ガレリア・イスカ通信

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2018年 05月 19日

シャルル・メリヨンの銅版画「Pêcheurs de la Mer du Sud」&「La Brebis et les deux agneaux」(1850)

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晩年に知人を介して知己を得、何度か食事を共にした愛書家で美術史家の故気谷誠(Makoto Kitani, 1953-2008)が愛した作家のひとり、銅版画家シャルル・メリヨン(Charles Meryon, 1821-1868)は1821年、イギリス人の内科医の父とオペラ座の踊り子だった母の間に生まれる。1837年にフランス海軍学校に入学、1839年から1846年にかけて、コルベット艦ル・ラン(Le Rhin)に乗船、世界各地(ニュージーランド、ブラジル、タヒチ)を航海する。1948年に退役後、絵を学び始めるが、色覚障害のため画家の道を諦め、銅版画家ウジェーヌ・ブレリ(Eugène Bléry, 1805-1886)の工房に入り、オールドマスター、殊にオランダ17世紀の海洋画家ゼーマン(Zeeman)こと、レイニエ・ノームス(Reinier Nooms, ca. 1623-1664)や動物画(特に羊)を得意とするアドリアーン・ファン・デ・ヴェルデ(Adriaen van de Velde, 1636–1672)の模刻を通してエッチングの手法を身に付ける。その成果は早速メリヨンの最初のオリジナル作品「Le Petit Pont」(1850~)に現れ、1850年から1854年にかけて制作した22点の連作版画集『パリのエッチング(Eaux-fortes sur Paris)』に結実する。

今回取り上げるのは、フランス19世紀の挿絵入り週刊誌『L'Artiste』ために、前述のゼーマンの原画「南の海の漁師たち(Pêcheurs de la Mer du Sud)」とファン・デ・フェルデの原画「雌羊と二匹の子羊(La Brebis et les deux agneaux)」をもとにしたエッチング2点を一枚の紙に刷ったもので、それぞれ第二ステートである。前者に関して言えば、画面左下に刻まれたメリヨンのモノグラム・サイン(C.M.-)が第二ステートでは"M."の後に"éryon"が別人の手で加えられ、"C.M.éryon"(註1)となっており、その刷りが東京の国立西洋美術館(The National Museum of Western Art, Tokyo)にも収蔵されている。ところが、この刷りでは、変更前の"C.M.-"のままであり、茶色のインクを用いて刷られた決定段階の前の試し刷りではないかと思われる。

●作家:Charles Meryon(1821-1868)
●種類:Print
●題名:"Pêcheurs de la Mer du Sud(South Sea fishers )", d'après Zeeman & "La Brebis et les deux agneaux(The ewe with two lambs)", d'après Adriaen Van de Velde
●サイズ:313x232mm(Pêcheurs de la Mer du Sud, 68x122mm, La Brebis et les deux agneaux, 79x105mm)
●技法:eaux-forte(etching)
●発行:La revue L'Artiste(une revue hebdomadaire illustrée française publiée de 1831 à 1904)
●制作年:1850
●目録番号:Schneiderman 18 & 8
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Pêcheurs de la Mer du Sud, 68x122mm, 1850(Schneiderman 18)
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La Brebis et les deux agneaux, 79x105mm, 1850(Schneiderman 8)
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註:

1.
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図版:第一ステートではモノグラム・サイン(C.M.-)だったものが、"M."の後に"éryon"が別人の手で加えられ、"C.M.éryon"となった第二ステートの決定段階の刷り(部分)。
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by galleria-iska | 2018-05-19 14:47 | その他 | Comments(0)
2018年 04月 12日

フィリップ・モーリッツの年賀状「Carte de vœux 1972」(1971)

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昨年ぐらいからフランスのネットオークションに何度も登場するフランスのボルドー市在住の銅版画家フィリップ・モーリッツ(philippe Mohlitz, 1941-)の1972年の年賀状(註1)。鉛筆による署名が成され、70部限定とそれほど多くない。出品者のひとりは最初150ユーロとそこそこの値を付けていたが、落札者が現れなかった。そこで低い金額からの入札に変えたのだが、希望金額には届かず、再出品となったのだが、同じことを何度を繰り返すものだから、ますます値が上らなくなってしまった。最終的どうなったのかは不明。今年になって別の出品者が成り行きで出品するも、前のごたごたが影響したのか、金額が伸びずに終了してしまった。

