ガレリア・イスカ通信

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2014年 05月 28日

ジョルジュ・ファーヴルのジグソーパズル「Publicite TSF Pathé 53」(1934)

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自分は世に言うところの収集家ではないので、特定の対象に関心を持ち収集を行なうことはないが、雑食性の性か、あれやこれやと目に付いたものに気が行ってしまうところがある。それだけで終われば未だ良いが、性質が悪いことに、そこからまた横道に逸れてしまい、なかなか元に戻ってこれなくなってしまうのである。先日も前から気になっていたキース・ヘリング(Keith Haring, 1958-1990)が自身の誕生パーティーの招待状として制作したジグソー・パズルの購入資金のことで思い悩んでいるうちに、アールデコ時代の日本ではあまり知られていないポスター作家によるパテ社(Pathé)(註1)製の真空管式受信機(ラジオ)の宣伝用ポスターを基に作られたジグソーパズル、今で言うノベルティ・グッズに遭遇、その珍しさに惹かれて購入してしまった。このジグソーパズルはおそらく顧客や関係者に向けて配られたものかと思われるが、パテ社が製造した実用タイプの53型真空管式受信機の宣伝用ポスター(Pathé 53, Affiche de Georges Favre 1934. Imp. Delattre. 120x80 cm)のイメージをそのまま用いて作られており、収納用の紙袋にも同じイメージが使われている。紙袋に若干変色が見られるが、ジグソーパズルの方は印刷時の瑞々しさが失われておらず、経年による時代感と当事の人たちと同じ新鮮な驚きとを同時に味わうことができる。もとになったポスターの作者は、パリの国立美術学校で19世紀フランス・アカデミズムの画家で彫刻家のジャン=レオン・ジェローム(Jean-Léon Gérôme 、1824–1904)もとで学び、『挿絵入りのフィガロ紙』(Le Figaro Illustré)や『ル・ゴロワ紙』(Le Gaulois)で諷刺画家として働いた、ポスター作家のジョルジュ・ファーヴル(Georges Favre, 1873-1942)である。ファーブルはカッサンドル(Adolphe Mouron Cassandre, 1901–1968)(註2)がポスター作家として活躍した1927年から1935年にかけて数多くの商業ポスターを手掛けており、パテ社の一連の真空管式受信機(註3)の宣伝用ポスターを制作している。

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ジュルジュ・ファーヴルの版上サイン。画面左下の『鳴く雄鶏』はパテ兄弟商会のロゴとして作られたものだが、1920年代に社名とともに一度他社に売却されている。
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●作家:Georges Favre
●種類:Jigsaw puzzle
●サイズ:168x115mm(Paper sack:181x130mm)
●技法:Lithograph
●発行:Pathé
●制作年:1934



1.1896年にパリにフォノグラフ・レコードを販売する「パテ兄弟商会」(Société Pathé Frère)を設立したパテ4兄弟は、その後レコード製造工場を建てるなどして事業を拡大、また当事目新しかった映画にも目をつけ、撮影用の機材の製造を開始、20世紀初頭には、レコード製作の大手であるばかりでなく、世界最大の映画撮影機器製造会社となった。事業規模が大きくなりすぎたため、1918年に映画製作部門とレコード製作部門とに分社化するが、1928年にレコード製作部門が英コロムビアに買収され、映画製作部門も世界恐慌を前にして債務超過状態となり、1929年2月にルーマニア生まれのユダヤ人映画プロデューサー、ベルナール・ナタン(Bernard Natan)に買収される。ナタンはごく短期間でパテ社の経営を立て直し、再び映画産業での地位を回復すると、1929年11月、フランス最初のテレビジョン会社「Télévision-Baird-Natan」を設立、翌30年にはパリのラジオ放送局を買い、ラジオ帝国の建設のため、ラジオ放送の真空管式受信機の製作に乗り出す。

