ガレリア・イスカ通信

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2018年 12月 08日

「ライカ同盟」のポスター「Leica-mania Alliance - Triplopia」(1998)

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今回は大学時代に写真部に所属していた連れ合いが購入したポスターを取り上げてみたい。今から二十年前の1998年の4月11日から5月17日にかけて三重県立美術館で開催された展覧会「ライカ同盟 三重視(さんじゅうし)」の際に購入したポスターなのだが、気が付けば一度も飾ることなく筒に入れっぱなしなっていた。二十年振りに虫干し(?)がてらに取り出してみたのだが、巻き癖が強く、平らに伸ばすのに一週間ほどかかってしまった。「ライカ同盟」は1960年代から前衛的な活動を行っていた美術家で執筆家の赤瀬川原平(Genpei Akasegawa, 1937-2014), 写真家の高梨豊(Yutaka Takanashi, 1935-)、彫刻家で政治活動家の秋山祐徳太子(Yutokutaishi Akiyama, 1935-)の三氏によって1992年に結成され、写真を深遠なる意図もなく写すだけの人間には畏れ多くて手にすることが出来なかったライカ(M型ライカであることは言うまでもない)を片手に撮影対象の町をそぞろ歩き、それぞれ独自の視点で町の日常の姿を切り取るという三人だけの同盟で、このポスターは「ライカ同盟」が三重県各地(註1)を回って撮影した写真を三重県立美術館で展示するという企画展の告知用ポスターとして作られたもの。連れ合いが購入したのは、通常の告知用ポスター(註2)からテキストを省いたものに、三人がそれぞれ署名を入れたもので、限定100部ぐらいだったように記憶する。

告知用ポスターの写真は美術作品の撮影を手掛ける写真家の二塚一徹(ふたづか かずあき)氏によるもので、二見浦の夫婦岩をバックにポーズをとる三人を撮ったもの。印刷は黒と銀の二色刷りで、テキストには金色のインクが使われている。

●作家:Genpei Akasegawa(1937-2014), Yutaka Takanashi(1935-) & Yutokutaishi Akiyama(1935-)
●種類:Poster
●サイズ:1030x730mm
●技法:Offset
●撮影:Kazuaki Futazuka
●発行:Mie Prefectual Museum, Tsu
●限定:ca.100
●制作年:1998

「ライカ同盟」の活動履歴は以下のとおり(2006年迄):

1992年 「ライカ同盟」結成  
1994年 「ライカ同盟」発表会                                     牧神画廊(東京)
1996年 「ライカ同盟 名古屋を撮る」             中京大学アートギャラリーC・スクエア(名古屋)
       「本朝ヨリガスミ之展」                         コニカプラザ・東ギャラリー(東京〉
1998年 「ライカ同盟 三重視」                               三重県立美術館(三重)
            ”                         中京大学アートギャラリーC・スクエア(名古屋)
1999年 「ライカ同盟 旧京橋區ライカ町」                        INAXギャラリー2(東京)
2000年 「ライカ同盟 パリ開放」                中京大学アートギャラリーC・スクエア(名古屋)
2001年 「ライカ同盟写真展 博多来襲」                      三菱地所アルティアム(福岡)
2002年 「ライカ同盟 東京涸井戸鏡展」           中京大学アートギャラリーC・スクエア(名古屋)
            ”                                       現代美術制作所(東京)
2003年 「ライカ同盟 ラ・徘徊 東京編」               武蔵野美術大学美術資料図書館(東京)
2004年 「ライカ同盟展 ラ・徘徊/ヱ都セトラ」       中京大学アートギャラリーC・スクエア(名古屋)
2006年 「ライカ同盟展 エンドレス名古屋」         中京大学アートギャラリーC・スクエア(名古屋)



展覧会の題名「ライカ同盟 三重視(さんじゅうし)」には、三つの意味が含まれているとのこと。「ライカ同盟」三人の視点がどう重なり合って、三重(みえ)の町を視たのか、また同じ志(趣味)を持つ三人が町の風景にどう挑むのか、ということから アレクサンドル・デュマの小説「三銃士(Les Trois Mousquetaires)」に懸けていて、なかなか洒落の効いた題名となっている。

