ガレリア・イスカ通信

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2016年 08月 31日

ニキ・ド・サンファルの招待状「Niki de Saint Phalle Invitation aux Bijoux」(1991)

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画家や彫刻家は一般的に、貴重な宝石を用いた宝飾品のデザインに関しては、あまり積極的ではないように思える。高額な材料費の捻出には画廊以外の協力が不可欠であることは言うまでもないが、新しい価値を生み出すという創造行為の下では、既に歴史的な普遍性を得ている宝石は、そこから透けて見える富や権力の影のようなものも感じさせ、自身のスタイルとの整合性を保つ上でも非常に扱い難い素材であるのかもしれない。しかしながら、シュルレアリスムの真の精神を体現しようとした奇才サルバドール・ダリ(Salvador Sali, 1904-1989)がデザインしたオブジェとも彫刻ともつかぬ一連の作品(註1)を見れば、それが杞憂に過ぎないということを思い知らされる。何故なら、ダリのグロテスクかつミステリアスな作品において、宝石は、まさにダリの金満家として側面を匂わせなくもないが、それが持つ固有の価値を一端離れ、その色と輝きが絵の具のそれを代弁するためのものとして知覚され得るからに他ならない。

1960年代末にはヌーヴォー・レアリスムを経てポップ・アートの作家として既に国際的な評価を得ていたニキ・ド・サンファル(Niki de Saint Phalle, 1930-2002)。そのニキが、イタリアのミラノにある宝飾デザイナーで金細工職人ジャンカルロ・モンテベッロの工房(Atelier de Giancarlo Montebello, Milano)の協力を得て、そのような試みに着手したのは1971年のことである。その実験的な取り組みはその後数年間続けられるが、1977年頃から宝飾品は非常に高価なものとなり、貴重な石(宝石)は、18金を下地に用いたエマイユ(七宝)と組み合わされるようになる。奇しくもその年にデザインされたのが、豊穣の象徴としてニキがしばし取り上げ、香水瓶の装飾にも用いた蛇をモチーフとするミニチュアの彫刻作品ともいえる「黄色の蛇(Serpant Jaune)」(édition Sven Bolterstein、limited edition of 8)である。ニキは18金を下地とするエマイユに、金、トルコ石、ダイアモンド嵌め込み、ニキらしい造形物へと創り上げている。

それから10年以上のブランクを経て、1989年から1991年にかけて、ドイツのノルトライン=ヴェストファーレン州の中西部に位置する都市ミュールハイム・アン・デア・ルール(Mülheim an der Ruhr)で現代作家(註2)の宝飾品やオブジェ(Schmuck und Objets d'Art)を専門に取り扱う画廊を運営するディアーナ・キュッパース(Diana Küppers, Mülheim)からの依頼で、再度、宝飾品のデザインに取り組むこととなる。これはそのキュッパースの画廊で1991年に行なわれたニキ・ド・サンファルの宝飾展への招待状である。表紙のデザインおよび題字はすべてニキによるもので、折り本形式で作られたこの案内状もまた、1960年代後半に始まるニキの一連のアーティストブックの流れの中にあると考えられる。展覧会には、ニキが1977年から1991年までにデザインし、ジャンカルロ・モンテベッロの工房で限定制作された宝飾品8点が出品された。

●作家:Niki de Saint Phalle(1930-2002)
●種類:Invitation
●サイズ:209x150mm(209x730mm)
●技法:Offset
●発行:Edition Diana Küppers, Mülheim with Niki de Saint Phalle
●制作年:1991
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註:

1.前に一度取り上げたかと思うが、1940年代にニューヨークに定住し、宝石商となったアルゼンチンのブエノスアイレス出身のカーロス・アレマニー(Carlos Bernardo Alemany, 1905-1993))に委託して作らせた宝飾品の展覧会として、1984年に大丸百貨店で開催された『奇蹟のダリ宝石展(Dali:Art-in-Jewels)』の図録(編集: フジテレビギャラリー)には、彼自身の絵画作品をモチーフにしたものや、新たにデザインしたものなど、ダリの作品37点が収録されている。

2.ディアーナ・キュッパースの取り扱い作家:
Arman, Arp, Braque, Pol Bury, Calder, Cesar, Max Ernst, Anish Kapoor, Yves Klein, Gitou Knoop, Lalanne, Cesar, Max Ernst, Anish Kapoor, Yves Klein, Gitou Knoop, Lalanne, Fausto Melotti, Niki de Saint Phalle, Picasso, Pomodoro, Man Ray, Gunther Uecker, Bernar Venet






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# by galleria-iska | 2016-08-31 21:15 | 案内状/招待状関係 | Comments(0)
2016年 08月 20日

