2016年 09月 07日
“兎をつれた巨匠”というのは、1845年にこの風変わりで貧困の版画家ブレダンをモデルにした処女小説「Chien-Caillou(シアン・カイユー)」(註3)を書いたシャンフルリー(Jules Champfleury, 1821-1889) によるものだが、シャンフルリーが伝えるブレダンの窮乏生活は、まさに死と隣合わせで、年40フランで借りていた屋根裏部屋にはベットと梯子しか置いてなく、皮鞣し工として働く合間の僅かな時間を版画制作にあてていたらしい。ブレダンは唯一の友である一匹の“兎”と共にそこに住み、人参とパンで飢えをしのいでいた。驚くべきことに、幾らで手に入れたかは不明であるが、彼が借りていた屋根裏部屋の裸の壁には、彼が神と呼んだ17世紀オランダ黄金時代の巨匠レンブラント(Rembrandt Van Rijn, 1606-1669)の本物の版画「(キリストの)十字架降下/La Descente de croix/Descent from the Cross, 1654」、しかも刷りの良いものが掛かっていたという。この作品ではブレダンが暮らしていた屋根裏部屋とは打って変わって物に溢れており、家畜として飼われているのだろうか、画面左手前にキャベツやかぶら、バラモンジンといったような野菜と共に二匹(羽)の“兎”が描かれている。兎とパイプを持って立つ農夫の横の椅子の間に四匹の猫がいるのが見える。こちらはペットかもしれない。図録を見ると、第三段階では消されてしまっているが、第二段階までは農婦の足元に一匹の犬が画き込まれていた。 ●作家:Rodolphe Bresdin(1822-1885) ●種類:Print ●題名:Intérieur Flamand (Flemish Interior) ●サイズ:158x106mm ●技法:Etching on creme chine appliqué, 3rd. state((Troisième état de l'eau-forte sur chine jaunâtre appliqué). ●発行:Revue fantaisiste, Paris ●制作年:1856/1861 ●目録番号:(Dirk van Gelder:the catalogue raisonné of the V.G.,86-III 註: 1. 2. 「この暖炉を見てごらん。それはあなたに何かいっているかね。私には物語をするのだ。あなたがじっとそれを見ていて、意味がわかったら、突拍子もない、変わった夢を思うんだね。その夢が壁の裸の面の限界の中に止まっていれば、君の夢は生命を得る。そこに芸術があるのだ。」この言葉を私(ルドン)が聞いたのは1864年だった。そのころこんなふうに教える人はいなかったから、この年を記録したい。我々の時代の多くの芸術家は、暖炉の壁を見たにちがいない。ただそれをそれとして見ただけである。その壁の面に、我々の本質の蜃気楼が出現するところは見なかった。」 オディロン・ルドン『私自身に:日記(1867-1915』(A Soi-Même Journal (1867-1915): Notes sur la vie et l'art des artites)、165ページより。 マルセル・ブリヨンは彼の著書『幻想芸術(L'Art fantastique, Paris, 1961)』の中で、 、「ブレダンは知覚体験と想像力の密接な結合から、ひたすら既知のものの限界内で既知の手段を用いて創造するのだった。」 また 「ブレダンはどんなに小さな枯枝でも細かい葉脈でも綿密なレアリスムで描写したから、真実という大地から離れることがなく、眼に見える手段を通してやがては見えるものを越え不可視の境に達しようと努力する、いわば詩的真実の探求者であった。彼はその本質においても見者(ヴォワイヤン)であったので、うごめく姿のあらゆるかくれた存在、しめった下草のかげで増殖する異形の生命、はてはただの沼地に湧き上がる怖ろしい形の幻想的な水泡に至るまでも、みずから見、他人にも示したりするのだった。」とブレダン芸術の本質を捉えている。 3.Chien-Caillou(the stone dog)とはブレダンの愛称で、アメリカ人作家ジェイムズ・フェニモア・クーパーによる長篇歴史小説『モヒカン族の最後(The Last of the Mohicans)』(1826年)に登場するインディアン、チンガチグック(Chingachgook)をフランス語風に言い換えたもの。 4.ドラートルは日本の美術品や工芸品の収集家でもあったのだが、そのことが1856年、フェリックス・ブラックモン(Félix Bracquemond, 1833-1914)というフランス人の銅版画家が彼の工房で日本から輸出された陶器(有田焼)の梱包に使われていた赤表紙の『北斎漫画十三編』を見つけたことに始まるフランスおよびヨーロッパにおける浮世絵の蒐集熱、またそれに続く日本趣味、ジャポニスムの流行へと繋がっていく。 5. 参考文献: Préaud, Maxime, Rodolphe Bresdin 1822-1885: Robinson graveur,Bibliothèque nationale de France, 2000 Van Gelder, Dirk, Rodolphe Bresdin Dessins et gravures, Editions du Chêne, Paris, 1976
by galleria-iska
| 2016-09-07 21:50
| 版画関係
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