ガレリア・イスカ通信

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2017年 02月 03日

ジョアン・ミロのポスター「Poster for the exhibition 'Joan Miró' Tokyo-Kyoto」(1966)

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ビートルズが来日した1966年、現在はフィルム・センターとなっている東京・京橋の国立近代美術館とその京都分館で、20世紀スペインの画家、彫刻家、版画家のジョアン・ミロ(Joan Miró, 1893-1983)の大回顧展「ミロ展:ユーモアと夢とよろこびと」(註1)が開催された。これはその展覧会のポスターとして制作されたものであるが、実際に告知用ポスターとして採用されたものは、ミロが展覧会のために制作したグアッシュによる作品を用いたオフセット印刷のポスターである。ミロは当初、日本国内でリトグラフ・ポスターの制作が行えると思っていたようなのだが、その当時日本にはムルロー工房にあるような機械刷りのための設備がなかったため、グアッシュによる原画を制作したのである。今から10年ぐらい前に、実際に掲示されたものを手に入れたことがあるが、コレクターに譲ってしまったため、今は手元にない。また記録用にと保存しておいた画像も、PCのOSが壊れた際に消失してしまった。

日本を代表するグラフィック・デザイナーのひとり、原弘(Hiromu Hara, 1903-1986)が文字入れを行ったこのポスター、現在、幻のポスターとしてコレクターズ・アイテムとなっており、数年前に、ニューヨーク市のポスター・オークション会社から出品されたことがあったが、なかなかの評価であった。現在、東京国立近代美術館の他に、ポスター収集に力を入れている武蔵野美術大学の美術館・図書館が所蔵しているので、興味のある方はそちらに問い合わせてみて欲しい。

今回取り上げる方のポスターは、ミロの好意で制作されたもので、ミロの契約画廊であったパリのマーグ画廊Galerie Maeght, Paris)のリトグラフ工房(Arte Adrien Maeght, Paris)で印刷されている。文字の部分は日本国内でシルクスクリーン印刷で入れられているためであろうか、印刷所名《(Imprimerie)Arte Paris》の記載がない。出版は毎日新聞社(Mainichi Newspapers, Tokyo)である。ポスターの他に、35部限定で、ミロの署名入りの版画ヴァージョンも作られている。

私事であるが、撮影に使っている200万画素のコンパクトカメラは、今や骨董品とも言えるもので、解像度が低く、特に赤い背景の上に刷られた文字は地に溶け込んでしまい、判読できなくなってしまう。連れ合いが持っている1200万画素のコンパクトカメラを借りることも出来るのだ、自力(?)で購入するつもりでいるので、もう何年も(!)、やせ我慢を続けている次第。

●作家:Joan Miró(1893-1983)
●種類:Poster
●サイズ:395x575mm
●技法:Lithograph(Image)+Silkscreen(Text)
●発行:The Mainichi Newspapers, Tokyo
●印刷:Arte Adrien Maeght, Paris
●制作年:1966(?)
●目録番号:Mourlot 504a,(poster catalogue raisonné): 「Malmö Konsthall, Joan Miró - posters - affischer, Malmö 1993」31
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図版:ポスターの原画を制作中のミロを捉えた写真をダストカバーに用いたフランスの美術専門誌『二十世紀(XXe siècle)』のミロ特集号「Hommage à Joan Miró」(1972)
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図版:(左)ポスターと同時に制作された限定35部の版画ヴァージョン(原画に呼応している)、(右)ポスター


註:

1.「ミロ展:ユーモアと夢とよろこびと」(会期・会場・主催: 1966年8月26日-10月9日 国立近代美術館 10月20日-11月30日 国立近代美術館京都分館、国立近代美術館、毎日新聞社)

図録「ミロ展」:ミロ展カタログ編集委員会, 国立近代美術館, 毎日新聞社編/毎日新聞社/1966年/256x240mm
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# by galleria-iska | 2017-02-03 19:06 | ポスター/メイラー | Comments(0)
2017年 01月 31日

ウォーホルの展覧会図録「The American Indian」(1978)

