ガレリア・イスカ通信

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2015年 11月 27日

ベルナール・ビュッフェの招待状「Paysages」(1983)

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前回に続き、今回も、21世紀を目前に控えた1999年に自ら命を絶ったフランス20世紀の画家ベルナール・ビュッフェ(Bernard Buffet, 1928-1999)の招待状を取り上げる。この招待状は、ビュッフェが1983年に、専属画廊であったパリのモーリス・ガルニエ画廊(Galeire Maurice Garnier, Paris)で風景を主題とする作品展「Paysages」を行なった際に、ヴェルニサージュ用にデザインしたもの。表紙はビュッフェのオリジナル・リトグラフ。別刷りで、署名と限定番号が付された版画作品が存在する。制作はビュッフェのリトグラフを手掛けるパリのムルロー工房(Mourlot Imp., Paris)。

ビュッフェは第二次大戦後の混乱期にある1940年代のパリで、人間存在の不条理や孤独感を見事に表現した初期のモノトーンの作品によって高い評価を得るが、アンフォルメル(アメリカの抽象表現主義に相当)と呼ばれる、即興的な筆の運びや厚塗りの画面によって自己表現を行なう表現主義的な抽象絵画が美術界を席巻する1950年代に、似非表現主義者との烙印を押され、フランス国内のことであろうか、美術館などの公的な施設から撤去され、絶頂から一気に奈落の底に突き落とされてしまう。我々のよく知るところの、ビュッフェを特徴付ける神経質で鋭い描線もアンフォルメルの空気の中で生まれ出たものかもしれないが、評論家の目には生温いものに見えてしまったのだろうか。

具象絵画やシュルレアリスムスの画家たちにも少なからず影響を及ぼしたフランスのアンフォルメルの運動はヌーヴォー・レアリスムに、アメリカの抽象表現主義は、ネオダダと呼ばれる、マルセル・デュシャンの影響を受け、廃物や既製品、大衆的な図版を取り込んだ反芸術的な作品へ変化し、その後、大量生産・大量消費社会そのものをテーマとするポップ・アートに取って替わられる。このような状況下にあって、ビュッフェもその画面に大衆的な要素(漫画)を取り入れた作品を作っているが、さほど大きな反響を得られたようには思えない。偉大な20世紀の画家ピカソは様々に画風を変化させながらピカソであり続けたのだが、ビュッフェはビュッフェであり続けながらも、その時々の美術運動に呼応するかのように、その画面に変化を与えているのだが、ビュッフェという固有名詞、あるいは確立されたひとつのブランド(作品の持つ悲劇性や誇張された表現)に囚われ、ビュッフェのそのような取り組みを見過ごしてしまっているのかもしれない。

このリトグラフを見る限り、かつての鋭い描線は影を潜め、如何にも塗り絵的な表現(註1)に陥っているが、それは具象絵画という頚木から離れられないビュッフェの、熟達と洗練の果てに辿り着いた姿なのか、緊張感に欠ける画面の白々しさは戦後の具象絵画のある種の終焉を象徴しているかのようにも見える。この時期(1970年代後半から1980年代の中頃までの約10年間になるのだが)、現代美術は行き過ぎた難解さや抽象化の反動から、描くことの復権とも言える表現主義風の衣を纏ったニューペインティング(新表現主義)が台頭するのだが、そんな中、ビュッフェの提示した明るくフラットな色彩と単純化されたフォルムは逆に、現代美術によって希求された平面性を打ち出してしているように見えるのだが。

ビュッフェは、自らがビュッフェであることを否定せず、ビュッフェ以下にも、ビュッフェ以上になることもなく、ひたすらビュッフェである中で、様々な実験を繰り返していたのだが、日頃我々が目にするのは、画商や業者によって恣意的に作り上げられた、ブランドとしてのビュッフェであって、それをしてビュッフェの全体像と思っているのかもしれない。虚像としてビュッフェと実像としてのビュッフェの乖離。そこにビュッフェという画家の幸福と悲劇があるように思える。そのビュッフェの才能に全幅の信頼を寄せ、画家としての活動の初期から晩年に至るまで、公私に渡って支え続けたのが、モウリス・ガルニエという画商である。

●作家:Bernard Buffe(1928-1999)
●種類:Invtation
●サイズ:105x211mm(105x422mm)
●技法:Lithograph
●紙質:Arches
●限定:4000
●発行:Galerie Maurice Garnier, Paris
●制作年:1983
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註:

1.このリトグラフを見ているうちに、アンディ・ウォーホル(Andy Warhol, 1928-1987)が1962年から63年にかけて塗り絵をテーマに制作した一連の作品"Do it Yourselfs"が脳裏に浮かんだ。画像はそのうちの一点「Do it Yourself(Seascape)」である。ウォーホルはこの連作で、静物や花、風景といった、アメリカ人なら一度は目にするであろう、前衛とは対極にある、日常的で、新鮮味のない、ごくありふれた絵画を塗り絵に仕立て、色付けの過程そのものを作品化しているのだが、絵画を何の変哲もない記号とか単なる図式に置き換えることで、絵画を高尚なものから低次のものと等価な存在へと引きずり降ろし、権威に対する盲目的服従に異議を唱えている。その一方で、無限に反復し増殖可能なウォーホルの絵画の本質を示しているとも言える。
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                        Andy Warhol "Do it Yourself(Seascape)"1963

参考文献:
Andy warhol: A Retrospective, The Museum of Modern Art, New York, 1989.
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by galleria-iska | 2015-11-27 11:36 | 案内状/招待状関係 | Comments(0)
2015年 11月 26日

ベルナール・ビュッフェの招待状「Galerie Maurice Garnier」(1979)

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1977年にモーリス・ガルニエ画廊(Galerie Maurice Garnier, Paris)の専属画家となった20世紀フランスの画家ベルナール・ビュッフェ(Bernard Buffet, 1928-1999)は1979年、妻アナベル(Annabel Buffet)との結婚20周年の意を込めて制作した花をテーマとする作品展「Les Fleurs」を同画廊で行なっている。この招待状はそのヴェルニサージュのためにビュッフェがデザインしたもので、制作はビュッフェのリトグラフを手掛けているパリのムルロー工房(Mourlot Imp., Paris)で行なわれている。招待状は通常表紙に図版を持ってくるものだが、この招待状では、表紙にビュッフェの署名が記され、中を開くと、ビュッフェの挿絵本に見られるような配置で、左頁に愛と美の象徴である薔薇の花の絵、右頁にはビュッフェ独特の手書き文字による招待文が記載されている。

この招待状もそのひとつであるが、ビュッフェの作品だけを専門に扱う画廊となったガルニエ画廊は1977年以降、ビュッフェのオリジナル・デザインの招待状を用いるようになるのだが、招待状が届くのを楽しみしていた愛好家も少なくないはず。高価な油彩画の販売を目的とする個展の招待状は、版画、とくにリトグラフを得意とする作家にとっては格好の宣伝媒体となり、画廊もそれを奨励することで油彩画のみならず、版画にも関心を持ってもらえることになる訳であるから、一石二鳥である。受け取る側も、評論家は別として、オリジナル・デザインによる手の込んだものが送られてきたときは、画家(画商の商魂?)の意気込みを感じることが出来て、なかなか嬉しいものである。

展覧会の招待状やポスター、図録類などの二次資料は、今はエフェメラと称され、美術館でも収集に取り組むようになったが、こういうものは得てしてあまり関心のないお方のところに届くことが多いようで、その重要性が省みられないまま捨て置かれる、ということもままある。しかしながら、それらのものに愛着、美的価値、稀に資料的価値を認めた好事家の努力によって保存されてきたものが作品成立を探る大きな鍵となることもあるので、決して侮ってはならない。

●作家:Bernard Buffet(1928-1999)
●種類:Invitation
●サイズ:202x155mm(202x311mm)
●技法:Lithograph
●紙質:Arches
●印刷:Mourlot Imp., Paris
●発行:Galerie Maurice Garnier, Paris
●制作年:1979
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by galleria-iska | 2015-11-26 20:55 | 案内状/招待状関係 | Comments(0)
2015年 11月 25日

荒川修作のポスター「Kunsthalle Bern」(1972)

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前回、スイスのベルンにある現代美術の企画展に特化した美術館、クンストハレ・ベルン(Kunsthalle Bern, Bern)で1971年に開催されたジャスパー・ジョーンズ(Jasper Johns, 1930-)の版画展の告知用ポスターを取り上げたが、今回は、愛知県名古屋市出身の美術家、荒川修作(Shusaku Arakawa,1936-2010)がそのポスターに触発されて制作したポスターを取り上げてみたい。

