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ガレリア・イスカ通信

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カテゴリ:図録類( 79 )


2019年 04月 06日

ジョン・シャーコフスキー「Mirrors and Windows - American Photography since 1960」(1978)

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大量に複製可能な写真をアートの一分野として認知するには、かなりの抵抗があったし、収集の対象として見るには更に多くの時間を要した。その根底にはあるのは、写真が表現手段というよりもまずその記録性に重点が置かれており、19世紀末に現れた絵画的な写真を目指すピクトリアリズム(絵画主義)は写真の芸術性を追求する運動のはしりであったが、基本的に写真がアートとして自律性を目指していなかったからに他ならない。写真は現在においてなお報道やドキュメンタリーを中心に回っており、その発表の場は雑誌や写真集であって、写真そのもののアートとしての物質性(マチエール)への関心は低い。斯く言う自分も、オリジナル・プリントとしての写真を購入しようと思い始めたのは、1980年代の後半になってからであり、最初に購入したのはサザビーズの写真関係のオークションに出品されたアメリカの写真家ウィン・バロック(Wynn Bullock, 1902-1975)のヌード作品「Nude by Sandy's Window」(1956)のヴィンテージ・プリントであった。勿論、1955年にニューヨーク近代美術館(MoMA)で開催された写真展「The Family of Man」で大きな反響を呼んだバロックの代表作ともいえる「Child in Forest」(1951)(註1)にも心惹かれたが、なかなか落札とまではいかなかった。その後、興味は、その独自の額装による見せ方も含め、アメリカの写真家ロバート・メイプルソープ(Robert Mapplethorpe, 1946-1989)に移っていくのだが。

今回取り上げるのは、1980年代の中頃に幾つかの画廊から薦められた写真展の図録であるが、その当時はまだ実物の写真を見る機会も無かったので、写真に特に食指を動かされることはなかった。

この図録は1978年7月28日から10月2日までニューヨーク近代美術館(MoMA)で開催されたアメリカの1960年以降のアートとしての写真表現を俯瞰する写真展「Mirrors and Windows - American Photography since 1960」の図録として刊行されたもの。展覧会は当時の写真部門のディレクター、ジョン・シャーコフスキー(John Szakowski, 1925-2007)の企画で、1960年以降のアメリカのアート写真の方向性を、自己表現の手段として用いる"鏡派"と、外界の探求を目指す"窓派"に例えて、写真表現を大きく二つに分類、100名の写真家による200点あまりの作品が選び、提示した。展示作品の中にはアンディ・ウォーホルやロバート・ラウシェンバーグのシルクスクリーンやリトグラフの版画作品、また立体的に構成された作品も含まれ、写真を基に制作を行う作家も取り上げることによって、1960年代以降の美術の動向も反映され、写真というジャンルを越え、美術界全体の変容に深く関わっている点においても注目すべき展示であったと言えよう。図録には白黒、カラーを含む127点の写真が収録されている。

●種類:Catalogue
●題名:Mirrors and Windows - American Photography since 1960
●著者:John Szakowski
●サイズ:203x256mm
●技法:Offset
●印刷:Rapoport Printing Corp., New York
●発行:The Museum of Modern Art, New York
●制作年:1978
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Jerry N. Uelsman "Untitled", 1964
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William Eggleston "Memphis", c.1971
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Robert Adams "Burned and Clearcut, West of Arch Cape, Oregon", 1976
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Nicholas Nixon "Heather Brown McCann, Mimi Brown, Bebe Brown Nixon, and Laurie Brown, New Canaan, Connecticut", 1975
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裏表紙。写真は:Ralph Gibson "The Enchanted Hand", 1969. 表表紙は: Diane Arbus "Man at a Parade on Fifth Avenue, New York City", 1969


註:

1.上記の写真展より四半世紀余り前の1955年、当時ニューヨーク近代美術館の写真部門のディレクターを務めていた写真家のエドワード・スタイケン(Edward Steichen, 1879-1973)によって企画された、世界68ヶ国の200人余りの写真家による、人々の生と死、愛をテーマにした500枚を超える作品から成る写真展「Family of Man」の図録(初版。その後何度も版を重ねている)。ウィン・バロックの「Child in Forest」(1951)は序文で紹介されている。
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●種類:Cataogue
●著者:Edward Steichen
●サイズ:278x213mm
●技法:Offset
●印刷:R.R. Donnelley & Sons Company
●発行:The Maco Magazine Company, New York
●制作年:1955(First Softcover edition)
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by galleria-iska | 2019-04-06 20:20 | 図録類 | Comments(0)
2019年 03月 20日

ジャン・デュビュッフェの展覧会目録「La Hune」(1953)

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今回取り上げるのは、パリの画廊兼書店、ラ・ユンヌ(Galerie-Librairie La Hune, Paris)が1953年にサンジェルマンに移転した際に企画したアンフォルメル運動の先駆者とされる画家で彫刻家のジャン・デュビュッフェ(Jean Dubuffet, 1901-1985)のデッサン16点と石版画26点による個展「Radiant Lands (Terres radieuses)」の目録『Exposition de Lithographies par Jean Dubuffet』。表紙は同じ年に、『型押しのアッサンブラージュ(Assemblages d'Empreintes)』シリーズのひとつとして、“植生”をテーマに制作された石版画「Végétation」(註1)の版を使い、デュビュッフェ自身が手書きのテキスト《Lithographies J.Dubuffe La Hune décembre 1953》を加えたもの。告知用ポスター(註2)も同じ年に制作された「L'Homme à la casquette/ The Man in a cap」の版を使って制作されており、印刷は共にパリの石版画工房ムルローで行われている。

