ガレリア・イスカ通信

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2016年 10月 10日

ニキ・ド・サンファルの出版案内「Californian Diary」(1995)

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1994年、健康にためにカルフォルニア州サンディエゴのラホヤ(La Jolla)に移住、2002年にその地で亡くなったフランスの画家、彫刻家、映像作家のニキ・ド・サンファル(Niki de Saint Phalle, 1930-2002)は、1994年から1995年にかけて、そこでの最初の年の制作や生活を、絵日記のように描き記した「Californian Diary」という8点組のシルクスクリーンによる版画集を制作している。版画集は、1995年9月13日から10月31日かけてスイス ベルンのコーンフェルト画廊(Galerie Kornfeld und Cie, Bern)で行なわれたニキの個展「Niki de Saint Phalle: Skulpturen, Gouachen, Serigraphie」に合わせて出版され、価格は12000スイス・フランであった。今回取り上げるのは、その出版案内である。版画ではイメージと日記とが渾然一体となっているため、なかなか読み取れないのだが、出版案内では版画から日記部分を抜き出して記載しているため、内容が理解できるだけでなく、この案内自体が挿絵本にも似たな表情を見せている。表紙もニキのオリジナル・デザインであろうか。コーンフェルト画廊はまた、2001年9月28日から12月21日にかけて行われたニキの最晩年の個展のひとつ「Niki de Saint Phalle: Skulpturen Objekte Lithographien Serigraphien」に際して、1997年から2000までに制作されたリトグラフによる版画作品9点を収録したカタログ『Niki de Saint Phalle: Neue Grafik der Jahre 1997 Bis 2000』を同じフォーマットで作っているが、そのカタログと個展の招待状が手に入ったので、近いうちに取り上げたい。

ニキとカルフォルニアとの繋がりは1960年代に遡り、後に夫となるスイス人の彫刻家ジャン・ティンゲリー(Jean Tinguely, 1925-1991)とともに訪れたのが切っ掛けとなったようである。1962年、ニキはサンセット・ブールバード(Sunset Boulevard) とマリブの風光明媚な丘で巨大な「射撃絵画(Tir Tableaus )」を制作しており、1983年にはカルフォルニア大学、サン・ディエゴ校(San Diego’s UC campus)に、すぐに学生たちのお気に入りとなった巨大彫刻「Sun God(太陽神)」を設置している。

●作家:Niki de Saint Phalle(1930-2002)
●種類:Leaflet
●サイズ:276x195mm
●技法:Offset
●発行:Galerie Kornfeld und Cie., Bern
●印刷:Stämpfli+Cie AG, Bern
●制作年:1995
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                                                タイトルページ
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                                                第1図
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           第2図                                   第3図
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          第4図                                   第5図
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          第6図                                   第7図
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          第8図                                   ポートフォリオ(帙)
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             第4図とそのテキスト
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# by galleria-iska | 2016-10-10 21:00 | 案内状/招待状関係 | Comments(0)
2016年 10月 05日

A.R.ペンクのポスター「Josef-Haubrich-Ksthalle Köln」(1981)

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洞窟壁画を思わせる棒状の人物表現で知られるドイツ人画家、版画家、彫刻家、そしてジャズ・ドラマーでもあるA.R.ペンク(A.R.Penck, 1939-)ことラルフ・ヴィンクラー(Ralf Winkler)は1938年、第二次世界大戦末期、連合国軍の無差別爆撃により一説には10万人以上とも言われるの死者を出した旧東ドイツの都市ドレスデン(註1)に生まれた。ペンクのトレードマークとも言える棒状の人物表現は、1963年から1972年までの東ベルリンでの活動の中で生み出された。A.R.Penckという別称は1966年に、ドイツの地理学者dで地質学者のアルブレヒト・ペンク(Albrecht Penck、1858–March)に因んで付けられたもので、自身の名Ralfの頭文字を加えている。1980年、東ドイツでの活動の限界を感じ、西ドイツに移住。1988年に国立デュッセルドルフ芸術アカデミー(Kunstakademie Düsseldorf)の教授として招聘される。その年、日本の現代美術作家、奈良美智(Yoshitomo Nara, 1959-)が入学、ペンクに師事し、1993年にマイスターシュウラー取得している。