このポスターは、荒川とは既に旧知の仲であったジョーンズの版画展から一年後の1972年に同美術館で開催された荒川の展覧会の際に制作されたものだが、荒川はジョーンズのポスターに呼応するかのようなデザインを行なっている。それは二つのポスターを並べて見るとよく判るのだが、荒川はジョーンズのポスターと同じ100x70cmの縦長のフォーマットを用い、画面中の文字式A+B=Cにジョーンズ(註1)が文字入れに使っているゴシックタイプのステンシルを、画面下の文字入れは、ジョーンズと同じモノクロで、手書き風の特徴ある書体を使っていて、この二つのポスターは明らかに姉妹関係にあるように見える。しかし、だからと言って、それが荒川のジョーンズに対するオマージュであるとまでは言い切れないが。荒川はこのポスターを、彼が1971年にドイツのミュンヘンにあるブルックマン出版(Bruckmann Verlag GmbH, München)から刊行した『意味のメカニズム(Mechanismus der Bedeutung)』(初版)に関する作品展のための告知用ポスターとして制作したもので、10の組み立て直しを「A+B=C」という文字式を使って示している(10 reassembling An investigation of the element of the reassembly and the possible applications of these in order to change usage)。

このポスターは二十年以上前にドイツの画廊から取り寄せたものだが、内容を理解した上でのことではなく、ポップな色調に惹かれてと言った方が良いかもしれない。

概念を図式化したものを作品とする荒川の活動が世界的な注目を集めるのは、コンセプチュアル・アート(概念芸術)の最盛期であるといわれる1966年から1972年である。反芸術を掲げる荒川は1961年、単身ニューヨークに渡り、そこでマルセル・デュシャンの知遇を得、オノ・ヨーコから借りたスタジオでデュシャンが連れて来たアンディ・ウォーホル、ジョン・ケージ、ジャスパー・ジョーンズ、ロバート・ラウシェンバーグといった現代美術の錚々たる作家と出会うことになる。そして1963年のドイツはデュッセルドルフのシュメラ画廊(Galerie Schmela, Düsseldorf)での個展(たった一点の作品を展示しただけ)を皮切りに、ヨーロッパとアメリカの画廊で次々に個展を開催、言葉や記号、図形が書き込まれた非絵画的作品を発表する。1971年に1963年から共同制作を行なっている画家で詩人のマドリン・ギンズ(Madeline Gins, 1941-2014)と『意味のメカニズム』を発表、国際的な評価を得る。そして1972年に『意味のメカニズム』に関する巡回展(註2) が組まれる。ベルンでの展覧会はそのうちのひとつである。

ベルンでの展覧会のキュレーションを行なったのは、1960年から1969年までディレクターの職にあって、1969年には『態度が形になるとき」(When Attitudes Become Form)』というコンセプチュアル・アートの伝説的な展覧会を企画したハラルド・ゼーマン(Dr.Harald Szeemann, 1933-2005)の後を受け、1970年から1974までディレクターを務め、1971年にジョーンズの版画展を企画したカルロ・フーバー(Dr.Carlo Huber)である。
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●作家:Shusaku Arakawa(1936-2010)
●種類:Poster
●題名:10 Reassembling
●サイズ:1003x699mm
●技法:Silkscreen
●限定:1000
●発行:Kunsthalle Bern, Bern
●印刷:Albin Uldry, Bern
●制作年:1972
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《10 reassembling An investigation of the element of the reassembly and the possible applications of these in order to change usage》とある。
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《To what extent is = A function of + ?]》
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註:

1.ニューヨーク市のレオ・キャステリ画廊(Leo Castelli Gallery, New York)が1996年に開催したジャスパー・ジョーンズが1960年から1996年にかけて制作した版画の展覧会「Technique & Collaboration in the Prints of JASPER JOHNS」の際に発行した図録の表紙には、ジョーンズが実際にステンシル・テンプレート (stencil template)を使って制作している姿を捉えた写真(画像はその一部)が使われている。
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2.『意味のメカニズム』巡回展の開催地は以下の通り:
Frankfurter Kunstverein, Frankfurt
Kunsthalle Hamburg, Hamburg
Kunsthalle Bern, Bern
Nationalgalerie Berlin, Berlin
Städtische Galerie im Lenbachhaus, Munich
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by galleria-iska | 2015-11-25 19:48 | ポスター/メイラー | Comments(0)
2015年 11月 23日

ジャスパー・ジョーンズのポスター「Kunsthalle Bern」(1971)