「アール・ブリュット(Art Brut)」を提唱するデュビュッフェの初期のプリミティヴな画風は1960年代に入ると、絵画構造に何の違いもないにも拘らず、画家自らが名付けた「L'Hourloupe(ウルループ)」という、フランス国旗を想起させる三つの基本色(赤、青、白)を用いた新しい手法による突然変異としか思えない視覚的に単純化された画面へと変化していく。それは何らかのヴィジョンを得た作家に起こりうる変化と言ってもよく、デュビュッフェの場合は、そのヴィジョンをより明確化するために、画面からアンフォルメル運動の出発点となった物質的側面を取り除き、記号化された平面の創出を図るための抽象化を押し進めた結果であるのかもしれない。それは1970年を境にキッチュな変貌を遂げる元永定正(Sadamasa Motonaga, 1922-2011)のそれと通底するところがあるように思われる。その確立された様式以前の姿は未知の領域であったことから、この目録が、隔絶された時間の壁を飛び越えて、変身前の姿を垣間見せてくれるのではないかと思った次第。

目録の購入先はフランスの古書店であったように記憶する。通常よりも安価で手に入れることが出来たのだが、先方が資料として使っていたのか、バインダーで綴じるための穴が開けられていた。資料的価値は今でも失われていないと思うが、限定300部の版画としての価値は、残念ながら半減してしまった。

●作家:Jean Dubuffet(1901-1985)
●種類:Catalogue
●サイズ:213x150mm(213x300mm)
●技法:Lithograph
●限定:300
●発行:Galerie-Librairie La Hune, Paris
●印刷:Mourlot Imprimeur, Paris
●制作年:1953
●目録番号:Webel 386
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註:

1.
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図版:ジャン・デュビュッフェの石版画「Végétation」(Cat.N.368), 1953年

2.
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図版:同展の告知用ポスター。このポスターには版画用のアルシュ紙に刷られたものが125部存在しており、一度は手に触れみたいと思っているのだが、今では10万以上の値が付けられていて、なかなか手が出せない。
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参考文献:Catalogue Raisonné de l'Oeuvre Gravé et Livres Iilustrés par Jean Dubuffet(Baudoin Lebon éditeur, 1991)par Sophie Webel, 2 vols.

by galleria-iska | 2019-03-20 21:15 | 図録類 | Comments(0)
2019年 03月 09日

ハリー・キャラハンの写真集「Harry Callahan」(1967)

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ハリー・キャラハンと聞くと、俗物の自分は即座に映画の主人公を思い出してしまうのだが、これは1967年にニューヨーク近代美術館(Museum of Modern Art(MoMA), New York)から刊行されたアメリカの写真家ハリー・キャラハン(Harry Callahan, 1912-1999)の写真集。1964年にキャラハンの白黒写真126点を収録した最初の重要なモノグラフとして、《El Mochuelo Gallery, Santa Barbara》から1500部限定で刊行され、今では高値で取引されている写真集「Harry Callahan: Photographs」に次いで刊行されたもので、刊行当時の価格は5.95ドルであった。この写真集には1941年から1967年にかけて撮られたキャラハンの代表的な白黒写真61点が、三つのパート「(妻の)エレノア」「シカゴを初めとする都市の風景」「自然」に分けて収録されている。妻のエレノアを逆光の中のシルエットで捉えた表紙の写真「Eleanor」(1948)も印象深いが、どちらかと言えば、裏表紙に掲載されている、以前取り上げた駒井哲郎の銅版画(註1)を想起させる、雪の中の木立を撮った写真「Chicago」(ca.1950)に惹かれて、ニューヨーク市の美術書や版画を扱う古書店から購入したもの。キャラハンの写真集を何か一冊ということであれば、お勧めしたい。出版から半世紀も経っているので、日本国内で扱っているところは少ないかもしれないが、海外のネット通販で比較的容易に入手することができる。

キャラハンは初め写真家を目指していたわけではなかった。写真の世界に飲み込まれていったと言った方が相応しいかもしれない。1912年デトロイト生まれのキャラハンはミシガン州立大学工学部を卒業した後、自動車メーカーのクライスラーに勤務。1938年頃から趣味で写真を学ぶ。1941年、写真を学ぶために所属していた写真クラブ(Detroit Photo Guild)を訪れたアンセル・アダムス(Ansel Adams,)の影響を受け、大型カメラを用いて写真撮影を行う。1942年にニューヨークでスティーグリッツに出合い、写真家になること決心、妻のエレノアや娘のバーバラを捉えたポートレート写真を撮り始める。1946年、同じデトロイト生まれの写真家アーサー・シーゲル(Arthur Siegel, 1913-1978)からハンガリー出身の写真家で美術教育家のラースロー・モホリ=ナジ(László Moholy-Nagy, 1895-1946)の主催するシカゴ・デザイン研究所(ニュー・バウハウスから改称、1949年にイリノイ工科大学に吸収される)に招かれ教授(1946年~1961年)となる。1961年に全米でトップクラスの美術大学ロードアイランド・スクール・オブ・デザインの教授(1961年~1973年)に赴任する。キャラハンから強い影響を受けた写真家の中に《石元泰博(Yasuhiro Ishimoto)、レイ・K・メッツカー(Ray K. Metzker)、エメット・ゴーイン(Emmet Gowin), ケネス・ジョセフソン(Kenneth Josephson)らがいる。

キャラハンの写真の特質は、いわゆる俗にあるような写真を否定し、クローズアップ、通常とは異なる撮影角度、ぼやけた人物像など様々な手法や、時には多重露光を駆使した独自の画像を追求し、その抽象化の過程から、単に見るということから思考する対象としての写真を構築しようと試み、芸術としての写真の発展に寄与した点である。その感情を排したようにも見える硬質さは、抽象化の作用から来るもので、我々を、写真の表面にあるものではなく、そこに写されたものを超えたところにある詩的で想像的な世界へと向かわせる。

●作家:Harry Callahan(1912-1999)
●種類:Photography book
●序論:Sherman Paul
●サイズ:230x205mm
●技法:Offset
●発行:The Museum of Modern Art(MOMA), New York
●制作年:1967

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Eleanor:
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The City:
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Landscape:
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註:

1.
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駒井哲郎の銅版画
●作家:Tetsurô Komai(1920-1976)
●種類:Print
●題名:Trees
●サイズ:283x257mm(プレートマーク:233x210mm)
●技法:Etching
●限定:100
●発行:Japan's Modern and Famed Print Art Association
●制作年:1958
●目録番号:111(駒井哲郎版画作品集、1979年、美術出版社)

by galleria-iska | 2019-03-09 20:13 | 図録類 | Comments(0)
2019年 02月 18日

コーネル・キャパによる写真アンソロジー「The Concerned Photographer 2」(1972)

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国際的な写真家集団として知られる「マグナム・フォト(Magunam Photos)」(註1)と深い関係があるニューヨーク市の国際写真センター(International Center of Photography(ICP), New York)に手紙を書いたのはいつの事だったろう。そのころは未だ写真家の名前もろくに知らず、少しは勉強してみたいと思っても、指南してくれそうな人物が回りに一人もおらず、知人から借りた雑誌に掲載されていた写真記事を頼りに、写真と写真家の名前を一致させることから始めた。美術との関連から何人か興味を持てそうな写真家ができ、オリジナル・プリントや写真集にも関心が持てるようになってきたのは、現代美術の分野で写真が評価されてきた1980年代後半であった。しかしながら、報道やドキュメンタリー写真に関しては、未だ抵抗があり、どこから手を付けたらいいのか全く分からないでいた。そこで参考になるような書籍があるかもしれないと思い、国際写真センターの出版部だったか、ショップに問い合わせの手紙を書いたのだが、返事と共に送られてきたのは何故か在庫処分セールのリストで、写真家の名前さえピンとこない状態なので、内容はとても窺い知れなかった。試しに何冊か注文した中に入っていたのが、日本人写真家、濱谷 浩(Hiroshi Hamaya, 1915-1999)(註2)の名前に惹かれて選んだ「The Concerned Photographer 2」である。ロバート・キャパ(Robert Capa, 1913-1954)については、偏見かもしれないが、当時は懐疑的な見方をしていたところがあって、彼の写真が紹介されている「The Concerned Photographer」は敢えて外した覚えがある。

本書「The Concerned Photographer 2」は、マグナム・フォトの設立メンバーを主とする報道写真やドキュメンタリーに携わった6人の写真家、ロバート・キャパ(Robert Capa)、アンドレ・ケルテス(André Kertész)、デイヴィッド・シーモア(David "Chim" Seymour), ダン・ワイナー(Dan Weiner)、レナード・フリード(Leonard Freed)、ウェルナー・ビショフ(Werner Bishof)の代表作によるアンソロジー「The Concerned Photographer」の続編に当たり、こちらもマグナム・フォトのメンバーを主とする報道やドキュメンタリー写真に携わった8人の写真家、マルク・リブー(Marc Riboud), ローマン・ビシュニアック(Roman Vishniac), ブルース・デービドソン(Bruce Davidson), ゴードン・アークス(Gordon Parks), エルンスト・ハース(Ernst Haas), 濱谷 浩(Hiroshi Hamaya), ドナルド・マッカラン(Donald McCullin), ユージン・スミス(W. Eugene Smith)の代表作によるアンソロジーとなっている。翌1973年にはエルサレムのイスラエル博物館で収録写真による最初の展示会が開催されている。

収録写真の印刷は、フランスの印刷所(Draeger frères les imprimeurs)で行われており、1952年に刊行されたカルティエ=ブレッソンを代表する写真集「Images à la Sauvette(American Edition:The Decisive Moment)」の印刷にも使われているエリオグラヴュール(Héliogravure)という、暖かくしっとりした、写真で言うところの、マット(極微粒面)な質感を生み出す凹版印刷法が使われている。画質は若干落ちるかもしれないが、妙な反射もなく、個人的は、高い再現力を誇るオフセット印刷よりも、情感が感じられるし、また想像力を刺激するように思う。時代は下るが、マン・レイのオブジェ作品の総目録である「Man Ray: Objets de mon affection」(Philippe Sers Éditeur, Paris, 1983)の写真図版の印刷にも使われており、それがシュルレアリスムの持つ不思議な雰囲気を醸し出しているように思えた。残念ながら手放してしまったが...

Bruce Davidson(1933-):
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Hiroshi Hamaya(1915-1999):
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W. Eugen Smith(1918-1978):
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註:

1.「マグナム・フォト(Magnum Photos)」は第二次世界大戦後間もない1947年、ハンガリー出身の写真家で、戦場カメラマンとして活動したロバート・キャパ(Robert Capa, 1913-1954)、日常の中の「決定的瞬間」を切り取るフランス人写真家、アンリ・カルティエ=ブレッソン(Henri=Cartier Bresson, 1908-2004)、イギリス出身の写真家で、世界各地の戦場を取材したジョージ・ロジャー(George Rodger, 1908-1995)、戦場下における一般市民、特に子供に目を向けたポーランド出身の写真家、シム(Chim)こと、デヴィッド・シーモア(David Seymour, 1911-1956)の四人の写真家たちによって、報道写真家としての権利と自由を守る目的で設立された。その創設メンバーのひとりであったロバート・キャパの弟でマグナム・フォトにも加わった写真家のコーネル・キャパ(Cornell Capa, 1918-2008)は1966年、兄や同僚のウエルナー・ビショフ(Werner Bishof, )、シム(David Seymour)、ダン・ワイナー(Dan Weiner, )の突然の死後、彼ら報道写真家の人道的な記録が社会の注目を浴び続ける必要性を知り、そのための基金《International Fund for Concerned Photography(ICP)》を設立。1967年に『The Concerned Photographer』というアンソロジーを刊行、展示会を開催した。この展示活動は1974年にコーネルがニューヨークに創設した基金の本拠となる現在のICP, 国際写真センター(International Center of Photography, New York)へと繋がってゆく

2.この本に掲載された一枚の写真「田植女」(註3)に目を奪われ、それまで全く知らなかったのだが、こんな田植があったのかと大きなショックを受けた。それが切っ掛けで、濱谷浩の三冊目の写真集『裏日本』を購入した。実際の「アワラの田植」の凄さを、後にNHKのドキュメンタリー番組で見る機会があり、見ている途中で熱いものがこみ上げてきて、涙がこぼれた。