2.カッサンドルも1932年、パテ社の依頼で、“真空管式受信機”(図版A)と“蓄音機”(図版B)の2点の宣伝用ポスターのデザインを行なっている。
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3.パテ社が1930年代に製造した真空管式受信機(ラジオ)のラインナップ広告。
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by galleria-iska | 2014-05-28 18:03 | その他 | Comments(0)
2014年 05月 21日

挿絵本資料「Art reference books: illustrated books & artist's books」

19世紀末から今日に至る画家や彫刻家によるリーヴル・ダルティスト(livres d'artistes)としての挿絵本を版画の表現形式のひとつと見るか、あくまでも本として、挿絵専門画家のようにテキストを補う挿絵と捉えるかという議論はあまり意味がない。画家(もしくは彫刻家)と作家との刺激的な出遭いによって、画家の想像力が喚起され、新しいイマージュが生み出される点において成立するリーヴル・ダルティスト(livres d'artistes)としての挿絵本は、書物を“生きた空間”として捉え、「作家と画家によって作られる一冊の本におけるテキストとイマージュは、混ぜ合わされるのではなく、並行して働かなくてはならない」と考えるアンリ・マチス(Henri Matisse, 1869-1954)が、マルメラの詩集の挿絵を制作した際にいみじくも述べているように、「すぐれた詩人が別の種類の芸術家の想像力をかき立てて、その詩と等価のものがつくり出されるのを見るのは気持のいいものだが、造形芸術家が自らの才能をもっともよく引き出すには、あまりテキストに拘泥することなく、その詩人と触れ合うことで自分の感性を豊かにしながら自由に制作しなければならない。事実、マラルメ詩集の仕事を終えてみて、これは私が楽しんでマラルメを読んだあとで行った仕事だと言いたい」という言葉の中に見事に言い表されている。

それは画家が、例えば風景や静物、人物、古くは聖書や神話などの物語に主題を見つけ、自由で創作的な表現を行なう行為と全く無縁ではなく、同時代人による詩や物語がインスピレーションの源泉である点において全く同等であると言える。その点に着目し、絵画および版画の愛好家とと愛書家という二つの立場、その両者の興味を惹こうとする出版者の、文字通り、一石二鳥を狙う、思惑のようなものが背景にあったのは事実であるが、単なる利益追求だけで斯くの如き手の込んだものを造り上げることは不可能で、版画制作における新しい領域の可能性を見い出した出版者の挑戦であったと言えよう。しかし現実は甘くはなく、フランス19世紀末から20世紀初頭にかけて活躍した画商アンブロワーズ・ヴォラール(Ambroise Vollard, 1866-1939)が版元となって出版した挿絵本は、当初愛書家の興味を全く惹かず、その思惑と大きく外れるものになってしまった。

版画の入った挿絵本の魅力は、額に納められた作品とガラス越しに対峙し、ひたすら見るという行為を強いる関係性にあるのではなく、作品を直に手に取り、紙の手触りやインクの匂い、また質感などの情報を視覚に還元することで、より深く作品を理解することが出来るという点にあると思うが、その五感を通して愉しむという行為は、幾分フェティシズム的な側面を持っているかもしれない。

自分も、個々の版画作品に比べると比較的入手し易かった挿絵本に目が行き、それなりに集めてみたが、収入が減って懐が淋しくなり、ほぼ全て手放してしまった。その名残りというわけではないが、挿絵本収集のための参考書として使った図録類が何冊か手元に残った。今では2000年に開館した〈うらわ美術館〉を始めとして、国内でも挿絵本に関する展覧会が開催されるようになり、図録も刊行されているが、自分が挿絵本に興味を持ち始めた1980年代には実用向きの案内書が見つからず、海外から挿絵本に関する図録類を取り寄せるしかなかったのである。何かの参考になればと思い、幾つか紹介する。実用度は個人的な評価であり、三つ星が無いのは、言葉の不自由さを差し引いているからである。