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友人のロバート・ラウシェンバーグ(Robert Rauschenberg, )とともにネオダダの中心的存在であったジャスパー・ジョーンズ(Jasper Johns, 1930-)は1960年、1959年に制作した「窓の外(Out the Window)」で最初に用いた画面を水平に三分割して描く手法を再び使い、エンコースティックとコラージュによる絵画作品「2個のボールのある絵」という、殴り描きにも似た激しい筆触によって、新聞紙がコラージュされた画面を覆いつくすかのような抽象表現主義的な特徴を色濃く残す作品を制作している。この作品を特徴付けているのは、画面下に空間的なイリュージョンを排除するために描き込まれた、作品の題名、年記、それと署名である。

ジョーンズは1962年、その作品の構図をリトグラフに転用し、抽象表現主義な筆触を地とし、赤、黄、青という色の三原色を使って水平に三分割し、その上にさらに殴り書きのようなドローイングを重ねるという、同名の作品を2種類「二個のボールのある絵 I(Painting with Two Balls I)」とそのヴァリアント「Painting with Two Balla II」を制作している。

そしてそのリトグラフをシルクスクリーンに置き換えたものが今回取り上げるポスターである。このポスターは、1971年4月17日から5月29日かけて、ジョーンズが、現代美術の企画展を専門に開催するスイスのベルンにあるクンストハレ・ベルン(Kunsthalle Bern, Bern)で、1960年から1971年までに制作した132点の版画による展覧会「Jasper Johns: Graphik」を開催した際に制作したオリジナルのシルクスクリーン・ポスターで、レタリングもジョーンズ自身によるものである。ポスターの印刷は同じベルンにあるシルクスクリーン工房、アルビン・ウルドリー(Albin Uldry, Bern)行なわれている。この工房で制作されるポスターの特徴は、その多くが100x70cmのフォーマットを用いていることである。ポスター制作に先駆け、ジョーンズは自身で同じ構図の版画作品を制作しており、同じフィルムがポスターにも使われている。

●作家:Jasoer Johns(1930-)
●種類:Poster
●題名:Painting with Two Balls
●サイズ:1007x703mm
●技法:Silkscreen
●発行:Kunsthalle Bern, Bern
●印刷:Albin Uldry, Bern
●制作年:1971
●目録番号:C.H.131A
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こちらはジョーンズの版画の展覧会の図録で、1960年から1971年までの版画作品の総目録(カタログ・レゾネ)となっている。展覧会はその後、西ドイツ、オランダ、イタリアに巡回している。

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by galleria-iska | 2015-11-23 13:37 | ポスター/メイラー | Comments(0)
2015年 11月 22日

ジャン=シャルル・ブレのポスター「agnès b.」(1987)

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1975年に自らのファッションブランド、アニエス・ベーを立ち上げ、1980年代前半までに大きな成功を収めたアニエス・ベー(agnès b.)こと、アニエス・トゥルーブレ(Agnes Troublé, 1941-)は1984年、美術館のキュレーターを目指した若き日の夢を実現すべく、自身の画廊「Galerie du Jour」をパリに開き、そこで展覧会を開催した作家にプロモーション用のポスターの制作を依頼している。その内のひとりが、1980年代前半、袋小路に陥っていた現代美術への反動として描くことの喜びを大きなキャンバスで表現する運動(新表現主義=ニュー・ペインティング)の中、フランソワ・ボワロン(François Boisrond, 1959-), ロベール・コンバ(Robert Combas, 1957-), エルヴェ・ディ・ローザ(Hervé Di Rosa)とともにフランスのフィギュラシオン・リーブル(Figuration libre)を代表する画家ジャン=シャルル・ブレ(Jean Charles Blais, 1956-)である。このポスターに見られるブレの1980年のスタイルを特徴付ける、ずんぐりむっくりした身体表現は、フェルナン・レジェ(Fernand Léger, 1881-1955)の描く工事現場で働く労働者の姿に繋がるようにも思われるが、同じ1980年代に興隆したイタリア・トランスアバンギャルド運動の主要メンバーのひとりであったサンドロ・キア(Sandro Chia, 1946-)のそれに近い表現と言えるだろうか。このポスターは1980年代後半に手に入れたものだが、現在でも比較的容易に手に入れることができる。

●作家:Jean Charles Blais(1956-)
●種類:Poster
●技法:Lithograph
●サイズ:1024x703mm
●限定:1000
●発行:Editions W.M.
●制作年:1984?
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フランスのボルドーにあるCAPCボルドー現代美術館(CAPC musée d’art contemporain de Bordeaux)(註1)には、1984年にこのポスターと同じ主題で制作された絵画作品「Sans title」が所蔵されている。


註:

1.前身は1973年設立のCAPC (Centre of Contemporary Visual Arts)で、1984年に現在名に改称された。
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by galleria-iska | 2015-11-22 20:43 | ポスター/メイラー | Comments(0)
2015年 11月 21日

デイヴィッド・ホックニーのポスター「Ziegler Editionen & Grafik, Zürich」(1971)

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1960年代にポップ・アートの運動にも加わり、20世紀イギリス美術を代表する作家のひとりとなったデイヴィッド・ホックニー(David Hockney, 1937-)が1969年に制作、翌70年にロンドンのピーターズバーグ・プレス社(Petersburg Press, London)から出版された挿絵本「六つのグリム童話のための挿絵(Illustrations for Six Fairy Tales from the Brothers Grimm)」(註1)の展覧会のための告知用ポスター。スイスはチューリッヒにあるジーグラー出版(Ziegler Editionen & Grafik, Zürich)で行なわれた個展「David Hockney:illustrationen zu Grimms Fairy Tales」のためのもの。使われているのは、『ルンペルシュティルツヒェン(Rumpelstilzchen)』(註1)という話の最期の場面を描いた「自分を二つに裂く(He Tore Himself in Two)」という題の挿絵である。原画はエッチングとアクアチントで制作されている。

「本当は恐ろしいグリム童話」を垣間見るような、”狂気”と“おぞましさ”が同居する画面。この挿絵をポスターの原画に選んだのはホックニー自身だったのか、あるいは主催者であったのか。いずれにせよ、肝心の画面を引き立てるデザインが成されておらず、ホックニーのオリジナル・ポスターとするならば、残念ながら見る者を惹きつける力に欠ける。そういうこともあって、30年以上前に購入したのだが、ずっとケースの一番底に下敷き代わりに入れてある。たまに出して見るのだが、また元の場所に戻ることになってしまう。

●作家:David Hocjney(1937-)
●種類:Poster
●題名:"He Tore Himself in Two"
●サイズ:910x640mm
●技法:Offset
●制作:Atelier M+M Baviera USG/SWB
●発行:Ziegler Editionen & Grafik, Zürich
●制作年:1971
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註:

1.ホックニーが挿絵を手掛けた六つの物語は以下の通り:

「あめふらし(The Little Sea Hare)」、「めっけ鳥(Fundevogel)」、「ラプンツェル(Rapunzel)」、「こわがることをおぼえるために旅にでかけた少年(The Boy who left Home to Learn Fear)」、「リンクランクじいさん(Old Rinkrank)」と「ルンペルシュティルツヒェン(Rumpelstilzchen)」

2.「ルンペルシュティルツヒェン(Rumpelstilzchen)」は、王様のために藁を黄金に変えなければならなくなった粉屋の娘は、小人の力を借りて藁を黄金に変える。王様の妃になった娘は、助けてもらったお礼に、最初の赤ん坊を小人にあげる約束をしていたが、王女が赤ん坊を渡すことをいやがると、小人は「自分の名前を三日以内に当てることが出来れば許してやる」という。三日目に、王女が焚き火の周りを踊る小人たちたちの歌から、小人の名前がルンペルシュティルツヒェンであることを当てると、怒った小人は自分のからだを引きちぎってしまう、という話。


参考文献:
「デイヴィッド・ホックニー版画 1954-1995」東京都現代美術館編、淡交社、京都、1996年
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by galleria-iska | 2015-11-21 13:21 | ポスター/メイラー | Comments(0)
2015年 11月 06日

ウィル・バーネットのポスター「Benjaman's Galerie」(1981)

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猫を初め、犬や鳥といった人間と生活を共にする動物と若い女性の姿を主題とする作品で知られるアメリカの版画家で画家のウィル・バーネット(Will Barnet, 1911-2012)は、日本での知名度は高いとは言えないが、単純化されたフォルムとフラットな色彩によって画面の平面化を図ったその画風は、どこか版画もよくするポップ・アートの画家アレックス・カッツ(Alex Katz, 1927)のそれを思い起こさせるものがある。とは言え、ポップアートに見られるような消費社会を背景とする視点ではなく、日常のなかに潜む詩情の表出を目しているようで、過ぎ去りし日の情景を見るような静かでインティメイトな画面に何かしらなの郷愁や疼きのようなものを感じてしまう、明るさの中にも感傷的な雰囲気を漂わせているのが特徴であろうか。バーネットの版画家としてのキャリアーは長く、現代作家の版画の出版も手掛けるニューヨーク市のジョン・セーケ画廊(John Szoke Gallery)が2008年に刊行した版画のレゾネには1931年から2005年までに制作された、エッチング、リトグラフ、木版、シルクスクリーンによる版画作品223点が収録されている。