このポスターはペンクが西ドイツに移住した翌年に、ケルンのヨゼフ・ハウブリッヒ・クンストハレ(Josef-Haubrich-Kunsthalle Köln)で絵画とドローイングの個展「A. R. Penck: Gemälde und Handzeichnungen」を開催した際の告知用ポスターである。デザインはもちろんペンク自身が行なっている。この作品はペンク作品の核を成す社会的、政治的意図を基にしたものではないようで、明るく楽しげな身振りには音楽的な要素を見出すことが出来るとともに、キーズ・ヘリング(keith Haring, 1958-1990)にも通じるユーモアも感じさせる。印刷はシルクスクリーンによるものだが、我々がよく知るところのインクが厚く乗ったものではなく、ぱっと見、リトグラフと勘違いしてしまうかもしれない。このポスター以外にも、ペンクは自身の個展の告知用ポスターやLPアルバムのカバーアートを数多くデザインしているが、日本での紹介は限られているようである。

●作家:A.R.Penck(1939-)
●種類:Poster(Plakat)
●サイズ:1219x845mm
●技法:Silkscreen
●発行:Josef-Haubrich-Kunsthalle Köln
●制昨年:1981
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註:

1.アメリカの小説家カート・ヴォネガット・ジュニア(Kurt Vonnegut Jr.,1922-2007)は捕虜として連行されていたドレスデンでこの爆撃を経験し、その体験をもとに代表作となるSF小説『スローターハウス5(Schlachthof Fünf)』を1969年に執筆、1970年、ヒューゴー賞を受賞している。
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# by galleria-iska | 2016-10-05 12:52 | ポスター/メイラー | Comments(0)
2016年 09月 24日

アンリ・マチスの挿絵本「Apollinaire」(1952)

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20世紀が生んだ巨匠のひとりアンリ・マチス(Henri Matisse, 1869-1954)のタブローはあまり好きにはなれないが、その単純化された描線から生み出されるデッサンは、ハンス。ベルメールの極度に神経質な線とは異なり、血の通った肉体の温もりさえ感じさせる実在感があって好きである。それとは別に、晩年に始めた「ジャズ(Jazz)」のような切り絵も、フォービスム時代に培った色彩感覚がより純化された姿として見ることができるかもしれないし、パリのエコール・ド・ボザールにも学んだ、ハードエッジと呼ばれる現代美術の作家エルズワース・ケリー(Ellsworth Kelly、1923-2015)の作品における色彩感覚や花弁や葉を描いたドローイングには明らかにマチスの影響が見て取れるし、グラフックデザインにも多大な影響を与えるほど、マチスのデザイナーとしての質の高さを感じさせる。マチスとイタリア出身のポーランドの詩人、小説家で美術批評も行なったギョーム・アポリネール(Guillaume Apollinaire, 1880-1918)との友情関係のひとつ証として制作されたのがこの挿絵本「Apollinaire」であり、共通の友人で、マチスとは1898年に、当時パリのエコール・デ・ボザールの教授であったギュスターヴ・モロー(Gustave Moreau, 1826-1898)のアトリエで出会い友人となった文筆家、ジャーナリスト、新聞の漫画や諷刺画作家でもあったアンドレ・ルヴェール(André Rouveyre, 1879-1962)がテキストを執筆している。マチスは様々な表情を見せるアポリネールの6点の肖像画と愛らしい1点の巻末のカット(cul-de-lampe)をリトグラフで制作している。口絵はどう見てもマチスのアクアチントにしか見えないのだが、実際はマチスのアクアチントによる原画を基にしたリトグラフで、笑顔を見せるアポリネール、マチス、ルヴェール三人の肖像画となっている。本の装丁もマチスが手掛けており、カバーは、クレヨンによる表題と花びらの輪郭を描いたデッサンに黄色の紙を切り抜いて貼ったもの、フォルダーは、表は青い下地に白い紙を切り抜いて《Apollinaire》の文字とマチスの頭文字《HM》を貼り付けており、裏側は逆に白地に青色を紙を切り抜いた植物文様を貼り付けている。これらはともに当時パリのムルロー工房を率いていたフェルナン・ムルローによって実現されたとある。マチスはまた章初めの装飾頭文字(lettrine)も三点デザインしており、それらはリノカットで制作されている。
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●作家:Henri Mattise(1869-1954)
●種類:Illustrated Book
●題名:Apollinaire
●著者:André Rouveyre
●サイズ:327x255mm(Folder:332x259mm)
●限定:350(30 copies signed by the artists:1~30+300:31~330+XX:I~XX)
●紙質:Vélin d'Arches
●発行:Raisons d’Être, Paris
●印刷:Text and initial letters: Coulouma, S.A., Paris. Lithographs, Cover and Folder: Mourlot Frères, Paris
●制作年:1952
●目録番号:D.31(Catalogue raisonné des livres illustrés par Matisse établi par Duthuit No.31)