キース・ヘリングのステッカー「Dancing Flower」(1989)

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キース・ヘリング(Keith Haring, 1958-1990)が生み出したキャラクターの中では晩年のものとなる「Dancing Flower」(1989)は、このステッカーの他に缶バッジのものが知られている。キャラクターのアイデアの源泉となったかもしれないのが、株式会社タカラトミー(Takara Co., Ltd. → Tomy Company, Ltd., Tokyo)が1988年に発売、全世界でヒットした玩具「Flower Rock」(註1)という、音楽に反応して動く(踊る)鉢植えの花である。そうだとすれば、それは一種のパロディ表現と言えなくもないが、大量生産、大量消費を背景とする大衆文化を巧みに取り込んでいくポップ・アートの手法も垣間見れるのではないだろうか。そして何よりも、他の図像にも見られるように、ヘリングのクラブミュージックやヒップホップへの傾倒が読み取れるのだが、性的な意味合いをも含んでいるのかもしれない。花が記号としての重要な意味を持ったのは、消費文化に根ざしたポップ・アートに繋がっていく、ヒッピー文化やカウンターカルチャーを生み出したビートニクの詩人アレン・ギンズバーグ(Allen Ginsberg, 1926-1997)が1960年代に提唱した平和的抗議活動に端を発する、フラワーパワー(Flower Power)と呼ばれる、花を平和と愛の象徴として用いたヒッピーの反戦運動が想起されるが、へリングにそのような思想的背景を重ね合わすことには多少無理があるかもしれない。

ステッカーのフォーマットは280x140mmと、やや大きめ。そこに直径95mmと88mmのものが各一枚、55mmのものが二枚の計四枚の「Dancing Flower」と、へリングの最もよく知られているアイコンのひとつ、「はいはいする赤ん坊(Crawling Baby)」が一枚組み込まれているのだが、それは無限の可能性を持つ赤ん坊と現在の姿が同居するへリングの自画像と捉えることも出来るかもしれない。四半世紀を経た今、缶バッジに比べて残存率は低いようで、近年はオークションへの出品も散見される。

●作家:Keith Haring(1958-1990)
●種類:Pop Shop Stickers
●サイズ:140x280mm(Format)/Stickers:95mm diameter x1, 88mm diameter x 1 and 55mm diameter x 2, all signed: © K. Haring
●技法:Offset lithograph
●発行:Keith Haring, New York
●制作年:1989
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註:

1.海外では「Rockin' Flowers」という名称で販売された。



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# by galleria-iska | 2016-08-20 18:20 | キース・へリング関係 | Comments(0)
2016年 07月 30日

勝原伸也のポスター「Sinya Katsuhara」(1995)

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浮世絵版画師の勝原伸也(Sinya Katsuhara,1951-2015)大兄が鬼籍に入られて早一年になる。明日7月31日は一周忌であるが、墓参りは叶いそうもないので、大兄を偲んで、いただいたポスターを取り上げたい。このポスターは、大兄の父親の郷里である広島県三原市で1995年に開催された浮世絵版画展の告知用ポスターで、1987年に復刻した江戸時代末期の浮世絵師、一勇斎 國芳(歌川 国芳)(Ichiyûsai Kuniyoshi, 1797-1861)の大判三枚続き(triptych)の作品『讃岐院眷属をして為朝をすくふ図(Tametomo Rescued by Tengu sent by Sanuki-in)』(1851~52年頃)(註1)左図の部分が使われている。この絵は、国芳の作品の中でも、一、二を争う有名な絵で、三枚に連なる大きな鰐鮫の金属的な質感を持った渦巻状の鱗を彫るのに苦労し、彫りだけで五ヶ月近くもかかったと語っている。とは言え、勝原は他の作品にも見られるのだが、単に精巧な復刻を目指していたわけではなく、オリジナルでは濃く摺られている烏天狗の刷りを薄い墨で摺るという独自の解釈を加えている。
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       オリジナル                                 復刻

●作家:Sinya Katsuhara(1951-2015)
●種類:Poster
●サイズ:725x514mm
●技法:Offset
●発行:Mihara City & Mihara City Board of Education
●制作年:1995
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1987年復刻の一勇斎国芳『讃岐院眷属をして為朝をすくふ図』(木版師 勝原伸也の世界より)

註:
1.曲亭馬琴の『椿説弓張月』中の場面で、嵐に襲われ難破した源為朝父子を讃岐院(崇徳上皇)の眷属である鰐鮫と烏天狗が救う。

参考文献:
ばれんの会編 『木版師 勝原伸也の世界(Shinya Katsuhara, The Ukiyo-e Craftman)』平凡社、1993年
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# by galleria-iska | 2016-07-30 19:01 | ポスター/メイラー | Comments(0)
2016年 07月 20日

