ガレリア・イスカ通信

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2017年 12月 17日

写真家ハンス・ベルメール「Hans Bellmer photgraphe」(1983)

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ハンス・ベルメールが1968年(!)にパリの版元ジョルジュ・ヴィサ出版(Georges Visat, Paris)から刊行したサド作品をモチーフにした二色刷り10点組みの銅版画集『道徳小論(Petit Traite de Morale)』の美しさは、そのスキャンダラスな内容を感じさせない繊細で優美な描線にあると言っても過言ではない。日本国内でも著名な評論家を始めとしてベルメールの最高傑作に推す声が多かったように思う。ところが作品を最初に手にしたとき、そのあまりに穢れない線に、知人と二人で、まるで女性が描いているようだ、と、ちょっと不安に思ったのだが、その不安は後に現実のものとなった。ベルメールによって1967年から1975年に制作されたとされる銅版画は実はセシル・ランス(Cécile Reims, 1927-)というフランス系ユダヤ人の銅版画家によって彫版されたものであったことが公にされたのだ。つまり自画・自刻・自刷りではなく、浮世絵版画と同様、絵師、彫師、刷り師という完全なる分業制のもとで作品制作が行われていたということである。工房はその事実を掴んでいたのであろうか、という疑問が残るが、ベルメール自身が原版を工房に持ち込んでいたなら、見抜けなかったかもしれない。反対に、1966年以前の銅版画作品はベルメール自身によるものであることが証明されたわけではあるが。フランスの美術界では噂されていたようなのだが、混乱を恐れてか、口を紡ぎ語ろうとはしてこなかったのである。それよってベルメールの作品の価値が全く失われてしまうわけではないが、結果として、ベルメールの版画は値崩れを起こし、その神秘性が薄れてしまったことは確かである。

今回取り上げるのは、今から25年ぐらい前に、パリの書店・画廊アラントン(Arenton S.A.)の店主に勧められてというか、乗せられて購入したハンス・ベルメールの写真集「Hans Bellmer photographe」である。パリのポンピドゥーセンター国立近代美術館(Centre Georges Pompidou-Musée national d'art moderne, Paris)で、1983年12月21日から翌1984年2月27日にかけて、写真部長のアラン・サヤグ(Alain Sayag, 1935-1995)の企画により行われた写真家としてのハンス・ベルメール(Hans Bellmer, 1902-1975)に焦点を当てた展覧会「Hans Bellmer photographe」に合わせて刊行された写真集で、ベルメールのほぼ全写真を収録している。発行に関しては、パリのフィリパッキ出版(Éditions Filipacchi, Paris)とポンピドゥーセンターとの共同出版という形を取っている。ベルメールの高価な挿絵本を幾つも扱っていた先の店主が言うには、出版に対して異議申し立て-写真のモデルとなったウニカ・チュルンの遺族であろう-が起きていて、発禁処分になる可能性があるので、今のうちに買っておかないと手に入らなくなるかもしれないとのことだった。出版時の価格は178フランであったが、120フランにまけてくれると言うので、5冊ほど纏めて購入したのだが、販売出来なくなることを見越しての、在庫減らしだったのかもしれない。現物を見もせずによく購入に踏み切ったと我ながら感心する。送料を抑えるために船便での発送にしてもらい、二ヶ月ほど掛かって到着と相成った。

そのころ日本ではまだ陰毛が映っているだけで《有害図書》にされてしまっていたのだが、それを遥かに超える内容であったため、保管用に用意した箱に入れたまま暫く存在を忘れることにした。ようやく箱から取り出すことができたのは、到着から少なくとも5年以上経った1991年のことで、篠山紀信氏が人気女優をモデルに撮影したヌード写真集が公になったときである。我が国では全国の街の誰にでも見える場所に若い女性の裸体像が据えられているのだが、その道徳的影響に関しては不問にされる一方、芸術表現であったとしても、こと写真に関しては、《検閲》というか、取り締まりが先進国のなかでは飛び抜けて厳しく、医学専門書は例外として、陰毛一本たりとも、たとえそれが影であったとしてもである、公共の良俗に反するということで許されず、公刊する際には修正を強要されてきた。陰毛は頭髪と同じように身体の重要な部位(器官)を保護するために残された体毛であるのだから、それ自体が猥褻ではないことは自明であるのだが、上記の若い女性の裸体像における象徴性、あるいは自然の美という観点を持つ一方で、非常に歪曲された道徳観を植え付けられているのである。それに関連している事例として、我が国で刊行されたベルメールの写真集にまつわる出来事を記しておきたい。

