ガレリア・イスカ通信

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2015年 12月 26日

キース・ヘリングの招待状「Nous, Tintin」(1987)

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1987年にベルギーのブリュッセルにある出版社(Editions du Lion, Bruxelles)から漫画『タンタンの冒険(Les Aventures de Tintin)』の作者として知られるベルギーの漫画家エルジェ(Hergé, Georges Prosper Remi, 1907-1983)に捧げられた画集「Nous, Tintin」(註1)が出版された際、同じブリュッセルにある画廊(Librairie-Galerie SANS TITRE, Bruxelles)で、画集に収録された36人の作家(註2)の作品による展覧会が開催されている。これはそのヴェルニサージュへの招待状で、キース・ヘリング(Keith Haring, 1958-1990)のデザインによる画集表紙のモノクロのイメージが使われている。

漫画家エルジェと現代美術の作家ヘリングの取り合わせは、一見奇妙に思えるが、エルジェが現代美術のコレクターとしても知られる存在であったことを考えれば、あながち不思議ではない。コレクターとしてのエルジェの関心は、ジョルジュ・マチュー(Georges Mathieu, 1921-2012)やカレル・アペル(Karel Appel, 1921-2006)といったアンフォルメルの作家から次第に線を活かした作家へと興味が移っていくのだが、1972年にニューヨーク市のアンディ・ウォーホル(Andy Warhol, 1928-1983)のファクトリーを訪ねた際には、ウォーホルをして、‘Hergé influenced me as much as Disney’ と言わしめている。そしてその出会いが数年後、ブリュッセルの画廊でのウォーホルのエルジェの肖像画の展示となって実を結び、さらにウォーホルを通じてヘリングを知る機会もあったかもしれないからである。逆にヘリングがウォーホルを通じてエルジェを知った可能性もなくもないが。エルジェはまたこの時期、漫画を絵画の主題としたもうひとりのポップ・アートの雄、ロイ・リキテンスタインの連作版画を自身のオフィスに掛けている。そのリキテンスタインは、何かの引力に引き寄せられるように、エルジェとは直接関係はないが、エルジェの死後10年経った1993年に著された、アメリカの小説家フレデリック・ツーテン(Frederic Tuten)のタンタンに因んだ物語『Tintin in the New World』の表紙と扉絵を手掛けている。このように現代美術が自らの領域を飛び越え、その可能性を押し広げていくことができたのは、保守的で、旧態依然としてブルジョア階級や知識人といった教養ある人々に支持されるハイ・カルチャーから、若者による反体制的なカウンターカルチァーのムーヴメントとともに、より大衆的で個人的な嗜好を反映したサブ・カルチャーへと下降していったからに他ならない。

●作家:Keith Haring(1958-1990)
●種類:Invitation
●サイズ:107x200mm
●技法:Silkscreen
●発行:Librairie-Galerie SANS TITRE, Bruxelles
●制作年:1987
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註:

1.
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タンタンの作者エルジェに捧げられた画集「Nous, Tintin」 出版社:Editions du Lion, Bruxelles, 1987、サイズ:355x270mm

2.36人の作家:Glues Bachelet, François Berthoud , Enki Bilal, Annick Blavier, Bode Bodart, Alberto Breccia, Max Cabanes, Silvio Cadelo, Nicole Claveloux, Didier Eberon, Ever Meulen, F'murrr, André Geerts, Daniel Goossens, Steven Guarnaccia, George Hardie, Vincent Hardy, Jan Colombe Lange, Frank Le Gall, Silver Lemon (and Bode Bodart), Jacques de Loustal, Marc Lumer, Francis Masse, Lorenzo Mattotti, José Munoz, Pascal Nottet, Albert Pepermans, Marie-Françoise Plissart, Ian Pollock, Pierre Pourbaix, Stéphane Rosse, Alec Severin, Bill Sienkiewicz, Alex Varenne, Thierry Wégria
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by galleria-iska | 2015-12-26 21:29 | キース・へリング関係 | Comments(3)
2015年 12月 25日

長谷川潔のアクアタント「Anémones et fleurs des champs dans un verre à facettes(2)」(1944~45)