ミロのトートバッグ「Fondation Maeght St. Paul」(1973)

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作家デザインのショッピングバッグと言うと、ポップアートの巨匠であるアンディ・ウォーホル(Andy Warhol, 1928-1987)とロイ・リキテンスタイン(Roy Lichtenstein,1923-1997)の両者が、1964年にニューヨーク市のビアンキーニ画廊(Bianchini gallery, New York)で開催された大量生産・大量消費社会の中心的存在であるスーパーマーケットをひとつの社会的風景として捉えた展覧会「American Supermarket」展の際に制作した、市販の紙製のトートバッグを支持体とする版画作品が思い出される。ウォーホルはキャンベルスープのトマト缶をモチーフにした「Campbell's soup can on shopping bag」(F.S.:II.4)、リキテンスタイン(Roy Lichtenstein, 1923-1997)は自身の絵画を基にした「Turkey Shopping Bag」(C.R.:App. 4)で、ともにビアンキーニ画廊から出版されている。彼らはスーパーマーケットという大量生産・大量消費社会の象徴的存在の本質を表現活動によって炙り出そうとしているというよりも、むしろ、自然が生み出した風景に変わる新しい風景として捉え、それを感情を排し、クールで即物的に表現しようとしているかのように見える。ウォーホルは二年後の1966年に、今度はボストン現代美術館(ICA)のポスターとして、同じキャンベルスープ缶をモチーフとする「Campbell's soup can on shopping bag」(F.S.:II.4.A)をデザインしている。一方、リキテンスタインは20年以上経った1988年に、ウォーカー・アート・センター(The Walker Art Center)がミネアポリスに設置した彫刻庭園の開園を祝して、ミネアポリスのデイトン・ハドソン・デパート(Dayton Hudson Department Store Company)が出版したショッピング・バッグ(註1)のデザインを行なっている。

時代が下り、自然保護や環境問題が強く叫ばれる時代になると、1992年、コンセプチュアル・アーティストのバーバラ・クルーガー(Barbara Kruger, 1945-)が、使い捨ての紙製ではなく、自身の展覧会に合わせてデザインした「Business As Usual」という、繰り返し何度も使えるキャンバス地のトート・バッグをデザインしている。キャンバス地にシルクスクリーンでプリントされた"Business As Usual(変わり栄えしない、日常生活)"という言葉と牙をむく狼の横顔の組み合わせが、パラドキシカルでありながら、消費社会に埋没していく生活に対して牙を剥くという、意識変革を訴えかける作品となっている。

今回取り上げるのは、1973年にジョアン・ミロ(Joan Miro, 1893-1983)のオリジナル・リトグラフをもとに作られたキャンバス・トート・バッグである。トートバックとしては少し小さめであるが、データを失ってしまったので、正確なサイズは不明とする。バッグにはミロが同年、南フランスのサン=ポールにあるマーグ財団の美術館で彫刻と陶器による展覧会を開催した際に刊行された図録ために制作した二点のオリジナル・リトグラフのうちのひとつが使われており、バッグの両面にシルクスクリーンで刷られている。片側(表)にはミロの版上サインが入っている。このバッグが展覧会に合わせて作られたのであれば、バーバラ・クルーガーより20年近くも早いことになり、先駆的な試みであったと言えるかもしれないのだが、このバッグに関する記述がどこにも見当たらず、詳細は分からない。

●作家:Joan Miro(1893-1983)
●種類:Canvas tote bag
●サイズ:???x???mm
●技法:Silkscreen
●発行:Fondation Maeght, St. Paul
●制作年:1973(?)

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註:

1.同社はこのショッピング・バッグの出版に先立ち、ウォーカー・アート・センターと共同で1984年にフランク・ステラ(Frank Stella)、1985年にデイヴィッド・ホックニー(David Hockney)とアニー・リーボヴィッツ(Annie Leibovitz)にショッピング・バッグのデザインを依頼している。
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# by galleria-iska | 2016-07-20 18:42 | その他 | Comments(0)
2016年 05月 23日

ジョルジュ・ルオーの自画像「Autoportrait II」(1926)

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自画像は好みの画題のひとつである。偽らざる自己の姿を描くという行為は純粋な記録であると同時に、自身の内面を真摯に見据えた自己告白でもあるからである。ドイツ・ルネッサンスの巨匠アルブレヒト・デューラーAlbrecht Dürer, 1471-1528)が始めたと言われる自画像は、最も身近なモデルとして、画中の出来事の目撃者として、また様々な歴史的英雄や宗教的人物に扮したものとして描かれる一方、画家としての自負はもとより、成功した人間の虚栄心や自己愛、宮廷画家といった地位誇示の反映として描かれることもあった。いずれにせよ、そこには画家の内面が不作為に写し出されており、人間という存在の諸相を観察できる格好の題材なのである。