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最近、白人至上主義的な傾向を見せる某大統領の出現とその偏った政策に対する反論として、アメリカ合衆国は移民によって成立しているとよく言われるが、それは一千万人に近いとも言われるアメリカ・インディアンの虐殺、絶滅政策という血の歴史の上にたっていることは一顧だにされない。アメリカ・インディアンをアメリカ史からも抹殺しようと図るその政策は、インディアン居留地を廃止し、彼らを都市の中に紛れ込ませるという形に変えられ、1960年代いや70年代に入っても行なわれていた。随分前にアメリカの美術専門の古書店からウォーホルの展覧会の図録ということで内容もよく知らずに購入したのが、このなんの変哲もないというか、実に素っ気無いデザインの図録。タイトルページもなく、表紙に展覧会の図録である旨が記載されている。この図録(註1)は、1977年10月28日から翌年1月22日まで、スイス第二の都市ジュネーヴにあるジュネーヴ美術・歴史博物館(Musée d'art et d'histoire, Genève)で開催されたアンデイ・ウォーホル(Andy Warhol, 1928-1987)の17点の作品からなる展覧会「The American Indian」に際して発行されたもの。初版は1977年10月に1000部限定で発行されたが、早々と売り切れてしまったため、1978年に新たに1000部限定で再版された。今回取り上げるものは後者。

この展覧会に先行する展覧会「American Indian Series」が、アメリカの現代美術の作家を幅広く紹介しているロサンゼルスのエース画廊(Ace Gallery, Los Angeles)の主催で、1976年から1977年にかけて開催されている。その際、ウォーホルの絵画作品をもとにしたポスターが三種類(註2)作られている。「American Indian Series」は、ウォーホルがアメリカ建国200年にあたる1976年にエース画廊(Ace Gallery, Los Angeles)からの依頼で制作した一連の作品で、ウォーホルがニューヨークで撮影したアメリカ・インディアンのラコタ・スー族の活動家、思想家、俳優で、インディアン権利団体「アメリカインディアン運動」(AIM)のスポークスマンであったラッセル・ミーンズ (Russell Means、1939-2012)の肖像写真をもとに制作された12点のラージフォーマット(214x178cm)、24点のスモールフォーマット(127x107cm)の肖像画、それと少なくとも6点の鉛筆デッサン(104,1x71,1cm)からなる。エース画廊は、この肖像画制作に際し、活動資金として、ラッセル・ミーンズに5000ドル支払っている。

ジュネーヴ美術・歴史博物館での展覧会はその内の17点をエース画廊から借り受け開催されたものである。このシリーズはウォーホルの一連の肖像画制作の流れを汲むのかもしれないが、アメリカの恥部であるインディアンを主題として取り上げることは、多分に政治的な意味合いを持つことを、キング牧師に率いられた公民権運動の最中の1963年に起きたアラバマ州バーミンガムの人種暴動(Birmingham Race Riot)(註3)を取り上げたウォーホルはどのように捉えていたのだろうか。その初期に、死というスキャンダラスな側面を敢えて取り上げることで芸術の範疇を押し広げようしていたかのように見えるウォーホルは、純粋に政治的な意図を念頭に置いていたとは考え難く、アメリカ・インディアンの大量虐殺という死のイメージ、そのスキャンダラスな側面に興味を抱いたと言う方が的を得ているのかもしれない。

●作家:Andy Warhol(1928-1987)
●種類:Exhibition catalogue
●サイズ:298x210mm
●技法:Offset
●限定:2nd edition of 1000 copies
●発行:Association Musée d'Art Moderne, Genève
●印刷:Studer SA, Genève
●制作年:1978
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註:

1.「The American Indian」 : une série de six dessins et onze peintures d'Andy Warhol : exposition, Musée d'art et d'histoire, Genève, 28 octobre 1977-22 janvier 1978 : catalogue /​ [établi par Rainer Michael Mason] ; éd. par l'Association Musée d'art moderne. 36 p.

