ガレリア・イスカ通信

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2018年 07月 06日

フィリップ・モーリッツの画集「Mohlitz Gravures et Dessins 1963-1982」(1982)

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先月から《Windows Vista》搭載のブラウザー《IE9》があちこちのサイトから締め出しを食っている。決済を伴うサイトは、ほぼ全滅である。予備に導入した《FireFox》も最後通牒を告げてきた。PCはまだまだ使えるのだが、頭(OS)が旧いということで、お払い箱扱いなのである。こんな言葉が思い出される。『老兵は死なず、ただ消え去るのみ』。何かと支障も出てきたので、仕方なく《Windows7》にアップグレードする準備を始めた。まずメールデータを新しいメールソフト《Thunderbird》に移し変える作業を行ったのだが、メールサーバーに接続時の初期パスワードを覚えているわけもなく、ガイドブックを探していると、PCを購入した際の納品書が出てきた。何気に目を通すと、《Windows7》への無料アップグレードのプログラム付きとある。すっかり忘れてしまっていた。慌ててサイトを確認すると、あぁ、なんということか。先月末日(6月30日)で終了してしまっていた!!!。

閑話休題、フランス南西部の都市ボルドーと言えば、19世紀の画家オディロン・ルドン(Odilon Redon, 1840-1916)の生まれ故郷であり、ルドンに銅版画を指導した版画家のロドルフ・ブレダン(Rodolph Bresdin, 1822-1885)も一時期ボルドーに移り住み、ルドンとの歴史的な邂逅を果たした場所として記憶される。その幻想的な画風の流れを汲むと言われる銅版画家フィリップ・モーリッツ(Philippe Mohlitz, 1941-)の名は学生時代に本屋で見た美術専門誌の季刊「みづゑ」(No.827,1974年2月号)のドイツ文学者の池内紀による特集記事によって知ることになったのだが、作品を直に目にすることができたのは、それから10年以上も経った1986年のことで、名古屋で行われた「ボルドー三作家展(ロドルフ・ブレダン、オディロン・ルドン、そしてフィリップ・モーリッツ)」の会場であった。当初の目的はルドンの作品にあったのだが、出品数は少なく、会場の殆んどをモーリッツの作品が占めていた。そこにはモーリッツの最高傑作と云われる1968年制作の「Le pendu(縊死人」(K.19)が二点も出品されており、高いほうの販売価格は45万円だったようにと記憶するが、突然目の前に姿を現したモーリッツのどこか時代錯誤的な画風をそのまま受け止めることができず、違和感を覚えた、というのが正直なところであった。ただし、その驚異的とも言える描写力には驚かされた。モーリッツを手中に収めるまでには未だ暫く時間を要することになる。なにせその頃の関心は一万円前後のアート・ポスターにあったので、モーリッツの版画はとても手を出せる代物ではなかったのである。

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表紙とダストカバーには1971年制作の「Le désert」(K.36)(部分)が使われている。この作品の特徴は海景に用いるような横長のフォーマットであり、それがパノラマ映画のような画面を生み出すのに一役買っている。そして画面を二分するかのように、大地の中央が川の流れ(?)によって侵食され、谷を形成。その谷に沿って視線はその奥に聳え立つアメリカの砂漠地帯で見られるような奇岩、あるいは空に浮かぶ三つの太陽へと導かれる。しかし主役はなんと言っても谷横の巨大な昆虫と思しき生物の死骸である。荒涼とした砂漠のどこにも人の営みなど無さそうにみえるのだが、羽の上に目を移すと、そこにはテントが張られ、谷を少し遡った川岸には何人か人の姿も見える。文明無き後(?)の世界において細々と生をつなぐ人間の姿は、象徴的な意味合いが込められているのかもしれないが、巨大な昆虫と比べると、あまりにも小さい。それは物理的な意味での違いなのか、存在の価値という尺度の違いだろうか。
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前の見返しには1977年制作の「La mobilisation」(部分)が使われ、原寸よりかなり拡大されているが、画面は全く破綻しておらず、ビュランでかくも微細な彫刻が出来るのかと、その精緻な描写力に目を見張る