年賀状が制作された1970年代初頭はモーリッツにとって稔り多き時期で、数多くの秀作を生み出している。ビュランは頗る繊細で、髪の毛よりも細い線を幾重にも重ねた画面は驚異としか言いようがない。この年賀状も、濃密な画面ではないものの、その時期の特徴をよく示している。メカニカルなものに興味を持つモーリッツの遊び心が発揮された画面は設計図のような透視画となっているが、それにはまた、メメント・モリ、死を想えという意味が込められているように思われる。というのも当時は激化の一途を辿るするベトナム戦争の最中であり、フランス国民も大きな関心を持っていたからである。それに対して、左側の余白にはモーリッツにしては珍しい水彩によるカットが添えられている。これもリマーク(Remarque)と呼ばれる版画の余白部分に描かれた絵や文字のひとつとであろうか。淡彩で即興的に描かれているのは、平和の象徴であるオリーブの木の枝を咥えた鳩かと思われるが、その儚さや脆さも表しているようにも見える。

画面左下には、一瞬インクの汚れかと思ってしまうのだが、大いなるビュランの先達アルブレヒト・デューラー(Albrecht Dürer, 1471-1528)への敬意と挑戦か、1960年代の短い期間だけ使っていたフィリップ・モーリッツの頭文字〈P〉と〈M〉と組み合わせたモノグラムのサインが入っている。

●作家:Philippe Mohlitz(1941-)
●種類:Carte de vœux
●サイズ:96x193mm(image:83x114mm)
●技法:Burin et pointe sèche, aquarelle
●発行:Philippe Mohlitz, Bordeaux
●制作年:1971
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そのモーリッツも今年77歳。日本で言うところの喜寿である。それとは関係ないと思うが、今モーリッツの生まれ故郷であるフランス南西部の都市ボルドー市にあるボルドー美術館(Musée des Beaux Arts de Bordeaux)でモーリッツの銅版画の回顧展「フィリップ・モーリッツ-夢泥棒(Philippe Mohlitz - Pilleur de rêves)」(註2)が開催中である。会期は3月2日から6月4日まで。展覧会に際して図録も刊行されており、価格は9.9ユーロ(約1300円)とある。この美術館には一度しか訪れたことがないが、こじんまりとした建物で、そのときはピエール・ボナール展が行われていた。





註:

1.
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図版:年賀状の後に制作されたであろう「36人の登場人物に攻撃される英雄(Héros attaqué par 36 personnages)」の画面に、戦車やガスマスクを装着し戦車を操縦している死の象徴としての骸骨とよく似た人物を見出すことが出来る。"Héros attaqué par 36 personnages"(Kersten 39), 1972, burin et pointe sèche, 212x245mm, Ed50
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部分

2.
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図版:昨年に続き、今年5月26日にフランスで開催される国主催の版画祭(Fête nationale de l'estampe)に関連して、モーリッツの 生まれ故郷にあるボルドー美術館で6月4日まで開催されている銅版画家フィリップ・モーリッツ(Philippe Mohlitz, 1941-)の版画の回顧展 「夢泥棒(Pilleur de rêves)」の広告:Exposition Mohlitz au Musée des Beaux Arts de Bordeaux à l'occasion de la Fête de l'Estampe 2 mars - 4 juin 2018. À l’occasion de l’exposition Philippe Mohlitz. "Pilleur de rêves", un album reproduisant les œuvres de l’exposition est spécialement édité. Textes de Maxime Préaud, Johanna Daniel, Robert Coustet et Françoise Garcia. 52 pages. Format 26 x 26 cm. Tarif : 9,90 €. Edition du musée des Beaux-Arts de Bordeaux.
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by galleria-iska | 2018-04-12 18:39 | その他 | Comments(0)
2018年 03月 15日