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濱谷浩写真集『裏日本(Japan's Back Coast)』(新潮社)、1957年(撮影:1954年10月新潟~1957年8月湯湯治)昭和32年10月25日発行、361x272mm。題字:棟方志功、序文:川端康成
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1954年10月、写真家、濱谷浩(Hiroshi Hamaya, 1915-1999)は新潟県を皮切りに、日本海側の十二府県(青森、秋田、山形、新潟、富山、石川、福井、京都、兵庫、鳥取、島根、山口)、いわゆる”裏日本”の旅行を始める。1955年1月13日に訪れた本州の突端、青森県津軽半島の豪雪地帯にある竜飛は、波、風、雪が荒れ狂う暴力的とも云える自然の中にあり、漁を求めて移り住んだ場所は海崖の「狭い土地」、1955年6月3日に訪れた富山県中新川郡上市町白萩地区で見られる女が主役の「アワラの田植」、旅の最後となる1957年8月に撮影した一坪半ほどの浴槽に32人の男女が愉しそうに入浴する「湯治場」等々、高度成長に沸く大都市圏からは想像出来ない、日本の風土に根付いた暮らしが収められている。『雪国』、『辺境の町』に続く三番目の写真集である『裏日本』は、《人間が、人間を理解するために、私自身、実験する必要があった》と語る濱谷が行った四年間に亘る実験の証である。フォトグラヴュールによるモノクロおよびカラー写真79点収録。他の写真集と同様、撮影データが付いている。
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「田植女」: アワラの田植の凄まじさは、この泥にまみれた四肢体躯が如実に物語っている。黒いマッスと化したその人体は、あたかも彫刻であるかのような造形美を見せている。
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「アワラの田植」: この姿を見たら、米の一粒一粒が日本人の命を繋ぐ貴重な食べ物であることが、否応なしに認識される。

3.「田植女」について、濱谷自身が次のように解説している(以下引用):
”ここ、アワラの田植は凄い。ワラ屑をからだにまきつけ、ボロをまとって泥沼に胸まで没して植えつける。ワラは保温と浮力のために
つけるのだ。 (中略) 富山県下に湿田、半湿田は多いが、こんな凄い田植はない。”


by galleria-iska | 2019-02-18 21:32 | 図録類 | Comments(0)
2019年 01月 31日

マルティン・キッペンベルガー「Martin Kippenberger: Die gesamten Plakate 1977-1997」(1998)

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昨年の12月、急に体調を崩してしまった。そしてそれがもとで軽い言語障害と味覚障害を起こし、憂鬱な日々を過ごしていたのだが、元旦に気分一新にと近くの海岸まで出掛けたのがいけなかった。堤防の突端で海風に当たったのが祟ったのか、風邪を引いてしまい散々な正月に。言語障害はすぐに治ったのだが、風邪と味覚障害に悩まされ続け、食欲も減退、一月も終わりになって漸く味覚障害が回復し、お米が美味しく感じられるようになった。そんな訳でブログを更新する気力(!?)もなく、ほぼ二ヶ月の間、ボーッとしたまま過ごしてしまった。

今回取り上げるのは、今から20年前の1999年にアメリカの美術書専門の配給会社から取り寄せたドイツの前衛芸術家マルティン・キッペンベルガー(Martin Kippenberger, 1953-1997)のポスターの総目録「Martin Kippenberger: Die gesamten Plakate 1977-1997」である。第二次世界大戦後に生まれたキッペンベルガーは自分と同世代の作家であり、方向性にはかなり隔たりがあるが、パウル・ヴンダーリッヒ(Paul Wunderlich, 1927-2010)やホルスト・ヤンセン(Horst Janssen, 1929-1995)と同じくハンブルク造形美術大学で学んだということで興味を抱いた。ポスター制作に於いては、ドキュメントとしての写真を多用する点で、ヨーゼフ・ボイス(Joseph Beuys, 1921-1986)のそれを彷彿させるのだが、何らかの影響を受けているのだろうか。価格については、当時ボイスの署名入りのポスターは既に数万円の値がついていたが、キッペンベルガーの方は未だ数千円程度で購入出来るものもあったので、この目録をもとに主にシルクスクリーンで制作されたポスターを集めてみようと思った次第。しかしながら、如何せん田舎では現物にお目に掛かることもままならず、また、個性の発現を主眼とし、美術の規範や権威(ヒエラルキー)に繋がる様式を否定するその制作活動は多岐に渡るため、ポスターと言えど焦点を定めることもできず、シュリンク・ラップが掛かったまま何年もお蔵入に。開封後も時々眺めてはいるものの、未だポスターの購入には結びついていない。

●作家:Martin Kippenberger(1953-1997)
●種類:Catalogue raisonné
●題名:Martin Kippenberger: Die gesamten Plakate 1977-1997
●序文:Bice Curiger
●サイズ:246x205x26mm
●技法:Offset
●発行:Offizin Verlag, Zürich/Verlag der Buchhandlung Walther König, Köln
●印刷:Franz Horisberger AG, Zürich
●制作年:1998
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この総目録は1998年にスイスのチューリッヒにある美術館、クンストハウス・チューリッヒ(Kunsthaus Zürich)で、マルティン・キッペンベルガーの初期写真、コラージュ、オブジェ、ポスター全作品、後期の彫刻を集めて開催された展覧会「Martin Kippenberger - Frühe Bilder, Collagen, Objekte, die gesamten Plakate und späte Skulpturen」に合わせて刊行されたもので、生前キッペンベルガーが制作した178点のポスターが収録され、刊行に合わせて作られたと思われる展覧会の出品作品リストを載せた別刷りのポスター(720x460mm)(註1)が付いている。序文をスイスの現代美術の専門誌「Parkett」の創刊に携わるとともに編集長(1984-)を務め、また当時クンストハウス・チューリッヒのキュレーター(1993-2013)でもあったビーチェ・クリーガー(Bice Curiger, 1948-)女史が執筆している。購入時の価格は50ドルぐらいではなかった思う。掛かった費用は送料等を加えて九千円程度であったが、没後キッペンベルガーの評価が高まると共に、資料的価値の高いこの総目録もそれに合わせて値上りしているようで、今は本体だけで三万円近く、あるいはそれ以上している。