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エコール・ド・パリの画家と彫刻家を主とする挿絵本、いわゆるリーヴル・ダルティストの基本文献として長く使われてきたガイドブック「Anthologie du Livre Illustré par les Peintres et Sculpteurs de l'Ecole de Paris」。1931年、ピカソが挿絵を描いたオヴィディウスの「転身譜(Les Métamorphoses d'Ovide )」の出版から出発し、現在は美術書の出版で知られるアルベール・スキラ出版(Édition Albert Skira, Genève) を設立したスイス ジュネーヴ生まれの出版人アルベール・スキラ(Albert Skira, 1904-1973)が、19世紀末のマネから第二次世界大戦が終結する1945年までのエコール・ド・パリの画家と彫刻家を主とする挿絵本のカタログを編纂、その書誌学的情報を巻末に添え、1946年に出版したもの。序文は作家、劇作家、美術史家でもあった、美術評論家のクロード・ロジェ=マルクス(Claude Roger-Marx, 1888-1977)。テキストはアンリ・マチス(Henri Matisse,1869-1954)が自身の挿絵本制作について述べた"Comment j'ai fait mes Livres(私は本造りをどのよう行なったか)"。図版として、Beaudin, Bonnard, Braque, Chagall, Chirico, Dali, Denis, Derain, Dufy, Ernst, Gaugin, Gris, La Fresnaye, Laprade, Laurencin, Laurens, Léger, Maillol, Manet, Marcoussis, Masson, Matisse, Miro, Pascin, Picasso, Redon, Rodin, Rouault, Roux, Roy, Segonzac, Toulouse-Lautrec, Vlaminck, Vuillardの挿絵92点を収録している。アルベール・スキラ出版(Édition Albert Skira, Genève)(1946年刊)、206x140mm、120ページ、仏語。実用度:★

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1969年の10月から11月にかけてフランクフルトのフランクフルト芸術協会(Frankfurter Kunstverein )で開催された、現代美術の最新の動向を俯瞰できる挿絵本と版画集の展覧会「illustrierte Bücher & Graphikmappen」の図録。1967年から1969年にかけて出版された挿絵本と版画集合わせて245点を書誌学的情報を添えモノクロ図版付きで紹介。フランクフルト芸術協会(Frankfurter Kunstverein, Frankfurt )(1968年刊)、211x292mm、244ページ。独語。実用度:★

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1946年に出版されたスキラの「Anthologie du Livre Illustré par les Peintres et Sculpteurs de l'Ecole de Paris」と同様、挿絵本(リーヴル・ダルティスト)の基本文献として利用されている「The Artist and the Book in France : the 20th Century Livre d'Artiste」は、ナビ派の画家ビエール・ボナール(Pierre Bonnard, 1867-1947)が、19世紀フランスの詩人ポール・ヴェルレーヌ(Paul Verlaine, 1844-1896)の詩に108点のリトグラフと9点の木版画による挿絵を寄せ、二十世紀挿絵本の扉を開いたとされる挿絵本「Parallèlement(並行して)」から、二十世紀フランスを代表するピカソ、マチス、シャガールといった巨匠はもちろん、ビュッフェやミノーといった若手作家に至るまで、フランスの画家、彫刻家による200点余の挿絵本を取り上げている。著者はフランスの挿絵本に対する比類のない知識の持ち主でコレクターでもあるW.J.ストラッチャン(W.J. Strachan)。巻末に挿絵本の書誌学的情報とフランスの製本術に関する専門用語を掲載。ピーター・オーウェン社(Peter Owen, London)(1969年刊)、293x225mm, 368ページ、173点のモノクロ図版と8点のカラー図版。英語。実用度:★★

