが、ポスターとしての評価も確実に上昇しているようである。本文では取り上げなかったのだが、2012年の8月18日にロンドンはサウス・ケンジントンにあるクリスティーズの競売場(Christie's South Kensington)で開かれた売立て「Vintage Posters and Olympic Icons」(Sale 6015)に「The Rising Sun and the Olympic Emblem, Tokyo 1964」(Lot 26)として出品され、見積価格600~800ポンド(£600 - £800)のところ、1、625ポンド(£1,625)で落札されている。日本円に換算すると約23万円である。これだけの評価をしている業者は国内にはいないであろう。せいぜい数万円といったところである。半世紀を経た今、我々はこれを単に郷愁や感傷の対象として見るのではなく、亀倉雄策が成し遂げたデザインの金字塔として,然るべき評価を与えなくてはならない。
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by galleria-iska | 2012-11-12 18:45 | ポスター/メイラー | Comments(0)
2012年 11月 05日

ピカソの石版画展の招待状「Picasso Litografie」(1962)

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よく似た綴りと発音の、道化師を意味する"Clown"と王を意味する"Crown"はたった一字違いであるが、その立場は天と地ほどの違いある一方、人間の表の顔と裏の顔を示す意味深長な関係性を見せる。サーカスや呼び物小屋で人気を集める道化師は、人間存在の悲哀を語り、また喜びを与える愛すべき存在として、ルオーやシャガールの重要な画題となってきた。ピカソもまた然り。青の時代における悲哀に満ちた道化師の姿からバラ色の時代を経て、絵画それ自体が否定される時代においても、闘牛や神話、人物像とともに常に主要なモチーフのひとつであった。社会が劇的に変化していく1960年代、現代社会そのものがひとつの風景として捉えられ、そこに生きる人間の疎外感といったような、社会性を帯びた作品が主流となり、人間性に重きを置いたテーマは影が薄くなっていく中、死ぬまで共産主義者であり続けたピカソは、現代美術の如何なる潮流にも飲み込まれず逆にピカソ自身であり続け、人間ピカソそのものがひとつのスタイルを獲得するに至ったと言えるかもしれない。

これは1962年10月6日から22日にかけてフィレンツェのミショウー画廊(Galleria Michaud)行なわれたピカソの石版画展の招待状で、三つ折り6ページの表紙には、ピカソの道化師を描いたカラーリトグラフが使われている。このリトグラフは、ピカソが一月に描いたドローイングをもとに制作されたもので、エスタンプと呼ばれる種類のものである。もとのドローイングには署名と1962年1月24日の日付が入れられているが、その署名の左側に見える小さな署名はリトグラフに入れられた鉛筆による署名である。招待状は展覧会を催した画廊ではなく、リトグラフの版元であったと思われる出版社(Arti Grafiche 《Il Torchio》, Firenze)が発行したようである。

●作家:Pablo Picasso(1881-1973)
●種類:Invitation
●サイズ:218x162mm(218x484mm)
●技法:Lithograph
●発行:Arti Grafiche 《Il Torchio》, Firenze
●制作年:1962
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表表紙の内側にはフランスの詩人で脚本家、またコラージュ・アーティストでもあった、ジャック・プレヴェール(Jacques Prévert, 1900-1977)が1946年に出版した最初の著作『Paroles(言葉たち)』に収められた詩「Lanterne magique de Picasso(ピカソの幻燈)」(1944年)の末尾部分が掲げられている。この年の一月、ピカソはプレヴェールと、ピカソを始め、数多くの芸術家の写真を撮影した写真家のアンドレ・ヴィラール(André Villers, 1930-)と共同で、『昼間』(Diurnes)という挿画本を制作している。印刷は1月29日とあり、出版はパリのベルクグリューン画廊(Berggruen, Paris)である。
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〈ピカソ石版画展〉出品リスト
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by galleria-iska | 2012-11-05 20:16 | 案内状/招待状関係 | Comments(0)
2012年 11月 02日

長岡国人の回顧展図録「Nagaoka Arbeiten 1969-1987」(1988)

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1966年から1991年までドイツの西ベルリンに在住し、版画家として広くヨーロッパで知られる存在となった長岡国人(Nagaoka Kunito, 1940-)氏が1988年に西ベルリンのテンペルホーフ空港(2008年閉鎖)近くにある美術館、クンストアムト・テンペルホーフ(Kunstamt Berlin-Tempelhof)で行なった回顧展の図録。銅版画の他、素描、水彩、墨絵、紙のオブジェを収録。

長岡氏は、現代美術の様々な試みが行なわれる中、西側文化のショーウインドウとも言われた東西冷戦下の西ベルリンに移り住み、板と水溶性の顔料を用いる日本の伝統的な木版画ではなく、西洋版画の古典的な技法のひとつである銅版画に深く沈潜しつつ、自己のアイデンティティの根底をなす自然環境と深く対峙する中で、活火山として溶岩による造山運動や浸食を繰り返してきた浅間山と情緒や感情を排した無機的な造形物としての人間の営みを対比させた風景を銅板に固着せしめた。

昨年、帰国後20年勤めた京都精華大を退官し、今年8月、朝来市和田山町宮内に版画工房「ヴェルク・シュタットN組」をオープンした造形作家の長岡氏は1940年、長野県佐久市生まれ。1963年に多摩美術大学デザイン科を卒業し、デザイナーの仕事を経て、1966年にベルリンに移住。1967年から1971年にかけてベルリン市立アカデミーで、デザインと版画を学び、1971年から1976年にかけてベルリン国立芸術大学で絵画と版画を専攻。1976年マイスターを取得。1977年から1980年にかけてヨーロッパの数々の版画展で受賞し、国際的に高い評価を得る。一方、日本国内では版画家としての長岡氏を紹介する展覧会は一二度しか開催されておらず、作品に対する認知度は低い。長岡氏については、同じベルリンで銅版画を制作している友人のドイツ人版画家から名前を知らされた。ベルリンのマリナ・ディンクラー画廊(Galerie Marina Dinkler Berlin )が主な取り扱い画廊で、この画廊からは1982年に、1971年から1981年かけて制作された銅版画の作品目録(Nagaoka.Werkverzeichnis der Radierungen 1971-1981)が刊行されている。

●作家:Nagaoka Kunito(1940-)
●種類:Catalogue
●サイズ:240x210mm
●技法:Offset
●発行:Kunstamt Berlin-Tempelhof, Berlin
●印刷:P.Decker, Berlin
●発行年:1998
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長岡氏が1979年に制作した「遺跡(ISEKI)」シリーズの第22作。長岡氏の主要なテーマのひとつである「遺跡(ISEKI)」シリーズは、氏の故郷にあって人々の生活に大きな影を落とす浅間山と人間社会とのせめぎ合いの中で形成された自然観を根底に制作された作品群である。

●作家:Nagaoka Kunito(1940-)
●題名:ISEKI/PY XXII, 1979
●画寸:390x490mm
●技法:Etching+Aquatint
●限定:EA:XV
●制作年:1979
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ベルリンの銅版画工房《Radierwerkstatt Schlemm, Berlin》のエンボス印
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by galleria-iska | 2012-11-02 18:19 | 図録類 | Comments(0)