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註:

1.”ギャラリーときの忘れもの”のブログに掲載された森本悟郎氏(1994年から2014年3月末日まで中京大学アートギャラリーC・スクエアのキュレーターを務められた)のエッセイ「その後」第23回-『赤瀬川原平(1930-2012)とライカ同盟(3)三重視』によると、三人が連れ立って1997年の4月16日から4泊5日で行われた第一回撮影旅行の行程は:《名古屋-津-松阪-新宮(泊)-熊野-尾鷲-紀伊長島-南島-伊勢(泊)-二見浦-伊勢-松阪(泊)-名張-上野-関-四日市(泊)-桑名-長島-名古屋》となっている。秋山氏は急事により18日に離脱。第二回は8月に高梨氏単独、第三回は10月に赤瀬川、秋山氏両氏によって行われた。

2.
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図版:「ライカ同盟 三重視」展の告知用ポスター(通常版)
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# by galleria-iska | 2018-12-08 14:51 | ポスター/メイラー | Comments(0)
2018年 11月 26日

パウル・ヴンダーリッヒのリトグラフ「Traum einer Odaliske」(1975)

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贔屓の作家の評価の良し悪しは気にならない、と言ったら嘘になるが、昨今のパウル・ヴンダーリッヒ(Paul Wunderlich, 1927-2010)の凋落振りは凄まじく、目も当てられない。先日も、ネット・オークションでのことだが、限定番号、署名入りの正真正銘のリトグラフが一万円以下で落札されていた。ちょっとしたアート・ポスターよりもより安いのだから、業者間での取り引きは想像を絶するものであろう。ネット・オークションでの落札価格が作家本来の価値を決定するわけではないものの、何故にここまで安くなってしまうのだろうか。21世紀に入って、歴史的評価の波の中を潜り抜ける20世紀の作家の数はかなり絞られてきているのは間違いないとしても、生と死の間を生き延びたひとりの画家が到達した生の根源的証であるところのエロティシズムを根底とする作品は、ヴァーチャルな世界がかつての幻想を超えるヴィジョンを提示し得る今、もうそこから何も汲み取れれるものがないのだろうか。そしてこの先作品としての評価の俎上に上ることは、もうないのだろうか。

●作家:Paul Wunderlich(1927-2010)
●種類:Print
●題名:Traum einer Odaliske
●サイズ:762x579mm
●技法:Lithograph with Rainbow printing(Irisdruck)
●限定:100 + 8 e.a +8 e.e.
●制作年:1975
●発表価格:DM 1,200(F.FR. 2,000) ca. JPY 140,000
●目録番号:C.R.510

ドイツの画家兼版画家、また彫刻家でもあったパウル・ヴンダーリッヒは1960年代から70年代にかけて、ウィーン幻想派と共に一世を風靡した作家で、ピカソやシャガール、ミロと肩を並べる程の版画制作を行い、日本でも多くの愛好家を生んだことは知られている。今回取り上げるのは、ヴンダーリッヒが1975年制作した「オダリスクの夢(Traum einer Odaliske)」と題されたリトグラフで、ドイツでは版元がブルスべルク(Galerie Brusberg, Hannover & Berlin)からフォルカー・フーバー(Edition Volker Huber, Offenbach)に代わる頃であり、フランスではベルクグリューン(Berggruen & Cie, Paris)が販売元になっていた。ベルクグリューンの通信販売のカタログには1976年から79年まで載っており、価格は二千フラン(邦貨に換算すると、約14万円)となっている。1980年以降は入手が難しくなってしまったので、後発組の自分はドイツ・ケルンの画廊(Galerie Orangerie Reinz GmbH, Köln)での個展に合わせて作られた限定1000部の告知用ポスター(30ドイツ・マルク)(註1)を手に入れようと画廊に問い合わせたのだが、送料と送金手数料が思った以上に掛かることがわかり、ドイツ国内のポスター専門画廊経由で手に入れた。価格は、画廊の手数料が乗せられ、一枚50ドイツ・マルクだったように思う。このリトグラフ作品の特徴は、何色もの色からなるグラデーションを一版で印刷できるレインボー・プリンティング(独:Irisdruck)の手法を版画制作に取り入れたことであり、この作品では鳥(鷲?)の羽根部分に使われている。ヴンダーリッヒはこの作品を制作する少し前、1974年頃からこの手法を取り入れているが、エアーブラシで微妙な諧調を紡ぎだしているヴンダーリッヒの画風に違和感なく溶け込んでいる。