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1985年にロンドンのヴィクトリア・アンド・アルバート美術館で開催された、同館の中にある国立美術図書館所蔵(The National Art Library of London's Victoria & Albert Museum)の、1870年代のマネから1980年代のフランチェスコ・クレメンテやリチャード・ロングに至る、約100年間に制作された挿絵本(リーヴル・ダルティスト)の歴史を美術の動向に即して俯瞰する展覧会「From Manet to Hockney: Modern Artists' Illustrated Books」の図録。こちらも挿絵本に関する基本文献として利用されている。館長のキャロル・ホグベン(Carol Hogben)が前書きを担当。11点の参考図版、挿絵36点のカラー図版、167点の挿絵本が、書誌学的な情報を添えて、一頁ないし二頁一点の、挿絵図版付きで紹介されている。ヴィクトリア・アンド・アルバート美術館(Victoria & Albert Museum, London)(1985年刊)、270x225mm、380ページ。英語。実用度:★★

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1987年にフランスの大手出版社フラマリオン(Flammarion, Paris)から出版された「Le peintre et le livre: L'age d'or du livre illustre en France, 1870-1970」は、挿絵本(リーヴル・ダルティスト)の黄金時代と言われる1870年から1970年の100年間に刊行された挿絵本の歴史を、画家と詩人(Manet et Mallarmé, Bonnard et Verlaine, Picasso et Reverdy, Derain et Apollinaire, Léger et Malraux, Mirò et Tzara, Sonia Delaunay et Cendrars等々)、そしてそれらの版元との関係において捉えたもの。著者は当事パリ大学付属ジャック・ドゥーセ文学図書館の司書であったフランソワ・シャポン(François Chapon)。フラマリオン社(Flammarion, Paris)(1987年刊)、317x247mm、320ページ、200点のモノクロ図版、60点のカラー図版。仏語。実用度:★

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1988年にパリにあるフランスの国立図書館で、戦後間もない1947年から1985年にかけて出版された54点の挿絵本(リーヴル・ダルティスト)を集めてで開催された展覧会「50 livres illustrés depuis 1947」の図録。パリの国立図書館(Bibliothèque Nationale、Paris)の書籍部で、稀覯本の保存管理を行なっているアントワーヌ・コロン(Antoine Coron)が企画と図録の編集を行ない、前書き執筆している。カラー図版入りで紹介されている54点の挿絵本には、詳細な書誌学的情報が添えられ、本文中にPierre Alechinsky, Piere-Andre Benoit, Michel Butor, Dominique Fourcade, Gilbert Lascault, Bruno Roy, Jean Royのテキストが挿入されている。国立図書館(Bibliothèque Nationale、Paris)(1988年刊)、210x300mm、150ページ、54点のカラー図版。仏語。実用度:★

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かつてはチェコスロバキア共和国(1992年にチェコ共和国とスロバキア共和国に分離)、今はチェコ共和国(Czech Republic)の都市ズノイモ出身で、コンセプチュアル・アーティスト、写真家、美術史家、学芸員、教育者と幾つも顔を持つ、ヤロスラフ・アンデル(Jaroslav Anděl, 1949-)の企画により1989年2月から6月にかけてニューヨーク市のフランクリン・ファーナス社(Franklin Furnace, Inc.)(註1)のギャラリーで開催された表現主義、キュビスム、未来派、ダダイスム、構成主義、シュルレアリスムといった20世紀初頭のアヴァンギャルドと呼ばれる前衛的な芸術運動の中から生まれた挿絵本(リーヴル・ダルティスト)に焦点を当てた展覧会「The Avant-Garde Book 1900-1945」の図録。この展覧会では、装丁や文字組み、タイポグラフィや写真の利用など、斬新な感覚を盛り込んだ挿絵本が数多く取り上げられており、挿絵本制作において画家兼作家としての画家が果たした役割に注目する一方、画家と作家との共同作業についてもスポットを当てている。図録には書誌学的な情報を交えながら、160点の挿絵本が、多くのモノクロ図版を使って、紹介されている。フランクリン・ファーナス社(Franklin Furnace, Inc.)(1989年刊)、280x215mm、68ページ、110点以上のモノクロ図版。英語。実用度:★