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2017年2月21日追記:

マチスが制作した口絵については、挿絵本に付けられた内容証明に従い、多くの古書店は口絵を含め8点のリトグラフとしているのだが、1988年に刊行されたクロード・デュチュイ(Claude Duthuit)著の「アンリ・マチス挿画本カタログ・レゾネ(Henri Matisse : Catalogue raisonné des ouvrages illustrés)」 には口絵はアクアチントと表記されており、それに沿うように、ニューヨーク近代美術館や他の公立美術館の所蔵品データもアクアチントとなっている。また、この挿絵本を競売に掛けたオークション会社のクリスティーズの競売カタログにもアクアチントとあることから、はたして本当にアクアチントで制作したものをリトグラフに置き換えたのであろうか。疑問が湧いてくる。

口絵の制作にあたり、マチスはアクアチントやリトグラフで習作を何点も制作しており、マチスの三人の友情に対する強い想いが感じられる。それらの習作はクロード・デュチュイらによって編纂されたマチスの版画作品のレゾネ「Henri Matisse. Catalogue raisonné de l'œuvre gravé, 2 vols」 (1983)に収録されている。
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# by galleria-iska | 2016-09-24 22:00 | その他 | Comments(0)
2016年 09月 20日

リチャード・エステスのポスター「Richard Estes: A Decade 1973-83」(1983)

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今年は台風が何度も上陸し、日本各地に大きな被害をもたらしている。今のところ当地には台風の直撃はないが、それに関連する大雨で、実家の屋根瓦の一部が屋根板ごと抜け落ちてしまい、そこから雨水が流れ込み下の部屋の床が水浸しになってしまった。雨水はまず天井裏を抜け、写真集や資料(エフェメラ)の保管に使っているスチール製のキャビネットの上に落ちて水溜まりを作り、そこから滴り落ちて、床を水浸しにしたと思われる。幸いキャビネットの中のものは助かったが、横に立ててあった大きなポスター入りの紙筒に浸み込み、貴重なポスターが被害を受けた。やはり災難は何時やってくるか分からない。

隣部屋のテーブルの上に置いてあったポスターは、運よく難を免れたが、その中に購入した記憶が無い(?)ものが一枚あった。ただ単に耄碌して思い出せないだけかもしれないが...。フォトリアリズム(Photorealism)の作家リチャード・エステス(Richard Estes, 1932-)が1983年、専属画廊であるニューヨーク市のアラン・ストーン画廊(Allan Stone Gallery, New York)で行なった、1973年から83年までの10年間に制作した作品を回顧する展覧会「Richard Estes: A Decade 1973-83」の告知用ポスターである。昔、ネットオークションを通じてポスターを10種類ほど纏めて購入したことがあったが、その中の一点かもしれない。お目当てのものではなかったので、いつの間にか記憶から抜け落ちてしまったのかもしれない。ポスターを出版したのは、1960年代にウォーホルやリキテンスタインといった現代美術の作家のオリジナルポスターの出版を手掛け成功したニューヨーク市のポスター・オリジナルズ(Poster Originals, Ltd., New York)という、ポスター専門の画廊・出版社である。