1911年マサチューセッツ生まれのバーネットは1927年から33年にかけてボストン美術館付属美術学校に通った後、奨学金を得てニューヨーク市のアート・スチューデント・リーグ(The Art Students League of New York)に入学、絵画をアメリカン・モダニズムの画家スチュアート・デイヴィス(Stuart Davis, 1892-1964)、エッチングをハリー・ウィッキー(Harry Wickey, 1892-1968)、リトグラフをチャールズ・ウィーラー・ロック(Charles Wheeler Locke, 1899-1983)という共にアメリカン・リアリズムの画家兼版画家に学んでいる。1935年にはアート・スチューデント・リーグの専属のプリンター(1935~1941年)となり、ルイーズ・ブルジョア(Louise Bourgeois)、ホセ・クレメンテ・オロスコ(José Clemente Orozco)、ルイス・ロゾウィック(Louis Lozowick, 1892-1973)の版画を制作している。この経験が後のバーネットのモダニズムとレアリズムを吸収した独自のスタイルを築き上げる下地となっているのかもしれない。その後、1941年から1954年まで版画と構図を、1953年から1979年まで絵画を教え、 ジェームズ・ローゼンクイスト(James Rosenquis, 1933-)、ポール・ジェンキンス(Paul Jenkins, 1923-2012)、サイ・ トゥオンブリー(Cy Twombly, 1928-2011)らの作家に影響を与えた。バーネットが版画を教えている頃、絵画の教授の中に、アート・スチューデント・リーグで学び、1933年に教授に就任した画家で版画家の国義康雄(Yasuo Kuniyoshi,1889-1953)がいた。バーネットは1945年から1978年まで同じニューヨーク市にある私立大学、科学と芸術の発展のためのクーパー・ユニオン(The Cooper Union for the Advancement of Science and Art )でも教鞭をとっている。

このポスターは1981年、ニューヨーク州バッファローのベンジャマンズ画廊(Benjaman's Art Gallery)で行なわれた個展の際に作られた告知用ポスターで、黄味がかった厚手の用紙にオフセット・リトグラフで印刷されている。ポスターの原画となったのは、バーネットが1980年に制作した「Circe II(キルケー)」というギリシャ神話に登場する魔女を主題としたシルクスクリーンの版画作品で、魔女の使いとされる二羽のカラスを伴っている。それとは別に、1980年の11月から12月にかけて、パリのサンジェルマン・デプレ地区の多くの画廊が軒を連ねるセーヌ通り(Rue de Seine)にあるドキュマン画廊(Galerie Documents, Paris)で行なわれた版画の回顧展の際に、同じ構図を使いながらも、配色を変えることで、愛の女神と神の使いである白いカラスという逆の意味を持つオリジナルのシルクスクリーン・ポスターが作られている。このポスターには200部限定でバーネットが署名を入れたものが存在する。以前、前出のジョン・セーケ画廊で10ドルほどで販売されているのを見つけ、そのデザインとスチュアート・デイヴィス譲り(?)の色彩を彷彿させる画面に興味を持ったのだが、送料や送金手数料がその何倍も掛かってしまうため、ずっと注文を躊躇っていた。ところが、今では100ドルを超す値が付いており、本当に手が出せなくなってしまった。

●作家:Will Barnet(1911-2012)
●種類:Poster
●サイズ:762x611mm
●技法:Offset lithograph
●発行:Benjaman's Galerie(=Benjaman's Art Gallery), New York
●制作年:1981
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図版:ウィル・バーネットのオリジナル・シルクスクリーンポスター、1980年制作、508x508mm、Galerie Documents, Paris

参考文献:

Will Barnet: etchings, lithographs, woodcuts, serigraphs, 1932-1972 : Catalogue Raisonné of 147 prints. Cole, Sylvan Jr.[ed.] Published by Associated American Artists Gallery, 1972.

Will Barnet: Lithographs Serigraphs 1973-1979(Supplement of the Catalogue Raisonné),1979.

Will Barnet: Catalogue Raisonné 1931-2005. The Complete Etchings, Lithographs, Woodcuts, Serigraphs by Joann Moser (Introduction) published by John Szoke Editions, New York in 2008.
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by galleria-iska | 2015-11-06 18:43 | ポスター/メイラー | Comments(0)