以前、それぞれ腕に覚えのある5人のフランス人銅版画家の作品とともに、長谷川潔の数少ないアクアタント(アクアチント)による銅版画「切子ガラスに挿したアネモネと草花(Anémones et fleurs des champs dans un verre à facettes)」を収録した版画集「銅版画(Le Gravure sur Cuivre)」(註1)を取り上げたことがあるが、運よく、作家の鉛筆による署名入りの第一段階(ファースト・ステート)の摺りを含む、限定60部のものを入手することができたので、今回は両者の違いを見比べてみたい。まず紙質であるが、版画集の出版証明によると、アサンの工房(Atelier Paul Haasen:ポール・アサンは画家兼版画家であるものの、もっぱら銅版画の刷り師として活躍した)でリーヴ紙(B.F.K. Rives)に刷られたとあったので、現物に当たってみたところ、"BFK Rives"の透かしの入ったものは、ひとりの作家のものだけで、三人の作家のものには刷り師のポール・アサンの透かし"Paul Haasen"が入っており、長谷川潔ともうひとりの作家については、用紙の裁断の都合によるものと考えられるが、どちらの透かしも入っていなかった。そこで、ポール・アサンの刷り師としての仕事を調べてみたところ、アサンという刷り師は、依頼された版画の刷りの際、自らの名を透かしに入れた版画用の用紙(アルシュ紙やリーヴ紙)を用意していたようで、名のある作家の銅版画制作に関わっていたことを、このような形で残そうとしていたのではないかと思われる。

前回取り上げたのは、290部限定(出版証明では、50部+240部の290部となっているが、実際は60部+240部の300部である)の決定段階(最終ステート)の摺りのもので、作家によって位置は異なるが、長谷川潔については、画面右下に版上サイン(K. Hasegawa)が入れられている。他の作家のものでは、この決定段階の摺りと第一段階の摺りとでは、一見してその違いを見分けられるのだが、長谷川潔の作品に関しては、加筆、修正はなく、アネモネの花の部分に僅かに摺りの濃淡の違いがある程度である。この摺りの違いは、長谷川潔自身が指示したものと思われるが、この僅かな違いに、自然の摂理や法則を捉えることで宇宙の真理に到達しようとした完全主義者の長谷川潔ならではの拘りがあったのかもしれない。第一段階と決定段階のそれぞれに作家保存用のエプルーヴ・ダルティスト(épreuve d'artiste)が存在しており、時折、鉛筆による署名と(ép d'artiste)と記したものを見掛ける。

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第一段階:《限定:60部(鉛筆による署名と限定番号入り)、紙質:B.F.K. Rives、刷り:Paul Haasen、発行:Éditions Jacques-Petit, Angers》

●作家:Kiyoshi Hasegawa (1891-1980)
●種類:Print
●サイズ:250x185mm
●フォーマット:382x285mm
●題名:Fleurs(Anémones et fleurs des champs dans un verre à facettes)
●技法:Aquatint
●紙質:B.F.K. Rives
●限定:60
●発行:Editions Jacques-Petit, Angers
●制作年:1944~45

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決定段階《限定:300部(版上サイン入り)、紙質:Vélin du Marais、刷り:Le Blanc & Delahaye、発行:Éditions Jacques-Petit, Angers》

●作家:Kiyoshi Hasegawa (1891-1980)
●種類:Print
●サイズ:250x185mm
●フォーマット:380x280mm
●題名:Fleurs(Anémones et fleurs des champs dans un verre à facettes)
●技法:Aquatint
●紙質:Vélin du Marais
●限定:300
●発行:Éditions Jacques-Petit, Angers
●制作年:1944~45

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マレ紙(Vélin du Marais)の透かし(Watermark)
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第一段階(左)決定段階(右)
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画面右下の部分
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版画集『La Gravure sur Cuivre』の表題紙(タイトルページ)
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出版証明
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挿入された版画作品のリスト

註:

1.京都国立近代美術館 収蔵品目録(III)として1991年に発行された「長谷川潔」の年譜には、次のように記されている:
《フランス現代作家5名とともに各自異なる技法のよる銅版画を制作し、国立図書館版画部のアデマル(Jean Adhemar)の紹介文を付した限定版画集『銅版画(“Le Gravure sur Cuivre”)”第一巻がアンジェ(Angers)市のジャック・プチ(Jacques Petit)書房から出版されたが、独伊敗戦の結果、同胞とともにパリの中央監獄及びドランシイの収容所(Camp de Drancy)に次々に収監され、版画集も収容所で署名する。》

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by galleria-iska | 2015-12-25 21:49 | その他 | Comments(0)
2015年 12月 14日

ナム・ジュン・パイクのポスター「14th International TV Symposium」(1985)