翻って、資料の有用性が正しく認識されることなく典型的な作品を追い求める日本では、一般的に経験知の方が重く見られ、資料の重要性が軽んじられているように思われる。結果として、未だ光が当てられていない作品の価値を再発見することが難しく、欧米の後塵を拝することに。更に言えば、欧米の評価に追随することに慣れてしまっているかのようにも見える。言い古されていることかもしれないが、空前の日本ブームに沸く今こそ、軍事的プレゼンスや経済的なイニシアチブを追求するよりも、形の背後にある何かを表現しようとする文化面での先進性を戦略的に押し進めることの方が日本の存在感をより高めるのではないだろうか。(脱線)

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註:

1.総目録に付けられたポスター、180x230mm(720x460mm)、オフセット、八つ折り。
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by galleria-iska | 2019-01-31 19:10 | 図録類 | Comments(0)
2018年 02月 14日

フリードリヒ・メクセペルの版画集の図録「The Nobel Prizes」(1983)

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スウェーデン最南部の都市マルメ(Malmö)にあるボルイェソン画廊(Galerie Börjeson, Malmö)は北欧有数の版元として、マルク・シャガール、ジョアン・ミロ、サルヴァドール・ダリ、アンディ・ウォーホルのような世界的に知られる作家や、池田満寿夫、元永定正、加山又造、吹田文明、中山正といった日本人作家の作品を数多く出版しており、ミロの画集やレゾネの翻訳版の出版も行っている。今回取り上げるのは、画廊設立者のボルイェソン氏が長年暖めてきた企画で、1983年に出版されたノーベル賞を称える版画集「The Nobel Prizes」を紹介する図録で、ノーベル賞各賞(物理学、化学、生理学・医学、文学、平和、経済学)の歴代受賞者リストと共に、画廊がノーベル各賞をテーマとした作品制作に相応しい作家として依頼したドイツの画家で版画家のフリードリヒ・メクセペル(Friedrich Meckseper, 1936-)による6点の銅版画作品が紹介されている。今手元に二冊あり、画像のものは、メクセペルの版元のひとつで、コラージュとオブジェの作品集「Homo Ludens I-III」の出版も行っているクレーフェルトのペールリングス画廊(Verlag Galerie Peerings, Krefeld)から、版画集の宣伝も兼ねて送られてきたもの。

ボルイェソン画廊からは同じ年、日本のノーベル賞受賞者へのオマージュ(Japanese novel laureates portfolio)として、「具体美術協会」のメンバーであった故元永定正(Sadamasa Motonaga, 1922-2011)による5点組みのシルクスリーン版画集「ノーベル賞オマージュ:ゆかわ、ともなが、ふくい、かわばた、さとう」も出版されている。メクセペルの版画集は手が出せなかったが、元永の版画集を一部購入した。随分と高い送料を払わされたのだが、到着してみると、思いの外しっかりした造りのクラムシェル型の箱(Cramshell box)、いわゆる夫婦箱に収められていた。また、版画家の池田満寿夫(Masuo Ikeda, 1934-1997)のメゾチントによるスウェーデンの劇作家ヨハン・アウグスト・ストリンドベリ(J.A Strindberg,1849-1912)の悲劇「令嬢ジュリー」を題材にした同名の5点組み銅版画集も同じ年に出版されていて、こちらも一部購入した。知り合いの画廊に見せたところ、ふたつとも譲って欲しいと頼まれたので、箱だけ残ってしまったのだが、深さがあるので、版画やポスターの保管箱として重宝している。

●作家:Friedrich Meckseper(1936-)
●種類:Catalogue
●サイズ:283x215mm
●技法:Offset
●発行:Galerie Börjeson, Malmö, Sweden
●制作年:1983
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by galleria-iska | 2018-02-14 21:00 | 図録類 | Comments(0)
2017年 12月 17日

写真家ハンス・ベルメール「Hans Bellmer photgraphe」(1983)

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ハンス・ベルメールが1968年(!)にパリの版元ジョルジュ・ヴィサ出版(Georges Visat, Paris)から刊行したサド作品をモチーフにした二色刷り10点組みの銅版画集『道徳小論(Petit Traite de Morale)』の美しさは、そのスキャンダラスな内容を感じさせない繊細で優美な描線にあると言っても過言ではない。日本国内でも著名な評論家を始めとしてベルメールの最高傑作に推す声が多かったように思う。ところが作品を最初に手にしたとき、そのあまりに穢れない線に、知人と二人で、まるで女性が描いているようだ、と、ちょっと不安に思ったのだが、その不安は後に現実のものとなった。ベルメールによって1967年から1975年に制作されたとされる銅版画は実はセシル・ランス(Cécile Reims, 1927-)というフランス系ユダヤ人の銅版画家によって彫版されたものであったことが公にされたのだ。つまり自画・自刻・自刷りではなく、浮世絵版画と同様、絵師、彫師、刷り師という完全なる分業制のもとで作品制作が行われていたということである。工房はその事実を掴んでいたのであろうか、という疑問が残るが、ベルメール自身が原版を工房に持ち込んでいたなら、見抜けなかったかもしれない。反対に、1966年以前の銅版画作品はベルメール自身によるものであることが証明されたわけではあるが。フランスの美術界では噂されていたようなのだが、混乱を恐れてか、口を紡ぎ語ろうとはしてこなかったのである。それよってベルメールの作品の価値が全く失われてしまうわけではないが、結果として、ベルメールの版画は値崩れを起こし、その神秘性が薄れてしまったことは確かである。