清宮質文の蔵書票(4)「EX-LIBRIS Kaz Tanaka」

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“私は自分を詩人だと思っている”という言葉を残した木版画家、清宮質文(Naobumi Seimiya, 1917-1991)が1961年に制作した蔵書票。日本書票協会発行の『愛書票暦1961-1964年』に所収。この蔵書票は前回取り上げた小鳥を題材とする作品「EX-LIBRIS Ella Engel」(1962年~64年)に先行する作品で、灰青色を基調としており、赤い木の実がアクセントになっている。ただしそこにあるのは、現実の鳥の姿を象ったものではなく、小鳥という存在に寄せた作家の想いである。その意味で清宮が好んで用いる青色は自己のうちにある詩的なイメージを表出するのに適しているのかもしれない。今手元にあるのは二代目で、海外の蒐集家から譲り受けたもの。

●作家:Naobumi Seimiya(1917-1991)
●種類:Ex-Libris
●題名:Ex-Libris Kaz Tanaka from 『Ex Libris Calendar Album 1961-1964』
●サイズ:56x50mm(フォーマット:81x80mm)
●技法:Woodblock print
●発行:The Nippon Bibliophile Society, Tokyo
●制作年:1961
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by galleria-iska | 2018-03-15 13:08 | その他 | Comments(0)
2018年 03月 09日

清宮質文の蔵書票(3)『EX-LIBRIS Ella Engel』(1960's)

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愛らしい小鳥の家族を描いたこの蔵書票は依頼主(票主)の家族を想像させる。木版画の詩人と謳われた清宮質文(Naobumi Seimiya,1917-1991)は1961年にも鳥をモチーフとする蔵書票を手掛けているのだが、そのときは一羽であった。この作品は、その後番いとなり家族が出来た、という時間経過も想像させる。

二点の作品は共に清宮の静謐な作品世界を象徴する青色を基調としており、小鳥が啄ばむ赤い木の実がアクセントになっている。日本書票協会から発行された『愛書票暦1961~1964年』に所収。1962年から64年の間に制作されたと思われるのだが、手元に資料が無く、残念ながら制作年を特定することが出来ない。

●作家:Naobumi Seimiya(1917-1991)
●種類:Ex-Libris
●題名:Ex-Libris Ella Engel from 『Ex Libris Calendar Album 1961-1964』
●サイズ:51x62mm(フォーマット:77x83mm)
●技法:Woodblock print
●発行:The Nippon Bibliophile Society, Tokyo
●制作年:1960's(1962~1964)
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蔵書票に作家が署名を入れることはあまりないが、この作品では作家は自身の名前のイニシャル《N》を画面右下に入れている。
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by galleria-iska | 2018-03-09 20:40 | その他 | Comments(0)
2018年 03月 03日

清宮質文の蔵書票(2)「Ex-Libris Ueda」(1969)

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静謐な画面に漂う詩情が時代の流れを超えて見る者に訴えかける木版画家の清宮質文(Naobumi Seimiya, 1917-1991)が手掛けた蔵書票(ex libris)は5点ほど知られている。これはその内のひとつで、日本書票協会発行の『愛書票暦:1969年~1972年』に所収。艶やかな色調が特徴の、ある意味清宮の画風からは最も遠い作品である。周知のように、蔵書票には誰が見ても分かるように、Ex-Librisという文字と蔵書の持ち主の名前を画面に入れるのが倣いである。日本ではEx-Librisや、そのカタカナ表記である“エクスリブリス”の他、“〇〇蔵”とか“〇〇蔵書”、また“〇〇愛書”という表記の仕方も多く見られる。その意味では、この作品はその約束事に沿っていないのだが、普通に考えれば、この蔵書票の依頼主の名前は“KURA”という人物で、“藏”という旧字体の文字が彫り込まれていると見ることができる。しかしながら、“藏”を依頼主の名前とは見ず、“〇〇蔵”の意と捉えるとすると、何かの理由、もしくは洒落で、敢えて名前を使わず、画面中の赤い丸-清宮がしばしば画面に描き入れる天体(月または太陽)ではないかと思われるのだが-と通常ならば依頼主と縁のある事物であるはずの何かの器(ガラス瓶あるいは焼き物?)のように見えるものとの組み合わせで依頼主の名前を言い表している可能性も考えられなくもない(註1)。しかしそれでは、依頼主の自己満足でないなら、見た者が持ち主の名前を推し量ることが難しいので、この見方には、ちょっと無理があるかもしれない。