作品の主題については、ヴンダーリッヒは1970年に入ると、妻のカリン・シェケシーが撮影したヌード写真に基づく作品を制作する一方で、レオナルド・ダヴィンチやアルブレヒト・デューラーといったルネサンスの巨匠の作品の翻案(美術史家の千足伸行氏はパラフレーズ〈言い換え〉と呼んでいる)を幾度となく制作している。1973年には19世紀フランスを代表する画家のひとり、ジャン=オーギュスト=ドミニク・アングル(Jean-Auguste-Dominique Ingres, 1780-1867)の絵画作品に基づく5点のリトグラフによる連続版画(Suite d'Ingres)を制作、ハレムの裸婦をモチーフとする”トルコ風呂(Le Bain Turc)”の翻案3点のうちのひとつ「Le Bain Turc III」の画面の外には、長く引き伸ばされた四肢が論議を呼んだ”グランド・オダリスク(La Grande Odalisque)”の構図が取り入れられている。1975年には、この作品と相前後して”グランド・オダリスク”の翻案となるリトグラフの版画作品「Odaliske (nach Ingres)」(左右逆の構図)を制作しているが、この作品では更にオダリスクの肢体が、マニエリスムに見られるような極端な強調、歪曲によって、もしくは写真における歪曲収差(ディストーション)の効果を取り入れた、幻想的で官能的エロティシズムを醸し出しており、このモチーフをヴンダーリッヒ独自のものへと変容せしめている。
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ヴンダーリッヒはここでは、幾つもの象徴的とも言えるモチーフを組み合わせ、オダリスクの夢というテーマのもと、ハレムでスルタンの寵愛を受けるオダリスクは真っ赤に勃起した男根(ファルス)に肘をかけ、性愛に身を任せる姿を、官能的でエロティックに描いている。他方、地上を表すであろう画面下部には、原罪を連想させるイチヂクの葉と蛇にリンゴに象徴される知識の木の実を掴む手が小さく添えられ、画面上部には天界の主である神が太陽によって示され、その使者として鷲の羽根(もしくは天使のそれ)が何かを暗示するかのようにオダリスクの背景として描かれている。ヴンダーリッヒはこの女性の裸体像と羽根とを組み合わせた絵画や版画、彫刻作品をこの年から生み出しており、この作品がその切っ掛けとなった可能性もなくはない。

ヴンダーリッヒは自らの戦争体験を通じて、苦悩の時間を過ごしているが、破壊と殺戮の絶望の淵から逃れる唯一の方法は、善悪の彼岸を超えた性愛による没我の一時にあり、その悦楽の中にこそ偽らざる美(”原罪”としての生の根源的意味)を見い出すことができると、妻となる写真家のカリン・シェケシーとの共同作業の中で確信したのかもしれない。


註:

1.
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パウル・ヴンダーリッヒのオリジナル・リト・ポスター「Orangerie Cologne」770x580mm、Ed.1000.
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# by galleria-iska | 2018-11-26 19:29 | その他 | Comments(0)
2018年 11月 17日

デイヴィッド・ホックニーの画集「Pictures by David Hockney」(1979)