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ニューヨーク近代美術館の版画および挿絵本部長(Chief curator of the Department of Prints and Illustrated books at the Museum of Modern Art, New Yorok)リヴァ・キャッスルマン(Riva Castleman)によって、挿絵本(リーヴル・ダルティスト)の成立背景とその歴史的流れを、画家と出版者、作家、そして印刷所との関係にまで言及しつつ考察することで挿絵本の実像を浮かび上がらせるべく企画され、1994年10月から翌95年1月にかけて開催された挿絵本の一世紀を辿る展覧会「A Century of Artists Books」。これはその展覧会に際し刊行されたもの。キャッスルマンが選んだ140点の挿絵本が、ヴィクトリア・アンド・アルバート美術館で開催された展覧会「From Manet to Hockney: Modern Artists' Illustrated Books」に倣い、195点(内76点はカラー)の図版を添えた書誌学的な情報を盛り込み、紹介されている。ニューヨーク近代美術館(The Museum of Modern Art, New Yorok)(1994年刊)、287x251mm、263ページ、図版195点(内76点はカラー)、28点の参考図版。英語。実用度:★★

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「The Century of Artists' Books」は1995年にニューヨーク市のグラナリー・ブックス社(Granary Books)から刊行されたアーティスツ・ブック(Artists' Book)に関する包括的な研究書。著者は版画家、作家、学者で、1972年から自らもアーティスツ・ブックの制作を行なっているイェール大学の美術史学部で現代美術と理論の准教授を務めるジョハンナ・ドラッカー(Johanna Drucker)。いわゆる豪華本と呼ばれる小部数限定の版画を用いた挿絵本が下火を迎える1970年代以降に制作された、今日的な新しい表現形式としてのアーティスツ・ブックは、キュビスム、未来派、ロシア・アヴァンギャルド、ダダ、シュルレアリスムなど、二十世紀初頭に次々と起こったアヴァンギャルドと呼ばれる前衛的な芸術運動の流れを引き継ぐ芸術行為として捉えられる。本書はそのアヴァンギャルドの歴史的流れを踏まえつつ、18世紀イギリスの画家、詩人、銅版画家、挿絵画家人ウィリアム・ブレイク(William Blake, 1757-1827)のレリーフ・エッチング用いた彩飾印刷(Illuminated Printing)による彩飾本のひとつ「The Book of Urizen(ユリゼンの書)」(1794年)からマルセル・デュシャン(Marcel Duchamp, 1887-1968)の「La boîte-en-valise (トランクの中の箱)」(1936~1941年)までの200点以上のアーティスツ・ブックの構成や表現形式、コンセプトを、制作者としての経験を活かして詳細に分析、芸術表現としての可能性を探る。グラナリー・ブックス社(Granary Books, New York)(1995年刊)、236x160mm、377ページ。200点以上のアーティスツ・ブックのモノクロ図版。英語。実用度:★

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1909年に設立され、美術館活動を様々な形で支援する非営利組織として、アメリカ合衆国や国外の300近い美術館がそのメンバーとして名を連ねるアメリカ芸術連盟(AFA=The American Federation of Arts)が企画を行ない、1980年代以降に制作されたアーティスツ・ブックに焦点を当て、1998年2月から1999年12月にかけて全米6箇所の美術館を巡回した芸術表現としての本に関する展覧会「ARTIST / AUTHOR CONTEMPORARY ARTISTS' BOOKS」の図録。著者は、インディペンデント・キュレーターで美術史家、ベルギーはヘント(Ghent)にあるアーティスツt・ブックの版元《Imschoot, uitgevers》編集者でもある,コルレリア・ラウフ(Cornelia Lauf)と、ニューヨーク近代美術館の前図書館長であったクライヴ・フィルポット(Clive Phillpot)。巻末に展覧会に出品された1980年以降に出版されたアーティスツ・ブック130点のリストとその出版社(者)の住所が載っている。アメリカ芸術連盟&ディストリビューテッド・アート・パブリッシャーズ社《The American Federation of Arts & D.A.P(Distributed Art Publishers), New York》(1998年刊)、261x240mm、170ページ、80点のカラー図版と25点のモノクロ図版。英語。実用度:★★