原著から一年後の1984年にリブロポートから日本語の翻訳版「ハンス・ベルメール写真集」の初版が刊行されたが、当該箇所には画像が不鮮明になるよう“ボカシ”(リブロポートは巻末に写真を修正ではなく毀損したことを認め、関係者に対する謝罪(註1)を記している)が入れられており、この本の序文『写真家ベルメール』を書いたフランス文学者、エッセイスト、小説家、翻訳家の澁澤 龍彦(Shibusawa Tatsuhiko, 1928-1987)の受けた衝撃と驚き(註2)を体験できぬまま今日に至っている。澁澤はベルメールのサディスティックなエロティシズムに一際強い関心を寄せ、『ベルメールの人形哲学』(エッセイ集「少女コレクション序説」1985年、中公文庫所収)という一文を書いている。

表紙に使われているのは、1935年に撮られた“人形”をモチーフとする写真「La Poupée」であるが、あたかもカラー写真であるかのような手彩色を施され、倒錯したロリータ趣味を感じさせなくもないが、やはり『不思議の国のアリス』のイメージを強く彷彿させるものがあり、瀧口修造 と谷川俊太郎が詩を寄せている日本の写真家、沢渡朔(Hajime Sawatari, 1940-)の代表作で、そのピンク色のダストカバーを用いた装丁にも類似性が見られる写真集「少女アリス」(1991年)に何らかの影響を与えているのではないかと思われる。人形写真を撮影する1930年代からベルメールの写真の多くは二眼レフのローライフレックス6x6cm(Roleiflex 6x6)を使った正方形のフォーマットで撮影されているが、見る者の視点を画面の中心から逸らさぬよう、集中させることで、そこで起きている事の目撃者、あるいは共犯者と成す働きを持っているように思われる。

●作家:Hans Bellmer(1902-1975)
●種類:Catalogue
●サイズ:305x213mm
●技法:Offset
●発行:E.P.I.Éditions Filipacchi, Paris/Centre Georges Pompidou, Musee national d'art moderne, Paris
●制作年:1983
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註:

1.原文そのまま引用:
「本書掲載図版中、別記の図版を毀損いたしました。読者各位及び原著者、図版版権保有者に深く謝意を表します。現行の法適用のもとで本書を国内出版するための止むを得ぬ措置と理解下さい。将来、当局の法適用に変化があり、当該図版を公刊可能な時期になりましたら、何らかの手段により毀損図版を正しい形で公刊する予定です。悪しからずご了承下さい。尚、当該図版および箇所の判断は、原著輸入の際に東京税関によって関税定率法第27条1項の3に該当する「風俗を害する物品」と認定された図版および箇所に致しました。111頁 112頁 114頁 115頁 120頁」


2.澁澤 龍彦 『写真家ハンス・ベルメール』 序にかえて(以下引用)
 
「これまでにもハンス・ベルメールの画集や写真集はフランスその他で何点か出版されてきたが、最近のポンピドゥー・センターにおけるベルメール展を機に刊行された本書ほど、ショッキングな美しさで見る者を魅了するものはないように思われる。おぼただしい未公開の写真が初めてまとまった形で公開されて、特異な写真家としてのベルメールの顔が一躍して大きくクローズアップされたからである。(中略)