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今朝、テレビのニュース番組を見ていたら、イギリスの現代美術の作家デイヴィッド・ホックニー(David Hockney, 1937-)が1972年に制作した「Portrait of an Artist(Pool with Two Figures)」(註1)が現存作家のオークション・レコードを更新したとのニュースが流れてきた。それによると、現地時間11月15日にニューヨークのクリスティーズ社(Christie's, New York)で開催された売り立て『Post-War and contemporary Art Evening Sale』(Sale 15974, Lot 9c)に出品され、手数料込みでUSD 90,312,500(約102億3135万円)で落札されたとのこと。美術関係のニュースとして取り上げられるのは大抵、今回のような浮世離れした高額な作品に関する話題であることが多い。そこには作品に対する理解を促すというような視点は何処にもない。何の脈絡もなく、その(覗き見的な)話題性のみで取り上げられるのだが、唐突に流される情報は、せいぜい一般人の美術品に対する高価で近寄りがたいという妙な偏見を助長するぐらいであろう。

この作品について、1976年に刊行された自伝的な画集「David Hockney by David Hockney」の中でホックニー自身が語っているのだが、それによると(註2)、1972年5月にニューヨークの画廊アンドレ・エメリック(André Emmerich Gallery, New York)で行われた個展の際の販売価格はUSD 18,000(約504万円/$=280で換算)で、出品作品の中では最も高額であった。この金額をホックニーが全額受け取るわけではないが、大変な苦労-特に水中を泳ぐ人物の歪みと水の揺らめき-を重ねて描いた作品なので、それ相応の金額であったことは間違いない。が、一旦その手を離れてしまえば、後に作品の価格が高騰し、今回のように100億円を超える金額で落札されても、作家には基本的には一銭も入ってこないのである。オークションで落札された作品については、作家の権利として、金額の一部を作家に還元するような仕組みが作られた筈なのだが、最近は聞こえてこない。

買い手の側からすると、購入した作品の価格が高ければ高いほど、所有者としてのステイタスを誇示できるわけだが、ぐれぐれも、この作品の買い手が、金満家よろしく最高額で購入し、果ては捨て値で売却してしまう日本人でないことを祈るばかりである。

随分前に知り合いの画廊の担当者から不要になったホックニーの作品集を何冊か頂いたことがあるのだが、その中に今回落札された作品を表紙に使った画集「Pictures by David Hockney」があったのを思い出した。この画集は、前述の画集「David Hockney by David Hockney」を、図版中心にコンサイスに纏めたもので、同じニューヨークの大手美術書出版社エイブラムス(Harry N. Abrams, Inc.,New York)から1979年にソフトカバーで出版されたもの。どういう訳か、表紙がいただいた時から黄身がかっており、原画の持つ清々しさが感じられなく、古ぼけた印象を受ける。それから40年近く経った昨年の2月から5月にかけて、ロンドンにある国立美術館テート・ブリテン(Tate Britain)で開催された60年間の創作活動を振り返る大規模な回顧展「David Hockney」に合わせて刊行されたソフトカバー版の図録「David Hockney」(註3)に、展覧会のハイライトとなったこの作品が使われているのだが、今回の高額落札の旗振り、あるいはお膳立ての役割を果たした、と言っては言い過ぎだろうか。展覧会はテート・ブリテンに続き、パリの国立美術館ポンピドウ・センター(Centre Georges Pompidou, Paris)に巡回、6月から10月まで開催された。ポンピドー・センターからは分厚い図録の他に、廉価版の図録「David Hockney L'Exposition/The Exposition」(註4)が刊行され、そちらにも同様にこの作品が使われている。巡回展の最後は、ニューヨークのメトロポリタン美術館(Metropolitan Museum of Art, New York)で11月から今年の2月にかけて開催され、テート・ブリテンと同じ図録(ソフトカバー版)が使われている。

●作家:David Hockney(1937-)
●種類:Art book
●題名:Pictures by David Hockney
●サイズ:269x220mm
●技法:Offset
●発行:Harry N. Abrams, Inc.,Publishers, New York
●制作年:1979
●表示価格:$9.95
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註:

1.
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図版:David Hockney: Portrait of an Artist(Pool with two Figures) 1972. 242x305cm

クリスティーズ社の案内によると、この作品の来歴は以下のとおりである:

André Emmerich Gallery, New York
Mr. and Mrs. James Astor, London
William Beadleston, Inc., New York
Stephen Mazoh & Co., New York
David Geffen, Los Angeles, 1983
Acquired from the above by the present owner, 1995(クリスティーズは出品者の身元を明かしていないが、イギリスの富豪ジョー・ルイス(Joe Lewis)ではないかと言われている)