20世紀最大の宗教画家と謳われるジョルジュ・ルオー(Georges Rouault, 1871-1958)もまた幾つもの自画像を残している。今回取り上げるのは、フランスのジャーナリストで美術、文芸、映画批評家のジョルジュ・シャランソル(Georges Charensol, 1899-1995)が1926年に著した『Georges Rouault: L'homme et l'oeuvre』の特装版100部(註1)に添えられたリトグラフによる自画像「Autoportrait II」である。この作品を手にするのは二度目で、最初のものは、1980年代の終わり頃だったと思うが、1976年に『ルオー版画作品(Georges Rouault The Graphic Work)』を著したサンフランシスコの画商で出版人のアラン・ウォフシー(Alan Wofsy Fine Arts)から500ドルで入手した。こちらはその後手放してしまったが、何年か前に運よくフランスの業者から200ユーロほどで再び入れることができた。この作品は、我々が良く知るフランスの版画用紙ではなく、局紙(Japon Impérial)という、少し黄身がかった和紙に刷られている。

ルオーは師であるギュスターヴ・モロー(Gustave Moreau, 1826-1898)の生誕100年に当たる1926年にリトグラフによる自画像を3点残しているが、それらは全て単に「Autoportrait」となっているため、区別を付けるために、便宜的にI~IIIの番号が付されている(註2)。これら3点が同時進行で描かれたものなのか、時期をずらして別々に描かれたのかはっきりしないが、顔の向きが多少異なっているものの、構図的には大きな違いはない。作品としては、横顔に近い角度で描かれた『回想録』所収の「Autoportrait I」が一番出来が良いとされている。この自画像や他の肖像画において、ルオーは人間の相貌が語る本質的なものを求め、熱意と情熱を原動力とする妥協を許さない集中力と忍耐によってグラッタージュと呼ばれる削除やクレヨンによる加筆を繰り返し、その成果である明暗のコントラストが織り成す劇的な表情と暗部の豊かな諧調に充実感を覚えていたようである。当時のルオーの容貌について、友人のフランスの哲学者でジャック・マリタン(Jacques Maritain、1882-1973)は次のように記しており、それはまるで自画像そのものを言い表しているかのようでもある。以下引用:
淡色のつねに目覚めている明るい眼、とはいえ、ものにじっと据えつけられるというよりは内部にむけられているその眼差し、激しい口許、突き出した額、以前にはブロンドの髪がふさふさしていた幅広の頭骨。かくのごとくに徒党と因習との、概していえば現代のあらゆる風俗の敵であるこの画家の表情には、何やら丸顔の道化師めいたもの、憐れみと辛辣、悪意と無邪気との思いもかけぬ混合があり、輝きは今も彼の洞窟(カーヴ)から流れている。1871年の巴里の砲撃の最中に、とある地下室(カーヴ)で彼は生まれたのだからである。

●作家:Georges Rouault(1871-1958)
●種類:Print
●題名:Autoportrait II
●フォーマット:260x210mm(イメージ:229x170mm)
●限定:100 + 50 H.C.
●紙質:Japon Impérial
●発行:Éditions des Quatre Chemins, Paris
●制作年:1926
●版画目録:Chapon and Rouault 342
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画面左下。アラン・ウォフシーの『ルオー版画作品(Georges Rouault The Graphic Work)』によれば、年記(26)と頭文字(G)が入れられているとあるが、判読し難い。



註:

1.
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図版:Charensol, Georges :Georges Rouault: L'homme et l'oeuvre、4to. 126 pp., with 39 black & white plates. One of a limited edition of 125 numbered copies on Arches, of which 100 numbered copies with one singed and numbered lithograph by Georges Rouault printed on Japon Impérial. Printed in Paris by Ducros et Colas in 1926.

2.「自画像I」(Chapon/Rouault 311)はエドモン・フラピエ出版から刊行された自身の『回想録』(限定385部)に所収。イメージサイズ:232x172mm
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「自画像II」(Chapon/Rouault 342)はカトル・シュマン出版から刊行されたジョルジュ・シャランソル著『ジョルジュ・ルオー、人と作品』の特装版100部に添えられた。イメージサイズ:229x170mm
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「自画像III」(Chapon/Rouault 343)は単独の版画作品として、パリのカトル・シュマン出版から白黒50部と色刷り100部が出版された。イメージサイズは345x250mmで、3点の中では一番大きく、帽子は被っていない
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# by galleria-iska | 2016-05-23 20:44 | その他 | Comments(0)