●作家:Naobumi Seimiya(1917-1991)
●種類:Ex-Libris
●題名:Ex-Libris Ueda from 『Ex Libris Calendar Album 1969-1972』
●サイズ:38x29mm(フォーマット:49x41mm)
●技法:Woodblock print
●発行:The Nippon Bibliophile Society, Tokyo
●制作年:1969
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註:

1.こちらの推測の方が正解に近かった。この作品の制作意図について作家が語っている言葉が見つかったので、引用しておく:
「票主の上田という文字が簡潔で美しく見えますので、上田蔵そのままを絵にすることにいたしました。これは静物のつもりです」

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by galleria-iska | 2018-03-03 13:47 | その他 | Comments(0)
2018年 02月 12日

フリードリヒ・メクセペルの銅版画「Drei Flaschen」(1967)

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1961年に東西冷戦下のベルリンからドイツ北部の都市ブレーメンの東約15kmにある芸術家村ヴォルプスヴェーデ(Worpswede)にアトリエを移し、ベルリンに再び移り住む1984年まで制作を続けた画家にして版画家のフリードリヒ・メクセペル(Friedrich Meckseper, 1936-)。迷路を初めとして、日時計、球、煙、壜といった、探究心をくすぐる謎を秘めたモチーフを組み合わせて描く作品は、その硬質な表現内容にも拘わらず、“書斎派”と思しき人種の知的好奇心を刺激し、1970年代から80年代にかけて日本でも大くの愛好家を獲得した。しかしながら、その様相はバブルの出現とともに一変してしまったようだ。“知的な遊び”というような大人の趣味性は色褪せ、絵画という虚構世界の構図が崩壊し、即物的な欲望に追い立てられる現在、メクセペルの作品を扱う画廊は数えるほどで、その価格もかつての10分の一ほどになってしまっている。

メクセペルの絵画空間は作家の関心の対象である“物”の組み合わせによって成立しており、シュルレアリスムの手法であるデペイズマンを意識したものでもなく、またアナグラムのごとき意味を転換させる作用はそこにはない。ただ、そこに何かしらの“付随的なもの(インシデント)”が組み込まれることで、静物画という静止した時空間に変化を与えている。

先に挙げたようなメクセペルの科学的な志向を反映していると思われる無機質な物を組み合わせた静物画は、どこかモランディの静物画の発想にも通じるものがあるようにも思われる。実際、1959年にはモランディの銅版画を思わせるモノクロームの銅版画作品「Flaschen」(Cramer 26)を描いている。ただ、モランディとは対照的に、正確に引かれた描線はいかにもドイツ的精神を感じさせるものがある。今回取り上げる、古いワイン壜のような、ずんぐりとした壜を描いた「三つの壜(Drei Flaschen)」は1967年に制作された銅版画で、それぞれの壜の左手前には色の異なる球体が置かれている。メクセペルにとって球体は完結した宇宙なのか、ひとつの観念の総体であるのか、いつも何かに寄り添うように置かれている。そこにアクアチントによる濃淡が空間を演出し、静物画を成立させているのだが、よく見ると、それも何かの枠組みであることが判る。1970年代、80年代を通して、私のような田舎者にとってメクセペルは高嶺の花であったのだが、その価格は今も緩やかに下降を続けており、20世紀美術が篩いに掛けられる中、もはやその下限に達しているのではないかとさえ思われる。今手元にあるのは、限定番号の振られていない、ドイツ語で試し刷りを意する"Probedruck”というもので、状態に難があるということで、何年か前に、ヨーロッパの業者からポスター並みの価格で手に入れたものである。前にも書いたが、メクセペルは版画家になる前に機関車の技師になろうとしていたほどの機械好きで、蒸気船を建造したり、ついには蒸気機関車を購入してしまうのだが、そんなメクセペルの正確な描線に感心しながらも、同時代性というか、作家が放つ磁力が弱まり、何かが抜け落ちてしまっているようにも思えてしまうのである。