2.展覧会の開催地としてパリ(1976年:黒背景)、カナダ(1977年:赤背景)、ロサンゼルス(1977年:青背景)が記載されている。その内の2点がこちら:
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図版:アメリカ現代美術のメッカとも言えるロサンゼルスのエース画廊が1976年にカナダ(?)で開催したウォーホルのアメリカン・インディアンをテーマとする作品展「American Indian Series」の告知用ポスター、オフセット、1245x851mm《The American Indian Series(Red version), Ace Gallery, Los Angeles》
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図版:1977年の展覧会の告知用ポスター、オフセット、1245x851mm《The American Indian Series(Blue version), Ace Gallery, Los Angeles》

3.ウォーホルが1964年に制作したシルクスクリーンの版画作品「Birmingham Race Riot」は1963年5月17日に発行された雑誌「ライフ(Life)」に掲載された、アメリカの写真家チャールズ・ムーア(Charles Moore, 1931–2010)撮影の写真に基づく。その写真は1963年4月2日に起きたバーミンガム暴動を取材したもので、アラバマ州バーミンガムで人種差別(segregation)反対のデモや座り込みを開始したキング牧師らに対して、警察が警察犬をけしかける場面を撮影したもので、ウォーホルはその写真を左右反転して用いている。

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左がウォーホルの作品。右はそれを左右反転して、元になったチャールズ・ムーアが撮影した写真のイメージに戻したもの。
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# by galleria-iska | 2017-01-31 21:02 | 図録類 | Comments(0)
2016年 12月 18日

エドヴァルド・ムンクのモノグラフ「Edvard Munch von Curt Galser」(1917)

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ターバンを巻いた少女を描いた「真珠の耳飾りの少女」(1665年頃)がいつの間にか17世紀オランダの画家ヨハネス・フェルメール(Johannes Vermeer, 1632-1675)の代名詞になってしまったように、19世紀末の自己の主観的経験す基づく象徴主義的な作品により、ドイツ表現主義の影響を与えたノルウェーの画家エドヴァルド・ムンク(Edvard Munch, 1863-1944)と言えば、昨今は面白キャラクター扱いにされてしまった感のある「叫び」(1893年制作)の作者として取り上げられることが多い。ムンクは版画家としても歴史に残る作品を数多く残しており、代表作には数千万円の値が付くものもある。そのひとつ、油彩と同時期にリトグラフで制作された「マドンナ」(1895年)は、精子の縁取りとマドンナを上目遣いで見る胎児が描き込まれるという、スキャンダラスな側面を持った作品である。ムンクは晩年になるまで、自作品がより多くの人に接することに関心を持っていたようで、版画の限定数に拘っておらず、多くの作品は少部数刷られただけであったが、3000万円という高額で取引されることもある「マドンナ」に関しては、3000枚という、ポスター並みか、それ以上の数が刷られたとされている。その大半はオスロのムンク美術館が所蔵しており、美術館の購入予算を捻出するために、年に数枚(?)づつ、オークションを通じて売りに出されているとか。そんな版画を購入するなどという大それた野望は抱いてはいないが、何かしら手元に置いて眺めてみたいという淡い希望を持っていたところ、アメリカの古書店から、ムンクのドライポイントによる銅版画「男の頭部(Head of Man/Sch.243 Männerkopf)」が扉絵として挿入されたクルト・グレーザー(Curt Glaser, 1879-1943)のモノグラフ「Edvald Munch(von Curt Galser)」の初版本の案内があった。この作品はもとは1906年に制作されたものだったが、1917年の初版および1918年の再版に新たにオリジナルのドライポイントとして刷られた。グレーザーが1918年にムンクに出した手紙によると、この本の発行部数は2000部となっており、作品の質はさておき、「マドンナ」より少ない。とは言え、その当時ムンクの版画作品に関する資料(注1)は、ハンブルクの裁判官で美術愛好家のグスタフ・シーフラー(Gustav Schiefler, 1857-1935)が編纂した二巻からなる版画目録のリプリント(1974年)しか所有しておらず、それには図版が掲載されていなかったため、図柄も分からぬまま注文を出すことになった。肖像画の名手でもあったムンクらしい(?)、どこか病的なものを感じさせるものを秘かに期待していたのだが、その価格からして望むべくもないことであった。ただ神経症的な気質が見て取れるところもあったので、納得はできた。