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1985年6月6日から12日にかけてスイスのモントルーで開かれた第14回モントルー国際テレビジョン・シンポジウム(14th International Television Symposium, Montreux, Switzerland))の広報用のポスターを、テレビ受像機を何台も組み合わせたインスタレーションやビデオ・アートの開拓者として知られる韓国系アメリカ人の現代美術家ナム・ジュン・パイク(Nam June Paik, 1932-2006)がデザインしている。個人的には、モントルーと聞いて思い出すのは、ジャン・ティンゲリー(1982年)、キース・へリング(1983年)、ニキ・ド・サンファル(1984年)、ウォーホル(ヘリングとの共作、1986年)といった国際的に活躍する現代美術作家や、ミルトン・グレイザー(1976年)や福田繁雄(1985年)のようなグラフィック・デザイナー、変わったところではマルチ・ミュージシャンのデビィッド・ボウイ(1995年)やロックバンドのドラマー、フィル・コリンズ(1998年)にもデザインが依頼される公式ポスターが話題となるモントルー・ジャズ・フェスティバル(Montreux Jazz Festival)なのであるが、同じモントルーで毎年開かれる、新しいテレビ技術やその汎用性について討論するモントルー国際テレビジョン・シンポジウムは、技術者や開発者でもない人間には縁もゆかりもなく、間違ってもテレビとアートとの関わりというテーマで討論が行なわれることはないと思われるのだが、フルクサスの有り方が投影されていると考えるならば、パイクのデザインによるポスターというのも至極的を得ているのかもしれない。と言うのは、“流れる、変化する”という意味を持つラテン語からきているフルクサスは、第一次世界大戦後の虚無感のなから生まれた、既成の秩序や常識を打ち破るダダイズムの芸術思想の流れを汲むネオダダとも通底しており、日常的なものを芸術の場に持ち込むことで伝統や権威を打ち壊し、逆に日常世界に芸術的なものを持ち込む(キース・ヘリングのポップ・ショップもそのような手法を用いたものであると考えられる)ことで、そこに価値の反転という衝撃を生み出す反芸術的な前衛芸術運動であるからである。

フルクサスは、この運動を主導したジョージ・マチューナスが1962年9月に西ドイツのヴィースバーデン市立美術館で「第一回フルクサス国際現代音楽祭」を企画したのがその始まりとされているが、西ドイツで音楽史と作曲を学び、音楽的パフォーマンスを行なっていたパイクもその出演者のひとりであった。パイクは、1959年に『Electoronic TV Dé-coll/age』を制作し、1963年にはニューヨーク市のスモーリン画廊(Smolin Galery, New York)で、6台のテレビ受像機を使ってテレビ画像をゆがめる実験的作品『6TV Dé-collage』を発表し、ヴィデオ・アートとインスタレーションのパイオニアとなったヴォルフ・フォステル(Wolf Vostell, 1932-1998) と同様、1963年、ドイツの建築家で画廊主のロルフ・イェーリング(Rolf Jährling, 1913-1991)が1949年にヴッパータールに開いたパルナス画廊(Galerie Parnass, Wuppertal)で、最初の個展『音楽の展覧会-エレクトロニック・テレビジョン(Exposition of Music - Electronic Television)』を開催。画像を歪めたり白黒反転させたりした13台のテレビ受像機によるインスタレーションを展示しており、このパイクのテレビ受像機を使った立体表現とビデオ・アートとの融合、つまり、テクノロジーとエレクトロニックメディアによる機械の人間化を目指す方向性は、シュルレアリスムの諧謔の精神を受け継いでいるかのようでもあり、美術界に与えた衝撃は大きい。

このポスターの制作を依頼されたのは、ベルンにシルクスクリーンの工房を持ち、クンストハレ・ベルン(Kunsthalle Bern)やクンストハレ・チューリッヒ(Kunsthalle Zürich)といった展示企画を専門とする美術館にシルクスリーンによる良質な告知用ポスターを供給しているアルビン・ウルドリー(現在の社名はSerigraphie Uldry AG)で、ウルドリーはまた先に挙げたモントルー・ジャズフェスティバルの公式ポスターを初めとする音楽、演劇といった催し物から観光や国際会議のようなものまで、多種多様な要望に応えていることから、このナム・ジュン・パイクのオリジナル・デザインのポスターが実現したのも、この工房の力によるところが大きいように思われる。

このポスターは今から30年前に制作されたものなので、イメージとなるテレビ画面はブラウン管のそれであり、今ではある種の郷愁を感じさせなくもない。画像では灰色に見えているポスターの地の部分は、1970年代であれば銀色のアルミ箔を用いているのかもしれないが、このポスターでは、銀色のインクを使ってメタリックな表情を与えている。

●作家:Nam June Paik, (白南準1932-2006)
●種類:Poster
●サイズ:1000x700mm
●技法:Silkscreen
●発行:MTO Swizerland,
●印刷:Albin Uldry, Bern
●制作年:1985
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by galleria-iska | 2015-12-14 22:24 | ポスター/メイラー | Comments(0)