リチャード・エステスは日本ではスーパー・リアリズム(Super-Realism)の作家として紹介されることが多いようである。1932年、イリノイ州キウォニー(Kewanee)生まれ。州最大の都市であるシカゴにあるシカゴ美術館附属美術大学(The School of the Art Institute of Chicago)(1952年-1956年)で学んだ後、10年あまりグラフィックアーティストとして出版や広告の仕事に携わる。1959年にニューヨークに移住。1962年にはスペインに住んで絵を描く。1967年、エステスと同い年で弁護士から画商に転じたニューヨーク市のコレクターで画商のアラン・ストーン(Allan Stone, 1932-2006)に作品を見せ、翌年、アラン・ストーンが1960年に設立した画廊で最初の個展を開き、その後毎年のように個展を開催する。エステスは、写真、殊にカラー写真の“圧縮された空間”が生み出す独特の平面性に着目し、また映り込みや反射といった物質の存在感を希薄化する作用を意識的に画面に取り込んだ作品を制作する。エステスの特徴は、他の作家のように、エアーブラシを用い筆触を残さない画面とは一線を画し、都市風景を絵筆を使って丹念に描写(再構築)していく手法を用いていることだ。細部を見れば絵筆を使って描かれたことが直ぐに判るのだが、見る者は、画面全体を覆う無表情で感情を排したイルージョニックな空間に幻惑され、絵画的な表情の方に目がいかない。しかしながら、“絵画とは平面である”という前提を写真における平面性に依拠したため、機械的な表現手段である写真を一段下に見ていた評論家たちからは評価は得られず、単なる写真の複製と揶揄されることとなる。エステスは版画作品の制作も行なっているが、シルクスクリーンで作られた版画は、絵画であることの証左であった筆跡さえ残らぬ平坦そのもので、少し離れて見ると、限りなく写真に近づいている、というより、写真ではないかと錯覚してしまう。

●作家:Richard Estes(1932-)
●種類:Poster
●サイズ:940x604mm
●技法:Offset
●発行:Poster Originals, Ltd., New York
●制作年:1983
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# by galleria-iska | 2016-09-20 21:19 | ポスター/メイラー | Comments(0)
2016年 09月 07日

ロドルフ・ブレダンの銅版画「Intérieur Flamand (Flemish Interior)」(1861)

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友人の文筆家アルシド・デュゾリエ(Alcide Dusolier, 1836--1918)が著した『これは本ではない(Ceci n'est pas un livre,1860)』の一章「兎をつれた巨匠(Le Maître au Lapin)」として、トゥールーズ滞在中の様子を紹介されたフランス19世紀のデッサン家、版画家ロドルフ・ブレダン(Rodolphe Bresdin,1822-1885)。そのブレダンが1856年に制作したエッチング「フランドルの農家の室内(Intérieur Flamand)」(V.G.,86)に興味を抱いたのは、それより200年以上も前の17世紀オランダ黄金時代の風俗画家アドリアーン・ファン・オスターデ(Adriaen van Ostade, 1610-1685)が1647年頃に制作したエッチング「家族(The Family/ La Famille)」(G.46)(註1)の構図との類似性を感じたからであるが、ブレダンの作品を実際に手に取って見ると、オスターデの農家の室内風景を克明に描いた作品を遥かに凌駕する、微視的とも言える細密で精緻な描写に驚かされた。それは我々が見ている世界の姿を借りて描き出される視覚の限界を遥かに越えた不可視の領域(註2)を出現させようとするブレダンの探究心の賜物であり、銅版画やリトグラフの教えを請うたオディロン・ルドンの神秘的で謎に満ちた隠喩的ともいえる画面制作に霊感を与えた、一種のヴィジョンと呼ぶべき図像を生み出している。そしてブレダンの描く小人の国への夢想や沼地に生茂る数多の雑草は、ブレダンを心の師と仰ぎ、抜きん出た銅版画のアルティザンとなった我々の世代の作家、ボルドー出身の銅版画家フィリップ・モーリッツ(Philippe Mohlitz, 1943-)のそれへと受け継がれていく。