●作家:Friedrich Meckseper(1936-)
●種類:Print
●題名:Drei Flaschen
●技法:Radierung(Strichätzung, Aquatinta, Kaltnadel, Sandpapier auf Kupfer)
●サイズ:365x498mm(Format:533x705mm)
●限定:75 + X
●発行:Edition Rothe, Heidelberg
●制作年:1967
●目録番号:Cramer 87
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陰影を付けたり、立体感を生み出すために使われるハッチングやクロスハッチングは、職人としての彫版師にとって必要不可欠な技法であり、デューラーのごとき超絶技巧とまではいかないにしても、メクセペルも巧みにこなしている。しかし一方で、画面から生気が失われ、一本調子になってしまうきらいがある。アクアチントによる陰影法はその弱点を補っているとも言える。
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by galleria-iska | 2018-02-12 13:27 | その他 | Comments(0)
2018年 01月 15日

金子國義の挿絵「Alice's Adventure in Wonderland」(1973)

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背徳的とも言えるマルキ・ド・サド(Marquis de Sade, 1740-1814)やジョルジュ・バタイユ(Georges Bataille 1897-1962)のエロティシズム文学や聖書にも深く傾倒し、文学と絵画の結合という類を見ない耽美的な画風を構築した画家、故金子國義(Kuniyoshi Kaneko, 1936-2015)の名を一般にも知らしめる契機となった作品と言えば、イタリアの事務機メーカー、オリベッティ社の依頼で制作した絵本「不思議の国のアリス(Alice's Adventure in Wonderland)」を思い浮かべる人も多いかと思うが、挿絵のひとつに水彩によるヴァリアントが存在していることはあまり知られていない。周知のように、採用された挿絵は扉絵以外全て鉛筆で描かれたモノクロームの作品であるが、金子は、1971年にミラノのナビリオ画廊(Galleria del Naviglio, Milano)での展覧会(註1)で作品を目にし、彼に挿絵を依頼した、当時オリベッティ社の文化部長を務めていた著作家のジョルジオ・ソアヴィ(Georgio Soavi, 1923-2008)に、1973年に水彩で描いた挿絵を三点(註2)を贈っている。その内の一点がこれ。細部に若干の違い(註3)はあるものの、サイズは使われたものと同じであることから、金子は当初、挿絵を水彩で描くつもりがあったのかもしれない。一方、鉛筆画に水彩で着色した他の二点は、扉絵と描き方が似ていることから、扉絵の候補であった可能性が高い。

この水彩画の存在を知ったのは、これらの挿絵を2010年頃にイタリアのミラノで開催されたオークションで手に入れたイタリアの美術愛好家が、親切にも画像と資料用写真(註3)を送ってくれたからである。画面下の余白に鉛筆で《Kuniyoshi Kaneko '73》と署名と年記が入れられているのが見える。

●作家:Kuniyoshi Kaneko(1936-2015)
●種類:Illustration
●題名:Illustration for Alice's Adventure in Wonderland
●フォーマット:380x285mm
●技法:Watercolor
●制作年:1973
●来歴:Ex-collection:Giogio Soavi


註:

1.展覧会の図録が残されている:(Galleria del Naviglio, Milano "572a mostra, dal 4 al 16 marzo, prima esposizione all'estero")

2.
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送ってもらった3枚の写真画像。扉絵用と思われる挿絵の写真はイメージ部分に焦点を当てて撮影したもので、フォーマットは約380x280mmである。

3.
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二つを並べて見ると、その違いがよくわかる。
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by galleria-iska | 2018-01-15 19:50 | その他 | Comments(2)
2017年 11月 28日

アンディ・ウォーホルのカバーアート「Rats & Star: Soul Vacation」(1983)