この本の著者であるクルト・グレーザーは、ドイツ ライプチヒ生まれのユダヤ系ドイツ人で、医者の肩書きも持つ美術史家、美術評論家として20世紀美術に関する研究書を数多く著している。第二次世界大戦の勃発とともにニューヨーク市に移住している。出版元は同じくユダヤ系ドイツ人で、ベルリンで出版(1898~1936年迄)と画廊経営(1898~1901年迄)を行なっていたブルーノ・カッシーラー(Bruno Cassirer, 1872-1941)である。ムンクとカッシーラーとの関係を、1983年に愛知県立美術館で開催された『ムンク展』の図録に付けられた年譜(市川正憲・松本透編)等から拾い出してみると、ムンクとカッシーラーが密接な関係にあったことが見えてくる:

ムンクは1892年からたびたびベルリンに滞在しており、その年の11月に早くもベルリン美術家協会から招待を受けて油彩画の最初の展覧会を開催している。

1903年1月:ブルーノ・カッシーラーと従兄弟のパウル・カッシーラーがハンブルクでムンクの版画展を開く。
1904年:ベルリンのブルーノ・カッシーラーとドイツでの版画の独占販売契約を結ぶ。
1905年1月:パウルが経営するカッシーラー画廊で『肖像画展』を開く。
1907年:カッシーラー画廊で二度(1月~2月と9月~10月)個展を開催。
1912年:この本の著者であるクルト・グラーゼルと接触を持つ。12月にカッシーラー画廊で個展を開催。
1917年:この本の初版がブルーノ・カッシーラーから出版される。翌1918年に再版される。
1920年3月:カッシーラー画廊で個展を開催。
1921年4月:カッシーラー画廊で個展を開催。
1933年4月:ヒットラーが国家首相に任命された三ヵ月後、ドイツ学生協会が「ユダヤ人の知識の偏重」を攻撃する。
1935年5月:(カッシーラーと直接関係したのか分からないが)「ユダヤ人の知識の偏重」を攻撃は、「非ドイツ的魂への抵抗」の運動となり、ドイツ国内の本のうち、ナチズムの思想に合わないとされた「非ドイツ的」書物25000巻に対して焚書を行なう。
1936年:ブルーノ・カッシーラーを含むユダヤ系の印刷業者は組合から排除され、この年を最後に出版が出来なくなる。
1937年:ドイツ国内の公共的コレクションに所蔵されていたムンクの作品82点が“退廃芸術”の烙印を押され、ナチスに押収される。1939年1月、オスロでナチスが押収した油彩14点、版画57点のオークションが行なわれる。
1938年:ブルーノ・カッシーラーは新天地を求めてイギリスに渡る。

●作家:Edvald Munch(1863-1944)
●種類:Monograph
●著者:Curt Glaser(1879-1943)
●題名:Edvald Munch von Curt Galser(First Edition, 1917)
●サイズ:262x195mm
●出版者:Bruno Cassiere, Berlin
●制作年:1917
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巻頭。本文は“ひげ文字”などと呼ばれる書体、フラクトゥールで印刷されているので、ドイツ語に慣れ親しんだ人でないとお手上げである。
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「叫び」のリトグラフ・ヴァージョン、1895年

注:

1.ムンク美術館の版画と素描の上級学芸員であるゲルト・ヴォール(Gerd Woll, 1939-)が編纂した版画のレゾネ『Edvard Munch The Complete graphic Works』(Harry N.Abrams, Inc. New York, 2001)によって、ムンクの版画作品の全貌が明らかになった。

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# by galleria-iska | 2016-12-18 20:14 | その他 | Comments(0)
2016年 12月 02日

フィリップ・モーリッツのワインラベル「Château Siran - Margaux」(1994)