2.
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1976年に刊行された画集「David Hockney by David Hockney」の247~249ページに作品が描かれた経緯や販売での顛末についてホックニーが詳しく語っている。作品が生まれた経緯を要約すると、ホックニーがロンドンにある自身のスタジオにいたとき、地上の何かを見つめる男性-ホックニーの当時のパートナーで写真家のピーター・シュレシンジャー(Peter Schlesinger, 1948)であろうか-の写真と1966年にハリウッドで撮られた水の中を泳ぐ人の写真がたまたま2枚並んで床に落ちていたのを見てこの作品のアイディアが閃き、1971年に最初のヴァージョンを描き始める。切れ目無く6ヶ月も試行錯誤を繰り返したが納得いかず、仕上げることを断念、全く新しいものを描くことにする。そこでフランス南部にある英国人映画監督の家のプールを作品の舞台に選び、絵のモデル二人、彫刻家のモー・マクダーモット(Mo McDermott)とジョン・セントクレア(John St.Clair)という少年を連れて行き、そこで数百枚の写真を撮影。ロンドンに戻ってから、ピーター にも作品のためのポーズをとってもらう。個展に間に合わせるために2週間ほどで完成した作品は、1972年5月に開催された個展で、ドイツ出身のニューヨークの画商アンドレ・エメリック(André Emmerich, 1924–2007)によって1万8千ドルで販売された。が、その年の10月にはロンドンの業者の手に渡り、ドイツの美術見本市に。一年後にはジェームス・アスター(James Astor)なる人物が約5万ドルで購入している。 ホックニーの契約画廊であるカスミン画廊(Gallery Kasmin)を1963年にロンドンに設立したジョン・カスミン(John Kasmin, 1934)が個展に出品する作品を転売目的のヨーロッパの業者に売らないようアンドレ・エメリックに伝えていたのだが、ロンドン業者がニューヨークに住む金持ちという男を仕立てて作品を手に入れ、ロンドンに持ち帰り、高く転売したことが後で判った。一方、最初のヴァージョンは裁断し台無しにするが、切り刻むことはせず、その一部を別の作品に作り変え、他の作品のモデルを務めてくれたファッション・デザイナーのオシー・クラーク(Ossie Clark, 1942-1996)とテキスタイル・デザイナーのセリア・パートウェル(Celia Birtwell, 1941- )夫妻に、また出来栄えの良い部分は切り取り、友人のひとりに贈ったとある。1984年に翻訳版『ホックニーが語るホックニー』(小山昌生訳、パルコ出版)が出版されているので、詳細はそちらを参照していただきたい。

3.
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図版:テート・ブリテンでの展覧会に合わせて刊行されたソフト・カバー版の展覧会図録(280ぺージ)(価格:£29.99)
4.
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図版:ポンピドー・センターから刊行された廉価版の図録(60ページ)(価格:€9.50)
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# by galleria-iska | 2018-11-17 21:56 | その他 | Comments(0)
2018年 10月 29日

アンリ・マチスの表紙絵「Les Fauves」(1949)

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今から30年以上も前のことになるが、画廊が多く立ち並ぶパリ6区の通りを歩いていたとき、数十メートル先にある画廊の窓際に見覚えのある作品が飾られているのが目に飛び込んできた。それまで実物にお目にかかることのなかったアンリ・マチス(1869-1954)の有名な挿絵本『JAZZ』所収の挿絵のひとつ「Icare(イカルス)」ではないか。興奮する気持ちを抑え画廊の側まで歩み寄ると、売り物らしく値札が付けられており、以外にも手を出せる金額なので、こんな機会は又と無いと思い、両替を済ませて戻ってきたときには消えて無くなっていた。《C'est la vie》 それ以来『JAZZ』との幸運な出会いはない。