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商業デザインナーとしてのアンディ・ウォーホル(Andy Warhol, 1928-1987)の仕事の中で、レコードのカバーアートについては、民族音楽、クラシック、ジャズ、ロック, R&Bと広範囲に渡っており、プレポップ(1949年~1961年)の時代のみならず、ポップアーティストとして名を成した後も継続して依頼を引き受けているのだが、近年まで殆んど省みられることはなかった。その再評価に一役買っているのがインターネットであり、誰もが参加できるネットオークションという場の提供が、世界各地に点在する情報をもとにしたコレクションの形成を可能にしたのである。インターネットはまた、それまで個別にしか知られていなかった現代美術家によるカバーアートの存在に気付かせ、アートへの関心を複合的に高める働きを見せている。ウォーホルのカバーアートに関しても、こうした状況の中で新たな収集家を生み出しており、その成果(註1)が形となって現れたのが、2008年にカナダのケベック州にあるモントリオール美術館(The Montreal Museum of Fine Arts)で開催されたウォーホルがカバーアートを手掛けたレコードアルバムを含む展覧会「Warhol Live: Music and Dance in Andy Warho's Work」であり、その際、キュレーターで、カナダのモントリオールにあるケベック大学(The University of Quebec in Montreal)の教授、またウォーホルのポスターやイラストレーションの収集家としても知られるカナダ人のポール・マレシャル(Paul Maréchal)による総目録(Catalogue raisonné)「Andy Warhol: The Record Covers, 1949-1987」(註2)が刊行されたのである。それによってウォーホルの手掛けたカバーアート、特にウォーホル独特の“ブロッテド・ライン(滲み線)”を用いたプレポップの時代のものへの関心が一気に高まり、新たな発見も相次いだ結果、2015年には先の総目録の改訂版として原寸大のアルバムカバーを載せた「Andy Warhol: The Complete Commissioned Record Covers」(註3)が刊行された。因みにウォーホルの最初のカバーアートの仕事はピッツバーグにあるカーネギー工科大学の美術科を卒業しニューヨーク市に出た1949年の「Carlos Chávez: A Program of Mexican Music」である。

現在、以下のサイトでウォーホルがカバーアートを手掛けたものと、没後に彼の作品をカバーアートに用いたSP盤, LP盤, EP盤、全146点(Andy Warhol's record cover art)を解説付きで見ることが出来る:

https://rateyourmusic.com/list/rockdoc/andy_warhols_record_cover_art/6/

今回取り上げるのは、ウォーホルのカバーアートの中で唯一の日本人アーティストのアルバム「Rats & Star: Soul Vacation」(Epic/Sony 28・3H-100)である。1983年にウォーホルが撮影した写真を基にデザインされたもので、レコードカバーの裏表がひとつの連続したイメージとなっている点が特徴である。しかし現状では、海外と比べアート作品としてのカバーアートに関心を持つ収集家は少なく、単に中古レコードとして流通しているため、価格は数百円から千円前後と割安である。ウォーホルの版上サイン入りのプロモーション用ポスター(註4)も同時に作られているが、そちらは数千円といったところ。

●作家:Andy Warhol(1928-1987)
●種類:Cover art
●タイトル:Rats & Star: Soul Vacation
●レーベル:Epic/Sony(28・3H-100)
●サイズ:315x315mm
●技法:Offset
●発売元:Epic/Sony Records Inc., Tokyo
●制作年:1983
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註:

1.ウォーホルのレコードのカバーアートに関する展覧会としては、ウォーホルの生誕80年の2008年7月にスウェーデン北部のペーテオにあるピーテオ美術館(Piteå Museum)での65種類のカバーアートによる展覧会が最初のもの。その展覧会の2ヶ月後にモントリオール美術館でウォーホルと音楽とダンスに関する作品展「Warhol Live: Music and Dance in Andy Warho's Work」が行われたのである。更に2014年6月から2015年3月にかけて、ミシガン州のブルームフィールド・ヒルズにあるクランブルック美術館の現代美術とデザイン部門のキュレーター、ローラ・モット(Laura Mott)によって企画された展覧会「Warhol-designed album covers Warhol on Vinyl: The Record Covers, 1949 – 1987+」があるが、いずれの展覧会も個人収集家のコレクションが核となっている。このような身近にあったものがアートとして認識され、作家の芸術活動の一環として捉えられていくのも、芸術の複製化の時代にあっては、当然の成り行きと言えるのかもしれないが、その中でインターネットが収集家に新しい視野をもたらしたことは注目すべきである。エフェメラに関して言えば、既に様々な形で情報発信を行い、マン・レイに関する新しい知見をもたらしているマン・レイスト氏に倣い、単なる受容者である立場から、個人ならではの特色あるコレクションを形成し、その価値の発信者として行動に移る時なのかもしれない。実際、ネット上には既に数多くのコレクションが紹介されているが、それらは個々の点の集まりに過ぎず、それらを有機的に結び付けるためにネットワーク化する必要がある。そのためには先ず、私の知らないところで既に構築されているのかもしれないが、コレクションへのアクセスを容易にするダイレクトリーの作成が求められる。それによって新たな発見や知見がもたらされれば、さらに多くの理解者や収集家を生み出すサイクルが生まれることになるのではないだろうか。その先にはネット上の仮想美術館の創設というものがあるのかもしれない。
2.
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図版:Paul Maréchal: Andy Warhol: The Record Covers, 1949-1987, 2008, The Montreal Museum of Fine Arts/Prestel Verlag, 236 pages lists 50 album covers with over 100 illustrations. Hardback, 310x310mm.
3.
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図版:Paul Maréchal: Andy Warhol: The Complete Commissioned Record Covers, 2015, Prestel Verlag, 264 pages lists 106 album covers with 287 colour illustrations. Revised edition. Hardback 305x305mm.
4.
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図版:プロモーション用のポスター、サイズ:572x840mm、技法:オフセット、版上サイン入り、発行:株式会社Epicソニー、東京。
このポスターを共有するロンドンにあるテイト・ギャラリー(Tate Gallery, London)とスコットトランドのエディンバラにあるスコットランド国立美術館(National Galleries of Scotland)では、このポスターに次のような解説を付けている。以下引用:

This poster features the front and back designs for Rats & Star’s album ‘Soul Vacation’. The eighties Japanese pop group’s name originates in the belief that it is possible to be a ‘rat’, coming from a less prosperous background, and still become a star: a notion close to Warhol’s heart as the son of working-class immigrants. In the design by Warhol from 1983, he draws on this idea of advancement and progression with the left side appearing incomplete, showing the working process or beginnings of creating a screenprint. The right side then shows the finished portraits of the men as stars. He incorporates blocks of colour beneath a black print over which he has layered printed hand-drawn elements.

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by galleria-iska | 2017-11-28 18:10 | その他 | Comments(0)
2017年 11月 22日

カリン・シェケシーのカラー写真「Nude」

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晩秋を向かえた今、洛陽が如く華やかに色付いた木々の葉は落ち、深い死の眠りにつく。そんな死と眠りの幻想(夢)をテーマとするような作品を取り上げてみようかと思う。お断りしておかなくてはいけないのは、被写界深度がそれほど深くない写真を解像力の低いコンパクト・デジカメで撮影しているので、ぼんやりした画像になってしまったことである。ドイツの写真家で、夫の画家で版画家のパウル・ヴンダーリッヒ(Paul Wunderlich, 1927-2010)に霊感を与え続けたカリン・シェケシー(Karin Székessy,1939-)によるヌード写真のひとつで、制作年は定かではないが、1970年代後半ではないかと思う。ヴンダーリッヒのアトリエを使って撮影されたこの写真、最初、椅子にもたれかかるモデルが、エデンの園に起源を持ついちじくの葉でその秘部を隠そうとする場面を意図したものかと思っていたのだが、その形状を良く観察してみると、いちじくの葉ではなく、プラタナスの葉であるらしいことが判かり、図像学的な意味を求めようとしていた目論見は砕かれた。だが、そこには、死の気配と官能とが入り混じる夢幻的とも言える空間を見出すことができるし、モデルの長く伸びた肢体はマニエリスムの絵画に見るような一種退廃した匂いを漂わせている。何故この作品に挽かれたのかと云うと、ルネサンスの偉大なる巨匠のひとり、ミケランジェロ(Michelangelo Buonarroti, 1475-1564)が、盛期ルネサンスの芸術家を援助したローマ教皇ユリウス2世の廟墓のために1513年に制作を始めた未完成の彫刻作品「瀕死の奴隷」の姿と重なって見えたからである。ミケランジェロの彫刻では、眠りの底ににある奴隷の姿とも、瀕死の奴隷が魂の解放を前に身悶えするような恍惚感に浸る姿との解釈もある、そのマニエリスムの萌芽と言われる裸体のフォルムが写真のモデルのポーズと記憶の中で結びついたからである。これは偶然の一致であろうか、それとも写真家がミケランジェロの彫刻から霊感を受けたのであろうか。死、あるいは眠りと結びついた恍惚と官能は、甘美な陶酔への危険な入り口。

この写真は、カリン・シェケシーの友人で写真家の伊藤美露(Miro Ito, 1959-)氏が編集を行ったヨーロッパ在住の8人の女性写真家によるヌード写真集「ヨーロッパ 官能のヴィジョン」(1995年)(註1)に所収されている。

