ガレリア・イスカ通信

galleriska.exblog.jp
ブログトップ

<   2017年 06月 ( 2 )   > この月の画像一覧


2017年 06月 15日

ユーサフ・カーシュの写真集の出版案内「Portraits of Greatness」(1959)

a0155815_1202854.jpg

アルメニア系カナダ人の写真家ユーサフ・カーシュ(Yousuf Karsh, 1908-2002)は1908年、アルメニア人の両親のもと、オスマン帝国南東部の都市マルディンに生まれる。年譜によると、14歳の時、オスマン帝国によるアルメニア人虐殺を避け、家族でシリアのアレッポに移り住む。17歳の時、写真家であった叔父を頼り、ベイルート(Beirut)から船に乗り、29日間の航海を経て、1925年12月31日、ヨーロッパに最も近いカナダ東海岸ノバスコシア州の州都ハリファックス(Halifax)に到着。医者になる夢を持ち、学校に通うが、叶わず、叔父のスタジオを手伝う。叔父から貰った小さなカメラで撮影した子供のいる風景が賞を取り、50ドルを手にする。カーシュの才能を認めた叔父の紹介で、友人のアルメニア人で、ボストンに住む東部では有名な肖像写真家ジョンH.ガロ(John H. Garo)に師事し、美術学校の夜間クラスに通い、レンブラントやヴェラスケスといった巨匠の肖像画を学びながら、写真に関する様々なことを学ぶ。修業は当初半年間であったが、ガロの好意で3年間共に過ごす。1931年にボストンを離れ、カナダの首都オタワに移り、小さなスタジオを持つ。この時、自分が描いた写真家としてあるべき姿をカーシュは次のように語っている:
My interest lay in the personalities that influenced all our lives, rather than merely in portraiture. Fostered by Garo’s teachings, I was yearning for adventure, to express myself, to experiment in photography.
カーシュの写真家としての最初の仕事はアマチュア劇団の舞台撮影で、照明の効果に大きな関心を持つ。 1936年、カナダを公式訪問した最初のアメリカ大統領であるフランクリン・デラノ・ルーズベルト(Franklin Delano Roosevelt, 1882-1945)が、当時カナダ総督であったトゥイーズミュア男爵(Lord Tweedsmuir )と首相のマッケンジー・キング(Prime Minister Mackenzie King)と協議するためにケベックを訪れた際に、招待を受け、この重要な来賓者の撮影を行った。これが報道写真への最初の足掛りとなると共に、早晩、後援者、友人となる首相のキングとの最初の出会いとなった。そのキングの計らいで1941年、後にライフ誌『Lefe』の1945年5月21日号の表紙を飾ることとなる、ウィンストン・チャーチル(Winston Leonard Spencer-Churchill, 1874-1965)肖像写真を撮影する機会を得る(註1)。この写真が切っ掛けとなり、カナダ政府はカーシュを英国に派遣し、各界の著名人の肖像写真を撮影させる。それ以来、何代ものアメリカ大統領を初めとし、ジョルジュ・ブラック、ジャン・コクトー、パブロ・ピカソ、ジャコメッティ、シャガール、ジョアン・ミロ、ヘンリー・ムーア、スーラージュ、ジョージア・オキーフ、ザッキン、コールダー、アンディ・ウォーホル等の美術家や、小説家のアーネスト・ヘミングウェイ、アルベール・カミュ、日本人では、尾崎行雄(1950年)、川端康成(1969年)、湯川秀樹(1969年)など、世界中のあらゆる分野の人々の肖像写真の撮影を行う。カーシュは被写体が生活・活動している現場での撮影を旨としており、160キロもの撮影器材とともに世界各地を旅して回った。撮影にはエイト・バイ・テン(8x10)の大型ビューカメラを使用し、ボストン時代に巨匠の絵画に学んだ成果を生かし、綿密に計算されたライティング、セッティング、ポーズで撮影される肖像写真は、濃密な影と光が、被写体のパーソナリティーを見事に浮き立たせている。

●作家:Yousuf Karsh(1908-2002)
●種類:Announcement of publication
●サイズ:plate:306x248mm, folio:330x272mm(330x538mm)
●技法:Sheet-fed gravure
●発行:Thomas Nelson & Sons, London
●制作年:1959

以前、カーシュの代表作のひとつであるアーネスト・へミングウェー(Ernest Miller Hemingway、1899-1961)の肖像写真「Ernest Hemingway」(1957)のオリジナルプリント(Gelatin silver print)を手に入れたことがあったが、光沢のないマットな画面は、微細な粒子の集合による光と影が深い諧調を生み出し、へミングウェーの、漁師のそれを思わせる、年輪を重ねた精悍な風貌を漆黒の背景の中に浮かび上がらせ、思わず息を呑んだ覚えがある。1959年に刊行されたカーシュの写真集「Portraits of Greatness」の出版案内にサンプルとして挿入されているチャーチルの肖像写真は政界から引退した翌年の1956年に撮影されたもので、1941年に撮影されたものと比べると、随分と老けて見えるし、疲れた表情も見て取れる。写真は、オランダの紙幣の印刷で知られる1703年創業のハーレムの印刷所ヨー・エンスへーデ・ゾーネン(Joh.Enschedé Zonen)で、〈Sheet-fed gravure〉という印刷方法で複製されているのだが、その表情はフォトグラヴュールと同じマットな仕上がりで、オリジナルプリントの質感をかなり再現している。出版案内とそれを入れた封筒には簾の目紙(laid paper)が使われている。購入先からは限定19部と言われているが、はたして。

a0155815_11464324.jpg
The Rt.Hon.Sir Winston Leonard Spencer Churchill, KG.,P.C.,O.M.,C.H.
a0155815_1261399.jpg
裏側に題名と撮影時のエピソードが記されている
a0155815_1232352.jpg

a0155815_11543447.jpg

a0155815_11572352.jpg

a0155815_1205054.jpg




註:

1.
a0155815_20263655.jpg
図版:1941年に撮影した肖像写真を表紙に使った『ライフ(Life)』誌(1945年5月21日号)。撮影の際のエピソードがこちら:(以下引用)
Karsh asked Churchill to remove the cigar in his mouth, but Churchill refused. Karsh walked up to Churchill supposedly to get a light level and casually pulled the signature cigar from the lips of Churchill and walked back toward his camera. As he walked he clicked his camera remote, capturing the ‘determined’ look on Churchill’s face, which was in fact a reflection of his indignantcy. Karsh recounted: “I stepped toward him and without premeditation, but ever so respectfully, I said, ‘Forgive me, Sir’ and plucked the cigar out of his mouth. By the time I got back to my camera, he looked so belligerent he could have devoured me. It was at that instant I took the photograph. The silence was deafening. Then Mr Churchill, smiling benignly, said, ‘You may take another one.’ He walked toward me, shook my hand and said, ‘You can even make a roaring lion stand still to be photographed.’”

[PR]

by galleria-iska | 2017-06-15 13:40 | その他 | Comments(0)
2017年 06月 04日

ホルスト・ヤンセン木版画総目録「Horst Janssen Holzschnitte 1957-1961」(1987)

a0155815_17422590.jpg


日々の暮らしが同じことの繰り返しになってしまうと、月日があっという間に過ぎていく。今日は六月四日、虫の日とやらである。道路建設や宅地開発により居場所を失くし消えていった虫たちを供養する日ではない。虫と人間の共存を目指し、漫画家の手塚治虫(Osamu Tezuka, 1928-1989) の呼びかけで設立された日本昆虫クラブが記念日として提唱しているが、国民の関心はさして高くない。間違っても国民の代表たる国会議員が立法府である国会の場で虫の生存権を議論することはないだろう。ならばと、虫たちは人間のために鳴くのを止めてしまったに違いない。新緑の大空を自由に飛ぶ小鳥の囀りが耳に心地好い。それもいつまで続くのだろうか。

ホルスト・ヤンセン(Horst Janssen, 1929-1995)の契約画廊であるハンブルクのブロックシュテット画廊(Galerie Brockstedt, Hamburg)は、画廊設立30周年の1987年、ヤンセンの版画家としての出発点となった木版画の総目録(カタログ・レゾネ)を刊行。ヤンセンが1957年から1961年にかけて制作した多色刷り木版画作品全53点を収録。また、ヤンセンが1957年にヴァールブルク通りの自宅で開いた私的展覧会の招待状と告知用ポスター、同じ年、ブロックシュテット画廊の前身であるハノーファーの近代絵画画廊(Galerie für Moderne Kunst, Hannover)での展覧会の際に制作した招待状と告知用ポスターも併せて収録している。1960年代後半に現れる亜鉛版エッチングによるポスターを予見させる招待状は、出品目録も兼ねており、自宅での展覧会の招待状には当時の販売価格も記載されていて、興味深い。告知用の二つのポスターは、後にヤンセンのライバルとなるパウル・ヴンダーリッヒ(Paul Wunderlich, 1927-2010)の協力でリトグラフで刷られているが、摺刷数は100枚足らずと少なく、今やコレクターズアイテムとなっている。近代絵画画廊の方のポスター(註1)は以前このブログで取り上げたことがあるが、その招待状「Einladung zur Ausstellung Farbige Holzschnitte in der Galerie für Moderne Kunst, Hannover」(Vogel. 407, 211x162mm)はポスター以上に入手が難しく、もうかれこれ20年近く探しているが、未だ一度も目にしたことがない。

●作家:Horst Janssen(1929-1995)
●種類:Catalogue Raisonne(Werkverzeichnis)
●題名:Horst Janssen Farbholzschnitte Werkverzeichnis 1957-1961
●サイズ:285x285mm
●技法:Offset
●発行:Galerie Brockstedt, Hamburg
●制作年:1987
a0155815_1743356.jpg
a0155815_17431849.jpg
ハノーファーの近代絵画画廊で開催されたホルスト・ヤンセンの多色刷り木版画展の招待状「Einladung zur Ausstellung Farbige Holzschnitte in der Galerie für Moderne Kunst, Hannover」(Vogel. 407, 211x162mm)
a0155815_17433127.jpg
同展の告知用ポスター「Ausstellung Farbige Holzschnitte」(M.S.2), 966x644mm
a0155815_17434540.jpg




註:

1.
a0155815_12592473.jpg

●作家:Horst Janssen(1929-1995)
●種類:Poster(Plakat)
●サイズ:966x644mm
●技法:Original color lithograph
●限定:under 100 copies
●発行:Galerie für moderne Kunst(Brockstedt), Hannover
●印刷:Artist with assistance of Paul Wunderlich
●制作年:1957
●目録番号:Meyer-Schomann. 2
[PR]

by galleria-iska | 2017-06-04 17:53 | ホルスト・ヤンセン関係 | Comments(0)