マチスの挿絵本の最高傑作と言われる『JAZZ(ジャズ)』(Tériade Éditeur, Paris)は、1947年にフランスの編集者で出版人のテリアード(Tériade)の勧めによって制作された20点の切り絵をポショワールで印刷したもので、この挿絵本によってマチスの切り絵芸術は頂点に達したと言える。フォービズムで培われた鮮烈な色彩が単純なフォルムによって更に輝きを増し、画面はどれも華やかな色彩のハーモニーを奏でる。この作品でマチスはサーカス(マチスは当初この本の題名を「サーカス(Cirque)」としていた)や民話、旅の思い出などを題材としており、有機的で生命感溢れる形体が色彩に命を吹き込んだ。挿絵本の制作あたり、マチスは色彩の再現性に拘り、切り絵を元にしたポスターなどの印刷に使われたリトグラフや木版、カラー銅版による刷りを試したが、それらはマチスを満足させることが出来ず、刷り師の《Edmond Vairel》のアトリエで刷られたポショワールによる刷りを見たときに、コラージュの彩色に用いた(布地用?)グアッシュと同じ発色と質感を持ち、紙の上にインクが盛り上がるように乗せられたポショワール(ステンシル)を選んだのである。

出版人のテリアードは『JAZZ』」について、「切り紙絵は、(ハーモニー、メロディー、リズムと即興性に富んだ)ジャズの精神と一致します。音楽はマティスに欠かせないものでした。切り紙はジャズ音楽に似ていたのです。」と説明している。

以来、直に手に取れるマチスのポショワールによる作品はないものかと思っていたところ、マチスの版画作品と挿絵本の総目録(Catalogue raisonné)を編纂したクロード・デュテュイ(Claude Duthuit, 1931-2011)が1949年に“野獣派”と呼ばれる画家(マチスを初め、ブラック、ドラン、ヴァン・ドンゲン、デュフィ、マルケ、ヴラマンク等)を紹介した著書「Les Fauves(野獣派)」の表紙絵をマチスがデザインし、ポショワールで印刷されていると知り、その普及版を購入してみた。購入価格を抑えたため、状態はいまひとつではあったが、直にインクの質感を感じることが出来たのは収穫であった。マチスの生命感のある優美な曲線とは異なり、直線のみで構成された幾何学的ともいえる画面は無機的な表情を見せており、組み込まれた文字も若干刺々しさを感じられ、見た目の評価はそれほど高くない。これと同じような幾何学的な模様を使ったデザインが、マチスが1952年に“パリのクレベール画廊(Galerie Kléber, Paris) において、ムルロー工房でここ25年間の間に刷られた展覧会ポスターと工房の100周年を表明する”展覧会のためにデザインした告知用ポスターにも見られる。これらはマチスに色彩に関する実験的な試みのひとつかもしれないとも言えるのだが、絵画において装飾性は重要であると言っているマチスであっても、色彩の可能性を極限まで追求すると、最後は抽象的な文様に行き着くのだろうか。しかしながら、この表紙絵の限定版に施した5つの花弁の文様を見ると、マチスは純粋な抽象へ近づきはしたかもしれないが、装飾性を失うことはなかった、ということになる。
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●作家:Henri Matisse(1869-1954)
●種類:Cover art
●題名:Les Fauves
●著者:Georges Duthuit(1891-1973)
●サイズ:323x242mm(323x514mm)
●技法:Pochoir de soie(stenciled by hand)
●発行:Éditions des Trois Collines,, Genève
●印刷:Les Ateliers Artecolor, I.Et V.deGrandi,Corseaux-Vevey
●制作年:1949
●目録番号:No.100(Cowart, Jack:Henri Matisse Paper Cut-Outs, St. Lous Art Museum and The Detroit Institute of Arts, Distributed by Harry N. Abrams, Inc, New York, 1977)(註1)
No.113(Duthuit, Claude: Henri Matisse: Catalogue raisonné des ouvrages illustrés établi avec a collaboration de Françoise Garnaud, Paris, 1988) (註2)

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註:

1.Cowart, Jack:Henri Matisse Paper Cut-Outs, St. Lous Art Museum and The Detroit Institute of Arts, Distributed by Harry N. Abrams, Inc, New York, 1977. 288x225x27mm
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表紙絵の下絵と、余白部分に五つの花弁を加え、マチスが署名を入れた限定版の図版を掲載。