“兎をつれた巨匠”というのは、1845年にこの風変わりで貧困の版画家ブレダンをモデルにした処女小説「Chien-Caillou(シアン・カイユー)」(註3)を書いたシャンフルリー(Jules Champfleury, 1821-1889) によるものだが、シャンフルリーが伝えるブレダンの窮乏生活は、まさに死と隣合わせで、年40フランで借りていた屋根裏部屋にはベットと梯子しか置いてなく、皮鞣し工として働く合間の僅かな時間を版画制作にあてていたらしい。ブレダンは唯一の友である一匹の“兎”と共にそこに住み、人参とパンで飢えをしのいでいた。驚くべきことに、幾らで手に入れたかは不明であるが、彼が借りていた屋根裏部屋の裸の壁には、彼が神と呼んだ17世紀オランダ黄金時代の巨匠レンブラント(Rembrandt Van Rijn, 1606-1669)の本物の版画「(キリストの)十字架降下/La Descente de croix/Descent from the Cross, 1654」、しかも刷りの良いものが掛かっていたという。この作品ではブレダンが暮らしていた屋根裏部屋とは打って変わって物に溢れており、家畜として飼われているのだろうか、画面左手前にキャベツやかぶら、バラモンジンといったような野菜と共に二匹(羽)の“兎”が描かれている。兎とパイプを持って立つ農夫の横の椅子の間に四匹の猫がいるのが見える。こちらはペットかもしれない。図録を見ると、第三段階では消されてしまっているが、第二段階までは農婦の足元に一匹の犬が画き込まれていた。

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今手元にあるのは、ボルドー出身の小説家で詩人のカチュール・マンデス(Catulle Mendès, 1841-1909)が1860年に創刊したフランスの文芸誌『ルヴュ・ファンテジスト(Revue fantaisiste)』の第7号の口絵のために加筆・修正された第三段階(3rd. state)のもので、ブレダンが同誌のために制作した13点の内の最初の作品である。刷りは、風景の中に独自のヴィジョンを示そうとしたシャルル・メリヨン(Charles Meryon, 1821-1868)の版画も手掛けた画家兼版画家で、銅版画の刷師でもあったオーギュスト・ドラートル(Auguste Delâtre, 1822-1907)(註4)の工房で、ウーヴ紙(wove paper)の台紙に貼られた黄色味の強いシナ紙(chine jaunâtre appliqué)(158x106mm)に刷られた。それより一回り大きい、淡黄色のシナ紙(chine creme appliqué)(182x125mm)を使ったものもあるようなのだが、現物は未だ目にしていない。

●作家:Rodolphe Bresdin(1822-1885)
●種類:Print
●題名:Intérieur Flamand (Flemish Interior)
●サイズ:158x106mm
●技法:Etching on creme chine appliqué, 3rd. state((Troisième état de l'eau-forte sur chine jaunâtre appliqué).
●発行:Revue fantaisiste, Paris
●制作年:1856/1861
●目録番号:(Dirk van Gelder:the catalogue raisonné of the V.G.,86-III
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暖炉の壁面に掛けられた「長老たちに脅かされるスザンナ」(註4)の絵の左横,、吊るされた葡萄の房の下に、ブレダンの版上サイン(Bresdin)と年記(1856)画見える。たたし数字の5は鏡文字になっている。画面左下のマージンにブレダン自身のニードルによる《Rodolphe Bresdin》の署名、右下のマージンには、ビュランで印刷所名と住所《Imp. Delâtre, R.St. Jacques265》と刻まれている。また画面上部のマージンにはビュランで雑誌名《REVUE FANTAISISTE》、下部のマージンには題名《INTÉRIEUR FLAMAND》がそれぞれ刻まれている。