●作家:Karin Székessy(1938-)
●種類:Color photograph
●題名:Nude
●サイズ:412x267mm(Format:509x 407mm)
●技法:Type-C print on Kodak professional paper.
●発行:Karin Székessy, Hamburg
●制作年:Late 1970s
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図版:ミケランジェロ(Michelangelo Buonarroti, 1475-1564)が1513年から1515年にかけて制作した彫刻「瀕死の奴隷(Dying Slave)」。高さ215cm


註:


1.写真家の伊藤美露(Miro Ito, 1959-)氏が編集を行った写真集「ヨーロッパ 官能のヴィジョン-欧州溌女流写真家8人による〈エロスの饗宴〉(European Vision of Sensuality by 8 Women Photographers)」の書影はこちら。
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by galleria-iska | 2017-11-22 18:56 | その他 | Comments(0)
2017年 11月 02日

横尾忠則のリトグラフ「Yasue」(1982)

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明日11月3日は“文化の日”である。とは言え、何処にも出掛ける当てがないので、何か面白そうな美術特番はないかとテレビの番組欄を探してみたが、豊富な資金力を背景に美術展の企画にまで乗り出しているNHKのプロジェクトのひとつとして、現在開催中の「ゴッホ展-巡り行く日本の夢」に関連させたNHKの旅(?)番組が載っているだけで、民放は皆無。週刊誌的ゴシップ報道に明け暮れる民放テレビ局においては、花より団子、美術などは飯の種にならない、つまりスポンサーが付かない(?)ということなのだろうか。

齢80才を超えてなお創作活動に余念のない“画家”横尾忠則(Tadanori Yokoo, 1936-)氏の全版画作品による展覧会「横尾忠則 HANGA JUNGLE」(註1)が、今年の4月22日から6月18日にかけて東京都の町田市にある町田市立国際版画美術館で開催された。1960年から現在までの版画作品約230点とポスター約20点の計約250点からなるこの展覧会、ポスター制作によって培われてきた独自のグラフィズムによって版画とグラフィックアートの領域を絶えず横断・拡張し続けてきた横尾氏の版画作品の全貌を明らかにするとのことで、開催前から注目を集めていた。展覧会に合わせて、1960年代の最初期の作品から最新作までの約260点を収録した版画の総目録『横尾忠則全版画 HANGA JUNGLE』が国書刊行会から刊行されている。開催前から気になっていたのだが、当てにしていた“もの”が入らず、結局行かずじまいになってしまった。町田市立国際版画美術館での会期は既に終了しているが、展覧会は兵庫県神戸市にある横尾忠則現代美術館に巡回し、現在会期中である。ただし台風による雨漏り修理のため臨時休館となっており、11月中旬に再開とある。会期は12月24日まで。

今回取り上げるのは、四点組みの連作版画「Yasue」のひとつ。横尾氏が“画家宣言”を行った1982年に“夫人”をモデルに制作したリトグラフ作品で、画家横尾忠則の最初期の版画作品である。総天然色とも言える原色を特徴とする横尾氏の作品の中では特異な存在と言えよう。画家の創造活動の根幹を成すデッサンを強く意識させる一方で、版表現における下絵(エスキース)を思わせるところもあって、常にポスターという媒体を通して表現を行ってきたグラフィック・デザイナーとしての有様を相互浸透させたような作品となっている。物々交換だったか頂いたかはっきりしないが、20年以上前に手に入れたもので、今手元にある唯一の版画作品である。傑作の誉れ高い、劇団状況劇場の演劇『腰巻お仙』(1966年)や映画『新宿泥棒日記』(1968年)の告知用ポスターなど、以前持っていたシルクスクリーンのポスターと比べると見劣りしてしまうのは仕方ないが、その分、物欲に対する妙な優越感を抱かせない、という屈折した理由を付けて持ち続けている。

●作家:Tadanori Yokoo(1936-)
●種類:Print
●題名:Yasue
●サイズ:765x570mm
●技法:Color lithograph
●限定:48
●発行:Unknown
●制作年:1982
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註:

1.
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                           図版:町田市立国際版画美術館の展覧会チラシ
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by galleria-iska | 2017-11-02 19:58 | その他 | Comments(0)