今回取り上げるのは、今から25年ぐらい前に、パリの書店・画廊アラントン(Arenton S.A.)の店主に勧められてというか、乗せられて購入したハンス・ベルメールの写真集「Hans Bellmer photographe」である。パリのポンピドゥーセンター国立近代美術館(Centre Georges Pompidou-Musée national d'art moderne, Paris)で、1983年12月21日から翌1984年2月27日にかけて、写真部長のアラン・サヤグ(Alain Sayag, 1935-1995)の企画により行われた写真家としてのハンス・ベルメール(Hans Bellmer, 1902-1975)に焦点を当てた展覧会「Hans Bellmer photographe」に合わせて刊行された写真集で、ベルメールのほぼ全写真を収録している。発行に関しては、パリのフィリパッキ出版(Éditions Filipacchi, Paris)とポンピドゥーセンターとの共同出版という形を取っている。ベルメールの高価な挿絵本を幾つも扱っていた先の店主が言うには、出版に対して異議申し立て-写真のモデルとなったウニカ・チュルンの遺族であろう-が起きていて、発禁処分になる可能性があるので、今のうちに買っておかないと手に入らなくなるかもしれないとのことだった。出版時の価格は178フランであったが、120フランにまけてくれると言うので、5冊ほど纏めて購入したのだが、販売出来なくなることを見越しての、在庫減らしだったのかもしれない。現物を見もせずによく購入に踏み切ったと我ながら感心する。送料を抑えるために船便での発送にしてもらい、二ヶ月ほど掛かって到着と相成った。

そのころ日本ではまだ陰毛が映っているだけで《有害図書》にされてしまっていたのだが、それを遥かに超える内容であったため、保管用に用意した箱に入れたまま暫く存在を忘れることにした。ようやく箱から取り出すことができたのは、到着から少なくとも5年以上経った1991年のことで、篠山紀信氏が人気女優をモデルに撮影したヌード写真集が公になったときである。我が国では全国の街の誰にでも見える場所に若い女性の裸体像が据えられているのだが、その道徳的影響に関しては不問にされる一方、芸術表現であったとしても、こと写真に関しては、《検閲》というか、取り締まりが先進国のなかでは飛び抜けて厳しく、医学専門書は例外として、陰毛一本たりとも、たとえそれが影であったとしてもである、公共の良俗に反するということで許されず、公刊する際には修正を強要されてきた。陰毛は頭髪と同じように身体の重要な部位(器官)を保護するために残された体毛であるのだから、それ自体が猥褻ではないことは自明であるのだが、上記の若い女性の裸体像における象徴性、あるいは自然の美という観点を持つ一方で、非常に歪曲された道徳観を植え付けられているのである。それに関連している事例として、我が国で刊行されたベルメールの写真集にまつわる出来事を記しておきたい。

原著から一年後の1984年にリブロポートから日本語の翻訳版「ハンス・ベルメール写真集」の初版が刊行されたが、当該箇所には画像が不鮮明になるよう“ボカシ”(リブロポートは巻末に写真を修正ではなく毀損したことを認め、関係者に対する謝罪(註1)を記している)が入れられており、この本の序文『写真家ベルメール』を書いたフランス文学者、エッセイスト、小説家、翻訳家の澁澤 龍彦(Shibusawa Tatsuhiko, 1928-1987)の受けた衝撃と驚き(註2)を体験できぬまま今日に至っている。澁澤はベルメールのサディスティックなエロティシズムに一際強い関心を寄せ、『ベルメールの人形哲学』(エッセイ集「少女コレクション序説」1985年、中公文庫所収)という一文を書いている。

表紙に使われているのは、1935年に撮られた“人形”をモチーフとする写真「La Poupée」であるが、あたかもカラー写真であるかのような手彩色を施され、倒錯したロリータ趣味を感じさせなくもないが、やはり『不思議の国のアリス』のイメージを強く彷彿させるものがあり、瀧口修造 と谷川俊太郎が詩を寄せている日本の写真家、沢渡朔(Hajime Sawatari, 1940-)の代表作で、そのピンク色のダストカバーを用いた装丁にも類似性が見られる写真集「少女アリス」(1991年)に何らかの影響を与えているのではないかと思われる。人形写真を撮影する1930年代からベルメールの写真の多くは二眼レフのローライフレックス6x6cm(Roleiflex 6x6)を使った正方形のフォーマットで撮影されているが、見る者の視点を画面の中心から逸らさぬよう、集中させることで、そこで起きている事の目撃者、あるいは共犯者と成す働きを持っているように思われる。

●作家:Hans Bellmer(1902-1975)
●種類:Catalogue
●サイズ:305x213mm
●技法:Offset
●発行:E.P.I.Éditions Filipacchi, Paris/Centre Georges Pompidou, Musee national d'art moderne, Paris
●制作年:1983
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註:

1.原文そのまま引用:
「本書掲載図版中、別記の図版を毀損いたしました。読者各位及び原著者、図版版権保有者に深く謝意を表します。現行の法適用のもとで本書を国内出版するための止むを得ぬ措置と理解下さい。将来、当局の法適用に変化があり、当該図版を公刊可能な時期になりましたら、何らかの手段により毀損図版を正しい形で公刊する予定です。悪しからずご了承下さい。尚、当該図版および箇所の判断は、原著輸入の際に東京税関によって関税定率法第27条1項の3に該当する「風俗を害する物品」と認定された図版および箇所に致しました。111頁 112頁 114頁 115頁 120頁」


2.澁澤 龍彦 『写真家ハンス・ベルメール』 序にかえて(以下引用)
 
「これまでにもハンス・ベルメールの画集や写真集はフランスその他で何点か出版されてきたが、最近のポンピドゥー・センターにおけるベルメール展を機に刊行された本書ほど、ショッキングな美しさで見る者を魅了するものはないように思われる。おぼただしい未公開の写真が初めてまとまった形で公開されて、特異な写真家としてのベルメールの顔が一躍して大きくクローズアップされたからである。(中略)

しかも本書の見どころはそれだけではない。それよりも私たちにとってショッキングなのは、本書の後半に収録されたポルノグラフィックな匂いの濃厚な一群の写真、とくにベルメールの晩年に彼と同棲していた女流芸術家ウニカ・チュルンと緊縛ヌード写真であろう。これは人形ではなくて、生身の女体をオブジェとしての写真だ。(中略)