1.Franklin Furnace was founded in 1976 by artist Martha Wilson to champion ephemeral forms neglected by mainstream arts institutions. The organization has developed a place in art history for artists' books, temporary installation art, and performance art, and researched the history of the contemporary artists' book through such exhibitions as:「Cubist Prints/Cubist Books」,「The Avant-Garde Book: 1900-1945」,「Fluxus: A Conceptual Country」, as well as thematic shows such as 「Artists' Books: Japan(日本のアーティストが創った本の展覧会)」,「Multiples by Latin American Artists」,「Contemporary Russian Samizdat」and「Eastern European Artists' Books」.(フランクリン・ファーナス社の紹介記事より抜粋)
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by galleria-iska | 2014-05-21 21:10 | 図録類 | Comments(0)
2014年 05月 13日

ジョルジオ・モランディの銅版画展図録「Morandi 50 gravures」(1979)

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1979年の早い時期にパリのベルクグリュン画廊(Galerie Berggruen, Paris)で開催されたイタリアの画家ジョルジオ・モランディ(Giorgio Morandi, 1890-1964)(註1)の銅版画展「Morandi 50 gravures」の図録。この画廊で3月から4月にかけて水彩画展「Folon aquarelles」を開いたベルギーの画家で彫刻家のジャン=ミッシェル・フォロン(Jean-Michel Folon, 1934-2005)(註2)が序文を書いている。

この展覧会は、モランディの友人で生涯の契約画廊であったミラノの画廊ガレリア・デル・ミリオーネ(Galleria del Milione, Milan)を設立したジーノ・ギリンゲッリ(Gino Ghiringhèlli, 1898-1964)の娘パオラ・ギリンゲッリ(Paola Ghiringhèlli, 1950-2012)の協力で実現したもので、パリにあってもモランディの銅版画作品を経年的に纏まった形で見ることができた最初の機会であったと思われる。ジーノ・ギリンゲッリは1930年代に、友人であるモランディや彼が影響を受けたデ・キリコ(Giorgio de Chirico, 1888-1978)や・カルロ・カッラ(Carlo Carrà, 1881-1966)、マリオ・シローニ(Mario Sironi, 1885-1961)といった形而上学絵画の作家達を紹介するとともに、ドイツ生まれのフランスの画商カーンワイラーの紹介でレジェやグリスといったキュビスムの画家の作品も取り扱い、またスイスのクレーやカンディンスキーとも交流を持つが、1964年6月19日に最も親しかったモランディが亡くなると、心の隙間を埋めることができず、二ヵ月後の8月19日に後を追うように亡くなる。そのジーノが遺した画廊とモランディのコレクションを受け継いだのが娘のパオラで、彼女は1970年にイタリアで最初のフォロンの個展を開催したことからフォロンのマネージメントを行なうようになり、後に彼の二人目の妻となる。

●作家:Giorgio Morandi(1890-1964)
●種類:Catalogue
●題名:Morandi 50 gravures
●序文:Jean-Michel Folon(1934-2005)
●技法:Offset
●サイズ:220x115mm
●発行:Berggruen & Cie, Paris
●印刷:Imprimerie Union, Paris
●制作年:1979