2.(Duthuit, Claude: Henri Matisse: Catalogue raisonné des ouvrages illustrés établi avec a collaboration de Françoise Garnaud, Paris, 1988. 325x251x50mm
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こちらは限定版の図版のみ掲載。
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# by galleria-iska | 2018-10-29 18:45 | その他 | Comments(0)
2018年 10月 17日

ホルスト・ヤンセンの絵手紙集「Briefe an Vau-Ha」(1991)

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ドイツはヘッセン州の最大の都市フランクフルト・アム・マインと接する小都市オッフェンバッハ・アム・マイン生まれの画廊主で出版人のフォルカー・フーバー(Volker Huber, 1941-)は1969年、地元オッフェンバッハ・アム・マインに版画や彫刻の出版を行う画廊(Edition und Galerie Volker Huber e.K.)を設立、ホルスト・アンテス、ブルーノ・ブルーニ、ルドルフ・ハウズナー、ペーター・パウル、パウル・ヴンダーリッヒ等の版元として、これまで数多くの作品を世に送り出している。フォルカー・フーバーはホルスト・ヤンセン(Horst Janssen, 1929-1995)の専属画廊ではないが、画集やレゾネの出版も行っていることから、ヤンセンの版画付きの限定版作品集の出版を手掛けている。今回取り上げるのは、ヤンセンが1971年から81年にかけて、フーバーに宛てて送った絵手紙を一冊の本「ヴァウ=ハ(フォルカー・フーバーの愛称)への手紙、欲望、愛、友情の信号(Briefe an Vau-Ha:Lust und Liebe und Freundschaftssignale)」 に纏めたものである。この作品集については版画付きの限定版は出ていないようである。

今手元にあるのは1991年に出版された初版(1997年に再版)で、シュリンクラップが掛かったまま保管してあったもの。20年以上前にフォルカー・フーバーから直接購入したのだが、送料を節約するために五冊纏めて注文し、うち二冊は知り合いに譲り、残りの三冊は包装紙に包んだまま、棚の奥に仕舞いっ放しになっていた。今回、ヤンセン関係のものを確認するために取り出してきた次第。縦長の絵手紙を原寸に近いサイズで収録することで、そこに書かれたヤンセンの文章を読み取れるようにしたため、カレンダーのように縦めくりの造りとなっている。2005年から翌2006年にかけて日本各地で開催された展覧会「ホルスト・ヤンセン展-北斎へのまなざし-」に合わせて企画・出版された「画狂人ホルスト・ヤンセン-北斎へのまなざし」(株式会社平凡社、2005年)の69ページ所収の図版(註1)を見ていただけると分かるように、図版は縦の見開きというか、二つ折り(一部三つ折り)になっているため、図版部分については、小口側は袋状になっている。絵手紙には本画のための様々なアイデアや試行が綴られており、なかでも完成度の高いものについては、そのままポスターや本の表紙に使われている。

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●作家:Horst Janssen(1929-1995)
●著者:Horst Janssen
●編集:Volker Huber(1941-)
●題名:Briefe an Vau- Ha (Volker Huber): Lust und Liebe und Freundschaftssignale
●サイズ:275x245mm
●発行:Edition Volker Huber, Offenbach am Main
●制作年:1991

撮影用に一部開封したので、その画像をご覧頂きたい。
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註:

1.
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「画狂人ホルスト・ヤンセン-北斎へのまなざし」(株式会社平凡社、2005年)
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68~69頁
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「Briefe an Vau-Ha:Lust und Liebe und Freundschaftssignale」に関するテキスト部分
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ブックカバーにはヤンセンが1977年から78年にかけて制作したエロティックな水彩画の連作のうちのひとつ「フリーデリヒ」が表と裏に使われているが、ポルノグラフィックな内容を配慮してか、それぞれ画面の一部が巻きカバーとして内側に折り込まれている。
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# by galleria-iska | 2018-10-17 20:21 | ホルスト・ヤンセン関係 | Comments(0)