シュルレアリスムはよくよく性的な妄執と深い関係があるらしく、ときどき、このようなスキャンダラスな妄執の公開が私たちの好奇心に刺激をあたえてくれる。このベルメールの死後公開の写真集も、明らかにそういう系列の一つと見ることができるだろう。」


by galleria-iska | 2017-12-17 18:28 | 図録類 | Comments(0)
2017年 12月 08日

ヴィクトル・ブローネルの個展図録「Le Point Cardinal」(1963)

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以前、ユダヤ系ルーマニア人の画家ヴィクトル・ブローネル(Victor Brauner, 1903-1966)が1963年の4月から5月にかけてパリのル・ポワン・カルディナル画廊(Galerie le Point Cardinal, Paris)で行った個展の招待状(註1)を取り上げたことがあるが、今回はその図録である。表紙には招待状と同じイメージが使われている。描かれているのは、生と死、あるいは人間の生の二つの相である“覚醒”と“眠り”を表す頭部を上下に組み合わせたもので、フロイトの精神分析の根幹となる無意識と深く関わる夢を重要視したシュルレアリスムとの関連性も見て取れるかもしれない。自身をモデルに描いたとされる頭部は金色に塗られ、日本の蒔絵にも似た表情を見せており、漆黒の闇の中で光を反射し輝く。現実世界と眠りによって引き起こされる夢の中の世界は、意識と無意識とによって区分されるが、夢は現実世界でのストレスを補償する作用を持つとされている。現在は仮想現実というインターネットの空間が、夢の代わりを行っているところがあり、無意識的に自我を守ろうとするため、他者に対して驚くほど攻撃的になるケースが一種の社会問題ともなっているようである。

出品作品は、ブローネルが1961年から翌62年にかけて制作した近作を展示するもので、様式的には、デ・キリコ、サルバドール・ダリやルネ・マグリットを思わせる不条理な世界やデベイズマンと呼ばれる事物に有り得ない組み合わせを写実的描いた、所謂シュルレアリスムの典型とも言える作品とは異なり、晩年に現れる、少年時代に興味を抱いた動物学に端を発するであろう人間と他の生物との関係性を表すような、プリミティヴな傾向の絵画作品全44点からなる。図録の巻頭を飾るのはフランスのシュルレアリスムの詩人ルネ・シャール(René Char,1907-1988)が1938年に書いた詩『種子の顔(Visage de Semence)』で、この図録が初出となる。

招待状と図録の他に、マン・レイスト氏の云うところの、“展覧会の三種の神器”を構成する告知用ポスター(註2)、さらには限定60部のシルクスクリーンの版画作品「Autoportrait(自画像)」も同時に制作されており、それらにはエンボス加工が施されている。図録はそれほど高価ではなく、3千円~5千円(古書店価格)で入手可能。オリジナルデザインの告知用ポスターは未だ入手していないが、ヨーロッパでは人気があるようで、5万円前後と、まあまあ(?)の値が付いている。当然のことながら、版画作品はそれよりも高く、オークションでも15万円以上で落札されているので、画廊での購入価格はそれ以上になるであろう。

●作家:Victor Brauner(1903-1966)
●種類:Catalogue
●サイズ:186x140mm
●技法:Silkscreen
●発行:Galerie Le Point Cardinal, Paris
●印刷:Imprimerie Union, Paris
●制作年:1963
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註:

1.
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個展の招待状(三つ折り)
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図版:個展の告知用ポスター。エンボス加工を施された頭部の不思議な文様に注目していただきたい。技法:Silkscreen with embossing(Sérigraphie en couleurs avec gaufrage), サイズ:665x500mm, 印刷:Imp. Union, Paris, 発行:Galerie le Point Cardinal, Paris
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by galleria-iska | 2017-12-08 13:24 | 図録類 | Comments(3)
2017年 11月 25日

杉本博司の写真集「Time Exposed」(1995)

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一見、無表情にも見える写真であるが、それは生の時間を切り取る従来型の写真ではなく、作家が対象に対して抱く感情を明快なコンセプトを基に、8x10の大型のビューカメラ(8x10 View Camera)で無作為的に撮影した結果であり、我々の写真に対する概念を覆すこととなった。そこに一貫して流れているのは、対象との物理的な距離や関係性ではなく、見る側に時間(停止した時間、流れている時間、動いている時間)の存在を強く意識させるということである。それらの作品は世界的に評価され、今や日本を代表する現代美術の作家となった杉本博司(Hiroshi Sugimoto, 1948-)氏は1948年、戦後の第一次ベビーブーム、いわゆる団塊の世代の真っ只中に生まれた。立教大学の経済学部を卒業後、世界各地を旅行、アメリカのカリフォルニア州パサデナにある美術大学(Art Center College of Design)で写真を学ぶ。生活費を得るために始めた古美術の販売で目を養い、その豊富な知識を活かした作品も数多く制作している。特徴的なのは、その写真が従来の写真の分野ではなく、影響を受けた現代美術の文脈の中で捉えられている点であろう。初期の代表作を集めたこの写真集は、現代美術の展覧会を企画・開催しているスイスのバーセルにある美術館クンストハレ・バーセル(Kunsthalle Basel)で1995年に行われた展覧会「Hiroshi Sugimoto Time Exposed」に合わせてドイツの出版社(Edition Hansjörg Mayer, Stuttgart)から刊行された図録と同時にロンドンの美術出版社テームズ・アンド・ハドソン(Thames and Hudson, London)から刊行されたもの。出版から3年後の1998年にアメリカの写真集を専門とする古書店から購入したのだが、そのころはまだ写真集のブームが来る前で、出版価格よりもずっと安く手に入れることが出来た。ただし、大手出版社が手掛けたことで発行部数が多かったのか、ブームになっても比較的緩やかな値上がりであった。現在の古書価格は百ドルから数百ドルといったところ。