最初に購入したモーリッツの作品は、単独の版画作品ではなく、フランス文学者で古書蒐集家としても知られる鹿島茂氏の著書「子供より古書が大事と思いたい」にも登場するパリのサン=タンドレ・デ・ザール街の古書店から取り寄せた、ビュランの名手長谷川潔が扉絵を担当し、モーリッツが挿絵を付けたマルセル・べアリュ(Marcel Béalu, 1908-1993)の「Ville volante(飛行する都市)」であった。この挿絵本、本の奥付にあたる部分に記されている挿絵の数は12点となっているのだが、実際に数えてみると11点しかなく、しばしば収集家を混乱させる。しかしながら、紙質を変えて刷られた挿絵のスウィートでは、ひとつの挿絵が二枚に分けて刷られており、それを数に入れると12点となるのである。ただそれはスウィート付きの豪華版を購入しないと判らないため、上記のような混乱を生じさせてしまうのである。

これまでに刊行されたモーリッツの版画の総目録(カタログ・レゾネ)は、1976年、当時、素描や版画のコレクションで世界有数の規模を誇るウィーンのアルベルティーナ美術館の学芸員であった美術史家のヴァルター・コシャツキー(Walter Koschatsky, 1921-2003)が著したラインホルト・ケルステン(Reinhold Kersten)編の「Mohlitz: Werkverzeichnis der Kupferstiche 1965-1976/Mohlitz: Catalogue of the copper engravings 1965-1976」(Offenbach del Meno, Edition Mohlitz- Dahlberg, 1977)のみであるが、如何せん作品の収録期間が短いため、今回取り上げるナチリス出版(Éditions Natiris)から1982年に刊行された「Mohlitz Gravures et Dessins 1963-1982」(注1)の方が良く使われている。今は2010年にメーダー出版(Mader éditions)-2011年に画廊(Galerie Mader)を開設-から刊行された「Philippe Mohlitz: Gravures et dessins 1965-2010」(序文:Maxime Préaud)であるが、共に詳細な作品および出版情報が記載されておらず、使い勝手はあまり良くない。モーリッツも今年齢77を数えることから、完全な形での目録の刊行が急がれる。

●作家:Philippe Mohlitz(1941-)
●種類:Catalogue raisonné
●題名:Mohlitz Gravures et Dessins 1963-1982
●サイズ:248x228mm
●発行:Éditions Natiris(Frédéric Daussy), Paris
●印刷:Imprimerie Abexpress, Bondy
●制作年:1982
モーリッツの作品の中には、漆黒の闇にぽっかり浮かんだり、群雲の中に見え隠れしたり、はたまた朧月のように、霧や靄などに包まれ、霞んで見えたりする、満月の夜の情景を描いた作品が幾つもあり、個人的に好みの作品群となっている。

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この作品「Le temps modernes」(K.64)は、先に挙げたカタログ・レゾネ「Mohlitz: Werkverzeichnis der Kupferstiche 1965-1976」のデラックス版(限定100部)に付けられた。
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後ろの見返しには1978年制作の「La tour」(部分)が使われているが、塔に群がる夥しい兵士たちの織り成す混沌(カオス)は、16世紀ドイツの画家アルブレヒト・アルトドルファー(Albrecht Altdorfer, ca.1480‐1538)の目も眩むような膨大な数の兵士を圧倒的な細部描写で描いた「アレクサンダー大王の戦い」を彷彿させなくもない。



注:

1.「Mohlitz Gravures et Dessins 1963-1982」の続編として1993年に刊行されたのが「Philippe Mohlitz: Gravures 1982-1992. Visions」(Éditions Ramsay, Paris, 1993)である。
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by galleria-iska | 2018-07-06 21:23 | その他 | Comments(0)


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