註:

1.
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図版:アドリアーン・ファン・オスターデ(Adriaen van Ostade, 1610-1685)のエッチング作品「家族(La Famille)」、179x158mm。Louis Godefroy, L'OEuvre grave d'Adriaen Van Ostade, Paris, 1930, No.46

2.
「この暖炉を見てごらん。それはあなたに何かいっているかね。私には物語をするのだ。あなたがじっとそれを見ていて、意味がわかったら、突拍子もない、変わった夢を思うんだね。その夢が壁の裸の面の限界の中に止まっていれば、君の夢は生命を得る。そこに芸術があるのだ。」この言葉を私(ルドン)が聞いたのは1864年だった。そのころこんなふうに教える人はいなかったから、この年を記録したい。我々の時代の多くの芸術家は、暖炉の壁を見たにちがいない。ただそれをそれとして見ただけである。その壁の面に、我々の本質の蜃気楼が出現するところは見なかった。」 オディロン・ルドン『私自身に:日記(1867-1915』(A Soi-Même Journal (1867-1915): Notes sur la vie et l'art des artites)、165ページより。


マルセル・ブリヨンは彼の著書『幻想芸術(L'Art fantastique, Paris, 1961)』の中で、
、「ブレダンは知覚体験と想像力の密接な結合から、ひたすら既知のものの限界内で既知の手段を用いて創造するのだった。」

また
「ブレダンはどんなに小さな枯枝でも細かい葉脈でも綿密なレアリスムで描写したから、真実という大地から離れることがなく、眼に見える手段を通してやがては見えるものを越え不可視の境に達しようと努力する、いわば詩的真実の探求者であった。彼はその本質においても見者(ヴォワイヤン)であったので、うごめく姿のあらゆるかくれた存在、しめった下草のかげで増殖する異形の生命、はてはただの沼地に湧き上がる怖ろしい形の幻想的な水泡に至るまでも、みずから見、他人にも示したりするのだった。」
とブレダン芸術の本質を捉えている。

3.Chien-Caillou(the stone dog)とはブレダンの愛称で、アメリカ人作家ジェイムズ・フェニモア・クーパーによる長篇歴史小説『モヒカン族の最後(The Last of the Mohicans)』(1826年)に登場するインディアン、チンガチグック(Chingachgook)をフランス語風に言い換えたもの。

4.ドラートルは日本の美術品や工芸品の収集家でもあったのだが、そのことが1856年、フェリックス・ブラックモン(Félix Bracquemond, 1833-1914)というフランス人の銅版画家が彼の工房で日本から輸出された陶器(有田焼)の梱包に使われていた赤表紙の『北斎漫画十三編』を見つけたことに始まるフランスおよびヨーロッパにおける浮世絵の蒐集熱、またそれに続く日本趣味、ジャポニスムの流行へと繋がっていく。

5.
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レンブラントによる「長老たちに脅かされるスザンナ(Susanna Surprised by the Elders, 1647)」76×91cm、oil on panel(ベルリン国立美術館蔵)。その主題は、旧約聖書外典の逸話「スザンヌと長老たち(Suzanne et les vieillards)」で、裕福なユダヤ人ヨヤキムの妻スザンナ (Susanna)は、水浴中の姿を好色な長老たちに覗き見され、「我々と関係しなければ、お前が若い男と姦通していると通報する」と脅迫、姦淫を迫られる。


参考文献:

Préaud, Maxime, Rodolphe Bresdin 1822-1885: Robinson graveur,Bibliothèque nationale de France, 2000
Van Gelder, Dirk, Rodolphe Bresdin Dessins et gravures, Editions du Chêne, Paris, 1976
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# by galleria-iska | 2016-09-07 21:50 | その他 | Comments(0)