写真集には最初のシリーズ『ジオラマ(Dioramas)』を始めとし、幾つかのシリーズが収録されているが、中でも、ブライス・マーデン(Brice Marden, 1938-)のミニマリズム色の濃いモノクロームの作品を彷彿させる、『海景(Seascapes)』シリーズの中の、画面を水平線で、杉本氏の云うところの“人類の始まりの記憶”である海と空とに二等分した「昼の海の景色」が好きで、価格もまだ数千ドルと手が出せないところまでは行っていない頃、その気になって入手を試みたが、サザビースなどのオークションではいつもこちらの思っている価格を超えてしまい、結局、手元に引き寄せることが出来ずに終わってしまった。今では限定25部のシートサイズが476x578mm(18¾ x 22¾ in)+ マウント:508x610mm(20 x 24 in)のもので数万ドル、限定5部のシートサイズが一メートルを超える大きなものになると、数十万ドルと、目もくらむような価格で落札されている。

●作家:Hiroshi Sugimoto(1948-)
●種類:Photo Book
●題名:Hiroshi Sugimoto Time Exposed
●著者:Thomas Kellein(1955-).Translation by David Britt
●サイズ:250x303mm
●技法:Offset
●印刷:Staib+Mayer, Stuttgart
●発行:Thames and Hudson, London
●制作年:1995
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                図版:[Interior Theaters]:Castro Sanfrancisco, 1992
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                図版:[Day Seascapes]:Indian Ocean, Bali, 1991
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by galleria-iska | 2017-11-25 14:08 | 図録類 | Comments(0)
2017年 10月 24日

バスキア、クレメンテ、ウォーホル展図録「Collaborations」(1984)

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日本国内では新興実業家が高額で落札したことでしかマスコミに取り上げられない夭折の画家ジャン=ミシェル・バスキア(Jean-Michel Basquiat, 1960-1988)であるが、日本中が沸騰していた時期には街にポスターが溢れて(?)いた。それより少し前の1983年に限定24部で出版された巨大なシルクスクリーンの版画作品「Back of the neck」(128x259cm)も未だ100万円台で購入可能であった。何かインパクトのある作品を探して欲しいという知り合いの依頼で、作品を取り扱っていたニューヨーク市の出版社に注文したのだが、版元が買主を選んで注文を受ける、というような嘘かホントか分からない条件を付けていて、結局購入することが出来なかった。その後すぐに400万円に跳ね上り、1000万円を超える頃には関心も無くなってしまった。この記事を書くに当たって、最近の価格動向を調べてみると、恐ろしいことになっていた。2011年2月11日のロンドンのクリスティーズ(Christie's London)のオークションに出品されたものは、評価額10万~15万ポンドを遥かに超え、手数料込みで約3500万円(£277250)で落札されたのだが、その後も上がり続け、2016年11月18日にニューヨークのサザビーズ(Sotheby's New York)のオークションに出品されたものは、評価額30万~40万ドルのところ、手数料込みで約6340万円($576500)で落札されているのだ。もっとも、これぐらいにならないと大金持ちは関心を示さないのかもしれないが...。

話を本題に戻そう。小さい頃から骨董好きで収集していた画商のブルーノ・ビショフベルガー(Bruno Bischofberger, 1940-)が1963年、スイスのチューリッヒに開いたブルーノ・ビショフベルガー画廊(Gallery Bruno Bischofberger, Zürich)は1965年、アメリカで大きな潮流となっていたポップ・アートの作家(Andy Warhol, Roy Lichtenstein, Robert Rauschenberg, Jasper Johns, Tom Wesselmann and Claes Oldenburg)の作品による展覧会を開催、その翌年には早くも旧東ドイツのドレスデン出身で、ポップ・アートの影響を受けつつも多種多様な画風を展開するゲルハルト・リヒター(Gerhard Richter, 1932-)の個展を開催している。そして1968年にはアンディ・ウォーホルと1987年まで続く優先的購入契約を結んでいる。

現代美術を扱う画商としては当然のことかもしれないが、常に時代の潮流を敏感に取り込むビショフベルガーは1980年代に入ると、ニュー・ペインティングとも呼ばれる「新表現主義(Neo-Expressionism)」の作家(Jean-Michel Basquiat, Julian Schnabel, David Salle, Francesco Clemente, Enzo Cucchi)らの個展を開催している。中でも早くからバスキアの才能を認め作品を収集していたビショフベルガーは1983年、彼をアンディー・ウォーホルとフランチェスコ・クレメンティに引きあわせ、共同制作(Collaborations)を提案、1984年にその展覧会を開催している。これはその展覧会の図録として、チューリッヒ郊外の風光明媚な町、キュスナハト(Küsnacht)に置かれたブルーノ・ビショフベルガー画廊の出版部門(Edition Gallery Bruno Bischofberger, Küsnacht/Zürich)から刊行されたもの。布装丁で、三人がサインを入れたものもあるようだが、今手元にあるものにはサインは入っていない。27歳で夭折したバスキアとウォーホルの生前に刊行されたものであるということで、欧米の古書店ではかなりの値(5万~8万円)を付けている。この展覧会の翌年にビショフベルガーはバスキアの個展を開催、1000部限定でバスキアのサイン入りの図録を刊行している。こちらは先の理由に加え、サインそのものが稀少価値と見なされており、現在数千ドルの値が付いている。まだそれほど高くない時に入手したのだが、田舎暮らしが故に売却の時期が読めず、値上がりの気配が見え始めた頃に手放してしまった。

●作家:Jean-Michel Basquiat(1960-1988), Francesco Clemente(1952-), Andy Warhol(1928-1987)
●種類:Exhibition catalogue
●題名:Collaborations
●サイズ:303x218mm
●技法:Offset
●印刷:Schudeldruck AG, Riehen
●発行:Edition Gallery Bruno Bischofberger, Küsnacht/Zürich
●制作年:1984
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                           裏表紙に使われているのは《Alba's Breakfast, 1984》の部分

by galleria-iska | 2017-10-24 13:12 | 図録類 | Comments(0)