モランディは、国内的な評価よりも国際的な評価が先行した棟方志功(Shikō Munakata, 1903-1975)と同じく、美術界の潮流から距離を置くことで独自のスタイルと作品世界を切り拓いた作家であるが、第二次世界大戦後に生まれた現代美術の新しい視点によって国際的な評価を得るようになった点においても、その時期が棟方とほぼ重なっている。棟方は1952年の第二回ルガノ国際版画ビエンナーレで優秀賞(Prize of Excellence)を受賞,1955年の第三回サンパウロ・ビエンナーレの版画部門で最高賞(First Prize )、翌1956年の第二十八回ヴェネツィア・ビエンナーレでは版画部門の大賞(Grand Prize )を受賞している。一方のモランディも戦後初の開催となった1948年の第二十四回ヴェネツィア・ビエンナーレの絵画部門にカッラとデ・キリコとともに出品して受賞(City of Venice Prize)、1953年の第二回サンパウロ・ビエンナーレの版画部門で大賞(Grand Prize)、1957年には第四回サンパウロ・ビエンナーレの絵画部門で大賞(Grand Prize )を受賞している。これらの国際的評価は作品価格にも反映されていくこととなり、今では纏まったコレクションを形成することは、たとえ潤沢な資金を用意することが出来たとしても、不可能に近いと言える。良質なコレクションは作家と二人三脚で作り上げていくことが一番の早道であるが、同時代的でなかったとしても、その時代から見逃された作家を見つけ出す嗅覚があれば、まだ可能性は残っている。ただ、モランディについて言えば、その時機はとっくに逸してしまっているのだが。
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モランディが友人のジーノ・ギリンゲッリに宛てて書いた手紙(1959年11月26日の日付)
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ジョルジオ・モランディの版画カタログ・レゾネ(1964年刊)の改訂新版、1989年刊、215x157x33mm「L'Opera Grafica di Giorgio Morandi」by Lamberto Vitali, published by Giulio Einaudi editore s.p.a., Torino.
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註:

1.「近代絵画の父」と呼ばれるポール・セザンヌは最初印象派のグループの一員としてモネやルノワール等と共に活動していたが、1880年代からグループを離れ、伝統的な絵画の約束事にとらわれない独自の絵画様式を探求した結果、静物画と風景画において多くの傑作を残し、二十世紀美術に多大な影響を与えた。そのセザンヌ的なるものを背後に感じさせるモランディも初期には形而上学絵画の影響を受けるも、次第に特定の流派や運動から遠ざかり、ボローニャのアトリエに篭り、“卓上静物画”を中心に独自の画風を確立し、二十世紀イタリアを代表する画家のひとりとなった。その作品価格は国際的な評価が高まるにつれに上昇、油彩画については、サザビーやクリスティーといった有名オークション・ハウスでの落札価格はとっくに億を超えており、銅版画についても、1997年にモランディの版画とデッサン50点による売りたての図録が手元にあるが、安いもので100万円、良品なら300万円以上、傑作となると800万円以上の評価が付けられており、画廊に並んだ場合はそれ以上の価格になることは間違いない。

2.モランディの絵画に傾倒し、モランディの銅版画の描法に影響を受けた作品を幾つか残しているフォロンはこの年の4月から5月にかけてロンドンの老舗版画画廊ラムリー・カザレット(Lumley Cazalet Ltd., London)で開催されたモランディの銅版画展「Giorgio Morandi, Etchings 1915-1961」の序文も書いており、自身も11月から12月にかけて同画廊で水彩画と銅版画による個展「Folon Watercolors and Etchings」を開いている。フォロンはこの展覧会の数年前にパオラの案内でモランディのアトリエを訪れ、室内の様子を写真に収めており、彼女の父とモランディとの交流を一冊の本にまとめ、1985年にアリス出版(Alice Editions, Biti Edizioni. Milano)からイタリア語版の『モランディの花(Fiori di Giorgi Morandi)』、パリの出版社エルシェ(Herscher)からフランス語版の「Fleurs de Giorgio Morandi」をそれぞれ出版している。
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パリのベルクグリュン画廊で行なわれたフォロンの水彩画展「Folon aquarelles」の図録
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フォロンの表紙絵(裏+表)
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by galleria-iska | 2014-05-13 11:42 | 図録類 | Comments(0)