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ワインの案内によると、シャトー・シランは、「ワインの女王」と称されるボルドーワインの生産地として知られるフランス南西部に位置するボルドーのメドック地区の南部マルゴー・アペラシオンの最南端のラバルドに位置するシャトーのひとつで、ジャンヌ・ダルクの活躍によってフランス王として戴冠式を挙げることができた中世フランス王国の王朝、ヴァロワ朝(Dynastie des Valois)の第5代国王シャルル7世(Charles VII, 1403-1461)(勝利王/ Le Victorieux,1422–1461)治世下の1428年に創設された。1859年にミアイユ家が取得して以降、ボルドーでは珍しく、150年以上に渡り同一家が所有し続けている歴史あるシャトーで、初代オーナーは、ジャポニスムの影響を受けて制作したポスターで名声を博した画家アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック(Henri de Toulouse-Lautrec, 1864-1901)の祖父母であるトゥールーズ・ロートレック伯爵夫妻である。クリュ・ブルジョワ級に格付けされているシャトー・シランは1980年から2005年ヴィンテージまで毎年違う画家による作品をワインラベル(étiquette de vin)に採用しており、最初のワインラベルはフランスの銅版画家アルベール・デカリス(Albert Decaris, 1901-1988)によるもので、二番目の1981年はベルギー出身の画家で彫刻家のジャン=ミシェルフォロン(Jean-Mishel Folon, 1934-2005)、三番目となる1982年はスペイン バルセロナ出身の画家、版画家、彫刻家ジョアン・ミロ(Joan Miro, 1893-1983)の作品となっている。1994年は、『ガルガンチュワ物語』と『パンタグリュエル物語』を著したフランス・ルネサンス期の人文主義者フランソワ・ラブレー(François Rabelais,1494-1553)の生誕500年の年で、ボルドー在住の銅版画家フィリップ・モーリッツ(Philippe Mohlitz, 1943-)がその物語の挿絵としてよく使われる、中世の出で立ちで酒宴を繰り広げる巨人で大食漢のパンタグリュル一行を場面を描いた銅版画が使われている。画面右側の壁にはラブレーの肖像画(註1)が掛けられている。

モーリッツはコマーシャルな仕事を殆んど引き受けたことがない作家であるが、故郷ボルドーの由緒あるシャトーの依頼ということで引き受けたのであろう。銅版画自体は表に出ていないので、このワインラベルが作品ということになる。

●作家:Philippe Mohlitz(1943-)
●種類:Étiquette de vin
●サイズ:46x90mm(151x90mm)
●技法:Offset
●発行:Château Siran, Labarde
●制作年:1994
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この年のワインラベルは剥離紙が付いたものになっている。



註:

1.
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モーリッツが手本にしたフランソワ・ラブレーの肖像画
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# by galleria-iska | 2016-12-02 21:58 | その他 | Comments(0)
2016年 11月 30日

ルース・バーンハートのポスター「Ruth Bernhard - In the Box - Horizontal」(1980)

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ベルリン生まれのアメリカの写真家ルース・バーンハート(Ruth Bernhard, 1905-2006)の代表作である「In the Box - Horizontal」を使ったポスター。画面右下の余白にマーカーによるサインが入れられている。

暗い空間の中に置かれた、女性の裸体がかろうじて入る大きさの箱。そこに手前から当てられたライトが、独特の陰影と立体感を生み出している。その姿態は必ずしも優美とは言い難く、むしろ異質とも言える空間は、様々な制約の中に閉じ込められている女性という立場を暗示しているようにも見える。写真は若干ソフトフォーカスで撮影されているようだが、まどろみの中にいるようにも見えるモデルの顔は、フェルメールの初期の作品「眠る女」(1657年頃)のそれを思い起こさせる。

●作家:Ruth Bernhard(1905-2006)
●種類:Poster
●題名:Ruth Bernhard - In the Box - Horizontal, 1962
●サイズ:611x457mm
●技法:Offset lithograph
●発行:Collected Visions Incorporated, Berkeley
●印刷:Phelps/Schaefer Litho-Graphics Co., Inc., Brisbane
●制作年:1980
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# by galleria-iska | 2016-11-30 18:08 | ポスター/メイラー | Comments(0)