しかも本書の見どころはそれだけではない。それよりも私たちにとってショッキングなのは、本書の後半に収録されたポルノグラフィックな匂いの濃厚な一群の写真、とくにベルメールの晩年に彼と同棲していた女流芸術家ウニカ・チュルンと緊縛ヌード写真であろう。これは人形ではなくて、生身の女体をオブジェとしての写真だ。(中略)

シュルレアリスムはよくよく性的な妄執と深い関係があるらしく、ときどき、このようなスキャンダラスな妄執の公開が私たちの好奇心に刺激をあたえてくれる。このベルメールの死後公開の写真集も、明らかにそういう系列の一つと見ることができるだろう。」

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by galleria-iska | 2017-12-17 18:28 | 図録類 | Comments(0)
2017年 12月 08日

ヴィクトル・ブローネルの個展図録「Le Point Cardinal」(1963)

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以前、ユダヤ系ルーマニア人の画家ヴィクトル・ブローネル(Victor Brauner, 1903-1966)が1963年の4月から5月にかけてパリのル・ポワン・カルディナル画廊(Galerie le Point Cardinal, Paris)で行った個展の招待状(註1)を取り上げたことがあるが、今回はその図録である。表紙には招待状と同じイメージが使われている。描かれているのは、生と死、あるいは人間の生の二つの相である“覚醒”と“眠り”を表す頭部を上下に組み合わせたもので、フロイトの精神分析の根幹となる無意識と深く関わる夢を重要視したシュルレアリスムとの関連性も見て取れるかもしれない。自身をモデルに描いたとされる頭部は金色に塗られ、日本の蒔絵にも似た表情を見せており、漆黒の闇の中で光を反射し輝く。現実世界と眠りによって引き起こされる夢の中の世界は、意識と無意識とによって区分されるが、夢は現実世界でのストレスを補償する作用を持つとされている。現在は仮想現実というインターネットの空間が、夢の代わりを行っているところがあり、無意識的に自我を守ろうとするため、他者に対して驚くほど攻撃的になるケースが一種の社会問題ともなっているようである。

出品作品は、ブローネルが1961年から翌62年にかけて制作した近作を展示するもので、様式的には、デ・キリコ、サルバドール・ダリやルネ・マグリットを思わせる不条理な世界やデベイズマンと呼ばれる事物に有り得ない組み合わせを写実的描いた、所謂シュルレアリスムの典型とも言える作品とは異なり、晩年に現れる、少年時代に興味を抱いた動物学に端を発するであろう人間と他の生物との関係性を表すような、プリミティヴな傾向の絵画作品全44点からなる。図録の巻頭を飾るのはフランスのシュルレアリスムの詩人ルネ・シャール(René Char,1907-1988)が1938年に書いた詩『種子の顔(Visage de Semence)』で、この図録が初出となる。

招待状と図録の他に、マン・レイスト氏の云うところの、“展覧会の三種の神器”を構成する告知用ポスター(註2)、さらには限定60部のシルクスクリーンの版画作品「Autoportrait(自画像)」も同時に制作されており、それらにはエンボス加工が施されている。図録はそれほど高価ではなく、3千円~5千円(古書店価格)で入手可能。オリジナルデザインの告知用ポスターは未だ入手していないが、ヨーロッパでは人気があるようで、5万円前後と、まあまあ(?)の値が付いている。当然のことながら、版画作品はそれよりも高く、オークションでも15万円以上で落札されているので、画廊での購入価格はそれ以上になるであろう。

●作家:Victor Brauner(1903-1966)
●種類:Catalogue
●サイズ:186x140mm
●技法:Silkscreen
●発行:Galerie Le Point Cardinal, Paris
●印刷:Imprimerie Union, Paris
●制作年:1963
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註:

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個展の招待状(三つ折り)
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図版:個展の告知用ポスター。エンボス加工を施された頭部の不思議な文様に注目していただきたい。技法:Silkscreen with embossing(Sérigraphie en couleurs avec gaufrage), サイズ:665x500mm, 印刷:Imp. Union, Paris, 発行:Galerie le Point Cardinal, Paris
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by galleria-iska | 2017-12-08 13:24 | 図録類 | Comments(3)